38勝手目 ただのお隣さん(1)
「なんか人足んねぇなって思ったけど、伊東はまだ寝てんの?」
「朝に会っただろ。どこに行ったかは知らんが」
忘れていたのもそうだが、にしても今更気付くのか。
「だっけ? 覚えてないや」
仕方ないと言えばそうかも知れない。2ヶ月寝ていない体でもおかまいなしに同室の祈に叩き起こされた。会話も不十分な状態でロビーに来たんだから。
伊東が沖田に色々と意味ありげな事を言っていた。が、寝ぼけ眼で脳も体もぐったり疲れているからか全て生返事だった。
ネリーは話すことがあると、箸を置いてB5判サイズのタブレットを操作する。仕事の話かと洋斗が立ち上がって近づくと、ネリーは彼に息をするようにキスをした。
もうツッコむ気にすらならん。勝手にやれ。
「だから! 人がいる所ではやめてって言ってるだろぉ!」
「いなければイイノ? いつ死ぬかわからないノニ、好きハ伝えないトネ」
「もぉ!」
茶盤を見せられ、仕切り直すために咳払いをする。ネリーはタブレットの画面を沖田へ見せ、真面目なトーンで伊東の行方を話す。
「秀喜は家を見にイッタ。洋ん家、そろそろ出なきゃ行かないからネ」
「洋が住む家を見に行ったの? 伊東秀喜、愛情激重じゃない? クソデカ感情過ぎよ。晴太の暴走が可愛く思えて来たわ」
「えへへ、そうかな?」
「言っておくけど、褒めてないわよ」
何故晴太といい伊東といい、やたら一緒に住みたがるのか。大学生のルームシェアならまだわかるが、家を買うだの2人で住むだの、色々飛びすぎだろう。
良かれな愛情もここまで行くと狂気だ。うっすら犯罪の匂いさえする。
ネリーは祈の言葉を理解できないのか、言われた言葉をタブレットで翻訳しようとしていた。
すかさずネリーの母国語であるドイツ語で説明すると、ナルホドネ! と手を叩いて顔を明るくした。
「ウチらが住む家ダヨ! 洋の家、無くなる。ネリー達も本庁にバイバイしていつもどおりの仕事スル。皆で居た方がタノシイ。皆で住む! クソデカ感情!」
「え!? 伊東さんそんな事までしてるの!? 僕にはなんも言ってくれてないけどな……」
「エ……ア。まだ言っちゃダメ言われてたンダッタ……」
オイと全員で口を揃える。でも言ってしまったものは仕方ないとネリーは開き直った。
洋斗はタブレットを指で突きながら、あれれと少し戸惑った様子で続ける。
「この写真が家になるってこと? これってボスんちのお父さんが宿泊施設にするって建ててた奴だよね?」
「ソ! それ全部、ウチらの家にナルヨ! シャチョーが新撰組のトンジルにみたいにするって」
「新撰組のトンジル……屯所のことか?」
食い気が強すぎて日本語が疎か過ぎる。どう考えても屯所が豚汁にはならんだろ。
「おい! 見せろ!」
屯所に食いついた沖田は洋斗からタブレットを奪い取り、細かく撮影された写真を見ては目を輝かせた。
記憶上の風景ではあるが、玄関から始まり土間や客室、庭まで間取りが本家とほぼ同じ。
渡り廊下を繋ぎ、客室にするはずだった建物が建つ。恐らくそれなりの金を持った富裕層向けの宿泊施設にするはずだったんだろう。
木の温かみがあり、粋で洒落た佇まいが目を引く。
何がすごいって各部屋に風呂まである。伊東家の財力が恐ろしい。いや、ここまで来ると伊東家が怖い。金の圧力で殺される。
「すご! 京都の八木家とそっくりだ! 見ろ土方! 庭まであるぞ!」
「本当にまんまだな。しかし、なんでまたこんな金のかかることを? 元々の使用目的が違うだろ」
学と祈、そして晴太も洒落てると盛り上がる。ダメだ。住む気満々でどうしてこうなってるのか誰も気にしちゃいない。
