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34勝手目 まだ何もやれてない(2)

『私の気は晴れました。他の方も同じだそうです。本当にありがとうございました』

「成仏するの?」

『はい……娘の事は気になりますが、最後に酷い事をしてしまったので。合わせる顔もありません』

「あっそ。じゃあアンタの体に涙垂らしておくね」


 洋さんは奥さんの言葉に応え、目から玉のようなものを垂らす。それが奥さんの胸元に落ちると、ガラケーから聞こえて来た声はシンと止み、成仏したのだと勘付かせられた。


 そして洋さんは同じく旦那さんの体に涙を垂らそうとする。だけど近藤さんの体を使い、永倉さんは洋さんを突き飛ばした。

 

「痛ってぇ! 何すんだ! アンタも成仏しろ!」

「嫌だ……私は死にたくない、死なない――!」


 予想通りの展開に驚きより溜息が出る。

 だけど逃げ出そうと走り出した永倉さんの足に、山崎さんが長い足を軽く伸ばして引っ掛けてしまう。


「バァカ! 死んだのは気の毒だけどよぉ、あんたずっと往生際が悪いぜ! 自分の事ばっかじゃねぇえかよ!」

「何を知った口を……やり残した事が多すぎる……金だけじゃない、他人に渡したくないものがたくさん……」


 地面に体を這わせながら、亀よりノロマな匍匐前進で逃げようと足掻く。


「あの、奥さんが娘さんに最後酷い事をしたって言ってましたけど……何したんですか?」


 ボクは勝手に成仏されないうちにと、早口で問いかけた。永倉さんは進むのを止めず、逃げ去るように答えてくれる。


「ここへ到着した時、娘は眠っていた。起こすと面倒だからって、車へ置いて夫婦だけで辺りを散策しようとしたんだよ。そしたら地震が来た。でも樺恋も死んだのなら、私達に会えているだろう? 車のロックも掛けていなかったし、きっと救助されたんだ」


 けれど永倉夫妻の娘さんは行方不明だって、ネットには記載があった。それ以降情報もないところを見ると、ボクは最悪な結果だったと思うのだ。


 そう思ったのはボクだけではなく、山崎さんがボクの思うままに質問してくれた。

 永倉さんはようやっと起き上がると、服の汚れを祓いながら煩わしいと言いたげな顔だ。


「地元住民に育てられてるとか、そんなんじゃないのか。こんな田舎なら人情でそんな事しそうだろ。樺恋のためにも私は帰らなければならない。姿が変わっても、私は樺恋の父親だからね」


 こんな時、子供を出されたらボクは口を結んでしまう。両親の事をよく知らないボクからすれば、娘さんのためにも生きた方がいいと言ってしまいそうになる。


 生きる理由としては十分過ぎる理由を見つけた永倉さんは、近藤さんの顔で得意げな顔をするんだ。

 それこそ、「勝った」と言いたげにね――。


「それが人の体を乗っ取ったままでいい理由になんのかよ」

「は――」

「早く逝けよ!」


 洋さんは大きく肩を回して、迷いのない真っ直ぐな打撃を永倉さんの顔面にお見舞いする。

 勿論体は近藤さんのままだし、傷付くのは彼の体で永倉さんじゃない。

 

「洋ちゃあん!? 体は晴太だからね!? お兄ちゃんびっくりしちゃった!」

「うえぇえぇ! 近藤さんの歯が欠けちゃってるよぉ!?」


 吹っ飛ばされた永倉さんに駆け寄ると、上の歯が欠け、殴られた顔の右側は赤く腫れ始めた。

 

『おい、何したんだよ』


 ガラケーから土方くんの声がして、ボクは状況を説明した。土方くんは溜息まじりに「あぁ……」と言って、沖田に任せるって言ったのは晴太だからと締めくくる。


 洋さんは倒れ込む永倉さんの前髪を掴み、唇が触れそうな位置まで顔を近づけた。永倉さんは目を瞑るけど、彼女は開いた片方の手で瞼をこじ開けるんだ。


「いいかぁ? アンタが借りてるその体は、この時間軸にいれば絶対に死なない呪いにかかってんの。体を返さないってんなら、何回でもブン殴るし、さっきアンタがやったような痛い事だってしてやる」


 洋さんは永倉さんの頭を振りながら怒鳴りつけた。


「――け、警察にッ! 知り合いにいるんだ!」

「どうぞ? でも他人の姿でどうするつもり? てかさぁ、普通に考えて今の姿じゃ永倉千樺だと思わないでしょお? 全然相手にされないんじゃないの? もっと頭使おうよ、経営者なんだろ?」


