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81勝手目 過去戻りの禁忌:東京都文京区(4)

 幸才の体は軽かった。血が抜けたから、もっと軽くなったんかな。


 どうしようもなかったんや。


 そもそも、人の運命を変えるなんて意識的にしたらアカンのや。

 弔いの花すらなく、頼るあてもない。京都に家族がおるというけれど、遺体を渡しにも行けん。


 幸才の家にあった紙で花を創り、硬直の始まった手に握らせる。


 谷と相談し、遺体は幸才が拝んでいた焼死体の安置場所に連れて行くことにした。きっとこの人らなら、違う苦しみで死んでしまった幸才でも受け入れてくれるやろと思ってのこと。


 家族に宛てた手紙もどうにか届くように、見知らぬ人に頭を下げて託した。


 あの手紙の意思はきっと未来へ続いている。

 呪いの継承は、意思の継承でもあるはずなんや。


「帰るか……」

「せやな……」


 結局、通り魔だと叫ばれた女も何処へ行ったかわからない。谷も負傷者から特徴を聞いた途端、追わないと口を結んだ。


 そして幸才の家の庭にあった小さな池を帰り道として選び、この時代に別れを告げようとした時。


「どう思う? その……」

「……洋……なのかって、ことだろ」

「そう……あんな、実はボク……幸才の所行く途中で、沖田はんらしい姿を見たんよ……」

「そうなんじゃねぇの。殺す理由は知らねえけど」

「スッと飲み込めるもんなん?」

「受け止めてんだよ! 受けて、止めてんの!」

「どないしよ。こんなん土方はんらに言ったらどないなるんかな。尾形かて、一線超えたから手を引こうっちゅうかもしれんのに」

「でも隠せねぇ」


 谷は奥歯を噛み締めている。ぎりりと歯の軋む音が聞こえたら、ボクは言うしかないんやなと腹を括った。


 迷いが消えたらドボンと水の中。落ちるとすぐに現代で、地震後とはいえ、平和な日常に安堵した。


「おかえり」

「……その顔……」


 3人はボクらを見て、泣いたんやなって思っとるんやろう。


「何か、知ってしまったんですね」


 思ってた言葉とは違う。尾形の洞察力はボクらの上を行く。

 そして尾形らも落ち込んだようにも、切迫が詰まったようにも見える表情を浮かべるんや。


「相馬くん達が過去へ戻っている間、幸才家についてさらに調べていました。きっと出てくることはないだろうと思ったのですが……ワタルさん以前の先祖についても、日本各地に逸話や、小さいながらも石碑が置かれている箇所があるんです……」

