35勝手目 勘を頼りに掘りたがる(1)
全てが終わったボクらは、鏡を探して歩いた。ガラスでもいいみたいだけど、人が入れるくらいの物が見つからなくてウロウロしている。
なんですんなり帰れないんだろう……。禁忌って面倒くさいなぁ。
土堀は終わったと思ったのに、また堀り方してるんだもん。疲れた体に鞭打ってるのと同じだやいッ。
「歯……」
「ひ、ひっぱたくっていったもん」
近藤さんは洋さんの隣で欠けた歯を眺めている。欠けたと言うか、アレはもう折れてるんだよね。上顎の左側の犬歯が半分くらい、パキっと。
洋さんはさすがに悪いと思っているのか、つま先を交互に地面に擦りつけている。
だけど突然「そうだ」と手を叩き、ガラケーをニコニコ顔で開いてる。
「土方ァ、瞬間接着剤持ってない?」
「だ、ダメに決まってるだろぉ! なぁに考えてるんだぁ!」
ボクは思わずツッコんでしまった。どこに欠けた歯を接着剤でつける人がいるんだ! 治ればいいんだと笑うけど、それは治ったには入らない。
聡さん達ってば、いくら仕事でなぁなぁに育ててだとは言え、ちょっと常識がなさ過ぎると思うけど。真っ当に育ててもらえてたら、こんな発言しないだろうし。
さすがの近藤さんだって怒ってるはず……だと思った、けど。
「接着剤は嫌だけど……洋がちゅーしてくれたら治るかもしれないなぁ」
近藤さんは期待して目を瞑り、ツンと唇を尖らせる。こんな所で破廉恥だ! ボクはもしかしたらもしかすると、と思って両手で顔を覆った。
指と指の間から様子を伺って、恥ずかしいと顔が熱っぽくなる。土方くんとかに言った方がいいのかなぁ。
洋さんがちゅーするけど大丈夫ですか、って。これは余計なお世話かな。
にしても、洋さんとボクは同じ顔をしてるからなんだか照れ臭い。
「そんなんで治るわけないだろ。やっぱ接着剤だ! 土方ァ!」
洋さんはやっぱり洋さんだ。すぐに土方くんを頼り、ガラケーをまた開く。だけど近藤さんがガラケーを取り上げて、洋さんに顔を近づけた。
「おかしいよ! 洋は少女マンガとか読んで少しはムードとか勉強して!? 歯が折れてるのは重症なんだから、ちゅーくらいはいいじゃん! でもそういうとこも好き!」
「おい、晴太! 発情してねぇで鏡探せよ!」
「学さんに言われたくないですね! 下半身で失敗してるエロガッパ!」
3人の会話はまるでコントのようだ。ボクはなんだか蚊帳の外。輪に入れないのが寂しいと思ってしまう。
ボクもいつかは入れるかなぁなんて思うんだから、新撰組の一員としての自覚が芽生えたのかな。
近藤さんも山崎さんがギャンギャン騒いでいる最中、洋さんが何かを見つけたと旅館の1階部分から声を出していた。いつの間に下に行ってたんだろう……。
ボクらは念の為返事をせずに下へ降りると、壊れた湯船に水が張っていて、鏡のように姿を映す。
「岩手の禁忌で晴太くんかガラスから出ていけたじゃん? 水面でも行けんじゃない?」
「確かに。おれらの姿さえ映ればいいんだもんな」
山崎さんが水面をツンとつつく。波紋が現れて大きな風が吹くと、水の中で紅葉が美しい山々が浮かんだきた。
それは現代の風景で、決して銭湯に描かれている風景画ではない。
「んじゃあ、帰りますぁ。おれから行くぜ! あァッ! 背中痛ぇ!」
電話機を抱えて迷いなく水中へダイブする。浮かび上がってこないや。姿も見えない。心配を他所に、すぐにガラケーが鳴った。
『やっぱ帰れんぜ! 洋、ナイス!』
「よかったぁ! じゃあ近藤さんも……歯が欠けてますから、早めに」
「じゃあ……お先に失礼するね。洋も一緒に行こう」
近藤さんは洋さんの手先を優しく取って、チーズがでろんと溶けるみたいにデレっと笑う。
さっきまでカッコいいと思ってたんだけど、ちょっとだらしなく見えちゃうや。
そして洋さんは何も言わずに外を見てるし。近藤くんも気の毒だよ。
「洋? 行かないの?」
「……いや……」
近藤さんの手をするりと離して砕けた壁から身を乗り出した。何か気になっているみたいで、山の上の方をジッと見つめている。
何を見てるんだろうと思って隣に立って同じ方角を見てみた。
僕らが並べた遺体の列が近くに見えてドキッとする。布団はかけたけれど、透けて見えるような気がするんだ。
