38勝手目 ただのお隣さん(2)
「おい、土方!」
「あ……?」
何度も呼んだ、と眉を吊り上げてムスっとした顔が目の前にあった。いつの間にか寝ていて、気がつけば外は真っ暗になっている。
時計を見たら23時を回っていて、沖田も発光が良過ぎる黄色のジャージを身に纏っていた。
「何しに来たんだよ」
寝起きだが、すぐに日中の事を思い出した。沖田の何も考えずに思ったまま行動する性格を恨む。
人の気持ちがわからないとは残酷だ。呪いだろうが元々の性格だろうが、惨いものは惨い。
「なんでそんな冷たい言い方すんだよ。起こしたから怒ってんの?」
「別に」
怒ってる、と言ってやりたかった。それよりも一言で突き放した方が効果的だと思ったのだが、沖田には通じない。
俺の返事にはコメントもなく、ベッドのフチに頬だけを乗せて口を尖らせた。
「あのな、学さんと祈と晴太くんが家に住み着いてんだけどさぁ。部屋埋まってるし、アタシの部屋は学さんが使ってて、汚くて寝る気になれないの! おれが床で寝るからベッド使っていいとか言われたけどさ、なんか学さんが寝た布団からおじさんみたいな匂いしたし」
「加齢臭出すような年齢じゃないだろ……」
多分その匂いは風呂に入らずに寝ていたからじゃないだろうか。イケメンの名が泣く。風呂はゲームも出来ないから暇だと、わけのわからない事を言っていたっけ。
――いや、沖田のペースに乗せられるな。これ以上の深入りはごめんだ。
掛け布団を被り、壁側に向いて話す気がないと背中で伝える。
「祈と寝ればいいだろう」
「ヤダね! 朝早く起こしてくるし、またギャーギャー騒がれるじゃん。それがなけりゃあなぁ」
「なら晴太」
「普通に寝てくれないし、鼻息荒かったからヤダ」
誰彼構わず寝ようとはするのか……。晴太はあんな事を知っても、相変わらずデレ全開で沖田に鼻の下を伸ばしている。
歯を折られても許せる心の広さには感心するし、タフな奴だ。
俺は何故か裏切られた気持ちでいっぱいで、沖田の事見たくないと本気で思っていた。寝る場所がないなら伊東のところに行けばいい。
もしくは仙台市内に宿泊している洋斗やネリーを頼ればいい。洋斗は血縁者なんだから、それくらいなんとかしてもらえ。
もう俺を頼るな、と言ってやりたい。それは沖田を嫌いになったからではなく、自分の為の自己防衛だ。
言葉を発さず、沖田が諦めるのを待つ。背中を突いたりしてくる。が、ここは無視だ。
「やっぱり怒ってるじゃん!」
「怒ってない」
「怒ってる!」
「騒がしいヤツだな。自分の家に帰れ。寝る場所がない訳じゃないだろ」
沖田は感情のままに言葉に起伏を持たせるが、俺は淡々と答えた。
構うのも嫌になり、目を閉じて眠気を待つ。胃がムカムカしていたが、体の疲れが意図も簡単に睡魔を誘う。
――そしてまた数時間後。
今度は自然と目が覚めたが、外はまだ暗い。水でも飲もうかとベッドを立つと、何かに躓いて転びそうになる。まだ起き切っていない頭では床に何を置いたか思い出せない。
手探りで壁のスイッチを探して電気を点けた。
すると帰ったと思って居た沖田がフローリングに横たわってプルプル震えながら眠っている。
そういえば強情なヤツだった……。帰れと言われても帰らずに俺が折れるのを待っていたんだろう。
このまま放っておくんだ。俺はもう沖田に深く関わらないし、情も捨てる。さっさと喉を潤しにキッチンへ降り、知らんふりを布団に潜る。
すると掛け布団を軽く、床の方へと引かれた。
「寒くて死ぬかもしれない……」
沖田が寝言では無い何かを言っている。知らん。俺は寝る。
「2ヶ月ぶりに帰って来たのに家は荒れ果て、幼馴染には冷たくされ……アタシはなんて不幸な人間なんだろう……おうおう……」
泣いているわけがないのだが、わざとらしく鼻を啜ったりして気を引こうとする。反応したら負け。
ド深夜だが、伊東に連絡して回収してもらうか? お前ん所の沖田がうるさくて生活に支障が出てるって。
どこに居るかは知らんが、どうせ飛んでくるだろう。
「マジで寒いんだけど」
「本当にうるさい奴だな! 勝手に使え!」
もぞもぞと布団を揺すられるのが鬱陶しくなり、掛け布団を投げた。おかげで俺は寒いのだが、もう知らん。どうにでもなれ。
しかし沖田は掛け布団を被りながら、芋虫のようにベッドへ登って来た。そして俺の隣になんの迷いもなく寝転がり、体を絡み付けてくる。
暖を取ろうと俺の足首に足の裏をつけて、体に巻き付く腕も陶器のように冷たい。
「何も布団に入れてくれりゃあいいのよ。あったかぁい」
