35勝手目 勘を頼りに掘りたがる(2)
「やっと屋根が出て来た……」
一晩かけて車の屋根が見えた。疲れのピークを超え、ハイになるボクらは「もう少しじゃん!」とハイタッチまでしてさらに掘る。
ボクは目を瞑っても何も見えないけれど、洋さんは勘を信じると言うから付き合うしかない。
この車の中に何かがあれば、一攫千金かもとお宝探しのように思い始める。でも警察に届けて持ち主に返さなきゃとも思う。ボクの中の天使と悪魔がせめぎ合って、頭が狂っているから悪魔が勝った。
何かあったら頂戴しよう。そのくらいしてもいいよね。と、目に円マークを浮かべちゃう。
「お金出て来たらさぁ、半分こしない!?」
「出て来るわけなくない?」
冷めてるぅ……目も合わせないし、付き合ってあげてるのに感謝もない。
洋さんは土を掻きながら、時々屋根をコンコンと叩いたりする。この車に執着するのは何故か聞いても、わかんないから! とキレられちゃうし。
またしばらく堀り、洋さんの方は窓が覗き込めるくらい掘られていた。体を潜らせ、車内を見ている。やっと終われると思ったら体の力が抜けるや。
髪の毛に土をつけながら体を起こした洋さんは短い悲鳴を上げた。
体がビクッと反応して肩や心臓が跳ねて、洋さんの肩を軽く叩いてしまった。
ボクったら洋さんにだけは遠慮がなくなってきてる。
怒るかなと思ったのに、反応が薄い。顔を上げた顔と息遣い、そしてボクを見てどうしようと消え入りそうな声で呟いた。
口を半開きに、両手をお尻の後ろについて肘から崩れる。
「……子供が居る」
「え……そ、そんなわけないじゃんかぁ……」
どうせボクを驚かそうとしてるんだ。心臓がドコドコなり、どうか嘘であってと心底願う。
ゆっくり、ゆっくり。穴に頭を潜らせて、車内を片目で見る。最初に目に入ったのは運転席。ここには何もいない。助手席もいない。
そして、恐れを抱きながら後部座席へ視線をずらす。
暗くてきちんとは見えない。たけど、確かに高めの二つ結びをした、幼稚園児にも満たない子供の姿がある。
「聞こえる!? 聞こえたら音を出して!」
ドンドンと車体を目一杯叩いてみたけれど、返答も物音もしない。地震発生から2日が経っているから死んでしまっていてもおかしくはない。
「早く掘れ!」
「あ、あっ、うんっ」
早くしなきゃ。早く、早く。急いでいるのに、なんて土は重くて硬いんだ。
せめてサイドドアが開くまでは掘らなくてはならない。ガラスを割ろうと洋さんは言ったけど、もしも破片であの子が怪我したらまずいと止める。
子供の全貌は見えない。体力がほとんどないボクらには穴を掘るのは重労働だ。けれどそんな事は言ってられない。いくら時間がかかっても、その体に触れるまでは諦めないという気持ちは同じだった。
やっと扉が開けられるくらいの広さが確保出来ると、緊張度が増す。
幸いにも鍵はかけられていない。もしも亡くなっていたら耐えられるかもと言うと、洋さんが扉を開けてくれた。そこに迷いや躊躇いはなく、今までのような揶揄いもない。
声を掛け、反応を確かめる。大きく身体を揺すり、ぺちぺちと肌を軽く叩く音もする。
だけど反応がある気配はない。やっぱりダメだったのか。
こんなに小さい子が車の中で独り息絶えていった事を考えると苦しくて、身体を絞られている気分になった。
どんな気持ちだったか考えるだけで目頭が熱くなる。
洋さんが躓いた時に異変を軽視していなければ、こんな悲しい事は起きなかったかもしれない。例え結果は同じでも、助けてくれる人がいたというだけで、気持ちは救われたかもしれない。
後悔はやり直せないからするものだ。きっとこの後悔は一生陰のように付き纏って、いざというときの決断力を鈍らせる。
洋さんが子供を両手で抱え、無言でボクに手渡した。重みはあるのに中身がないだなんて信じられない。
ボクはこの子を抱いている事が出来ず、腕の力が緩んでしまった。
洋さんが穴から戻ってすぐに子供の体を強引に返した。そしてすぐにしゃがんで蹲り、嗚咽を漏らしながら泣く。
「動いた……」
またボクを揶揄ってるんだ。そんな冗談はよくないぞとがなり声で叫んだ。
でも洋さんは嘘じゃないと同じような声を返す。
「嘘だ! ボクが抱いた時にはちっとも動かなかったもん!」
「動いてる! ほら、見て!」
ボクの目線に合わせてしゃがみ、子供の表情を見せる。見たくないと視線を逸らしたけれど、見ろと何度も言うので恐る恐る目玉を動かした。
期待せずに凝視する。すると、瞼がピクピクと痙攣して見えた。見間違いだと目を擦って何度も確認したけど、やっぱり動いている!
