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78勝手目 観光ガイドを探せ!(1)

 新撰組に所属してから初めての夏が来た。

 もちろん、井上勝としても初めての夏。ぼくの初めてはいつも、困難から始まるみたいだ。


 樺恋ちゃんがぼくに気付いて、洋さんがぼくを見続けてくれて、守さん達が手を取りに来てくれた。そしてまた、洋さんがぼくに名前をくれた。


 くすぐったくて泣いちゃいそうな感情になったのは初めてで。ぼくはこの人達に会うために生まれて来たんだなぁって、本気で思ってる。


 だから洋さんが帰って来ないのはいやだ。夏が暑くて大変でも、危険でも、ぼくは洋さんに帰って来てと伝えたい。


 秀喜さんに頼んだら、ぼくも同行できることになった。でも守さんや晴太さんたちに行くことがバレたら怒られるから、秀喜さんは「こうできるなら」とミッションをくれた。


 それは、仙台駅へ「観光ガイドの薩日内さっぴないさん」を迎えに行き、松島まで連れてくること。


 それができたら居ていいって。けれど、子供のぼくには簡単なことじゃない。


 地震でボロボロの宮城県。電車は止まっているし、道路も安全じゃない。屯所から仙台駅まで、バスと電車を乗り継げば行けるけど、今は遠くにある臨時のバス停まで歩かなきゃならない。


 それからなんとか走れる道路と、緊急で舗装された道路を遠回りに走るバスに乗り、たくさん時間をかけて仙台駅に行かなくちゃ。


 まずは屯所を出るところから。守さん、学さん、宇吉さんと秀喜さんが松島へ向かう日、4人を見送る時――


「あら、今回は晴太行かないの?」

「僕は残って調べ物。それに、学さんと洋斗さんに留守任せたんじゃ頼りなさそうだしね」

「アー、ワカル。2人とも地震来るとビビるからな」

「かといって晴太が頼れるかというと微妙よねぇ。すぐ感情的になるし?」

「ごめんね!? すぐ怒る祈に言われたくないけどさ!」


 守さんと秀喜さんのどちらかが居ればねと、祈さんとネリーさんは言うんだ。

 2人は学さんと洋斗さんとそれぞれ仲が良くて、好き同士だと思ってたけど……大人の気持ちって複雑なのかも。


「おれは地震にビビってんじゃねぇのよ。洋が嫌な思いしてんじゃねぇかってさ、兄として心配なだけで……」

「おい、行くぞ」

「今回の学殿は盾要員ですからなぁ。洋殿とは真っ向から戦えないでござろう? せめて時間稼ぎくらいはしてくだされ」

「宇吉まで? 最近兄ちゃんの扱い雑じゃね?」


 行って来ますは明るく、朗らかに。帰ってきたくなる場所にする。それが屯所で暮らすルールになった。


 拓美さんのように、突然帰って来ない人を増やしたくないからなんだって。

 洋さんが帰って来た時に人が減ってたら寂しいから。ちゃんとここに帰ってくるという儀式みたいなものみたい。


「では……帰宅予定はわかりませんが、行って来ます」

「行ってらっしゃい」


 秀喜さんはぼくに目配せして、来れるものなら来てくださいと言っているように見えたんだ。

 どうせここから出ることもできないでしょうと思ってるはず。

 だからぼくは「行ってらっしゃい」に「やってやります」の意味を込めて手を振った。


 さて、ぼくも続かなきゃ。うかうかしてたら終わっちゃうかも。でも慎重に。こういう時は、守さんを見習って……。


 屯所中をぐるっと周り、どうにかして出られないか模索する。


 友達のところに行くなんて祈さんに怒られる。

 こっそり出て行こうとしたら、晴太さんには気付かれそう。樺恋ちゃんもすぐチクるし。ネリーさん……なら協力してくれそうだけど、外は危ないからダメって言われてしまいそう。


 なら――


 畑の近くで、壊れた家具を直す洋斗さんを見つめた。背中に視線を向け、ぼくに気付いてと念を送る。


 洋斗さんが何気なく振り返った時、ふと目が合う。1回は何も言われなくて、2度見、3度見されたら苦笑いしながら近づいてきてくれた。


「ボクを頼ろうとしてるでしょ……」

「ぼくのこと、外に連れ出してくれるだけでいいですから。あとは1人でやります」

「あのねぇ。連れ出してもね、ボク1人だけ帰って来るなんておかしいんだからねぇ?」

「嘘ついて頑張ってください。応援してます」

「すぐわかる嘘なんてつけないやい! ボクはちょっと屯所に居づらいんだからねぇ!?」


 洋斗さんはわかってくれないんだ。ぼくがどれだけ本気かって。子供ってだけで制限がたくさんあって、不自由なことばかり。


 何もできないから、全部口ばかりみたいになっていて苦しい。


「……洋斗さんは、お母さんのことを知ってどう思いましたか」

「え……っと……嘘は、やめたほうがいいよね」

「はい。ぼくは子供ですが、取り乱したりしません」


 縁側に腰をかけて、洋斗さんが準備していたぬるい麦茶を飲みながら聞いてみた。歯に何かつまったような顔で、モゴモゴ話してくれる。


「ボクは……愛されていたんだなって、思った。洋さんがお腹にできなければ、もしかしたらお母さんは生きていたかもしれない……」

「じゃあ、洋さんはいらないですか」

「居なきゃヤダよ。洋さんの方が大事……だし、お母さんのしたことは酷いと思った。洋さんが全部を知って苦しむのも当然だと思う……無理矢理知って、ボクがこんなことにしちゃったんだよね……だからね、勝くんを危険な目に合わせたくない。もう誰も失いたくないんだよ」


