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13勝手目 君の呪いはどこまで続く(2)

 聡さんはまっすぐな瞳で私達を見てくる。


「洋は生まれたばかりの時に神霊庁へ預けられた子です。洋の母親は幻聴が聞こえると酷く憔悴した様子で、洋と幸災楽禍家の子孫が代々持つとされる本と一緒に保護を求めて神霊庁に泣きついた、と。呪いの事を知っていた神霊庁は、洋が49番目の可能性があると疑っていました。彼女を下手に刺激しないよう、当時の責任者の決定により一般社会での生活を送らせることになり、その任を任されたのが私達です」


 耳を疑う私たちは心の整理もつけられずに、淡々と語られる洋の過去について聞かされた。

 当時の責任者の考えなんてわかりっこないけど、洋は普通の生活を送れていたとは思えない。


「普通の生活って……21歳にもなって、挨拶もろくに出来ないのが普通だって言うんですか? ちゃんと育ててあげようとか、任務だろうが寂しい思いさせないようにとか、思わなかったんですか!?」

「祈、落ちつこうよ」


 守から聞いた話を思い出すと感情が止められない。我儘なのも自己中なのもこの人達のせいだとしか思えない。相手は特に動じず、話を続けた。


「教育をしろ、とは言われていませんでしたからね。そもそも私達は夫婦でもなければ、子供も産んだ事もない。沖田家はいわばグループの総称のようなもの。葵はどうかわかりませんが、私は子供が好きではないんです。人としてどうなのかとおっしゃるかもしれませんが、飯を食わせておけば勝手に育つと思っていますから」

「何それ! じゃあ洋のことはどうでもよかったっていうの!?」


 ありえない、ありえない、ありえない、ありえない。


 21年も一緒に居たくせに、食べさせておけば勝手に育つ?

 聞けば洋に関するお金は神霊庁から出ていて、この2人は1円もお金をかけたことがないという。 

 呪いがわかる前からずっとずっと、神霊庁こんなところに見張られてたって言うの。


 愛せないならどうしてその任務を引き受けたのかと聞けば、聡さんは「とある神社で働く為のキャリアが欲しいから」、葵さんは「家庭の事情で入庁したばかりで断れなかった」と。


 洋を育てて一般社会に送り出してあげるのが任務ではないの?

 

 49番目の呪いが発現させないように衣食住だけ提供し、体だけ大きくなればいいと素で思っている人達。

 守の言っていた放任主義もここまでくると虐待よ。


「最低ね。洋はあなたたちが帰ってくるの信じて待ってるのに。情の一つもないの?」


 堪えていた涙が一粒落ちると、2人はため息とも取れる息を吐いて薄らと笑う。


「あなたも思ったんじゃないですか? こんなに我儘な人間と居たくないって。山南さんだって、仕事といえど嫌気がさしたはずですよ。家に帰れば我儘な他人の子供がいるってストレスなんです」

「私も聡さんと同じです……小さい頃はまだ可愛いと思いましたけど……成長するにつれて"女"として劣っていくような気がして嫌だったんですよね」

 

 どちらも親の顔はしていない。


 本気で、本当に洋の事が邪魔だった大人なんだ。

 洋が我儘になってしまった理由は自分達にあるかもしれないのに、それを幼い本人のせいにする。


 葵さんは栓を切ったように洋の事を悪く言い始めた。


 土方家に甘えている事も気に食わない。近所の人に洋は誰似なんですかと言われた事も腹立たしかったと。

 洋の体を見て、いつか女として体を武器にしそうで気持ち悪くなって目も見れなくなった、と。


 葵さんに至っては洋を女として見ていて、一方的に敵視している。


「本当に洋に対して愛はないの? 洋はあなたの作る唐揚げが好きだったって言ってたの。お母さんの作った唐揚げが食べたいって。それって、愛がなければ作れないじゃない? ねぇ!」


 お願い、少しでも洋の為に何かしてあげたと言って。お母さんを求めている洋がいるのに、何も報われないなんて辛すぎる。


 晴太は会話には混ざらないけど、つうと涙を流していて、この「育ての親」の非情さに心を痛めている様子だった。


「……唐揚げ。洋の我儘の中で唯一叶えてもいいかなと思ったから、揚げただけですよ」


 なんだ。めんどくさそうに言うけれど、洋のことを完全に嫌っていた訳じゃないじゃない。唐揚げを手作りって結構手間だし、揚げ物は処理も面倒だしね――と、心の中で少し安堵した私はバカだった。


「同じものが食べたいなら、冷凍のから揚げを揚げればいいんじゃないですか?」


 葵さんは不快感を露わにしながら、椅子を勢いよく弾いて立ち上がった。


「もういいですか? 私も聡さんもあの子には疲れてるんです。地震まで起こされて管理不足と怒られて。おかげで減給ですよ」 

「それは、洋のせいじゃないです。洋は――」


 晴太は会話に初めて入るけど、葵さんの主張がそれをかき消した。


「あの、近藤さんと山南さんでしたっけ。私たちが悪いみたいな態度を取られてますけど……あなた方は洋に対して負の感情ゼロで、愛情と責任を持って向き合えるんですか?」


 やめて、もう何も言わないで。


 耳を塞いでも、悪口は大きく聞こえる。葵さんの言葉は私に刺さった。聡さんも立ち上がると機械のように感情の無い声で続く。


「家族ごっこは終わりです。私達は自分たちの為に我慢して働いただけの事。二度と洋に会うつもりもありません。地震を起こされても困りますし」


 洋を連れて来ないでと言ったのは、その為だったのね。本人にはもう少し言葉を選ぶかもしれないけれど、実親じゃないとか言われただけで涙が溢れてくるに決まってる。


 聡さんはドアノブに手をかけると、思い出したかのように「それと」と呟いた。


「もう洋は沖田ではありませんから。沖田と名乗らせないようにだけして頂けますか。近々本人へ告げるつもりでしたが、仙台の家は売り払います。もう成人しているのですから、自分でどうにかするようにさせてください。それでは」


 優しい趣のある和が貴重とされた応接室には、扉の閉まる音が大きく響いた。私と晴太の啜り泣く声は反響し、余計に悲しく思わせる。


 可哀想では片付けられない。あの2人の言うことは、私も思っていたことも沢山あった。

 私は文句は言えるけれど、洋の生活も、禁忌に対してだって責任は取れない。

 口ばかり立派じゃいけないのはわかってる。助けてあげたいのに、私は何の覚悟もない。


 今日だって、感情で訴えればどうにかなると思っていたの。洋のお母さんに、唐揚げを作りに帰ってきてって。


 ただ説得したかっただけだったの。


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