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4勝手目 八十禍津日神からのお返し(2)

――


 私は正義感に溢れた人間だ。


 誰かの小さな叫びも取りこぼさず拾い聞き、全ての人は幸せで救われるべきだと信じて疑わない。それはそれは真っ直ぐな人間だ。

 悪の根絶を願い、日々戦い、平和を謳うのが生を受けた我々の使命であり、いかに皆が幸せに暮らせるのかを考えねばならない。


 人のひもじさはどこから来るのか。貧困、差別、飢饉、災害。

 特に近年の飢饉は酷く深刻であり、明日食べる物もないような生活では、生きること自体が耐え難いものである。


 しかし私は考えた。全ての諸悪の根源を無くせば良い。それを生むのは誰なのか。悪を倒すことこそ最も重要である。


 月明かりも通さぬ厚い雲が空に浮かぶ夜、邪神・八十禍津日神を祀る本殿へ炎を投げた。

 全て燃やし尽くした後、炎の中から声が聞こえた。


> 「人を救うことに悦を感じる愚者を許そうか」

> 「後悔させる」

> 「お前ではない、四十九番目の子孫に後悔させる」

> 「近づくにつれ、解る」

> 「人を救う喜びを苦しみに変える」

> 「正義をお返しする」


 と聞こえた。しかしこれを、八十禍津日神の虚勢とみる。数日経ち、


> 「望みを叶える代わり、先の末代まで永遠にその名を名乗らせる。これは有難き神からの授かり物」


 とあり。


 飢饉は止み、飢えの心配はなくなった。


 しかし、私の名は突如として変わり、「幸災楽禍」と、自らの大義とは真逆の忌み名をつけられる。


 この名を後世に残すことなく、人を救うことを第一とする一族となり、本物の神より我々に相応しい名を賜りたいと願う。


 四十九番目の子孫へは、邪神の妄言に振り回されることなく、その生涯を救われぬ魂を救い続ける、より献身的な者になることを要望する。


――


 おそらく放火をした先祖本人が書いていたであろうページを読み終えた沖田は、また一呼吸置いて遠くを見た。


「アタシが四十九番目ってことだよな? じゃなきゃ地震とか起きないもんね?」


 震える唇とリンクするように、カタカタと地面が揺れる。


 大きな揺れではない。が、沖田の精神が揺れに反映されていると、認めざるを得なくなってしまった。


 本の中を見ても、義理子の言う通り全く読めない。沖田曰く、続きのページには先祖代々の記録が記されてあるらしい。

 皆、人を救うために人生を全うし、不名誉な苗字を覆すべく奮闘したと記載があるという。


「『神にこそ願ひ奉らば、永遠の居処、授けらるるやもしれぬ――』ってあるけど、神に願っても呪いは解けないのか?」

「貴女は神にとって害ですから。難しいでしょう」

「この本か、神のじゃなくない?」


 これが呪いなのかと言われると引っかかるところで、義理子らも八十禍津日神の呪いとは違うと眉を顰めた。


「晴太。口寄せで先祖の魂を呼べますか」

「やってみます」


 口寄せといえば、青森のイタコのイメージがある。


 晴太の出身や能力を鑑みると、彼が神霊庁という組織に所属するのは妥当なのかもしれない。


 晴太は正座をし、左手で弓を立てた。弓の弦を音が鳴るように弾き、目を瞑る。それを数度繰り返すと、晴太の顔色はたちまち悪くなり、座っていられず倒れ込んでしまう。


 どよめきの中で、「大丈夫です」と一言叫ぶ。


 放火した先祖を呼んでも、先祖代々の魂が晴太の体に入ろうとするらしく、体が持たないと、上半身を力無く横たえた。


 すると沖田は椅子を立ち、晴太へと近づいたかと思いきや、弓を拾う。イタコの能力を持たないくせに、何をしようとしているんだ。


 見様見真似でぽんぽんと弦を弾いたところ、答えるように外で雷が地面を打つ音がした。それに苛立った様子で、もう一度弦を指先で弾く。


 雷が御神体を穿つように落ち、すると今度は煌々とした光と突風が、一度大きく吹いた。


「伏せろ!」と誰かが叫ぶ。


 木の枝や看板などが風に乗り、凶器となって本殿へ入り込んできたのだ。

 腕で顔を覆い、風が収まるとゆっくり目を開く。


 すると沖田の前に、成人男性ほどの背丈の黒い塊が、背中を丸めるようにして立っていた。


「なんだ、あれ――」


 思わず声が出た。


 都市伝説や心霊などのオカルトはもちろん、魂や呪いだって信じてこなかった。しかしそれは、確かにこの世のものではない禍々しさを纏っている。


「神を安易と呼ぶんじゃねぇよ、ガキが」


 不機嫌な重々しい声。その正体を明かすように、外では落雷の雨が降る。


「まさか……」と、大勢のうちの誰かが言う。


「守! 見ちゃダメだ! 洋ちゃんも!」


 晴太は生死に関わるような切迫した声を出しながら、力を入れて俺の足首を掴んだ。

 俺は、父親の「神は見ちゃいけない」という言葉が現実になったのだと驚愕する。


 あれは自らを神と言うんだから、あれは神なんだ。背筋がゾワゾワと、虫が這うようにざわつく。


「呼ぶなって言うなら出てくんな! 何呪ってくれてんだ! なんでアタシを呪ったのか教えろ! あと呪い、やめろ!」


 アイツは本当に馬鹿だ。


 神相手になんていう口の利き方だ。状況を目視できないが、恐らく片足で地団駄を踏んでいる。


 馬鹿。馬鹿、馬鹿。死んだらどうする。しかも沖田自身が望んで呼んだというから驚く。


「呪われている自覚がなさすぎるぞ」

「あるわけないでしょ! 古臭い本読んだら痣が広がりましたぁ、びびって逃げたら地震ですぅ、変な宗教団体に捕まって本を読み直したら『言い伝え通りだわ』って、どんな日本昔話? 信じられないし、イライラしてきてアンタを呼んだら、なんでノコノコ出てきてんだよ!」

「貴様が呼んだんだろ! 全く、七子孫が一番無礼だな!」

「なんなんだよ、その数え方!」


 なんなんだ、このやり取り。


 緊張感の欠片もない。今まで散々、重々しい空気で絶望を醸し出していたくせに、神様との会話が軽すぎる。

 ドラマCDを聴いている気分だぞ。


 それに八十禍津日神、雰囲気に禍々しさはあるものの、偉そうなだけで話は通じるらしい。


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