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81勝手目 過去戻りの禁忌:東京都文京区(1)

 宇吉との電話の翌日。しかもド早朝。

 誠が誤字だらけのメッセージをグループチャットに投げてきた。


 「幸才の名前が現代にある」と――。


 普段は落ち着いている誠の慌てぶりはメッセージから伝わってくる。本当ならいなり屋の準備をするんじゃが、居ても立ってもいられんで、誠の家に駆けつけた。


 こっ早い時間にインターホンを押すのは気が引けたが、事が事じゃから許してほしい。

 するとすぐに誠が出てきた。


 フリフリのついた薄紫色のワンピースを着ちょる。部屋を間違えたんかと思って謝ると、あってると言うんじゃ。


「なんちゅう格好しとんのじゃ! 女かと思ったぞ!」

「ネグリジェですよ! 家の中でくらい好きな服を着させてください! まったく、皆さん揃いも揃って押しかけてきて人の服に文句つけるんだから……」


 頬を膨らます誠。「みんな?」と問い返し、下を見た。明らかに誠の物じゃねぇ靴がある。


「なにぃ、服部も来たん?」

「お、おはよう……は、服部くん……」

「新見……愛ちゃんと相馬までおるんか」

「おはよぉ。ほら、ボクらは家が近所やから」


 3人して手をひらひらと振る。全員寝起きじゃ。通知音で飛び起きたんじゃな。


 相馬は甚平、新見は高校の時のジャージ、愛ちゃんは夏用のパジャマなのがその証拠じゃ。

 にしても……早朝で人がおらんとはいえ、寝癖ぐらい直して出てきてほしいがの。


 尾形の部屋に上がる。紙やら本がテーブルいっぱいに積み上がっとって、夜通し情報収集に明け暮れていたのが伺える。


 紙を1枚取ると、「幸才」と記された箇所にマーカーが引かれていた。


「この幸才って、まさかとは思うが……」

「そのまさかなんですよ。幸才――いえ、ワタルさんと呼びましょうか。室戸台風での行動やこれまでの栄光が資料として残っているんです」

「あんなに調べたのに取りこぼしてたってことか? なんじゃ……ワシら、情報収集下手すぎ」

「いいえ」


 きっぱりと否定するんじゃが……ネグリジェってやつで、真面目な顔も滑稽に見えて脳がバグる。

 好きを否定するわけにもいかんから、黙るがのう。


「この切り抜きは過去に入手したもの。小学校の記録を集めればワタルさんのことがわかると信じていたじゃないですか」


 そう言われ、隅々じっくり読み直す。確かにどの文章とも記憶にある。そして直近で入手したものじゃないと確信したのは、紙の状態。


 ノートに挟んどったから、ところどころシワや折り目が出来てクタクタじゃ。


 昨日今日で出来るものじゃない。となると、尾形の言葉は嘘じゃない。


「そして摩訶不思議なんですが……過去に存在した記録も他にもあるんです。息子がいた事、そしてその名前、死亡年月日――普通の人と同じように残っているんですよ」

「死因はなんなん? やっぱり自殺なんか?」


 まだ起ききっていない頭だからなのか、派手には驚かん。新見の質問に、尾形はパソコンを開き、過去の記録がまとめてあるサイトを見せた。


「いえ、他殺です」

「他殺!? こ、こんなええ人扱いされとっても、恨まれて殺されるもんなんやなぁ」


 マウスで画面をスクロールし、幸才洋という男性がどんな末路を辿ったのか記載のある箇所をカーソルがなぞる。


「通り魔……とあります。しかも、誰かはわかっていないそうです。不運な死ですが……ひっかかるのはここ」

「……き、凶器は、刃物……に、日本刀?」

「ええ。偶然でしょうけど……気になりませんか?」

「せやね……幸才は軍刀持っとったからその可能性もあるけどな」


 過去に戻った時のことを思い返すと、確かに最後は軍刀を持って追いかけてきた。あの時も洋と洋斗を置いていけって騒いでたな。


 何が関係があるのか。確かめたいと思うのは当然じゃった。


「……冒すか、禁忌。ウチらで」


 リーダーの新見が言うんじゃ。従うしかないじゃろ? 