ボクらが見つけて救った事は誇っていいはずなのに、見慣れない人の姿が脳裏に残ってる。
外を見るのが辛くなって体を引っ込めてしまう。洋さんは平気なのかな。遺体を気にしてるから、気にして見ているのかな。
「帰ろうよ。洋さん、全然寝てないんでしょ」
パーカーの袖を引いて声を掛けた。近藤さんもどさくさに紛れて後ろから抱きつこうとしたけれど、洋さんはタイミングよく振り向いた。
湯船に近藤さんを強引に入れて、顔にかかった水飛沫を拭うと眉を吊り上げてボクの手を引っ張って来た。
「晴太くんごめん! 必ず帰るから! 一個だけ気になって仕方ないんだ!」
『もう終わっただろう! 沖田、帰って来い!』
「気が済まないの! ちんちくりん、来て!」
ガラケーからは、土方くんを始めとした皆の慌てる声や帰っておいでと心配する声が聞こえる。建物を飛び出して、山を登る洋さんを追いかけた。
気を失って元気になったとか言っていたけど、2ヶ月近く寝ていないはずなんだ。
相変わらず身軽に、ひょいひょいと駆け上がって行く。
「洋さん! どこ行くのぉ!?」
「転んだ場所! 理由はわかんないけど気になるの! ちんちくりんなら見えるでしょ!」
「えぇ!? もう見れないよぉ、わかんないよぉ!」
この人ってば、本当に自分勝手なんだ! 転倒した直後は何もなかったって言ったじゃないか!
というか、気になったならさっきまで近くに居たんだから見ればよかったのに。どうして頼りになる人と離れてから行動しちゃうのかなぁ。
近藤さんはガラケー越しに「歯を落として来た」と言うから、あとで拾うと返事をした。
ボクは洋さんの勝手さに腹が立つ。だからこそ、近藤さんの器の広さに感心するどころか、少し引いている。
目指していた場所周辺に着くと、洋さんは四つん這いになって何かを探す。
土を払っては違うと向きを変え、焦っているように見える。
「何を探してるの?」
「転んだ時に固いモノにつまづいたんだよ! そん時、なんか人の声が聞こえた気がすんの! もうリストに名前もないけど、つまづいたのがわかんないまま帰ったら胃がモヤモヤする!」
「岩とかじゃないのぉ? もう疲れたってばぁ……」
手伝わないよと欠伸をして、洋さんの事を見ている事にした。だって行方不明者はいないんだ、気のせいだよ。
洋さんは浅葱色のパーカーを茶色く汚し、暑いと言うのに捜索を辞めない。なんだか居た堪れなくなってきた。傍観しているのも可哀想になって、固い何かを探す。
まだ帰らないのと煽っても、洋さんは頑固だから首を縦には振らないし。
気がつけば空は紺色に変わる。過去に来てから2日目の夜を迎えていた。疲れもピークになり、空腹と睡魔が同時に襲ってくる。
体も汗でべとべとして気持ち悪い。
「これじゃない!? これ! ねぇ! ちんちくりん!」
突然大声を上げる洋さんは顔を真っ黒にして、ハイテンションだ。ボクはイライラが勝って不機嫌な声で言葉を返す。
「なぁにぃ! もう、人のことちんちくりん呼ばわりして……」
「見ろ! ここ」
言われたところを見ると、暗闇に光る艶やかな光沢が目を引く。触るとツルツルしていて、キュッキュッと音が鳴る。
「これ、車……かな?」
「掘り起こすぞ」
「嘘でしょぉ!? 土方ぐんッ! ダズげで」
無茶な事を言う洋さんに限界が来たボクは土方くんに助けを乞う。車の一部が見えただけで、掘り起こすなんてイカれてるってば。
掘っても何も出てこないかもしれないのに、時間と労力の無駄だい!
だけどガラケーは通じなかった。電波もあるし、充電もある。さっきまでは通じていたのに、どうして?
「うぇえ! ガラケーが通じなくなっちゃったよ!?」
「学さんが居ないからでしょ。旅館で通じてた理由はわかんないけど、誤差とか? 多分」
「じゃあ尚更帰ろ――ッ!」
「ちんたらすんな、おたんこなす! 早く掘って!」
ボクに拒否権とかないんだ。もう諦めよう。せっかく帰れると思ったのに、ボクは車一台を掘り起こすまで帰れないんだ。
「星が滲んで見えるぅ……」
ぐうとお腹が鳴るけれど、それを満たすものもない。隣の我儘なそっくりさんに付き合って、ただひたすらに土を掻く。
ボクはもぐらじゃないんだけどなぁ……。




