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16勝手目 優しさの押し付け(2)


「電車も新幹線が止まってるぅ? なんでだよ!」

「さっき泣いたのは誰だ?」

「あんなの泣いたうちに入んないだろ!」


 地震の影響でごった返す渋谷駅。バスやタクシーも大混乱で、帰る手段がなくなった。


 沖田は早く東京を離れたいらしく、駅員にいつ動くんだと詰め寄ったりして落ち着きがない。


 電車の状況を繰り返し伝えるアナウンスの台詞を覚えるくらいの時間が経つと、その内容は変わる。


 今日は全ての列車が運休になる、と。


 周囲からは怒号や困惑する声が飛び交う。沖田が落とした涙一粒でこれだけの人間に影響が出るのか。

 中には地震に対して文句を言う利用者もいる。沖田はそれに対して「好きで揺らしたんじゃないって」とめんどくさそうに呟いた。


「今日どうすんの? 野宿?」

「東京に知り合いなんていないしな……あ」


 沖田と顔を見合わせる。沖田と俺は恐らく同じ人物を想像した。


 しかし、その人物には出来るなら頼りたくない。《《あんな奴》》、顔も見たくない。


「土方のじいちゃん家行こうよ」

「爺さん婆さんはいい。行きたくないのはアイツがいるからだ! そうだ。洋斗とネリーを頼るか?」

「絶対ヤダ!」


 互いに思いつく相手は、互いが嫌がる相手である。俺の嫌な《《アイツ》》は、俺の祖父母と暮らしている。


 色々あって血縁関係があると知れれば面倒だから会いたくないのだ。

 沖田はそれを知っている。


 逆に沖田には、洋斗をネリーを頼らないのはなぜかと問いかけてみた。


「あの男が嫌。アタシに全然似てないのに、似てる似てるうるさいし」

「いや、似てるぞ」

「……とにかく、優しくしてくるところがウザくて嫌い」


 変わった理由だ。普通は逆。優しいから好き。沖田からすれば、両親や祈が側から離れて行くのがトラウマになっているのかもしれない。


 とくに、厳しくも優しかった祈が居なくなってしまったのがデカい。

 それぞれの人生だから何も言わないと言うが、心の内はどうしようもなく傷ついているはずだ。


 駅にいても仕方がないので、無駄と分かっていながらも北に進む。時刻は帰宅ラッシュのスタートとも言える17時前。地震の影響もあって道は人の波がいつまでも続いた。

 

 当てもなく歩いていると、晴太からの着信入った。


 そういえば東京へ行くことすら言っていないなと……今更ながら思い出す。


 さすがに心配をかけたか。


『もしもし? なんで2人とも居ないのさ! どこに居るんだい!?』

「ここは……渋谷、いや新宿か?」

『東京!? ならあの地震って洋が起こしたの!?』

「あぁ。渋谷で地震なんて大凡察しが付くだろ」


 晴太は静かにわかったと返した。


「そういうわけだ。俺と沖田はこっちで一泊して帰る」

『どこに泊まるんだよぉ! ちょっと! スピーカーにして』


 言われた通りスピーカーにし、沖田にも聞こえるようにした。

 晴太は車を運転しているのか、ウィンカーやエンジン音が電話口から聞こえる。


『で、どこに泊まるんだい?』


 なんか知らんが、声色からひどく圧を感じる。


「どこって? 泊まれるとこしかないでしょ」

『それってホテルとかってこと? 2人部屋別々だよね? ね?』

「余ってなきゃ2人でなんじゃない? 別に土方と同じ部屋に泊まるのなんて初めてじゃないけど」

「あ、バカ」


 そんな事言ったらどうなるかわかるだろ。この鈍感女。


『何!? いつ!? なんで!?』

「京都に行った時とか。混んでる時期に行くと部屋ねぇんだもん。なぁ土方」

「さ、さあ……」

『あ――――――ッ!』


 スピーカーにしているから晴太の絶叫が恥ずかしい。慌てて音量を下げたが、時すでに遅しだ。


『迎えに行くから。絶対に迎えに行く。だから外にいてよ、絶対、絶対、絶対だからね』

「いいよ来なくて。待つのめんどくさいし」

『いいから待ってて! 密室なんか絶対ダメだからね!』


 沖田は適当にあしらおうとするが、押し切られた。

 今の晴太にとって俺は敵。そして今の晴太なら何処にいようが、地の果てまで来るったら来る。


 俺はわかった、待っていると大人しく返事をした。


 待つ間はひたすら歩く。


 通常営業している店を眺めながら、気長に晴太を待つ。

 沖田とは忘れてしまうような会話しかせず、石を交互に蹴ったりして北上していく。

 