 洋さんたら、間髪入れずにめちゃくちゃ煽るなぁ……永倉さんが気の毒になって来た。

 永倉さんもどうしていいかわからないって感じだし、現世に留まろうとしても良いことないと思うけど。

 

 仮に留まっても、今みたいに洋さんが執拗に追いかけてくるんだよね? 何それ、怖いよ。

 しかも痛い事も平気でしてくるって言うし。


「それでも、死にたくない!」


 生に縋るのは理解できる。だけど奥さんは死を受け入れ、全てを割り切って成仏した。

 夫婦で一緒に逝けるのは幸せじゃないのかな。娘さんの事を心配するフリっぽいし。かっこ悪い人だ。


「うるせぇ! 晴太くんを返せ!」

「断る! 私は生きているだけで価値がある! まだやり残した事がたくさんあるんだ! じゃあそうだ、霊媒師だかわからんが、金なら払う! 早く体を蘇生しろ! 出来なければこの体でいいから使う!」

 

 無茶苦茶言うよ。山崎くんもたまらず殴りかかろうとする。暴力は良くないと止めたけど、歯を食いしばって眉間に皺を寄せた。


「……何があっても、譲れるわけないじゃん……」


 洋さんは前髪を掴んだ手を離して俯いた。肩を震わせて、嗚咽が聞こえると洋さんの顔から玉がたくさん転がり落ちてくる。


 顔を覗き込むと、顔をぐしゃぐしゃにしながら泣いているんだ。


「返してよ……まだ謝ってもないし、お礼も言ってないんだかんね……」

「何の事――あ……」


 永倉さんはその玉を体いっぱい浴びると、スッと大人しくなり、やがてスイッチが切れたように近藤さんの体が項垂れた。

 

「これが救済の雫ってやつか……?」

「なんですか、それ」

「洋が泣くと出て来るコレの事だよ。コレを渡せば死者は救われるらしいんだけどよ、なんせ洋は泣かねぇから出すのに苦労すんのよ」


 山崎さんが拾い上げた光を纏った玉は、温かくて綺麗だ。我儘で聞かん坊な洋さんから出たものとは思えないくらいね。

 

 洋さんの泣きじゃくる声や、ぐじゅぐじゅと鼻の啜る音だけが聞こえる。ガラケー越しの4人だって、誰一人声を発さない。


 それだけ洋さんが泣くって事は、重大で重要な事なんだ。


「何を謝って、何のお礼を言ってくれるんだい?」

「あ……」


 さっきまで暴論ばかり吐いていた声は、ボクを安心させてくれた頼りがいのある穏やかな口調へと戻っている。

 近藤さんが戻って来たんだ!


 ボクを含めた3人は皆近藤さんの体に飛びついて、洋さんのようにわんわん泣く。


「晴太ァ! よかった、よかったよォ!」

「もう戻っで来ながっだら、どうじようがど思いまじだぁ!」

「えぇ……学さんと藤堂さんまで泣くのかい? まいったなぁ……」


 重くて苦しいと笑いながら言うけれど、ボクらは本当に不安だったんだ。

 リーダーを失う焦燥感に襲われ、導いてくれる人がいないという孤独が心を蝕む。

 それに耐え抜いたボクらの緊張の糸は、ぶつんと切れて当たり前なんだ!

 

「晴太ぐん」

「洋、ありがとう。僕ももう戻れないんじゃないかって、結構焦ってたんだ。でも約束通り、なんとかしてくれたね」

「……」


 近藤さんは目の前に座る洋さんの溢れる玉のような涙を指の腹で拭き取った。

 優しい眼差しの中に熱がこもっていて、彼は嬉しそうに微笑んだ。


「岩手で勝手に居なくなって、ごめんなさい。あと……」


 浅葱色のパーカーの袖は拭った涙でびしょびしょだ。


「新撰組作ってくれて、ありがどッ!」


 照れくさそうだけど、泣き顔に笑顔を作って込められる感情を全て込めて伝えているように見えた。

 そして硬く縛った紐が解けるみたいに、ブワァッとまた泣き出すんだ。


「ずるいなぁ、洋は」


 近藤さんも困り眉を作りながらも微笑んで、おいでと両手を広げた。

 ボクらは思い切り飛び込んで、迷子になって見つけてもらった子供みたいに泣き声を上げる。


「洋だけのつもりだったんだけど……まぁいっか」


 行方不明者のリストから全ての名前が消えた。そして霊の気配も無く、地震も落ち着き、全てが終わったのだと安堵した。

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