36勝手目 期待はするもの、されるもの(1)
疲れた体を癒すものといえば、温泉だ。
と言っても、栗駒山から1時間も車を走らせれば着く「鳴子温泉郷」に来たいが為の言い訳。
禁忌を冒してボロボロの4人の英気を養うにも丁度いいと、地震の影響で集客のない一つの旅館を貸し切る事にした。
あれもこれも、伊東の手にかかればなんとでもなる。財力や生まれも才能だ。こればかりは有り難くあやかるしかない。
あまり乗り気のしないものの、皆で仲良く温泉に……と、修学旅行のような気分で湯船に浸かる。
露天風呂とあって紅葉が見事だが、男5人で見ても何も面白くない。いや、別に誰か女子が居てほしいとかではない。
どうせ見るなら……なんでもない。
「いやぁ、秀喜くんがお金持ちで助かるねぇ。金持ちの特権ってやつだ……このままおれの違約金チャラとかには……」
「なりませんけど」
「なるほどね。オッケ。睨まないで、お兄ちゃん怪我しててメンタル雑魚だから」
湯に浸かってさらに脳みそが溶けてるとしか言いようがない。学が支払っている金は山崎学としてメディアで活動していた時のもの。
神霊庁の職員になろうがそれが消える事はないと、何度言ってもわからないバカだ。
「疲れすぎて何も考えられないよ……早く寝たい……ごぼぼ」
洋斗は眠いと連呼しながら、土まみれになった体を洗い流して温まっている。過去と現代との気温差が激しくて風邪をひきそうだと言うから、体はかなり疲労が溜まっているはずだ。
「藤堂さんって、顔だけ見ると眉毛の濃い洋とお風呂に入ってるみたいだね。可愛くないし、全然ドキドキしないけど」
「えぇ……? すごい貶されてる……もう何とでもどぉぞぉ……」
晴太に散々な事を言われても返す気力もないのだ。初めての禁忌、そしてあの長丁場。さっさと休ませてやりたいが、なんせ周りがそうじゃない。
何だってうるさいのが隣の女子風呂だ。3人しか居ないはずなのに、ギャンギャンと騒ぐ声がやかましい。
「祈、胸ゴマカシテル! 服着てる時とサイズ、ゼンゼン違う!」
「アンタがデカすぎんのよ! 私は普通よ、普通。ただ下着つけたらちょっと盛ってるけど……」
「チョットじゃない、トッテモ! その小ささは詐欺ダネ!」
「うっさいわ! そんなデカい乳ぶら下げたって肩凝るだけでしょうが! 私は丁度いいのッ!」
「ミニクイ嫉妬」
祈とネリーの言い合いだ。乳がデカいだの小さいだの、せめて聞こえないところでやってくれ。
それにしても沖田の声が一切聞こえて来ない。アイツは呆れてるか興味がないかで無関心なんだろう。
祈やネリーは少し沖田を見習え。貸切とは言え静かにしてる沖田が正しいぞ。
「いやぁ、まいったまいった!」
「やっと来たわね。何してたのよ」
と、思ったら沖田の声。扉を勢いよく開けて閉まる音が空間すら揺らす。ダメだ。沖田が静かになんて出来るわけがなかった。
「汚すぎるからって外で泥払われてた。なぁんか洗車されてるみたいだったぞ」
「まぁ洋が1番土まみれだったしね……ってか……同性だからって少しは体を隠したりしなさいよ! タオルは!?」
「脱衣所に置きっぱ」
「見せびらかすんじゃないわよ! 取って来い!」
「洋は服着てる時ヨリもデカイ! そしてピンクだッ!」
ネリーのトドメの一言に口から何か噴き出すような音が出た。
会話だけしか聞こえないのが悪い。そう自分の中で言い訳しながら、考えるつもりがない事がぽわわんとマヌケな音を立てながら浮かんでくる。
「いいじゃん別に。はぁ、あったけぇ」
ジャブンと豪快に飛び込む音。ここはプールじゃないんだぞ。
「洋の肌マッシロ。もちもちシテル。ダイフク」
「しかもうっすら腹筋割れてんのね。足は長いし体は綺麗だし、腹立つ体」
「ナンカ、チャーハンにグリンピース乗ってるみたいな胸シテル」
実況すんな。解説すんな。例えんな。
頭の中がおかしくなる。バカ。何なんだ、わざとなのか? 話が丸聞こえなのがわかってて言ってんのか?
