81勝手目 過去戻りの禁忌:東京都文京区(2)
働かざる者食うべからず。
金がねぇと命を張らなきゃなんねぇんだってさ。
禁忌も3回目になると行為にビビることはねぇんだけど、年代が引っかかるんだよ。
1945年ってよぉ、バチクソ戦時中じゃね? しかも3月。いやぁな予感すんだよな。
オレ達が来たのは真っ黒な建物の間。焦げ臭くて呼吸するのもやっとだ。
足元も同じ。街ごと燃やされたような――と言おうとしたら、まさにそのまんま。
「……ほんまかいな」
視界が開けて飛び込んできたのは、一面の黒。まさしく空襲の後だ。写真でしか見たことのない悲劇に、言葉を失う。
この世界でオレと相馬だけが綺麗な姿な気がした。まるで傷つけた側にいるような気分だ。
どんなに金ないオレだって、今この状況下なら何でも持っていそうな人間に見られるだろう。
「オレの知識が合ってるかわかんねぇけどさ……3月って、よく空襲の話、してねぇっけ……」
「東京大空襲や……尾形はん、気づいてる感じとかあらへんかったよな」
「まさか戦時中に来るとは思わなかったぜ……立ってるだけで怖ぇよ」
人が人を、惨さを用いて殺す。それが戦争だ。己の正しさのぶつけ合いが起こす、最も救えず、力の差を無視した暴力の跡を歩く。
鼻をつく焦げ臭さからなのか、ぼろりぼろりと涙が流れんだよ。
「戦争なんか経験なんかしてねぇのによぉ、涙出てくんのはよぉ、なんでだ?」
「……救えないから、ちゃうかな……」
すれ違う人に手を伸ばしても、自分のためでしかない。救おうという気持ちがあったと示したいだけ。
相手に期待させて、施しを与えず、何にもならない言葉だけ残していく。
最低だろ。オレ達は現代戻りゃあ、ぬくぬく安全な所で腹いっぱい飯食って、風呂入って、娯楽を消化できるんだからよ。
そんなところから来たやつの「大丈夫ですか」なんかいらねぇよな。
「しっかりしぃよ。泣きに来たんとちゃうんや。幸才を探さんと」
「この中から……」
建物がない分探しやすい――と言ったら不謹慎だろう。だけどなぁ、焼け野原の中から1人を探すなんて無茶だからなぁ。
煤を吸う覚悟で、大きく息を体に入れる。
「こォォサぁああい!」
オレのでけぇ声は黒に消えていく。叫んでいるのもオレだけじゃねぇし、本気で探している人の邪魔になるんじゃねぇかって胸が苦しくなる。
でも、でも、でも。やるしかねぇんだよな。
すれ違う人の顔をひとつひとつ確かめて、街だった黒の中を歩く。日が昇っていても暗い街に、お天道様が微笑まなくなる時間。
色々と塞ぎ込むにはもってこいな暗闇が空を覆っても、歩くのはやめられなかった。
相馬もオレも言わないけど、怖いから――な。
「どこにいんだかなぁ」
「幸才は医者まがいのこともしとるから、その辺で恩を売っとるんちゃうか?」
「あー……なるほど」
「……なぁ、谷。ボクの考え過ぎやと思いたいんやけどさ」
「ん?」
相馬は静かにゆっくりと立ち止まった。
「この戦争、幸才が起こしたとか……ないんかな」
「……他人の不幸は蜜の味……か。ぶっちゃけ、その可能性が無いわけじゃねぇと思うわ。台風だって呼んじまうんだぜ? 戦争なんて、うまいこと国のお偉いオッさんに近づいて、それっぽく唆せば起こせるべ。人と人だからな」
「1番恐ろしいのは人やって言うもんなぁ……」
この惨事が洋と洋斗のご先祖さんらが原因なら、あの2人はもっと苦しむだろうよ。
洋はぜってえ帰らねぇし、洋斗は自分から死ぬだろう。
オレならそうする。申し訳なさすぎて生きてられねぇもん。
「んでも、気分落ち込みすぎも良くねぇな。早く朝日が昇りゃあ、ちっとはマシなんだけどなよ」
「ボクの推しの話でも聞く?」
「気晴らしにはいいかもな。どうせ恋愛漫画だろ」
「土方はんと沖田はんの話なんやけど」
相馬は推しの話になると流暢になった。初めて見た時からあの2人はお似合いだと思っただの、とにかくよく喋る。
こっちも聞き疲れてくると、相馬ははぁとため息をつきやがる。吐きてぇのはオレなんだけど。
「この危機を乗り越えた後、あの2人めっちゃイチャイチャしてくれへんかなぁ……壁になって見てたいわ」
「何、アイツらの情事が見てぇの? 知り合いの見たいとかさすがに引くわ」
ウゲェと吐くふりをしたら、尻に激痛が走った。相馬の骨ばった細い足が蹴りやがったんだ。あんまり痛てぇから、しゃがんで悶絶する。声が出ねえの。
「そこはマナー守るやろ。なん? ボクを変態やと思っとるんか? ボクはなぁ、なかなかくっつかん両片思いが無自覚にイチャイチャしてんのが好きやねん! 下心はあるけど手ェは出さん! それはチキンやからやない、相手が大事すぎて気がついたらなかなか言えん……みたいなのがええんよ! わかる!?」
わかんねぇよ。つうか尻蹴ったの謝れよ。
オレは金がねぇし、やる気なくて怠けてるかもしんねぇけどさ。
「会えない時間が愛を育むとかええんよ。一緒におって、土方ぁ、沖田ぁって言うとったらええの。推しが足りない……アカン、また寂しなってきた」
はい、無視。
次、禁忌を冒しても、相馬と2人でなんかぜってえ組まねぇわ。
◇
朝が来て、昼。尾形の話じゃあ今日が幸才が死ぬ日だ。 場所を言われても、この有様じゃ住所なんてクソの役にも立たねぇ。
人の集まるところに医者がいるだろうと手当たり次第に回るが、どこもハズレ。
そうこうしているうちに死んじまうんじゃねぇかと焦り出す。
「ぜんぜんおらん! 今日のいつなんかわからんのに……もう手遅れなんか!?」
叫ぶ、走る、探す。
せめて陽がてっぺんに来る前には……!
校舎のような建物に入り、うずくまる子どもに「幸才って先生は知らないか」と聞くほど焦り始めた。
子どもの心情を無視した最低な行為だ。
でもマジでそんなの構ってらんねぇ!
避けてたけど、遺体を集めている場所に踏み込んだ。見たくない。目を逸らしたい。酷い姿は記憶に残る。
その勇気が功を奏した。そんなもんだ。
「君達……」
「あ……!」
室戸台風の時よりもだいぶ老け、煤と血だらけの幸才洋が立っていた。
「無事だったんだな。あの空襲で、よく生き延びた」
顔は疲れている。が、オレ達を見て、安心したように笑う。やっぱ洋と洋斗にそっくりだわ。
そんでよぉ、肩をポンポン叩くんだ。怖かったろうって。
なんだよ。悪いやつでいろよ。全部知ってっからさぁ、涙が出てくんだ。
「アンタも無事で、よかったよ」
「……ありがとう。私を覚えていてくれたんだな」
今からアンタ、死ぬんだぞ。
優しくすんなよ。オレは別に空襲にあったわけでもないのに、本心がどうかもわからない温かさに触れておきたかった。
洋や洋斗を目の前にしているみたいで、幸才の肩に顔を埋めて泣いてしまった。