「は……?」


 地元じゃ些細な出来事も、伝説として語り継がれる。土地の英雄として扱われるものが多い。

 ボクらだから幸才家の人間だとわかるけど、どれも他人の不幸の上にある栄光や。


「しかもな。調べて少し時間が経つと……検索結果が増えんねん……」


 新見がタブレットに触れ、インターネットの更新ボタンを押す。微数やけど、確かに増えとる……。


 少し時間をおいて更新してもまた増える。増えた記事を探し、年代や土地などを調べた。

 大体の年代や時代別に並べると、ボクらは気づく。


「なんや……コレ、順番に、時代が遡って行ってるやん……!?」

「おい! また増えたじゃ!」


 新たな気づきを確かめるべく、更新された情報を読む。


「またさっきよりちょい古い時代……」

「まるで昔を順番に思い出しているような……」


 世界にとっては些細なインターネット上の更新やけど、ボクらには解けない大難問やった。

 ボクも胸に抱えたモヤモヤを打ち明けるタイミングを伺いながら、頭を悩ます。


「しかも、死因が記載されとんのは刺殺か斬殺……」

「幸才家って誰か1人を決めるために殺し合いしたり、次に継ぐために自殺するんじゃねぇんか?」

「そのはずですが……過去が、変わったということでしょうか?」


 その後も更新を何度もかけ、数字が動かなくなったのを確認してから記録をまとめた。


 不思議やね。幸才って名前がなくても、それらしい英雄譚も検索に引っかかってくるんやもん。


 時系列順に並べると、48人分の記録が取れた。


 死因が変わって、未来に名や記憶が残っとる。幸才家のルールを壊した何かがあるとしたら、アレしかない。


 不安を含んだ脂汗が、蒸し暑い東京の夏に流れる汗に混じる。


「沖田はんや……」


 言ってしもうた。もう戻れん。


「幸才を殺したのは、沖田はんやった。過去に戻って、先祖を殺しとるんや……!」

「48人、全員……ですか!?」

「定かやないけど、そうとしか思えん! 死に方も同じ、歴史を逆に歩いとるように記録が浮かび上がってくる!」

「洋……一線、超えた……んか?」


 服部の言葉は、静寂に溶けるように消えた。まさかあの子が人殺しなんて。信じたくないと目を背けたい。

 けれどもう、あの子しかおらんのや。


「幸才の一族は殺し合って、もし、呪いを継承した48人も殺されたんだとしたら……一族みんな、誰かに命を奪われて人生終えとるってことやんな?」


 新見がごくりと喉を鳴らした。赤いフレームの眼鏡が汗で滑り落ち、信じがたい現実を認めたくないと拒否しているようや。


 そして、喉の奥から絞り出すように言う。


「なら、洋斗は……どないなるん」


 幸才家の血を持つ唯一の生き残り。沖田はんの目的はわからんけど、きっと――。


「もう一度戻る!」

「相馬!」


 行くなと止められるけど、手が止まらん。紙に1945年3月11日午後18時頃、東京都文京区……と詳細を書いて燃やした。


 あとは鏡をくぐる。同じ場所への2度目の禁忌や。


 谷と2人、もう一度幸才が殺される直前まで戻ってこれた。すぐにボクが見かけた女性の影を探す。


 思った通り、影がある。ボクらの知る沖田洋の姿は確かにあった。


「沖田はん」


 暗い路地でも発光するように映える”浅葱色”。戦火には不釣り合いな軽装が異様さを際立たせとる。


 黄色い目で捉えられた。視線は触手のようにボクらに絡みつき、瞬間、殺されても文句は言えないような緊張が心臓を撫でる。


「先祖、殺し回ってるやろ」

「……仕方ないの。いいの。もう、迷惑かけないから」


 正気のない声。顔も青白くて、見るからに限界を超えた異常者の顔つきや。


「迷惑だとは言わねえよ? でもよぉ、何があったのか話くらいしろよ! 守達も悲しいだろ!」

「いいの。関係ないから」

「関係ないって……洋、マジで言ってんのか?」

「誰も関係ない。アタシ事。もう関わらないで」

「そりゃねぇだろ! オレも相馬も、皆も、お前の帰り待ってんだよ! 何したかくらい教えろ! 心配してんだよ!」


 谷の怒声も、灰のようにはらはらと散っていくのがわかる。

 沖田はんには言葉が届かないんや。


 けれど、宇吉はんとかが言ってたような独り言は言わん。ボクらの声にはきちんと応じとる。


 沖田はんは刀をビュッと一振りし、刃についた血を飛沫にした。幸才の血が、ボクらの衣服に飛び散る。


 そして鞘にそっと刀を仕舞う。殺意をボクらに向けることはなさそうや。


「幸才も洋が殺したのか……?」


 谷は降りかかった血に残る、わずかな生ぬるさを感じ取ったらしい。


「……全部なくなるから……ごめん」

「沖田はん、何したいの? 誰に何を言われとるん? 誰に憑かれとるん? 言葉にしたら、気休めやけど楽になるかもしれんよ?」

「……」


 沖田はんは路地の奥へと体を溶かしていく。そしてこちらを振り向きもせず、小さく雨粒が一つ落ちるような儚さを吐いた。


「嬉しかったよ」


 そしてふっと、霞のように消えた。


 敵意はなかった。けれど、もう会えないと言われたような、別れの言葉であることは確かやった。


 関係ない。関わらないで。

 無になる……なくなる。なかったことにする?

 嬉しかった。もう会えない。


 結びついた、複数のイコールが1つの仮説を生んだ。


「……もしかして幸才家の人間全員殺して、自分の存在ごと消そうとしてるんちゃう!?」

「じゃあ、やっぱり洋斗……!」


 ボクらは急いで現代に戻り、雪崩れ込むよう息を切らしながら尾形達に叫んだ。


「沖田はんは絶対、屯所に行く! 洋斗はん殺して、幸才家の存在ごとなかったことにするつもりや!」

「は!? じゃあなんで記録が残るんですか!? おかしいでしょう! 時代が新しい方から記録が残っているのに……存在ごと消すなら、始祖から殺すはずです! 辻褄が合わない!」


 尾形の言うこともわかる。けど、あの言い方は絶対そうや!

 沖田はんやって、幸才からしか辿れんかったのかもしれん。一度遡って殺し、そして未来に向かって過去を殺しながらきたのかもしれんし。


 理屈はどうでもええねん!


「早よ連絡しぃ! 洋斗が死ぬど!」


 兄妹同士で殺し合うなんてありえない。顔を見合わせて笑っていた2人の誠が崩される。


 紛れもなくアレは”沖田はん”やった。もう、あの子は限界なんや。


 どうにもならない。死ねないなら、居なかったことになりたい。消えてしまいたい。

 家族なら巻き込んでも許してくれるはず。尚更、沖田はんに後ろめたい気持ちがある洋斗はんは死を受け入れてしまうかもしれん。


 もう、終わりにしたい――。


 そう願い、行動に移してしまうんは普通やないやろうか。


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