男湯は誰も言葉を発さない。やけに静かな隣を見ると、晴太は顔を真っ赤にして顔から汗を吹き出している。
「晴太!? のぼせてるのか!?」
「僕には何も聞こえないよ」
自制するように下唇を噛みながら、目線が泳ぎまくっている。いや、錯乱している。キャパオーバーした脳内がバグっているらしく、祈やネリーのセリフの中の単語を拾い上げて呟く。
そしてもう片方の隣にいる伊東を見れば、目の前の水風呂にある掛け湯用の風呂桶にガンを飛ばすような一点見つめしている。
「早く先に上がってもらえません? 暑いんで。早急に。早く」
「ボスが上がればいいんじゃないの……?」
「クソみたいな正論はいらないです。早く上がってください。もしくは隣から離れて。さもなくば減給します」
「えぇ……? 鬼過ぎるよぉ……」
洋斗は理不尽だとメソメソしながら風呂場を後にする。可哀想だが、伊東は伊東でナニかと戦っている。
これ以上女湯で何も言わない事を願いながら、精神統一するしかないんだ。
男に生まれた事を呪うしかない。想像力が豊かな程いろいろ考えてしまうのだろう。
女子風呂の聞きたくないマシンガントークは止まらない。いい加減晴太や伊東が目を回して限界を迎えると、学が立ち上がって女子風呂へ叫んだ。
「ちょっと女子ィ! 男子が大変そうだからぁ、もうやめてあげてぇ!」
「ナンダ! 興奮シタノカ!」
容赦のない一言に晴太と伊東がお湯に沈む。耐性がないのか、ウブなのか。
女風呂からは「やぁい、どすけべ」などと、煽るような言葉が飛んでくる。
祈とネリーはわかっててやったんだ。悪魔め。
◇
「この温泉すっごい熱かったね」
「鼻血が出るくらいにはのぼせましたね」
言い訳が苦しすぎる。晴太と伊東は鼻の穴にティッシュを突っ込み、熱った体をうちわで冷ます。自分達は被害者ですとキリリとした顔で眉を吊り上げている。
ある意味被害者なのはそうなのだが、お湯のせいに出来る潔さにはある意味感心する。
「ちょぉっとぉ! ネリー! やべでぇ!」
「浴衣ナノニ!」
また次なる被害者が……いや、こっちはもうこれが普通だ。洋斗がネリーにハグをされ、圧死させられるかの如く強い力をかけられている。
浴衣から溢れそうな大きすぎる胸にはなんとも思わない。
が、得意技のように胸で顔を押しつぶされているのは少々気の毒に思えた。
洋斗は特別経理部にいて胃とか痛めなかったんだろうか。俺ならストレスで死ぬぞ。
祈も女湯の暖簾を潜り、ロビーへやって来た。頭頂部で団子にし、そこからまた長い髪を垂れ流す。にしてもコイツ……全身ショッキングピンクやら濃いピンクやらで、うるさいな。
浴衣はローズピンクに和を基調とした花柄で落ちついたデザインであるはずなのに、祈のセンスで全てが騒がしい。
見られている事に気付いたのか、頭と腰に手を当てて無駄にポージングしてくる。
「なぁに? 皆して私の浴衣姿に見惚れてんの?」
「目がギャンギャンするぜ」
学は自販機で購入したチョコミントアイスを頬張りながら、馬鹿正直に答える。
「嘘でも可愛いって言え! 学はそういうキャラでしょうが!」
「可愛い女の子は胸ぐらなんか掴まねぇよ!」
「なんのために下半身で失敗してんのよ! ったく……どうせ洋に期待してるんでしょうね。まぁあんな会話聞いた後なら、な、お、さ、ら……ね?」
忘れていた想像の産物がまた蘇る。晴太なんか「どんな風に浴衣着て来るんだろう」と言って、呼吸を乱しながら携帯をいじる。
