80勝手目 新”選”組が引き受ける
後日。京都府・壬生寺――
「やっぱり沖田が起こした地震なんか……全部知ったら、そらこうなるか……」
新見さんは頬杖をつきながら、液晶タブレットを見る目を細めた。
『感情がぐちゃぐちゃなんだと思う。本当のことを隠されてたこともショックだったみたいだし』
「んまぁのぉ。仲間外れと捉えられてもおかしくないじゃろ。晴太らが福岡と沖縄に行く時も拗ねとったし」
近藤くんとのテレビ電話。背景に映る屯所は、5月に行った場所と同じとは思えないくらい崩壊している。
連日、ニュースで放映される大地震の元凶が沖田さんだと判れば神霊庁も黙っていられない。
幸いなことに、この混乱ではまだそれがバレていないようですが。
専門家らが断層がどうだとか、プレートがああだとか語ってくれているから助かります。
『僕らも、これ以上どうしたらいいかわかんなくてさ……手の出しようがないっていうか。守も松島から帰って来てから、次はどこに行けば洋に会えるだろうって、そればっか調べてるし』
「目星は、つ、ついてるの?」
『ううん……僕はそれより、洋がなんのために刀を必要としたのか気になるや……で、なんでだと思う?』
「と、唐突だね……あ、愛ちゃんも、か、考える……」
『お願い。僕は頭も働かないんだよ』
新撰組全員、かなり疲弊しているようですね。
以前はテレビ電話を繋げば、画面いっぱいに人が集まって話さずとも笑みが溢れた。
今日は樺恋さんが手を振りに来てくれたくらいで、その顔も暗かった。
沖田さんが毎日のように新見さんに連絡しては、また遊ぼうと歯を見せてくれたのが懐かしい。
近藤くんだって“局長”としての責任が皮一枚で繋がっているような感じで、今にも壊れそうですし。
『1番はさ、どうしたら帰って来てくれるのかな……なんだけど。帰って着てくれるだけでいいのに』
問題の解決より沖田さんの帰宅を望む。
ただ居てくれるだけでいいと思っていても、当人はそれを望まない。悲しいですが、自分事と他人事は違いますからね。
とりあえず睡眠はきちんと取ったほうがいいと電話を切り、新撰組の悩みを新選組が一度引き取る形にした。
「はぁあああ……」
5人が大きなため息をついて、壬生寺の一室を覆う重苦しい空気を少しだけ緩和させた。
「皆さんでため息つかなくたっていいじゃないですか……」
「逆にため息ついてないのは尾形だけやで。なんでそんな冷静なん? ウチはアンタが冷たく見えるわ」
「新見さんの言い方のほうが冷たいですよ。ため息をつくと幸せが逃げるって言うでしょう。あれを信じていますから」
「ほぉん……でもなぁ、ため息もつきたくなるやん? 沖田は謎ばっか残していくし、神霊庁に気付かれるのも時間の問題やし、新撰組はあんな感じやし……」
そりゃそうなんですけど。新見さんはゴロンと大の字に寝そべり、天井を見つめる。
「でも不思議やな。地震起こしてビビらされて、人生まで狂わされとるのに、沖田のこと誰も嫌いにならへんもん。もちろん、ウチもよ?」
「確かに確かに確かに。洋は……なんつうかな。可哀想ぶらねぇんだよ。でも可哀想じゃん? 周りが変わりに悲しんでるっつうか……」
と、谷くん。
「呪われとるのも悲観せんからのう。晴太の話を聞く感じ、今も洋の意思じゃなくて生みの親の霊かなんかが悪さしとんじゃろ? 嫌う理由にならん」
「よ、洋ちゃんの、き、気持ちじゃないもんね……」
服部くんと愛さんも頷く。
沖田さんを嫌うどころか、心から気にしている。これは沖田さんが築いた縁と絆の結果でしょうね。
新撰組と新選組、2つで1つという方程式が出来ている。抜けてしまった武田くんがいないのは惜しいですが、それでも16人もいる。素晴らしいことですよ。
またため息が聞こえると、パンパンと相馬くんが手を叩く。
「感傷に浸っとる場合やないて。近藤はんの悩み解決したらな、具合の悪いままやで」
「せやなぁ。刀を必要としてる理由、やったっけ」
「そ」
頼まれるでもなく、谷くんと服部くんがホワイトボードを持って来る。そしてわたしの前にドンと置くんですよ。
「仕切りの尾形。出番じゃぞ」