 洋斗さんの横顔は暗い。この人、ずっとこの顔をしていくのかな。悪いことをしたわけじゃないと皆さんが言うのに、それでも自分が悪いって。


 口ではぼくのためと言うけど、ぼくを連れ出したら居場所がなくなるからなんじゃ? と思ったり。


「ぼくを産んだだけのお母さんは施設に居ます。もう2度と会いたくありません。ぼくを1人にしようとした人ですから」

「でも、お母さんだよ? どんなに酷い人でも、産みの親へ思いは切れないっていうか……」


 確かに、何も思わないのは無理かもしれない。少しでも心配に近い気持ちが湧くんだから、興味ないにはなれない。


 けど、お母さんと思う気持ちなら――


「いえ。切れます。ぼくのお母さんは沖田洋だけです。あの人がぼくに名前をくれました。たくさん大好きをくれる、洋さんに最後まで育ててもらいたい。それに、洋さんは自分がされて嫌だったことを人にする人だと思えないです」

「でも、しちゃうかもよ?」

「されたらされたでいいです。洋斗さんがお母さんを求めたように、ぼくも何度だって洋さんを求めます」

「頑固だねぇ……それも洋さんに似たのかなぁ……」

「きっと」


 洋斗さんは麦茶を飲み干して、庭を眺めながら息を吐いた。首にかけていたタオルをするりと取って立ち上がる。


「甥っ子の頼みだもんねぇ。お母さんに会いたいなら、仕方ないよね」

「行ってくれるんですか」

「ボクの弱いところ狙ってくるんだもん。君は十分策士だよぉ……」


 大人は子供に何もできないと言っても、子供が親を求めると弱くなるみたいだ。

 はやる気持ちが足音を大きくさせる。洋斗さんは適当な嘘を考えておくから、準備ができたら縁側においでと言ってくれた。


 自分の部屋に戻って、必要そうなものを窓から音が出ないよう放り投げる。屯所から出たら、空のリュックに詰め込んだ。


 あとは竹刀だけ。という時、小さく扉がノックされた。


「勝」

「い、祈さん……」


 動揺しちゃダメ。バレたら、止められちゃうから。


「なんでしょう」


 真顔になってるかな。焦りを隠し切れてるかな。

 祈さんは扉を閉めて、部屋の中に入って来てしまった。


「これ」


 そしてそっと、ぼくの手に何かを握らせてきた。手を開いて見えたのは、ぼくには関係のなさそうなもの。


「……リボン、ですか?」

「そう。洋の髪についているのと同じ物よ。アレ、毎月私がご祈祷して変えてるの。あの子は洗濯して綺麗になってると思ってたみたいだけどね。今月の分は渡せてなかったから」

「ぼくには渡せませんよ」


 試されている気がして、目を逸らした。


「隠さなくていいわ。松島に行くんでしょ。部屋から物投げてるの丸見えよ」

「あ……」

「リュックごと投げると、音が出るものね」

 バレた。けれど祈さんは怒る様子がない。

「……止めないんですか。祈さんは、絶対にダメだと言うと思ってました」

「そうね。本当なら止めたい。けど、今は誰でもいいから洋を連れて帰って来て欲しいの。私は手を怪我してるから行けないし……それに、情に訴えるなら子供よね。洋は子供に弱いもの」


 祈さんは悲しそうに笑う。早口で話すのが、泣かないように堪えているみたいで。地震があってからずっと泣いているのも知ってる。


 目がぷくっと腫れているのはそのせいだと思う。いつも、身支度をちゃんとしなさいって怒るのに、祈さんにしては適当に見えるし。


「勝に頼んじゃいけないかもしれない。でも……お願い。洋に帰っておいでって、言って来て」


 祈さんは涙を止められなかった。洋さんを思ってこんなに泣いているの、あの人は知らないんだ。


 リボンをハンカチに包み、そっとズボンのポケットに入れる。


「このリボンは洋さんに渡します。すぐに帰って来なくても、帰って来るように伝えてきます」


 祈さんの手を引いて、縁側に行く。そして洋斗さんが全て察してくれると、晴太さんに嘘をつきに行った。洋斗さんはジリジリと玄関の方に足を滑らせて、今にも走り出しそう。


「近藤くぅん? あのさぁ、ちょっとさぁ、いろいろ道具がないからさぁ、お店やってるか……見て来るねぇ?」

「やってないの見たよね!? 福島から帰って来る時に見てたでしょ!」

「わかんないもん! 行ってくるったら行ってくる! 帰りはいつかわかんない!」

「あっ、ちょっと!?」


 晴太さんの言葉を振り切って、玄関まで猛ダッシュ。靴の踵を潰して履き、ぼくらは外へ飛び出した。


「勝、リュック」


 外で荷物を整えてくれた祈さんがリュックを渡してくれる。


「……行ってらっしゃい」

「行ってきます!」


 学校に行くのと同じように。手を振ってくれる祈さんに背を向けて走る。


 ぼくは子供だ。大人にはまだまだなれない。


 だけど、子供でもやればできるということを大人に証明できれば、年齢や体格差なんて問題ないはずだ。

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