「冷たッ! 足をくっつけるな!」
「やっと寝れるわぁ……もっと早く起きろよな……」
声が柔らかくなり、眠たそうに胸に顔を埋めて来た。一瞬騙されそうになる。誰にだってこうやってるんだろうし、沖田にとっては特別意識するような事じゃないんだ。
まだ壁側に余裕がある。沖田の体を離し、また反対側を向く。
「なんで離れるの?」
「誰と構わずこういうことしてるんだろ。あんまり人を揶揄うな」
冷えた足の体温を感じないように足を畳んだ。布団には入っていていいから寝ろと言えば、沖田は不貞腐れはじめた。
「馬鹿野郎! 他のヤツにこんな事するか!」
「してんだろ! お前なんか伊東ん所行け! 伊東にたかれ!」
「はぁあ? 伊東にたかったってつまんないもん! 土方にたかるから楽しいんだろ?」
悪魔め。やはり財布にしかみられていない。頭に来て掛け布団を全部剥いでやった。慈悲を見せるな、俺が死ぬ。
「金のない学生の財布より、金持ちの財布をあてにしろ。俺はもう、お前の面倒を見ない。伊東や晴太なら相手にしてくれると思うぞ」
「なんでそんな事ばっか言うんだよ! 土方だけに決まってんだろ!」
はいはい、どうせ金目当て。ATMだと思われている。嫌なヤツ。
沖田を悪者にしなければ、会えなかった期間、伊東との間にあったかもしれない出来事を想像してしまう。
この感情を自覚した以上、俺の想像が1つでも的中していたら身が持たない。だから突き離す。
なのにコイツはそれを察せない。わざわざ人の腹の上に乗り、絶対に逃げられないように手を握っては指を絡めて見下ろしてくる。
暗がりに光る黄色の目を直視出来ないのは、あまりに眩しいからだ。
「仲直りしたんだから冷たくしないでよ。アタシは2か月間、1日たりとも土方の事考えなかった日なんかないんだからな」
「どういう意味だよ」
それはこっちもだが? と言い返したい。が、沖田の言葉の意味を知らなければ、また痛い目にあう。
今度はこっちがはぐらかされないように、組まれた手を握り返した。
「そのままの意味だろ? 難しい日本語使ってないし」
「そうじゃない。俺の事をどう考えてたかって聞いてんだよ」
「んな事言われてもわかんない……あ、皆に嫌われたかなとか、どこに帰ればいいのかなとか、どうしたら戻れるのかなとか思ってた」
「連絡アプリのアカウントも消したのにか?」
「あの時は本気でキレてたの!」
「衝動的な行動でお前がいらん事するから、祈と晴太が泣いてたぞ。ちゃんと謝れよ」
「しこたま謝らせられた!」
照れ隠しなのか、横に勢いよく首を振る。コイツは自分の感情を剥き出しにするのは得意なのに、言葉にするのは苦手らしい。
ヘラヘラ笑っているか、勝ち気で我儘か、デカい声で怒るかのいずれかだ。
「で、俺の事は何考えてた? 2回目だからちゃんと答えろよ」
沖田は大人しくなって視線をずらし、でもと躊躇うように呟いた。
「……寂しいって思ってた。土方に1番会いたいなって思ってたよ。だから、寝る時もピアスを外さなかったもん……」
篭るような声でボソボソと、少し照れている気がする。流れ的にキレて誤魔化すのかと思いきや、珍しくしおらしい。
「だからそんな冷たくしないで。気持ちがザワザワしてヤダから、喧嘩してもずっとお隣さんで居ろよな」
眠いから寝ると言って逃げようとする。手の力も弱まり、離れるところにすかさず二の腕を掴かんだ。
俺の身体に覆い被さるようにして寝かせると今度はこちらが背中に手を回した。
そして掛け布団を肩まですっぽり被り、沖田は俺の胸付近に頭を置く。髪の毛からは爽やかなシトラスの香りがした。
「寝づらいんだけど……」
「寒いんだろ」
「土方のせいでな! せめて横向きにしろよ、骨が痛い!」
向かい合うように体制を変える。俺の心臓がバックンバックンうるさいだけなのか、沖田は脈や心音を高鳴らせたりはしなかった。
だが、すぐに穏やかな寝息を立てて眠りにつく。
家から引っ越さなければならない今、俺へ言う"お隣さん"はどんな意味だろうか。
珍しく照れていたから、きっと近くにいて欲しいという意味だろう。
好きだなんて言えば崩れそうな関係だなんて、ありがちな表現だ。
言ってしまえば楽なのに、まだ言いたくないと先延ばしにする。さっきまで考えていた不安事はとうに消えている。
感情が昂って、思い付いた愛情表現を寝顔に施す。
顔を離すと。沖田の口元は少し緩んだ気がした。そしてすぐ、互いの間にある隙間を埋めるようにくっついてくる。
多分これが初めてじゃない事、沖田は気づいてるんだろうな。




