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18勝手目 過去戻りの禁忌:秋田県鹿角市(2)

「洋、待ってよ! 熊だよ!? 熊」

「熊だねえ」


 今回も過去に戻ることが出来た……のはいいんだけど。


 洋は猟銃を持っていることで気が大きくなっているみたいだ。人喰い熊がいる山を躊躇なく進んでいくんだもん。

 物音を立てないとか、気配を消すとか。なんの配慮もない。


 いつもの浅葱色パーカーにショートパンツなんか履いて、食べてくださいって言っているようなもんだ。


 きれいな肌色の御御足おみあしを出して前なんか歩かれたら、こっちが熊になっちゃいそうだよ。

 

 けど、冗談抜きに熊に食べられるってどんな感じ? 絵本とかならコミカルに描かれてて、食べられちゃいました! で終わっちゃう。

 でも死んじゃいました! とは言わない。


 食害って聞くとおっかないけど、食べられちゃいました! なら怖くないや。


「あ、見っけ!」


 ほらね。洋は突然走り出すし、土をごそごそ掘って何かを引っ張っている。

 採れたと歓声を上げながら尻餅をついた。腰袋に入ってナイフが物騒に散らばる。


「ほら見て!」


 洋の手にはずっしり重そうな、皮が薄茶色でツヤツヤなアレ。そしてそれを手にした洋の満面の笑み。


「筍!」

「本当に持って帰るのかい? 僕って手が2本しかないんだよ? 洋を担いで帰るってのに、そんな大きいのどうやって持ち帰るのさ」

「晴太くんのことだから、そういうと思って持ってきた」


 守に筍を採ってくるとは言っていたけど、本当に採るなんて。腰袋に右手を突っ込んで、僕の顔見ながら何を探してる。


「これ! これに入れて背負えばいいじゃん!」


 ドヤ顔で取り出したこはビニール素材のナップザック。僕にこれを背負って現世に帰れって言うんだね。



「洋、僕らは筍採りに来たんじゃないんだよ?」

「でもさ、亡くなった人と同じ状況にならないとわかんないこともあるし」


 確かに熊被害を調べていると、筍採りの最中に襲われて亡くなった人達もいる。


 でも洋はただ自分が採りたいから採ってるだけなんだよね。

 そもそもね、過去の物を現世に持ってくるのは禁忌じゃないかなと思うんだ。


 禁忌中に禁忌を重ねたら禁忌が飽和してどうにかなっちゃうんじゃないのかい?


 悩む。悩むけど、ここは念の為持って帰るのはやめようと言わないと。何かあったら困るしね。


「ダメ?」


 なのにさぁ、困り眉で筍を持って甘えた声なんか出しちゃってさぁ! 


「いいよ! 持って帰ろ!」


 ア――ッ! 何故、僕は、こんなに、意思が、弱いんだろうか!


 洋が可愛いと僕はちょろくなる。禁忌中に緊張感のないことを思ってしまうんだけど、禁忌中って2人きりだから洋が僕に沢山我儘言ってくれるんだよね。

 

 怪我をすればそんな場合じゃなくなるし、体が優先になる。だけど、実体験の対象に出会うまでは実質デートみたいなもんだからね。


 ナップザックに筍を入れた洋が、土方のお母さんになんか作ってもらおうとニコニコしながら言うもんだから、もっと甘やかしたくなる。


「僕も料理始めたんだ。よかったら、何か作ろうか?」

「え、晴太くん料理作れんの? カップ麺は自炊じゃないよ?」

「わかってるよ! ぼちぼちだけどね……炊き込みご飯でも作ってみようか?」

「じゃあ食べる。土方はあさりも好きだから、混ぜてやればいいんだ」


 即答だ。洋が僕のご飯を食べてくれると。現世に帰ったら死ぬ気でレシピを調べなきゃ。

 洋は筍を何個かほじくって、ナップザックに入れていく。いつの間にか筍採りに夢中になって、何をしに来たのか頭から抜けていた。


 ジリジリと、草を踏み躙る音。人の物ではない、恐怖を纏うような足音が近付いて来ていた。 

 僕はそれも気が付かないで、洋と2人でいる時間がずっと続いたらいいなぁなんて呑気でいる。


 すると突然、洋はハッと何かに気付いた顔をして、すぐに睨みを効かせる。


「なぁにヨダレ垂らしてこっち見てんだよ」


 洋の挑発的な表情は数メートル先を見ていた。


 首につけておいたイヤーマフを素早くつけて、猟銃を構える。正しい構え方なんかわからないまま来てしまったけど、それっぽく見えた。


 銃口が向く先には、大きな黒い塊が動いている。毛深くて、体長は人間の何倍にも感じる。正確には違うのかもしれないけど、纏う死の恐怖が幻覚を見せるんだ。


 熊は恐ろしい。山で油断してはいけない。特に僕なんか、嫌々来ていたのに。


 低い唸り声上げながら迫り来る熊。

 洋は躊躇わずに肩の外れるような衝撃と共に体制崩した。まぐれなのか、熊の片耳に命中し黒い毛に血が滲む。


 やった! と思っても、熊はすぐにその巨体から怒りの鼻息を吐き出す。


「口ん所に血がついてる。もう誰か食われてるぞ!」

「え――」


 冷静な洋は熊を見ながら後ずさる。僕は熊の姿を目で捕えることしか出来ない。

 近くの物陰に僕を隠すと、腰袋からピッケルを取り出して手渡して来た。


「土方がこれ振り回したら熊が寄ってこないって言ってた。ネットの情報だから定かじゃないけど、スプレーとかも置いてく」

「置いてくって、どこへ行くんだい!?」


 洋は静かに、と小声で僕を黙らせる。もし襲われたらうつ伏せになって、首を隠すように自分を守ってと早口で話すんだ。


 熊がよろよろと起き上がる。まだ終わってないんだ。僕は影から熊の姿を見るのが精一杯。


 けれど洋は物怖じせずに、再び銃口を向けてもう一発。熊には当たらなかったものの、怯ませる事は出来たようだ。


「体の回収、頼んだかんね!」


 洋は熊が怯んでいるうちにと、それだけ言って走り出した。痛みに怒りを増殖させた熊は彼女を追いかけて行く。


 野獣の狩りを目の前にした僕は、足がすくんで動けない。


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