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79勝手目 自分が欲しくて(1)

「暑ぢぃ……」


 守達と共に屯所のある秋保温泉から日本三景・松島を目指し、足の感覚が消えたところで到着。


 最初こそ余裕のよっちゃん、兄ちゃんに怖いモン無しで余裕綽々だったわけだが。


 日差しは強いし、汗はすげぇし、何より暑い。東北がこんなに暑くて平気なのか? って地球を心配するレベルよ。


 去年もこんなこと考えてたな。


 松島は何度か来たことがあるけど、観光地の顔は消えている。人の集う遊覧船乗り場も、駅前も、行き場をなくした誰かが座り込むだけの場所。


 生きるので精一杯ってこういう事だよな。妹がすんません。心の中だけでも、兄ちゃんとして謝罪しておく。


 少し休憩しようと、砂浜のある場所へ移動して体を休める。足腰が痛くて、座るときに濁音だらけの母音が出た。


「今日から何日ここに居るんだかなぁ。拠点はどこにすんだ? 守のことだから目星はあんだろ?」

「晴太が神霊庁に瑞巌寺ずいがんじが危険かもしれないと通達を出しました。なのでそこを拠点に。もちろん、安全のために職員達すら居ません」


 秀喜が顔を青くしながら汗を拭く。その汗は暑さなのか? それとも体調不良なのか?