「動いてるけど、どうしたらいいんだ?」
「山南さんに診てもらおうよ! 間に合うかも!」
こうしちゃいられないとすぐに駆け出した。小さな命だ。刻一刻を争う。
早く現代に戻って、山南さんに処置を施してもらえればこの子の命は消えないかもしれない。
旅館へ辿り着き、すぐに湯船へ足を入れる。先程とは違って湯船のタイルが底に見えた。
洋さんに先に行ってもらおうとしたけれど、ただ水に濡れただけで現代へは帰れなかった。
「なんでだよ!?」
「……でも、ボクだけなら入れる……もしかして、その子は連れていけないの!?」
ボクだけなら水に腕が溶けるように帰れる事がわかる。声は聞こえないけれど、現代側で誰かが指先に触れてくれたのもわかった。
「ボクらは未来から来たから帰れるけど、この子はこの時代の子だから連れていけないのかな……」
「マジかよ……ヤソマガ――! なんとかしろぉ――!」
ヤソマガって誰と聞けば、八十禍津日神だって言うんだ。何かと引き換えに何かをくれると言うんだけど、洋さんは何を渡すつもりなんだろう。
「アタシが渡せるモノなんかもう無いよ! ちんちくりんが渡せ!」
「嫌だよぉ! 怖いもぉん!」
「じゃあ子供どうすんだよ。見殺しにすんのか!?」
「断れない言い方やめてよぉ!」
渡しても困らないものなんてないよ。八十禍津日神ってどんな神かもしれないし、呼んでポンと来てくれるようなフッ軽神なの?
見ただけで死んじゃったらどうするんだろう。洋さんはそういう怖さも感じないんだ。
ボクがいくら悩んでも、神様は来てくれないんだけどね。
「こういう時のための神様じゃねぇのかよ! やっぱ邪神だ!」
「と、とりあえず――ボクらに出来る事は……」
「誰か居ますか!」
ボクら以外の声に洋さんと顔を見合わせる。耳を澄ますと、大勢の足音や犬の吠える声が聞こえた。
隙間から声のする方を見ると、オレンジ色や迷彩、紺色の服を纏ったその人達が生存者を探している。
被災者を救うために現れたヒーローだ。
「救助隊だ……やっと来れたんだ!」
「ここでアイツらに見つかったら面倒くさいんじゃない?」
洋さんは眉間に皺を寄せた。そんなことないでしょと言ったものの、遺体を掘り起こしたり、旅館のものを勝手に使ったりって、果たしていい事なのかな……。
「何されるか想像つかないけど、なんか面倒くさそうな気がする!」
「コイツは救助隊に任せるぞ! 目立つところに置いて……」
まだ生きている子供を放置するのは心苦しいけど、余った布団を引っ張って来て体を置く。
どうか、この子に幸せな未来が待ってますようにと願わずには居られない。
「おん?」
「……いかないで」
洋さんのパーカーを裾を弱々しく引っ張る、小さな手。
振り返ると、薄らと開けた目を潤ませて口を動かして、ふるふると体を震わせる。
ひどく憔悴して泣く体力もないみたいだ。
だけど、1人にして欲しくない、ボクらに居てほしいという気持ちだけはひしひしと伝わってくる。
洋さんはパーカーを脱ぎ、その子に優しく掛けてあげた。目が少し開いて洋さんに目線を向け、繋いでほしいと幼い子らしいぷっくりとした手を差し伸べる。