「おかしな異名つけないでください」
「いっちゃん年上だろぉ?」
「年齢関係ないでしょ……」
仕切れと言われても、って感じですが。
「ではまず、刀が必要な時はどんな時か挙げてみてください」
やってしまうんですよねぇ。年上と言われたら断りにくいので。そして5人は顎に手を当てて、同じ方向に首を傾げて考える。
「刀って言ったら、やっぱ人を殺すやない?」
「新見は物騒だなぁ。オレもそれしか浮かばねぇけど」
「あ、愛ちゃんは……展示品のイメージ強いかな……刀剣展とか神社であると、よくお手伝い行くし……」
「ワシは骨董品かの。まぁテレビで見たのが印象に残ってるだけなんじゃが。オークションとか覗くとなぁ、えれぇ高いんじゃよ!」
新見さん、谷くん、愛さん、服部くんの順で意見が出る。初っ端から物騒ですが、刀に対する認識などこれが普通。
相馬くんはまだ悩んでいるようで。しかし、皆さんが出した意見を沖田さん寄りの思考で解いていく。
「沖田はんが必要とするなら、美術品と骨董品としてはちゃうと思うわぁ。かといって人を殺すっちゅうのも……もし洋殿が憎む相手がいたとしたら、親……なんかな」
「親を殺すってことか? 洋がぁ? さすがにねぇべ!」
「無いとは言い切れないんじゃないですか。今は」
「え」
ギョッとした顔でこちらを見られても。土方くんや近藤くんに刃を向けたなら、憎んでいる相手に向けてもおかしくないのでは? という意味なんですが。
こほんと咳払い。可能性の話をしてるんですよと言いながら、ホワイトボードに出た意見を書く。
「そ、そもそも刀の用途って武器だけやないやん? ほら、儀式に使ったり寺社の奉納とかに使ったりもするし。神様への捧げ物っちゅうやん!」
「じゃ、じゃあ、大和守安定を、や、八十禍津日神に捧げるってこと? い、要るかなぁ……」
神の気持ちはわかりませんもんね。そもそも欲しいと言ったとして、なぜその刀なのかという理由も見当たらない。
誰かの欲しい物がなぜ欲しいかなんて、聞かなければ当人にしかわからないわけですが。
この質問、凡人には難しいですよ。近藤くん。
「ふぁああ」
「ため息吐かない」
再び、ため息の嵐。しかし、相馬くんだけは携帯を耳に当てている。
「誰に電話しとんじゃ?」
「宇吉はん。刀を取る時に近くに居たって言ってたやん? あ、もしもし? 相馬ですぅ。どうもぉ、お世話様ですぅ」
声のトーンが上がり、母親が電話に出るシーンを彷彿とさせる。そう思ったのはわたしだけではなかったようで、谷くんが「母ちゃんかよ」と机を叩いた。
「そうそう……テレビ電話にしてもえぇかなぁ? ボクらの顔見たら元気出るかもしれんよ?」
相馬くんの携帯の画面に顔に影の作った宇吉さんが映る。みなさんが揃いも揃ってこんな感じなんですね。
「大丈夫、ですか……?」
『いやぁ……あまり……心が落ち着きませんでなぁ……病は気からとはまさにこのこと。体も休まらず……』
「元気の塊みたいな宇吉がこうなんだもんなぁ。晴太もだけどよぉ、お前らマジで大丈夫か?」
『ここだけのお話ですがな……宇吉は樺恋様と勝殿を連れて、少し山形に帰ろうかと考えておりまして……しかしなぁ……洋殿を裏切るようで心が痛み……』
ここまで限界が来ている。エゴだとわかってはいても、バラバラになってほしくはない。だから相馬くんの背中を叩き、早く本題へ入るように促した。
「まぁ待ってや。ボクらが解決できるかもしれへんやん? ……で、宇吉はんに聞きたいんやけど。最後に松島で会った時の沖田はんって、来た時からお母さんに取り憑かれてる感じやったん?」
『いえ、最初は誰かと話しているなと思うような独り言でしたな。ずっと拒んでいるようにも取れる……確か……』
宇吉さんは目を上に向けたまま、印象に残っている独り言を挙げた。
『刀を取る時は、ならなきゃ。絶対に取らなきゃダメ……と。そして、アタシはどこに行くの……と……わからないと繰り返し言っていたら、急に髪を解きましてな。そこからは恐らく、お母様かと』
すかさずホワイトボードにメモを取る。このセリフから導き出せる答えがあるのでしょうか?