検索バーに「浴衣 着方 破廉恥」と入力しているんだから重症だ。手がアル中のように震えている。
女性に限って浴衣を選べるサービスがあるのだから、張り切って選んでいるのだろうと祈は期待に輪をかけた。
「ほら、来たわ――って、何故……」
沖田が暖簾を潜り、姿を現した。きっとそれなりのときめきを期待した男が2人もいる。
が、その期待は無残に壊され、どうしてと叫ばざる得ない服装で現れたのだ。
紺色の陣羽織に「ちょす」と書かれた方言T白シャツ。そしていつものショートパンツ。
口には薄い乾燥肉のようなものが2枚と、右手にはいつものレモンソーダが握られている。
「おまたへ」
「何、食べてんのよ……?」
「牛タンジャーキー。さっきもらったんだ、いる?」「い、いらない……」
祈は質問をしながらも、浴衣は? と聞きたそうに沖田の体を眺めていた。
あらゆる事で痺れを切らせた晴太は沖田の両肩を掴んで体を前後に揺らす。
「ねぇえ! 浴衣は!?」
「浴衣?」
何すっとぼけてんだ。ここにいる全員着てるんだからわかるだろう。
もちゃもちゃとビーフジャーキーを食べる沖田の表情は、素っ気ないくらいあっさりしている。
「あぁ……アタシ浴衣嫌いなんだよなぁ。動きづらいし、着るのムズイし。あとは寝てる時に脱げるじゃん?」
「今日だけ! 今日だけでいいから着ておくれよぉ! 僕の歯を折ったじゃんかぁ!」
「やだ。方言Tシャツ気に入ったもん。あとこの羽織、土方色っぽいし」
意味わからん。羽織の紺色と俺の髪色が似てるって話だろうが、何故それが選ぶ理由になるんだ。
嬉し――くはないし、呆れた顔をしてやろうと思ったのに口角が上がりたがるから恐ろしい。
何か言うべきかと口を開けば思ってもいないような事を言いそうだ。
変な汗が額から垂れて目に沁みる!
「浴衣がはだけて、いい雰囲気になるラブコメ要素とか存在しないの!?」
「はだけるのが嫌なんだってば。うるさい口だなぁ」
「ヒェ」
沖田はまだ口に入れたばかりのビーフジャーキーを、噛んでないからと言って晴太に食べさせる。
そんな事で満足してしまうのが晴太で、ちょろいのが晴太である。
「洋のお肉……」
「牛タンなんだけど……てか、腹減ったや。伊東、ご飯食わして!」
晴太のギリギリな発言もお構いなし。挙げ句の果てに伊東に満面の笑みで飯を催促する始末。
まるで猫のようにご飯と高い声でご機嫌に歌う姿は、甘えているように見えなくもない。
伊東は鼻に突っ込んだティッシュを素早く抜き取り、涼しい顔で沖田の腰に手を添えて歩き出す。
沖田は歩きづらいと言って振り払うが、伊東はそれでも湯上がりから冷めぬまま、頰を熱で染める。
「すげぇ……全員その気にさせて、全員のハートぶち抜いていったぞ……」
「ただ我の儘にしてるだけなのに……よ?」
「守、幼馴染という立場に胡座をかいている場合じゃねぇぞ!」
学と祈が両隣で俺の腕を振りながら、油断するな、攻め時をちゃんと見ろなど、色々言ってくるのだ。
居酒屋の一件以降、この2人にはそういう気持ちがバレているのはわかっているのだが、あくまで忘れていると言ってある。
「いや、別にそういうんじゃないからな……」
と、強がりを言う事しか出来ないのは2ヶ月ぶりに会っても変わらない。
正直、腹が減ったから飯を食わせろという欲求も、俺にだけしてくるんだと期待していた。
まだそんな事をと呆れる2人が大きなため息をつくのも仕方がないと、逃げるように夕食会場へと歩を進めた。