「シャチョーが洋のコト好きなんだッテ。なんでかはシラナイヨ。洋はシャチョーと会ったコトあるの?」
ネリーは社長の写真を見せてくる。伊東と同じようなゴールドブラウン髪色と、ちゃめっ気のある笑顔が眩しい中年男性。
企業HPの社長紹介に使用されている写真でギャルピースは新し過ぎる。
沖田は写真を見て知ってるぞと、笑顔を見せる。
「東京にいる時に伊東ん家に居たからな。時々家にきて一緒にご飯食べてた」
「は……?」
シン……と場が静まる。喧嘩した期間に東京へ居たと伊東は言っていたが、今の話は知らない。
その静けさに、カランと皿からフォークが落ちる音が爆音に聞こえた。
「沖田、神霊庁に保護されてたんじゃなかったのか?」
「んや? ずっと伊東ん家に居たよ」
「2ヶ月間? 2人で?」
「うん。他に行く場所ないもん。喧嘩した後に迎えに来いって呼んで、そのまま着いて行った」
沖田はケロッとした顔で足を組んで携帯を眺め、引越しに係る費用がチャラにならないかと独り言を呟く。
しかし洋斗が携帯をぶん取り、全身をガタガタ震わせながら沖田に迫る。
「ボスに炊飯器買わせたのって、洋さんなの!?」
「あ? だってアイツん家になかったんだもん。今は色々揃えたけどさ、食器も満足になかったし。米は炊き立てが1番美味いじゃん?」
面倒くさそうにすんな! こっちからしたら爆弾投下されたようなもんだっていうのに。
「布団は!? さすがに別よね!?」
「ベットの間に掛け布団挟んで寝てた」
次は祈が攻めた質問をするが、沖田は無表情に該当する。
「じ、じゃあお風呂は!?」
「さすがに別。でもドライヤーは機能ありすぎて意味不明だったから、乾かさせてやった」
「でも同じお湯に入ったんだよね!? どっちが先に入ったの!? それってさぁ、後に入った方からしたら一緒に入ってるみたいなもんだよ!?」
「晴太くんキモ。うざ」
確かに発想は気持ち悪い事は同意できる。晴太はトドメを刺され、ふらりと体をよろめかせた。誰に支えられることもなく、気品ある朱色のカーペットに泡を吐きながら倒れた。
最後の力を振り絞るように、伸ばした右手で「イトウ」とダイイングメッセージを残して力尽きる。
祈が慌てて近づいて脈を測り、「生きてる……」と深刻な顔をした。芝居がかった演技をするな。こんな事で死なれてたまるか。
荒治療だけどと言いながら晴太の胸ぐらを掴み、容赦なく往復ビンタを喰らわせる。
「晴太! 生きなさい! まだなんとかなるわ、頑張れ! 白目を剥くな!」
「容赦ないねぇ!? 近藤さんのほっぺた真っ赤だよ! また歯が折れちゃう!」
べちんべちんと肌を叩く音は聞いているだけで痛々しい。
しかし、伊東はどおりであんなに沖田にべたべたするわけだ。親にまで合わせて援助を受け、あげくの果てに商業利用するはずだったものを家にしてしまう。
親子で莫大な金額を使うんだから深い仲にでもなったのだろう。
喧嘩さえしていなければ……と思っても、今更遅い。 沖田も喜んでいるし、金がある伊東といれば何も不便はしない。
しがない学生には、あれもこれもと買ってやるとか……そんな事はしてやれない。
折角神霊庁の職員になって役に立てると思ったのに。だからと言って辞めようとは考えないが、喉から胃にかけて苦しくなって感情が湧かない。
そこから家までどう帰ったのか、何を話したか、これからどうしていこうか。自室の天井を眺めても、答えは出ないままだった。
もう、ただのお隣さんにもなれない。ただの幼馴染。金があれば良かったのか。
何がクソデカ感情だ。俺にだってそのくらいあるわ。




