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82勝手目 全部終わらせたいんだ(1)

守達が松島から帰って来てから、屯所は賑やかになるどころか、会話も少なくなった。


 精神がすり減って、いつ誰が居なくなってもおかしくないような重苦しくて悲しい雰囲気が漂うの。

 私も泣きすぎて常に頭が痛い。せめて子供達の前では笑顔でいようと思っても、樺恋のわがままに洋を重ねてしまう。


 辛いね、苦しいねって毎日泣いて、抱き合っても満たされない。皆と眠っても同じ。人が多ければいいわけじゃないのよ。


 洋が居ないってだけで身が裂けそうなの。ご飯だって、もしかしたら今日帰ってくるかもしれないって希望が消えないから、洋の分も準備してしまう。


 干からびたご飯を私のご飯にして食べる。もう、残して……と、洋がご飯を食べなかったことにして残り物を処理するのが日課になってしまった。


 虚しい。朝起きて来ない洋を起こしたり、台所にいると私の肩に顎を乗せて「ご飯、何?」と手伝う素振りも見せなかったり、夜部屋に来ては一緒に寝ようと甘えてくる姿が恋しいの。


 いつもあの子が昼寝をしていた縁側に腰掛けて、畑を眺めながら同じことばかり考える。


 ぐずりと鼻を啜ったら、背中にポンと触れられた。

 学と、竹刀を持った勝。2人は私の両隣に座った。


「まぁた泣いてんの」

「だって帰ってこないんだもの」

「帰って来れねぇんだよ。洋は用事が終わったら帰ってくるって。な、勝。言ったもんな」

「……はい……」


 無理矢理言わせてんじゃないのよ。お兄ちゃんだからって無理に明るく振る舞ってんだろうけど、その気遣いさえ苦しいの。

 勝だって元気がなくて、竹刀を握りしめて俯いている。


「おれ達には待ってることしか出来ねぇのよ。ま、万が一に備えて鍛えることはできるけどな」

「何よ。鍛えるって」

「祈は毎日ここで泣いてるから知らねぇですが、みんな剣術の練習してんだぜ?」

「……そんな素振り見せないじゃない」

「そらそうよ。祈はずっと泣い……睨むなよ……」


 学を思いっきり睨んでやった。私が泣いてばっかりいるから、周りの状況が読めてないって言うわけ?


 話し声が聞こえないのは皆黙っているからじゃなくて、集まって連絡してるからってこと?


「私は何も聞いてないわよ」

「聞いてねぇは嘘ですがぁ? 飯の時に散々話してんだけど。祈はずっと上の空だからわかんないだけな」

「ムカつく……じゃあみんなで、秀喜のお父さんが無理矢理建てた小さい道場に集まってるわけね」

「そゆこと。祈も来ねぇ? ってお誘いに来たわけさ。ネリーも樺恋もいんぞ」

「樺恋はわかるけど、ネリーまでいるの?」

「ネリーさんは竹刀ではなく、物干し竿振り回してます……」

「……あ、だから物干し竿足りないの……なんか減った気はしてたのよ……」


 学と勝がみんなが居るから、気晴らしに、もしもの時にと様々な理由をつけて武器を取らせようとしてくる。


 けれど、そのもしもは洋のこと。何かあったら洋に武器を振るうなんて出来ないわ。


「私はもしもがあっても……洋を傷つけたくないから遠慮する。洋もみんなにそんな体制でこられたら悲しむわ」

「洋だって刀持ってんだぜ? 見るだけでもいいからさ……みんなと居ろよ。気は紛れねぇかもしんないけど」

「でも」


 洋に向けるのは愛情だけがいいんだもん、と言いかけた時、学が膝裏に腕を差し込んで、私の体を持ち上げた。


「めんどくせ! 強制連行!」


 突然自他共に認めるイケメンにお姫様だっこなるものをされたら、ドキッとするものでしょ?

