34勝手目 まだ何もやれてない(1)
瞼の裏に映る箇所を山崎さんと掘り進める。旅館にあった家具や誰かの私物を手に取り、優しく除けて霊を怒らせないようにした。
時々、ネリーやボス、山南さんの声が聞こえた。だけど見当違いなことばかり言われるし、山崎さんが返事をするなと耳をつねったりしてくれる。
現代組の話によれば、山で名前を呼ばれて返事をしたら帰れなくなるという都市伝説があるみたいだ。
今の状況なら痛い程信憑性があるのがわかる。
山崎さんが居なかったらと思うとゾッとした。ボクだけなら、ネリーとボスの声ですぐに振り向いちゃうもん。
転がっていた風呂桶などで土を堀り、手の感触を頼りにして行方不明者を1人、2人と見つける事が出来た。
容姿の特徴を伝え、現代組によって解析されるとリストから次々名前が消えていくみたいだ。
気がつくと太陽はとうの前に1番高いところに登っている。どうりで暑いなぁとは思ったけど、ボクらの集中力はすごいや。
山崎さんも汗を流しながら懸命に土を掻いて、あと2人だなと歯を見せて笑う。
残る行方不明者は永倉さん達だけ。
洋さんがずっと永倉さんの隣で見張っているけれど、時々怒号が聞こえてくるようになった。
「まだなんですか!?」
「見つかってねぇからまだなんだろ! 黙って待ってろ!」
「大体、大学生みたいな人間に人命救助なんか無理なんだ! 早く救助隊を呼べ! 私達に万が一があれば許さないぞ!」
ついに痺れを切らしたのか、近藤さんの姿で洋の胸ぐらを掴んでいる。
山崎さんも壊れた窓から顔を覗かせて大声で牽制した。
「晴太の姿で何してんだ!」
「いいから早く探してくれ! もう一日経つぞ! 死んでしまう!」
「可愛くねぇ自分勝手だなぁ!」
死んだ自覚がないんだから仕方ないよ。と言いたいけど、あの人に死んだと伝えても納得しない気がして来た。
「やる気がないのなら手段は選ばない! 見ろ!」
永倉さんは近くにあったガラスの破片を破れたシーツで包み、洋さんの首元に当てた。
早く見つけなきゃ洋さんを殺すとでも言うの?
「ウケる! 何、アタシを殺すの? ほら、やってみ?」
「わ、私は本気でッ」
洋さんは永倉さんの手首を素早く掴み、首に突き立てられたガラス片に向かって大きく体を振った。
血がシャンプーボトルから液体が出るように吹き出すけど、洋さんは痛がる様子も見せない。永倉さんを冷たさほ含んだ嘲笑で一掃する。
「アタシね、死なないんだわ。晴太くんが戻って来たら病むだろうから、そういうバカみたいな脅しやめろって。 近藤晴太はね、アタシにそんな事しないよ」
「なっ」
洋さんは自分に刃を向けた相手の後ろに周り、腰に腹部に両腕を巻き付けた。
晴太さんの姿の永倉さんは「妻がいる」と不快感を表してもがいているけど、洋さんが腕を解こうとはしない。
「近藤晴太《その体》を呪ってるのはアタシなんだ。アンタなんかに晴太くんの体はやらない」
体が見つからなければ、永倉さんがどうするかは分かりやすい。
洋さんがどうやって解決するかはわからないけれど、近藤さんを繋ぎ止めているようにも見えた。
散々もがいていた永倉さんは急に動きを止め、洋さんの手にそっと右手を重ねた。
「うん……」
消え入りそうな声だけど、顔は赤い。別人に見えた近藤さんの顔が戻ったように見えたんだ。
よかった。憑依って言っても、完全に体を開け渡すわけじゃないんだね。
「洋斗。あのボケナスの遺体優先だ。なんとかして居そうな場所を見つけてくんねぇか」
「が、頑張ります」
そうは言われても、永倉さん達だと思われる体は浮かんでこない。
本人の話では、旅館に戻ってすぐに地震が来て周りにも人が居たと言っていたらしい。でも他の人達の遺体はある程度まとまって出て来た。
永倉さん、本当に旅館の中にいたのかな。疑って申し訳ないけれど、建物を後にして外へ出てみる。
建物自体はもう少し上にあって、土砂に押し流されて崩壊した。
昨夜まで見えなかったけれど、車が一台、地面に突き刺さるようにして転がっていた。
宿泊者のものだろうか。こんな山奥へ泊まりに来るんだから、交通手段に選ぶのは車だと思う。
永倉さんって東京の人らしいし、この人もここまでは車で来たんじゃないかな。車が心配で外に出た記憶が抜けてるとか、あり得ないかな?