 まぁ寺ってんだから、いつでも休める場所はあんだろうけど。なんで同行してるのか心配になるわ。


 触れたら機嫌が悪くなるから聞かねぇけど。洋に会いたい一心で来たなら、愛の力は侮れない。自己犠牲の仕方が犠牲すぎんのよ。


「秀喜殿、あまり無理はなされぬほうが……」

「何がです? こんなところに座り込むより、寺に行って隅々確認していた方が良いのでは?」

「足元がおぼつかないんだよ。伊東、お前本当に大丈夫か?」


 フラフラと立ち上がるんだ、宇吉と守が両脇を支える。秀喜は手助けなんていらないと言うけどさ。

 とにかく歩きたがる秀喜を後ろから見守るようについていく。


 守は考えられる病気を吐き出しながら、不安定な通信を元にネット検索が止まらない。常に頭フル回転なお前のことも、兄ちゃんは心配なんだけどな。


 寺の門をくぐって山道へ。高く伸びる杉の木を横目に、拠点となる瑞巌寺へと足を踏み入れた。


「秀喜さん」


 多分受付であろう小屋の下、屯所で見る顔が2つ。

 勝が竹刀を持って立ち、その横で手で顔を仰ぎながら汗を垂らす洋斗が居た。


「勝と洋斗……!? まさか洋斗が連れてきたのか!? 危ないからダメだって言っただろ! 体は大丈夫か? 夏は虫と危ないからな、痒いところとか」

「大丈夫ですよ! 守さんは心配性過ぎます」

「いや……な? 心配するだろ。大事な子なんだから」


 父性大爆発か? 本当に自分の子みたいに扱うんだな。洋は母ちゃん、守は父ちゃんなんてネリーが冗談で吹き込ませたけど、守の中では本気なんじゃねぇかと思うわ。


 だから当然、洋斗には御叱責が飛ぶわけで。


「洋斗! 根負けしたのか知らんが、松島まで歩かせるなんて正気じゃないぞ!」

「うぇえっ……怒られたぁ……わかってるよぉ? でもそうさせたのはさぁ……」


 洋斗が視線を向けたのは秀喜。秀喜の目線は勝に向かう。その目線にニヤリと口角をあげて、吐くような笑い声を漏らした。


「まさか来れるとは思いませんでした。で、もう一つの依頼は?」

「薩日内さんと衛宗さんも一緒です。宝物館にいます」

「合格です。あとはお好きに」

「はいっ!」


 勝は嬉しそうに夏の日差しを爽やかにするような返事をして、寺の敷地の奥へと走って行った。

 もちろん説明がない俺達はなんのこっちゃで首を傾げる。


 居心地の悪そうな洋斗の首根っこを捕まえて、秀喜もセットで尋問開始。

 ここは兄ちゃんに任せろと尋問官に立候補した。


「はい、全部言え。マジで」

「えぇ……どこまで言っていいのぉ……?」

「全部だと言っておりますが……」

「ボスぅ……もう隠せないよ? 言ってもいい?」

「ダメに決まってんで」

「言え」


 秀喜の口を塞いで洋斗に吐かせる。体力の落ちた秀喜の抵抗なんて片手で十分だ。

 守はタブレットで寺の敷地図を見ながら黙ったまんま。


 洋斗は松島に来た経緯を吐き、勝の言っていた薩日内と衛宗という観光ガイド2人の知っている事も全て吐いた。


「……ってな感じ。根負けしたのは認めるよ。言いにくいけど、洋さんをお母さんだと思ってるみたいで、会いたいっていう意志の強さに負けたというか……」

「そこに関しては説得力ありありだな」

「自覚あるよ。だから無碍にできなかったの」

「なるほどな。しかし、ひとつわからん。伊東と観光ガイドに何の接点がある?」


 守は秀喜にお前の口で言えと語気を強めた。そっと、秀喜の口から手を離す。

 頑固だから言わねぇか? と思ったら、そうでもない。


「薩日内というガイドも不老不死の呪いをかけられています。しかし洋とは違ってローカルな呪い。人間や霊の感情の成れの果てといった感じです」


 他にも呪われてる人間がいることに驚いた。意外と近くに似たようなやつっているんだな。


「誰かに呪いを譲渡すれば彼女の呪いは解ける。代わりに受け取った者が不老不死になり、制限をかけられながら生きていくことが出来るんです。オレはその呪いの一部を試験的に受け取り、その代償として体調が優れないんですよ」


 その呪いを受け取ろうって?

 しかもそれで体調が悪いと。それが制限ってやつなのかと聞けば、そうですとぶっきらぼうに言い放つ。


「しかもボスの具合悪いのはね、洋さんの感情と関係してるんだって。今は負の感情に覆われてるから、ボスもよろよろなんだよ……」

「なるほど……洋殿もだいぶ追い詰められているご様子。秀喜殿が呪われたがるのは意外ですが、その制限とやらで洋殿の様子が確認出来るのはありがたく思えますな……およ、宇吉だけ?」

「まぁ、そうなんだけどよ……」


 不老不死の呪いが秀喜にかけられたら、守はどうなんだよ。洋と一番一緒に居たいのは弟だ。

 その権利、守に譲れよと口に出し掛けてしまった。急いで唾と一緒に飲み込んだが、このモヤモヤは消えねぇ。


 だが守は大人だった。悲しいくらいにな。


「そうか。病気でないならいい。無理のないようにな」

「言われなくても。迷惑をかけるつもりはありません」


 守の優しい言葉に対して、秀喜は棘を向ける。全てわかったからガイドに挨拶しに行こうと、宝物館という歴史的貴重品を保管する施設へ歩き出した。


 本心はどう思ってんだかな。すっかり呪いを受けたわけじゃねぇから、あんま気にしてねぇのかな。他人の心配ばかりしてんなよって言ってやるべきか?


「守」

「なんだ」


 我慢できなかった。少し離れて歩く守に追いついて、ひそひそと思う事言ってやんのさ。


「もう少し感情出せよ。秀喜の話聞いて、実は嫌だったんじゃねぇか」


 守は黙る。否定すんのかな。俺が死んでも沖田が独りじゃなくなるなら、それでいいとかって。


「沖田を独りにしない。それが嘘にならなきゃいいんだよ」

「……マジか」


 予想通りだなと思いつつ、兄ちゃんは弟が嘘をついているとすぐにわかった。

 癖なんだろうな。洋の事で何かあると、縋るようにピアスを揉むように触るのが。


 そして逃げるように早歩きになり、宝物館に誰より先に入って行く。

 俺や他の皆も続くが、勝はいない。ここの中はまだ綺麗で、片付けた後が建物の隅に残骸として転がっている。


「階段を下ると展示室なのですかな?」

「みたいだな」


 展示室は電気がないと暗い。だが、ある一角だけは蝋燭の火のような柔らかいオレンジの灯りが灯っている。


 そしてその下には展示用の箱があって、ガラスの中に置かれているのは刀剣だ。

 ロマンを感じ、俺の中で眠る少年心がこしょこしょとくすぐられる。


「これが大和守安定……思ったよりデケぇな」

「大脇差ですからね。切れ味も良いですよ」


 ぬうっと現れる、デカい乳。ネリーに負けず劣らずだ。幻覚かと目を擦ったが、やっぱデケェ!

