33勝手目 余裕綽々、意気"洋洋"(2)
「で、あんたの周りで行方不明なのは奥さんだけ? あとは」
「……娘がいます。けど……」
「けど?」
続きはと問えば、聞いてほしくないようで、すかさず目を逸らされる。
「とりあえず、妻と私の体を探して頂けませんか? 帰ったらお礼はしますので」
歯切れの悪い奴だ。救助隊でないおれでも使うべきかと期待のこもらないため息を吐きながら、いくら欲しいですかと続ける。
正直、めちゃくちゃ腹が立つ。けど、こんなところで喧嘩したって何も生まれない。そして永倉は死んでいるんだから、助けても1円だって入ってこない。
おれは無言で電話を小脇に抱えながら、木々や土砂に埋もれ、一階部分の潰れた旅館へ頭を潜らせた。
そして受話器を耳に当て、洋と洋斗の名前を呼んだ。
「旅館に着いた。おれは中に入って行方不明者を探す。もし此処に着いたら、片方は外にいて永倉を見張っとけ」
『一緒に探してるんじゃないんですか? 自分の体だろ?』
洋は走りながら話しているのか、息が上がっていた。さっきまで余裕綽々ってカンジだったのに、晴太が心配で大慌てってか?
「お礼するから探せってさ。金でなんとかなると思ってるあたり、マジで死んだ自覚がねぇな」
『ご遺体が見つかった時には近藤さんの体から出て行くんだよね? 違う?』
「ごめんけど、わかんねぇしか言えないのよな。3人で探して体を持ち逃げされたら困る。今は探し始めたばっかだから大丈夫だろうが、他の行方不明者の体が1人でも見つけて動かないとわかったら――やりかねねぇよな……」
建物が歪んで開いた隙間から永倉を見る。貧乏譲りをして落ちつかない様子だ。
何を隠してる? 娘の事を何故言わない?
チラチラと永倉を監視しつつ、旅館の中で行方不明者を探す。地震発生からは数時間経ち、陽も傾いていた。
初夏の日の長さ、そして少し暑いから孤独を忘れられる。
すっかり夜になる前にあの2人が来て欲しいと強く願いながら、土砂を掻き分けた。
◇
山崎さんと話した後、洋さんはよりスピードを上げて走り続ける。元々の運動神経がいいのか、大木も岩もなんなく超えていく。
ボクは走るのがやっとで、洋さんに文句を言われながら助けてもらう。
今だってそう。足がへとへとで上げられないから、乗用車のタイヤ程の太さがある木を越えられないんだ。
「このくらい、自分で、またげ!」
「身長が足りないのぉ!」
「アタシとあんまし変わんねぇだろうが!」
洋さんにお尻を持ち上げてもらい、なんとか木の上に乗れた。でも高くて降りるのが怖い。日も暮れてきた。夜の山は不気味で恐ろしいよ。
地震が落ちついたからか、2つの光る粒がこっちを見ていたりする。多分目だし、狐だよ。
「洋さん、今日はここで休まない? 暗くなったら危ないしさ」
まずは自分の身の安全を考えるのは当たり前のことだと思うんだけど、洋さんたら舌打ちするんだ。
「ヘタレ! お前だけここで寝ろ!」
「どうしてそう言うんだいッ! ボクはすっかり納得してここに来たんじゃないんだぞぉ! 少しはボクの気持ちに寄り添ってよ! 人の気持ち考えて!」
木に拳を打ちつける。洋さんは息を切らしながら、ボクを支えていた腕をゆっくりと下ろした。
言い方がキツかったかなと思い返したけど、喧嘩ばかりしてたんだから今更だ。
洋さんは一点見つめて口を開く。
「だってわかんないんだもん。人の気持ち」
なんだい、それ。人の気持ちくらい考えられるじゃないか。こうしたら嫌かな、こうしたら喜んでくれるかな……とか。辛そうだから寄り添うとかあると思うんだけど。
「ボクが過去に来て怖いって何度も言ってるのに?」
「だってアタシ、熊に耳を取られたからもっと怖い思いしてるもん。だからこんなの全然怖くない!」
自分本位な回答だなぁ。自分の方が辛い思いをしたから、ボクは辛くないだなんて。
皆な誰しもそういう所はあるけれど、洋さんは飛び抜けて我儘だよ。
「ボクは怖いんだいッ! だから置いていかないで! それで明るくなったら動こうよ!」
「ヤダ! そのうちに晴太くんが居なくなったらヤダ!」
子供みたいに片足で地団駄を踏む。
「なんだい! 近藤さんの事が好きなの!? 土方くんにも抱きつくし、ボスともなんかあったでしょ!」
「そういうんじゃないの! すぐそういう言い方すんのやめてよ! そういう気持ちじゃないと一緒にいちゃいけないの!?」
「そうじゃないけど――洋さんに気持ちがある人の事をたぶらかしてるみたいに見えるよ!」
「なんで!? 一緒に居たい人達が性別違うだけで、なんでそんな風に責められなきゃならないの!」
お互いに本気だ。全力で山にボクらの声が響き渡るのもお構いなしに叫んだ。
洋さんも叫び過ぎて咳き込んでいる。そして後ろも見ず、尻餅をつくように座り込む。
「わかんないよ! どんな気持ちで相手が言って来てるのか。言葉の意味のままじゃない時もあるから、本音を汲み取るとか、本当に苦手で……わかんないんだもん」
「あ……」
洋さんはボロっと一粒涙を流した。すぐにパーカーの袖で拭き取ったけれど、ボクは心が酷く傷んだ。
泣くなんてずるいよと思ったし、ボクはボクで洋さんの気持ちを考えられてないなとも思った。
そしてボクも人の事は言えない。ネリーにいつもハグやキスをされまくっているけど、それに対して何か返した事はないんだ。
可愛いと言われても嬉しくはないけど、すぐに結婚しようとか言ってくる。
言葉のまま、まともに受けるもんじゃない。冗談だろうと思う節もあって、流してるに近いというか。でもネリーとは仲良くしていたい。
それと同じじゃん。ボクってば全然人の事言えないじゃないか。
「ごめんね。考えてみたら、ボクも洋さんの事言えなかった。仲良くしたいに、性別なんて関係ないもんね……」
「うん」
洋さんは自分の思うままに、近藤さんの所に行きたいだけなんだ。幼馴染って言っていたから、土方くんが隣にいるのが当たり前で、近藤さんもそうなんだろう。
家族が居ない洋さんにとって、幼馴染の2人は家族に近い存在だろうし、ボクの発言は軽率だったと反省する。