 私は学を信頼しているし、1番話しやすいんだけれど、触れられると条件反射で頬をべちんと叩いちゃうの。


 学の頬は赤く腫れる。私は足を床につけて、腰に手をついた。


「誰が触っていいって言ったのよ。調子乗んなよ」

「おれには容赦ないの何ぃ……?」


 キュンとなんてしないから。そこまで言うなら行くわと勝の手を取り、みんなが居るという道場へ足を進めた。


 ◇


 道場に来るのは2回目。自分にはあまり関係ないと思っているのよね。

 中から聞こえて来るのはみんなの話し声や、バシンと竹をたたきつける音。


「ネリー殿! こんな狭いところで物干し竿を振り回すのはおやめくだされ!」

「コレ避けるのも、オマエらのタンレン!」

「物は言いようだけどさぁ、怪我したら意味ないからね!? ネリーさん止まって!」


 宇吉と晴太がネリーを止めてる。勝は「ネリーさんはいつもああですよ」と苦笑い。


「隙あり!」

「がっ……!」


 その近くで様子を眺めていた秀喜の脛を樺恋が竹刀で叩いた。大きく振りかぶってスイング。

 子供ならでは、力加減の知らない一撃が秀喜を襲う。


 秀喜は声にならないうめき声を喉から発して蹲ってるわ。


「このクソガキ……!」

「油断してた秀喜が悪いんだもん? 洋が相手なら死んじゃってたかもしれないわよ?」

「さすが樺恋様! 教えた甲斐がありますなぁ。秀喜殿、油断は命取りですぞ」

「これは違うと思うんですけど」


 樺恋も宇吉も腕を組んで得意気。元気がないって思ってたけど、体を動かして発散していたのね。

 精神的な疲れも、肉体的疲労に変えれば体が休もうと眠りを誘うもの。


 らしさを出しながら竹刀を握るメンバーをよそに、少し離れた所で言葉を発さずに鍛錬刀ぶつけ合う2人がいる。


「守と洋斗は真面目にやってるじゃない」


 よく見ると2人の鍛錬刀のサイズが違う気がした。動く鍛錬刀を目で追い、人差し指と親指を摘むようにしてサイズを測る。


 守は長くて、洋斗は短い。それに、守の方が有利そうに見えるのに、洋斗の方が俊敏でちょこまかしてるというか。


「守さんと洋斗さんの身長に合わせた物を使ってるんですよ。守さんは身長が高いから遠くから先に斬れて、重くて長い刀だから一撃が大きいんです。洋斗さんはパワーが劣りますけど、抜刀と最初の動きが早いから、接近戦に向いてるんです」

「で、2人の刀な、逆を持たせると動きが鈍んのよな」


 勝と学が解説してくれる。全く知らない世界だわ。攻撃は最大の防御とは言うけど……。


 みんなが各々手に持つ物を振り翳し、その相手を洋に置き換えて脳内フィルターをかける。

 もしそれで洋が怪我をして、帰って来辛くなったら?

 洋は敵扱いされたと受け止めて、寂しい思いをさせるかもしれない。


 私は皆みたいな強さは手に入れられないわ。


「守は、あの鍛錬刀を本物に持ち替えるのよね……もし洋に当たったら――」


 ごくんと喉に不安が通った。1番洋の近くに居た、守がそれを持つなんて……と、勝手に裏切られた気分にもなるの。


 でも学は歯を出してニッカリ笑い、大丈夫と一言。


「守は洋と1番”対等”でいようとしてんだ。洋に言われた言葉一個一個全部拾って、全部受け止められるって証拠にすんだとよ」

「秀喜さんと晴太さんも同じようになろうとしてますけど……真剣を握ると手が震えてしまうので。守さんは怖くないらしいです。すごいですよ」

「洋斗も理由は同じだけど、家族だからだと」


 そう……と、2人の稽古を見ながら肘を撫でた。

 時々響くバチンという大きな音に驚いて目を瞑り、なかなか終わらない剣のぶつけ合いに目を逸らしたくなった。


 新撰組の誰かと洋が戦う姿は見たくない。学と勝に何も言わず、逃げるようにして道場を出る。

 私は洋と対話で解決したいの。傷つけたくなんかない。正当防衛とか色々理由はつけられるけれど、私には無理よ。


「祈!」

「樺恋……」


 後ろから小さな足が走る音が聞こえたと思ったら、樺恋だった。汗をたくさんかいて、すっきりした顔をしてる。


 泣いてるよりはいいけれど、手に持つ竹刀を見ると心が痛むわ。

 同じ目線になるように屈み、息を切らす樺恋に出来る限り笑いかけた。


「稽古は楽しい?」

「楽しいかはわかんない! でも、洋に近づいてる気がする!」

「洋に?」

「勝が言ってたの! 刀持ってる洋と守がかっこよかったって! もしあたしが守みたいに戦えるようになったら、洋が手合わせしようって言うかもしれないでしょ?」

「ダメよ、危ないわ」


 洋は好戦的。宇吉に相手をしろと声をかけていたのを何度聞いたか。

 それに、今の洋はスイッチが入りっぱなし。樺恋にだって問答無用で襲いかかってくるかも。


 洋を信じてないわけじゃないけど、洋じゃない誰かが洋の体を使って樺恋を殺したりなんてしたら……


 こんな小さな体、ひとたまりもない。


「そうね、あたしじゃ洋に勝てないもん。でもそう言ってくれたら、洋と同じになったってことだから、洋が独りでいる必要ないでしょ」

「樺恋……」

「洋に帰って来て欲しいの! ならあたし、餌になる!」


 この子も頑固だからね。何言っても聞かないわ。言わせてあげるのはいいかと息を細く吐いて、樺恋の頭を撫でた。


「樺恋は強いね。私には持ってない勇気があるわ」

「祈もまだまだね」

「それはムカつくわ」

「ふふん。今日のご飯、大盛りにしてね! お腹すいてるから!」


 樺恋は走りながら注文して、道場へ戻って行った。今日は少し多めにご飯を炊かなきゃ。

 それとも、洋の分を樺恋に回す?


 震災の中、あるもので作るメニューも尽きてきた。でも、ご飯を作っているときは少しだけ自分を取り戻せる気がするの。


 私しかいない屯所に戻る。少し早いけれど夕飯の準備をしようかな、なんて思っていたら、戸を開け閉めする音がする。


 引き戸はバウンドするように乱暴に開けられる。誰? 私、誰ともすれ違ってないけれど。


 泥棒かしら。足を忍ばせ、音のする方へ近づいていく。


 足音はみんなの部屋が並ぶ方へ移った。そっと覗くと、浅葱色のパーカーが見えたの。

 気のせいよ。目を擦り、じっくり見る。洋斗の部屋のドアノブに手をかけ、中を見ている姿はまさしくあの子。


 体が動いた。後ろ姿が愛おしくて、飛び掛かるように抱きついた。

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