 長い髪を一本に結った美人が顔を見せた。隣には見るからに素直そうな青年が一人。


 そいつが俺の顔を見るなり「あー!」と叫んだ。


「薩日内さん! この人、山崎学ですよ! スケベすぎていろんな人に手出しまくって芸能界追放された人です! 僕よりおっぱい星人ですよ!」

「人の顔見るなりなんなんだ! 過去のことだ、今はちげぇ」

「顔も整ってますし、高身長。女性が魅了されるのも無理ないかと。問題はあれど多くの方に相手にされるということは、それほど女性の扱いが上手ということでは?」

「薩日内さんはこういう人が好きなの!? えぇ……面食いなんだ……」

「衛宗さんは少し女性に対しての接し方を見習うべきかと」


 薩日内と衛宗。この2人がそうなのか。その陰から勝がひょっこり顔を出した。


「薩日内さんと衛宗さんです。こっちは守さん、学さん、宇吉さん。みんな一緒に住んでます」


 ご丁寧に紹介までしてくれる。ほんの数日会わないだけで随分大人びた気がするわ。

 可愛い子には旅をさせよ。冒険で強くなるってのは、あながち間違いじゃなさそうだな。 


 頭を撫でてやると嬉しそうにする。受け答えも大人だよ。こういうところは守に似てきたと思う。


「沖田さんが大脇差を取りに来るとのことですが……彼女を捕えるのが目的ですか?」

「出来れば連れて帰りたい。今回は沖田と会話するのが目的だ。けど無理矢理になるなら一度見送ろうと思う。地震を起こされては被害が増えるしな」

「なかなか難しいですなぁ……洋殿を信じたいですが……」


 鶴ヶ城の話を受け、洋に対抗できる宇吉を連れてきた。洋が宇吉と剣を交えたとして、どうにもならなさそうになったら呪いに頼りやしないかって心配だ。


「そこは伊東にかかった呪いの制約を利用しよう。沖田の感情で体調が変化するんだろ?」

「ええ」

「即効性があると信じることが前提だが、感情を汲み取って地震を起こされる前に引く――これは徹底してくれ」

「あい、わかった!」

「宇吉でダメなら勝。あまり前線に出したくない……が、沖田はさすがに子供には手は出さん。唯一使える武器を存分に使え。竹刀以外の――な?」

「心で戦うってことですね」

「そうだ。賢い」


 守の指示を皆が納得して飲み込んでいく。けど、それは新撰組に限った話。観光ガイドの2人は待ったをかけた。


「止めるお手伝いはします。が、これ以上災害を発生させられては困ります。もしもの時、私達は沖田さんに重傷を負わせることも厭いませんよ?」

「薩日内さんと僕はこの街を守りたいんだからね。そこで意見が食い違いそうな時は、こっちも黙ってないから」


 2人が灯りの届かない暗闇から取り出したのは、刀剣と弓矢。こんなご時世、この日本で持ち歩く人間っているんだな。銃刀法とか関係ねぇんだ。


「互いの誠が違うなら、仕方ないな」


 守は背負っていたキャンプ用品メーカーのロゴが入った筒状の袋を下ろした。てっきり折りたたみの椅子だと思っていたら、中から出て来たのは刀剣で。


「守殿? それ、模造刀ですよな……?」


 宇吉が持って来たのだって鍛錬棒。だが守のは使い込んだ形跡があって、展示ケースの中にある物より本物らしい作りだ。


「どうだかな」


 流し目にうっすら笑みを浮かべてんのが答えだろ。ガイドの2人もジリと後退る。


 洋が居なくなって皆狂っていく。それは純と狂の狭間を綱渡りするような感覚だ。


「沖田は近日中に来る。必ずだ!」


 守は断言した。予定に入ってるみてぇに、キッパリな。


 それから俺達は大和守安定の近くで、洋が来てもいいように張り込み始めた。


 守と洋斗は秀喜の体調で洋の感情を分析しつつ、宇吉は勝に稽古をつける。ガイドの二人は他の展示品が壊れないように移動させて――


 手伝おうとしたら衛宗に「山崎学は信用出来ない」と言われちまって。


 俺、いらなくね?

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