77勝手目 本物に恨まれても(2)
守たちが会津若松から宮城に戻るころには、地震発生から1週間が経とうとしていた。
洋が籠城する鶴ヶ城に入れないという事実はニュースとなり、この時代に祟りだの罰だのと騒ぐ始末。
余震が続き、他の建物が倒壊しても、城だけがあのままなのは不気味なんでしょうけど。
同時に、地震の全貌が明らかになってきた。過去に起きた三陸沖の地震に匹敵する威力であること。そして、揺れた最低震度も含めると、日本全国に及ぶこと。
特に東北・宮城と福島は壊滅的で、洋に関わる場所の被害は凄まじい。過去の地震を彷彿とさせ、人々は毎分起こる揺れに疲弊しては、追い詰められていた。
この屯所だって例外ではなく、建物はなんとか大丈夫なものの、部屋の中は荒れ放題。家具は壊れて使い物にならない。
それを直すのが洋斗。帰ってきてから大人しく、どこかよそよそしい。
学が家具を直すのを手伝いながら、洋斗と距離を詰めようとしているけれど、すぐに元通りになれるほど浅い関係じゃなかったってことだろう。
それはオレも同じで。特に会話はしない。もともとオレはベラベラ話す方ではないし、出かけていることが多いから仕方ないんですけど。
そして夜。洋斗と廊下ですれ違ったとき、思い切ったように声を掛けられた。
「ボス……! あのさ」
「なんです。謝罪も礼も要りませんよ」
思い詰めた表情をさせたくて帰ってこいと言ったわけじゃない。
「わかった……でも、一個だけ」
「長くなるなら聞きません」
「いつから壁を伝わなきゃ歩けなくなったのさ。具合悪いってのは、聞いてたよ? でも歩き方おかしいよ。地震で怪我したの?」
これまでは具合が悪いとだけ言い張ってきた。皆オレの性格を理解しているから、突っぱねれば「辛いなら言って」とだけ返ってきて楽だったのに、洋斗だけは違う。
「重い病気なの? ボクが不安になるから言ってよ。みんなはあえて触れないのかもだけどさぁ……ボクはそうできないって……」
「知りたがりもここまで来ると重症ですね」
「は、反省してるよ!? でも、体調は違うじゃんかぁ!」
はぁ、とため息をつく。洋にそっくりな顔で必死に吐かせようとしてくるんですもん。
誰にも言うつもりはなかったのに、口が緩む。
「この数カ月間、いない日が多かったでしょう」
「お父さんのお手伝いじゃないの……?」
「えぇ。まぁ、その弊害ですかね」
洋斗然り、他の人間然り。企業を背負うと“忙しい”の一言で納得してくれる。
けれど今日の洋斗は目を細め、その真偽を確かめるように見つめてきた。
「うそ。違うでしょ」
「そこは素直に“そうなんだ”でいいんですよ」
「何? 洋さんのためになんかしたんじゃないの? ボスのことだから、体を酷使してまでやることなんてそんくらいだと思うけど!」
勘が鋭くて嫌になる。日頃の態度や行いから推測すれば容易いんでしょうけど。
問い詰めてくるだろうから言ってしまおう。
「呪ってもらったんです。不老不死の呪い。洋とずっと居られるようにね」
「誰に!? そんなこと出来るの!?」
「日本各地の伝承、伝説、噂――とにかく調べて足を運びました。どれも空振り。迷信に過ぎない」
「じゃあ、八十禍津日神に?」
「いいえ」
「祠壊した?」
「いいえ」
「お墓参りにしばらく行ってなくて呪われた?」
「どこかの誰かさんじゃないんですから」
「ぼ、ボクはお盆に行くもん!」
「あと呪われる方法って何!?」と大声で言うので、「シッ」と強めにジェスチャーだけで釘を刺す。
「仙台に居たんです。観光ガイドをしてる女性で、伊達政宗の時代から生きている人が」
「おばあちゃんってこと……? その人がなんで呪ってくれたのさ」
「簡単に言えば呪いの継承です。彼女は誰かに呪いを譲らなければ死ねない体みたいなので」
「ふぇ? その呪いを譲ってもらったの?」