 相馬も「自分で見んと信用できんもんね」と挑戦的に笑う。


「話が早くて助かります。死亡地域は東京なので、日を改めて……」

「はぁ!? 東京!?」


 尾形以外の声が揃った。てっきり京都やと思っとったのに、なんでいきなり東にすっ飛ぶんじゃ!


「なんで東京なんかにおるんよ! ぴょんって行けるとこちゃうやろ!」

「わたしにキレられても……」

「あーもう! しゃあない! 行くで!」


 新見がバンと机を叩く。


「き、今日行くの!? あ、愛ちゃん、き、今日、清水きよみずのお手伝いの日……」


 神霊庁の仕事がある4人は突然休めない。ワシは自営業じゃから、収入は減れど融通はきく。


 やはり日を改めんとなと言えば、新見は目を吊り上げて叫ぶんじゃ。


「仕事はなくなっても他があるやろ! 沖田は1人しかおらん! 砂つぶみたいな情報でも欲しいやろ、今は!」

「新見……」


 リーダーはこうでなくちゃな。怖いとか、危ないからとか、もうそんなんは後回し。

 その熱い気持ちに感化されるのがワシらじゃ。


「人間嫌いの新見がこない変わったのも沖田はんのおかげやしな。今や新選組の軸やもん。もちろん、仕事がなくなったらなんとかしてくれるんやろ?」


 相馬は抜かりない。そして新見は鼻で笑って言う。


「京都支部長の娘やで? なんぼでも捻じ曲げたるわ」


 頼もしいやつ。親の力で自信過剰になるところも、演じる我儘で人を操る新見の力量あってこそじゃ。



「オレ行かねぇ。金ねぇもん」

「バァカ! 行かねぇ選択肢なんかない! 切符代は払っちょるわ!」

「まじ? らっきぃ。悪ぃな」


 数時間後に京都駅へ集合し、谷も合流。案の定ギャンブルに金を使い込んで一文なし、残りの5人で金を出し合って連れて行くことにした。


 新幹線に乗り、東京へ。あとは守達のところに近づく。


 ついでなんて距離じゃなくても、帰りに行って、傷ついたみんなにいなりでも食わしてやりたいもんじゃ。


 数時間揺られ、到着した東京も傷ついていた。ところどころ建物が傾き、割れたままのガラスが現在の日本を表すかのように佇む。


 幸才が死んだのは文京区とあるから、持ち合わせていなかった鏡や蝋燭を買い、人気のないところを探した。


 じゃが、ここは東京。

 なかなかそんな場所もないし、人気のないところには行き場をなくした瓦礫の山がある。


「日本の上に行けば行くほど酷くなるなぁ……会津若松なんて見れたもんじゃねぇぞ、コレ……」

「た、拓美くん……だ、大丈夫かな……れ、連絡取れないけど……」


 愛ちゃんは離脱した拓美を心配するが、頬がほんのり赤い。

 重い空気の中、ちょっと和ませるつもりで聞いてみた。


「愛ちゃんは5月に仙台行った時から、拓美の事をやけに気にしちょるなあ」

「え!? あぁ……え……そ、そうかなぁ……うぅん……」

「相馬やないけど気になるわ。なんなん? 顔真っ赤にして」


 愛ちゃんは前髪でカーテンを作り、火の出そうな顔を隠す。


 相馬の顔はキリリと真剣な眼差しを向ける。幸才の話の時さえメモなんてとっとらんかったのに、今は「はよ」とせっついてはペンと紙を握っちょるで。


「ご、5月に……仙台に行った時にね……は、畑、手伝ったでしょ……? あ、あの時に……た、拓美くんとね、草引きしてたんだけど……」

「ほお」

「と、突然ね、『老後に夫婦で農業とか楽しいんだろうな』って拓美くん、言っててね、そ、その……ひ、土方くんと、よ、洋ちゃん見てるとそう思うよなぁって、みんなには聞こえないように、い、言って……」