「あの! この旅館の駐車場がどの辺か調べて欲しいです!」
現代組に呼びかけると、すぐに応答してくれた。アスファルトで整備されたところだと言うから、土石流で飲まれたとしても近くに形跡があるはず。
「体を探してくれって言ってるんだ! 車はいい!」
「だから探してるんですってばぁ!」
永倉さんは車はいいからとしつこく怒鳴っては、洋さんの腕を振り解こうとしている。
ボクは山崎さんと共に山をまた少し登り、駐車場だった場所を探した。散策していると、車が数台、木に行く手を阻まれるように重なっている。
よく見ると、洋さんが躓いた場所の近くまで戻って来ているみたいだ。
そしてゾーンに入ったかのか、瞬きするたびに人の形が濃く浮かび上がる。
「この辺だ……」
「よし、掘るぞ!」
山崎さんは泥だらけになった電話を近くへ置いて、どこからか拾って来た雪かきようのスコップで土を掻いていく。
ある程度土を避け切ると、今度は手で掘り進める。ボクらみたいな素人じゃ遺体を傷つけちゃうから、時間がかかってもこの方法がいいんだ。
「あっ」
山崎さんが声を上げる。彼の手元には女性物のストールと長い髪の毛が見え始めていた。
もう少しだ! と声を揃え、2人で体が見えるまで掘り進める。
するとすでに息を引き取った状態の30代半ばくらいの女性が出て来た。
「洋さん、永倉さん連れて来て。多分奥さんを見つけたから。さっき洋さんが躓いた付近にいるよ」
『わかった。アンタの奥さん居たってよ、早く歩け』
『おぉ、間に合ったんだな!』
永倉さんの安堵の混じる希望に満ちた声に、ボクと山崎さんは心が傷んだ。見つけられたよ。けれどね、間に合ってはない。
「きっと、悲しいですよ、ね……」
「仕方ねぇよ。元々は遺体すら見つからずに捜索打ち切られてんだ。おれ達が過去に来たから実際居場所とは変わっちまったりして、たまたま見つけられるようになってるのかもしれねぇし……あとは成仏してもらうしかねぇ」
「はい……」
山崎さんは奥さんの遺体に手を合わせると、永倉さんの捜索へすぐに取り掛かった。幸いにもすぐ近くにあった永倉さんのご遺体も見つかる。
すると洋さん達が到着した。
永倉さんは奥さんへ駆け寄り、大きく体を揺する。
「純恋……起きろ!」
いくら呼び掛けても反応はない。それは永倉さんの体も同じ。2人ともブランド物の服に包まれて、眠るように目を閉じているだけに見える。
永倉さんは交互に手首や首の脈、そして心臓の音や呼吸を確かめた。
「遅かった……」
項垂れる方に胸が苦しくなる。ボクらじゃどうしようも出来なかったし、こんな大きな災害じゃ助かるのが奇跡に近いよ。
「信じられねぇかもしれねぇけどさ、おれ達未来から来てんだ。本当なら永倉サンは行方不明で体すら見つかってねぇ。見つけて欲しいって電話が来たから来たけどよ、おれ達に出来るのはここまでだ。死者の蘇生とかは無理だぞ」
山崎さんは淡々としているように話すけれど、感情を抑えるような表情をした。その証拠に、スコップの持ち手を握る拳に力が入っている。
「嫌だ……死にたくない!」
「死にたくねぇじゃなくて、もう死んでんだよ! 今は晴太の体に憑依して話せるだけ! 晴太に体返せよ!」
「嫌だ! 嫌だ!」
現実を受け入れられずに泣き叫ぶ永倉さん。そりゃそうだよね。突然死んだ自分を目の前にしたら、こうなるよ。
ボクは見てられなくて、後ろを向いて涙ぐんだ。
山崎さんは黒電話の呼び鈴がなると、感情のない声でハイと応答した。
現代組の誰かだと思い、ボクもガラケーを開く。
『あの……永倉です。見つけて頂いて、ありがとうございました……それで……私達は未来でどんな言われをされてるんでしょうか……その、世間体とか……』
聞き慣れない女性の声だ。この方はきっと純恋さんだと思う。見た目が華やかだと思ったけれど、声はしっとりと落ち着いて上品だ。
「悲劇の富裕層だと報道されてるよ。けどよ、アンタら何か隠してねぇ? どうして死んだ後にも世間的が気になるんだ?」
『それは……娘を残して来たので……』
「娘も栗駒山に一緒に来たのか?」
山崎さんの問いかけに永倉さんの奥さんは、白状しますと涙声で喉を震わせた。
『来ました……でも、生きてると思います。死んでからは娘には会えてませんから。
あなたにお電話した際、私は自分が死んでいると自覚しました。けど、体が見つからないときちんとあの世に行けなくて……旦那にはそう説明したんですけど、聞いてくれなかったんです。
それで、何と言うか、悲しみが恨みに変わってしまって。地震を起こせば誰かに気付いてもらえると思って、それで……』
地震って起こそうと思えば起こせるんだ。うろ覚えだけど、平安京とかでも怨霊が集まって地震が起きたって言うのも聞いた事があるや。
今回のもそれに似ているのかな。霊とかって、やっぱりよくわからない。