「今はお試しというか……だから具合が悪いんですよ」
「体に呪いが馴染んでないの? 体調壊してまで……ボスはそれでいいの?」
オレが迷っているとでも? さっさと皆に死んでもらって、洋と二人になりたいと言えば納得するんでしょうか。
それにこの異変は馴染んでいないからじゃない。もっともっと嬉しくて、尊い怠さなんですから。
「それでも呪ってくれと頼んだんです。ガイドの女性にはいずれ会えますよ。守が松島で洋を待つと言ってるでしょう。詳しいとのことですから、ガイドをお願いしてます」
「話が見えない! その人はなんで呪われてんの!?」
洋斗は端折って話していると怒る。廊下で騒ぐ声が響けば、誰かが気づいて集まってしまう。
それが子どもだと猶更面倒で。
「あの……全部、聞こえちゃいました……」
「勝くん?」
頬を人差し指でぽりぽり掻いて目を逸らす。けれど喜んでいるようにも見える。
樺恋ほど騒ぎやしないでしょうけど、子どもだからボロッとどこかで漏らしてしまう可能性がある。
洋斗以上に釘を刺しておかねば。
手招きすると、駆け寄ってオレを見上げてきた。
「秀喜さんって、身長何センチですか?」
「は? 176ですけど……」
唐突になんですか。本当に話聞いてたのか?
思わず答えてしまったのも、やや後悔。考えていることとは違うことを話し始める。これだから子供は嫌いだ。
「洋さんは160㎝、洋さんの履いているブーツのヒールは3㎝。外を歩いている時の洋さんは163㎝です」
「勝くん……?」
洋斗も顔を引き攣らせて困惑してますけど。勝は構わず続ける。
「ブーツを履いていなければ15㎝差、履いていたら13㎝差。秀喜さんは洋さんに合わせて成長したんですか?」
「さっきから何が言いたいのか、微塵も理解できませんが」
「そうカッカしないでください。ぼくは秀喜さんにとって有益な情報を伝えようとしているんです」
来たばかりの時は大人しくて、まだ可愛げがあったのに。今や樺恋といるせいなのか、ませてきた。
あげくネリーや学に余計な知識も吹き込まれ、まぁまぁのルックスと大人の真似事を披露することでアイドルになってるというんだから可愛くない。
要は生意気ってことです。
「じゃあなんです。その有益な情報って」
「ネリーさんが言ってました。カップルでいろいろしやすいのは12から15㎝差。バランスが良くてキスやハグがしやすいそうです。歩くペースも合わせやすいから、ストレスがないって」
「10歳で得る知識じゃないよ!?」
確かに。ネリーは何を教えているんだか。洋斗の顔が真っ赤になる。
「洋斗さんはあと2㎝伸ばさないとネリーさんと17㎝差がありますね」
「勝くんも身長伸びなきゃいいのに」
勝なりの気遣いなのでしょうか。悪い気はしませんけど、状況が見えていない。今は呑気な恋話とやらに耳を傾けている場合ではないんですが。
というか、立っているのがしんどくなってきた。呪いの影響でしょう。洋が今、《《どんな気持ちでいるのかわかるから辛い》》。
場を離れようとすると、勝は声のトーンを変えずに話を続けた。
「秀喜さんは洋さんにいろいろ合わせてますけど、身長や生き方まで合わせててすごいなって思ったんです。呪われるのは怖いと思います。でも、秀喜さんの愛のなせる業ですよね」
「身長はたまたま」
「なら、生まれて来た時から洋さんに出会うことが決まってたんじゃないでしょうか!」
子どもの考えることはわからない。勝が何を言いたいのか汲み取るのも難しい。
きっと単純な思考だろう。子供がおだててくる時って、何を求めてるんでしょう。褒めるとは違い、機嫌を取るというか……。
何か買って欲しい、とか? 子供に愛想もオレに頼ってくる理由なんて、そのくらいでしょうか。