「はあ」


 愛ちゃんは前髪の毛先を握り、ガバっと左右に避けて、顔を出した。火傷の跡を隠しとったのに、最近はあんまり気にせんようじゃ。


「な、なんで、愛ちゃんに、い、言うのかなぁって!? 愛ちゃんの事、好きだから言うんじゃないかなぁって!? でね、愛ちゃん聞いたの! た、拓美くんに、愛ちゃんの事好きなの!? って!」

「いや突っ走り過ぎじゃねぇ!? 独り言かもしんなくね!?」

「う、うん! ひ、独り言だった!」

「可哀想!」


 勢いとオチがあっとらんて。思わず買ったばかりの鏡落としたわ。


「で、でも、その時から、あ、愛ちゃん……拓美くんのこと……き、気になっちゃって……と、屯所にい、いる時……い、いっぱい、し、質問したり、と、隣にいたら、拓美くん、て、照れてて……」


 ……あの時の拓美を思い出すと、怯えてたんじゃが? 何とは言わんかったが、「沖田ちゃんはこれが3人分かぁ」と言った。謎が解けたぞ。


 照れとるんじゃない。引いとんのじゃ。とは言えず。


「た、拓美くん……会津若松で、く、苦しい思いしてるかも……ね、ねぇ……あ、愛ちゃん……1人抜けても、い、いいよね……?」

「愛?」


 新見が愛ちゃんの顔を覗き込む。


「よ、洋ちゃんのことはみんなに、お願いする……! あ、愛ちゃんは、あ、会津若松で、ひ、人助けしに行く! ま、毎日、れ、連絡するからっ!」


 手に持っていた蝋燭を尾形に押し付け、愛ちゃんはさっそくと走り去ってしまった。追うも何も、一瞬すぎてあっという間。谷が時間差で追いかけても、もう姿はなかった。


 あれでも医師免許持ちじゃ。被災地に行けばなんぼか助けにはなるんじゃろうが。暴走しとるのが心配じゃな。


「……なんやろ、ボクの好きとはちょっとちゃうかったな……地雷とは言わんけど、美味しくは頂けへんわ」

「アンタのその恋愛脳どうにかならんの?」

「は? いつだかまで婚活に精出しとったくせによう言うわ! 新見に言われたぁない!」


 新見と相馬は喧嘩をし始めるし。禁忌前だってのに緊張感をなくしてしまったようじゃ。


 しかし、尾形はブレない。人目の着かなそうなボロボロの建物に目をつけたのか、様子を伺いながら入っていく。


「ここなら誰も来なさそう……さ、準備してください。禁忌の日は死亡日の1日前にします」

「誰が行くん?」


 ワシと谷が鏡をセットしているうちに、尾形は紙に日付を書き、相馬が御幣を置いて、蝋燭に火を灯す。


 さて誰が過去に戻ろうかと話していると、尾形が立候補した。じゃが、もし幸才と鉢合わせてしまい、面識のない尾形が行けば警戒されるのではと相馬が却下。


 結局、相馬と谷が戻ることになった。


「ウチと服部は行かんでええの?」

「過去に戻るのも心配ですが、現代も余震があれば鏡や蝋燭の移動が必要になる。そうなったら、こちらにも人がいないと」

「だからってなぁんでオレが行くんだよ」


 谷は人選が雑だと騒いだ。だって……のう?


「ワシらがおらんと移動はおろか、飯も食えんくらいの所持金なんじゃろ? 働かざる者食うべからずじゃ」

「ぐうの音!」


 茶番はええんじゃ。尾形も待つことなく紙を燃やす。ジッと燃え尽きる音がすると、突風が吹いた。


 毎度のことじゃが、風が吹いても蝋燭が消えんのが不思議じゃな。


「さぁ、行ってらっしゃい。彼の最期を、しっかり見届けて――」


 なぜ幸才が東京に来たんか。そして誰に殺されたんか。

 相馬と谷は唇をかみしめて、意を決した顔つきで鏡をくぐった。

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