 何があろうと変わらない関係が心地よい。

 いくつになってもそうありたいと思うのは、やはり情だろうか。


 ――日付も変わりそうな深夜、晴太から近くまで来たと連絡があった。


 適当に落ち合える場所を探し、晴太が借りたレンタカーを見つける。

 棒になりそうな足を休められると安堵するが、運転席から飛び出してきた晴太は鬼の形相で肩を揺さぶってきた。


「何もしてないよね!? このけだもの!」

「お前が思ってるようなことはしとらん!」


 目を細めて睨まれても、どこからが嫉妬の対象なのかわからん。例えば神霊本庁で手を繋いだし、抱き抱えたりもした。

 わざわざ口には出さないが、これを言ったら塩を撒いて梓弓で殴ってくるかもしれんぞ。


「何もって何? 歩き疲れたから乗せてよ」

「洋は助手席、守は後部座席に乗っておくれよ!」

「はいはい」


 沖田の一言で表情が変わるんだ。


 逆に言えば沖田が晴太の地雷に踏まなければ、俺達の関係は良好と言える。


 仙台に帰ろうと明るく振る舞った晴太だが、運転を開始するなり様子が変だ。

 サイドブレーキを忘れたり、ワイパーとウィンカーを間違えたりと不安になる運転ばかりする。

 

 あげくに急ブレーキのように勢いよく止まったりするので、体が前や後ろにぶつかって休めるものも休めない。 


 晴太の運転する車は初めてだ。たまらず赤信号の時に問いかけた。


「いつもこんな運転なのか!?」

「気持ち悪ぅ……」


 車酔いで吐きそうと窓から顔を出す沖田。晴太の顔を見ると口角が引き攣っている。


「いつもは、こんなんじゃないんだけどね……僕さぁ……緊張すると霊がくっきり見えてしまうんだよね。その、今日は洋が隣に座ってくれたのが嬉しくて、緊張しちゃってさ……霊を轢いてるのか、人間轢いてるのかわかんないんだ」


 両手の人差し指の先をツンツンと合わせて、てへっと笑う。


「後ろに乗ってろ! バカ!」


 沖田と言葉が被った。


 晴太はさすがに素直に言うことを聞いて、近くのコンビニで運転を交代した。


 長時間の移動で疲れたと言って、沖田と晴太はコンビニ飯をもしゃもしゃと食べる。

 晴太はお腹が減ってイライラしていたのもあるや、とおにぎりを食べながらヘラヘラ笑った。


「そういえばさ、今話すと気持ち落ち込むかもしれないんだけどね」

「そんな前振りから聞きたくないわ」

「ごめんよ。でも、洋の呪いもあるからさ」


 晴太は携帯のライトをつけ、助手席に座る沖田へ一枚の紙と一緒に渡した。

 目をこすりながら紙を見るが、暗くてわからないと晴太へ戻す。


「これ、秋田県の地方新聞なんだ。朝、祈に両親へよろしくって伝えたろ? でもパパに言っておくねって言ったのが引っかかって、調べてみたんだよね」

「そういや、パパを1人に出来ないとか言ってた気がする」


 俺も引っかかっていた。沖田も頷く。

 

「祈のお母さん、熊に食害されてるんだ」

「熊に食われた……ってことか?」

「うん。顔を殴られて即死した後に食べられたみたいだよ。その熊が原因で他にも人が亡くなってる。この事件、全国ニュースにもなったんだね」


 酷いニュースだ。人間が熊に食われるなんて想像しただけで背筋が凍る。


 それがつい朝まで一緒にいた人間の身内の死因だと思うと、尚更恐ろしい。


 晴太は調べただけだからねと続けるが、俺には沖田に過去に戻ろうと誘っているようにしか聞こえなかった。


「いいよ、行こ」

「体を食われるんだぞ!?」


 ――行かないで欲しい。


 沖田の体が食われて戻らなかったらどうなるのか。

 今までは手足もあって、欠陥して帰ってくる事はなかった。


 でも、もしも熊に襲われて体の一部を失ったら元に戻るのか? 他に取られた所まで治るなんて保証もないのに。


 沖田は助手席で足を組み、窓を開けて縁に肘をかけて外を見た。


「どうせいつかはやらなきゃいけないことでしょ。食われる覚悟、決めとかなきゃなぁ。あ、一応熊と戦うか?」

「僕が洋を現代こっちに連れて帰ってくるんだから、熊に変な刺激しないでよ?」


 「実体験」を通さなければ死者は救えない。そんな体にした先祖を心底恨む。


 それに加えて、沖田はいつでも他人事のように話す。


 どうせ治るから、死なないからと体を痛めつける事を厭わない。

 今だって晴太と楽しそうに銃でも使うかとか、まるでゲーム感覚で熊の倒し方を話している。


 酷い事をさせている自覚もある。けれど、俺じゃあどうしようもしてやれないんだ。晴太のように過去へ付いていくことも出来ない。

 ただ待っている。それしか出来ない。普通の社会生活なら堂々と寄り添ってやれるのに、何もしてやれない。


 大学を辞めたってそうだ。昨日あんな啖呵を切ったのに、俺は現実が見えていなかったんだ。


 意思が揺らぐ。大学を辞めた後に沖田の呪いがなくなったら、辞めたことを後悔するのか?

 そもそも霊感すら持たないこんな俺を、神霊庁は雇ってくれるんだろうか。

 

 自分だけ別な世界にいる気分だ。


 どうしようもできない自分に苛立って、ハンドルを強く握ってしまう。

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