「……何か、頼みでもあるんです? そんなにオレと洋を運命だ、みたいな言い方ばかり……。普段は守や晴太の方が話すのに、オレに近づくなんておかしい。呪われているのを聞いて、しめたって顔してましたし」
「バレました。ぼくは秀喜さんのような策士にはなれませんね」
舌を出して急に子どもぶる。
やはり、おだてて言うことを聞いてもらおうという魂胆だったんでしょう。
「こんな災害の時におねだりなんて、不謹慎ですよ。食べ物だってろくにないのに」
「物が欲しいわけじゃありません。その辺のクソガキと同じ扱いはやめてください」
クソガキはお前もでしょう。いや、マセガキですかね。どちらでもいいですけど、何ですか? と再度問う。
「ぼくも松島に連れてってください。守さんと晴太さんたちにはダメだと言われました。どうせ洋斗さんもダメだと言うでしょう。では、秀喜さんしかいません」
「観光に行くんじゃないんですよ」
恐らく大和守安定を取りに来るであろう洋を松島で待つ。1日2日の話ではなく、いつかもわからない時間、張り込む。
最早夏であるというのに、どんなに暑くても撤収はしない。
それを子どもも含んでというのは無理だ。口では簡単に言えても、酷であることは容易に想像がつく。それの説明はすでにあの2人から聞いているはず。
「ぼくは剣道を習ってます。だから洋さんとも戦えます」
「無理だよ。洋さんは普段の洋さんじゃないんだ。動きは速いし容赦もない。勝くんにだって斬りかかってくるかもしれないし」
洋斗は目の前で守に斬りかかる洋を見た。壬生寺で服部を脅した時の動きを思い出すと、正直勝てる気がしない。
勝はいくら説得しても「行く」の一点張り。洋斗も肩を下ろしてダジダジです。
「ぼくはこうと決めたら引きません。頑固なんです。もし最後の砦の秀喜さんがダメだと言っても、ぼくはなんとかして行くつもりです」
「カッコつけで行けるほど甘くありませんよ。守や晴太と同意見。ついてこられても足手纏い。つまり、迷惑です」
「……そうですか」
さすがに効いたでしょう。ストレートが一番効果的。勝は背を向け、トボトボと場を離れた。
まわりに強情な人がたくさんいられては収拾がつきませんしね。
「わかってくれてよかったぁ……さすがにねぇ……」
洋斗が深くて長いため息を、眉間に皺を寄せながらつく。
そしたら床を貫くような、勢いよく踏み込む音がして、勝が洋斗の背中に竹刀の先を当てがっていた。
速い――京都の洋に負けず劣らない速度!
「ま、勝く……ん?」
「ぼくに剣道……いえ、剣をたくさん教えてくれるのは洋さんです。その次に宇吉さん、道場の先生、服部さん……けれど、洋さんの"突く"スタイルが1番真似やすかったです」
「洋の動きをわかると言いたいんですね?」
「はい」
竹刀をそっと背中から離す。洋斗はへなりと座り込むと、左胸を押さえて目を硬く瞑った。
「ごめんなさい、洋斗さん。口言ってもダメだと思ったので」
「他の人にやっちゃダメだよぉ!? びっくりしたかんね!?」
勝は洋と同じ口調で離す洋斗を見つめて、一瞬目を丸くし、その後すぐに微笑んだ。
「洋さんはぼくの師匠であり、先輩で、名前をくれたお母さんです。だから、居なくなってほしくありません。それを心に訴えたい。子どもから訴えられる情もあります。ダメでしょうか」
10才にしてはなかなかのキレ者。と言ったら褒めすぎでしょうか。しかし、今の動きを見て洋だと思った以上、連れて行く価値が出来てしまった。
「いいでしょう。しかし、子ども扱いしません。あくまでも、剣士として連れて行きます。斬られても文句は言えません。その覚悟は?」
「あるって言ってるじゃないですか。ぼくは勝です。負け戦なんてしませんよ」
その目には誠が浮かぶ。洋が育てた、洋の分身と言ってもいい。
守と晴太を説得し、松島へ連れて行く理由を考えるのは、オレなんですけどね。