『洋殿が守殿に刃を向けた時、ヒヤリとしました。しかしなぁ……あの時だけ、洋殿が居たんですぞ……あの時だけは沖田洋だった。宇吉は隣で見ておりましたからな。守殿にしか救えぬと思ったんですがな……それも、目の前で打ち砕かれて……』
ぽろりと笑いながら涙を落としてしまった。
精神的にギリギリ。沖田さんが沖田さんでなくなったと確信しているから、ご実家に帰りたいという選択肢も出るんでしょうね。
ただ追い詰めただけのようになってしまった気はしましたが、わたし達は笑顔で「またね」と電話を切った。
「あー……」
「ほら、ため息吐かない」
「胃が痛いわぁ。ウチの胃が裂けるぅ」
聞くだけ聞いてお腹いっぱいになるんだから。さて、この少ない情報からひとつくらいは答えを出さないと。
「洋は何になりたいんだろうなぁ……やっぱやっぱやっぱ、沖田総司か?」
「狙った刀も大和守安定じゃもんな」
「だから取らなきゃって言うたんかな?」
谷くんと服部くん、新見さんの意見は、いつもの沖田さんを知っていればたどり着く答え。実際、土方くんもそう思ったから松島に足を運んだわけですし。
「沖田総司になりたい。これは沖田さんの人格であれば、ですよね」
「せやね。ただ、沖田はんのお母さんが取るように仕向けたとしたら……沖田総司イコール新撰組の最強剣士……やっぱり殺しなんとちゃう?」
「では殺したいとして。やはり親、でしょうか?」
この質問は言葉が詰まる。
「……ひ、土方くん……で、では、ないよ、ね……」
「そりゃねぇじゃ。洋は守の言葉で正気に戻っとるんじゃぞ」
「で、でも……鶴ヶ城で、き、切ってるんだ……よね……」
相馬くんは机を叩き「意義あり!」と叫んだ。ここは法廷じゃありませんけど。
一応「発言を認めます」とノってあげるんですね。
「愛ちゃんの言いたいことはわかる。けどボクは思うんよ。土方はんのこと殺したいんやったら、さっさとバールで殴ってたんとちゃう? あと悲恋とか地雷すぎるからやめてや。ほんましんどい。あの二人は無自覚にイチャイチャしとったらええねん……青森の時に土方はんすっ飛んで来て、滝に飛び込んだ時はもう、ラブが止まらんかったんやで!? あぁ……心臓痛ぁ」
相馬くんの病気はこんな時でも炸裂するんですね。左胸を押さえて倒れ込み、「死」と呟いて目を瞑る。
愛さんは引き気味に「た、確かにそうだね」と正座のまま体を離した。それが正解です。
おふざけはさておいて、話を戻す。
カチカチと時計の針が音を立て、時間が過ぎていく。腑に落ちる答えが出ぬまま今日は解散かと思いきや、新見さんが口を開いた。
「アタシはどこに行くの……は、自我を取られる怯えやろうなぁ……母親に体を寄越せって言われたんなら、母親の方が誰かを殺したいんちゃう? 幸才家は誰か一人にならなきゃアカンのやろ? なら……」
「生みの親が洋を恨んどるなら、洋が標的か? 自殺させようとしよるんかのう。じゃが、洋は呪いで死なんから意味がない……」
「あー! わかんねぇなぁ! 寝たら案外他の意見も出るかもしんねぇし、今日は解散しようぜ」
谷くんの一言で全員が立ち上がる。新撰組は心配だけれど、わたし達にも生活がある。
味方はするけど仲間じゃない。それが神霊庁に悟られずに繋がっていられる関係なのだと信じて来た。だけど、その認識すら間違いだったのかと思ってしまう。
今更ですが、仲間だと言っていれば、何か変わったのかな……なんて、大きなことを考えてしまいますね。些細なことですが、沖田さんには拒絶に聞こえたかな。
言葉は人を動かす。そしてわたし達は、相手の言葉を勝手に受け取って、汲み取り、その言葉を信じて話すのだから――
「尾形は帰らんの?」
「わたしはもう少ししてから帰ります。片付けておきますよ」
「すまんのう。んじゃ、また明日」
みんなを見送り、ホワイトボードの内容をキャンバスノートに書き写す。このノートは、沖田さんの呪いが解ける手掛かりになるものを6人で記すためのもの。
新聞や文献のコピーをスクラップするためのものでもある。
少しでも力になれたら。想いが筆圧に伝わり、紙がぼこぼこと凹凸が出来るほど強く書いてしまう。
書き終えてノートを閉じた。トートバッグにしまおうとすると、ノートからはらりと紙が1枚落ちる。
「ノートに貼らない時はクリップで止めてって言ってるのに……」
指先で紙を取り、なんの紙だろうと目を通す。
室戸台風の記事だ。幸才について調べた時に何も情報がないと騒いだ頃が懐かしい。
何気なく読み進めると、「先生の勇姿」という項目に目が留まる。
内容は、倒壊した小学校で誰よりも救助活動に尽力し、多くの児童や教師を救った教師がいると記されていた。
名前は――
「え……? な、名前……? 今まで、どこにも、なかったのに……!?」
過去戻りの禁忌を冒し、室戸台風へ行ったあの時。
現代に幸才家の記録がないと落胆し、幸才家の呪いについて知るきっかけとなった人。
彼だって、自分は未来に名の残らない人間だと理解していた。誰も覚えていない、忘れられた存在になると言っていたのに。
確かにある。今、ここに。現代に在る。
沖田さんと藤堂くんの先祖の名前――
幸才洋という、忌み名を名を隠して昭和を生きた、あの人の名が。