だけど洋さんは手を取らない。少し冷たい気もするけれど、情がうつったらボクらは永遠に帰れなくなる。
そう考えると、洋さんの判断は正しい。
「もうすぐ助けてもらえるから頑張れよ」
「まって。パパちとママちがいないの」
「なんだその呼び方……」
勿論ふざけているわけじゃない。もう頼りがいないと言いたげな詰まった声に、心臓を掴まれる思いだ。
これ以上はよくないと洋さんの腕を引く。
「アタシらも帰んなくちゃないの。もしアタシに会いたいんだったら、ケーキでも持って会いに来るんだな。それなら待ってあげる」
洋さんはニコニコと、女の子の気持ちとは真逆に朗らかに笑う。
けれど女の子の不安げな表情は取れない。同時に外の足音が近くなってくるから、ボクらにも時間がない。
洋さんもそれを感じ取り、先に帰れとボクを押す。
「アタシは沖田だ! 人生かけて探してみな」
最後にその子は何を思っただろう。ボクは近藤さんの歯を拾い、水面へ足から入り込んだ。
洋さんも続き、ボクらは久々に現代の大地を踏む。
目の前に紅葉がボクらの帰還を歓迎するように美しく広がる。そして皆がボクらを見て安心したように微笑みかけてくれた。
「おかえり」
「ただいまぁ!」
緊張も解け、僕と洋さんは同時に言葉を返す。もう2度とこんなことはしないと心に誓いながら、手を振って駆け寄って来たネリーの抱擁に戻って来た実感が湧く。
苦しいと言ってもやめてくれないのがネリーだ。大きな胸の圧もすごい。
洋さんも皆と再会を喜んでいるのかなと横目で見たら、濡れたワイシャツを絞りながら土方くんとボスと近藤さんに囲まれている。
なんだろう……あそこだけ不穏。
「何してたんだ? もう1日半も経ってるぞ」
「連絡もつかないし、心配したんですからね」
「多分だけど、禁忌的に良くないことをして来た。でも人としては褒められる事だぞ!」
洋さんはダブルピースを作って土方くんを初めとした皆に、帰って来れなかった理由を話し始めた。
皆は良い事だと褒めてくれるけれど、近藤さんだけは血の気が引くようにみるみる青くなる。
「過去を、変えちゃったんだね……? しかも、誰かもわからない……人の……あぁ……」
近藤さんは頭を抱え、ふらりと体勢をくずした。歯も欠けてるし、この人は本当に苦労が絶えなそうだ。
「さぁ? でもほら、人助けしたんだから良いじゃん? 過去も変えようと思えば変えられるんだな」
「ぼ、ボクはやめようって止めたよ!?」
特別悪い事をしたとは思わない。でも洋さんは、「やっぱりダメだった?」と首を傾けて舌を出す。
過去を変えれば未来も変わる。小さな何かがズレてしまって、大きな異変が起きるって言うもんね。映画とかの受け売りだけど、多分それだ。
ましてや現代では生きていたか死んでいたかもわからない小さな子。人が1人関わるだけで人生はかわるんだ。
もしかしたらボクらはとんでもないことをしたのかもしれないと、ちょっぴり不安になる。
「洋ってばもう! 次から僕がいないところで勝手な事しちゃダメだからね!」
近藤さんの悲鳴が山に響いて、ボクの初禁忌は本当に終わった。
……終わった、よね?




