77勝手目 本物に恨まれても(1)
洋は本当に人じゃなくなっちゃったんだ。目の前から居なくなっちゃった。霞みたいに消えて、追わせてもくれないんだから。
でも、洋が居た形跡は残していってくれたね。転びそうになって踏ん張った靴跡が床に薄ら伸びてるんだもん。
僕を刺そうとして出来たもの。あの瞬間を思い出すと、少し震えた。
「まさか刃を向けられるとは思わなかったな……」
「副長は斬られてるし……こう言っちゃなんすけど、もう諦めた方がいいんじゃない? 沖田ちゃんも拒絶してたし、命の方が大事っすよ」
武田くんはまともだなぁ。でもさ、僕らはとっくの昔に狂ってるんだ。
「それは見捨てろってこと?」
「見切りをつけろって言ってんすよ」
「僕らにその選択肢はないよ。洋が苦しんでるの見たでしょ?」
「でも殺そうとすんのは違うでしょ! 洋斗さんはわかる! 家族だからね。どんなに憎くても血が繋がってるってだけで許せたりするもんだし! でもさぁ、副長と近藤くんは違くない!? 沖田ちゃんにこだわりすぎ! 女の子は沖田ちゃんだけじゃないよ!?」
正論ばっかりだ。世の中を探せば、他に好きな人が見つかるかもしれない。洋より可愛い人も、性格がいい人も、素敵な人もいる。
人を殺そうとまでいかなくても、刃物を向けてくる女の子は怖いし避けたい。メンヘラってやつだもんね。
洋が使っていた刀剣を拾う。
初めて触れる刀剣は重たい。僕より細い腕で、ひょいひょい振り回してたんだ。すごいじゃん。
一緒に住んでいても、まだまだ知らない洋が居るんだよね。僕らの気持ちが嘘だとか怒ってたけど、嘘をついてるのは洋だと思うや。
素直じゃないのは呪いに支配された今も同じ。でも、わかりやすくて助かるよ。
「洋は助けて欲しいと思うよ。ほら、見て」
「刀がなんすか」
「守。君ならわかるよね」
僕は守に刀剣を見せた。全然詳しくないけれど、洋が僕らの脳に刷り込ませるまで見せてくれた刀は忘れていない。
守は刀を見て少しだけ口角を上げた。
「あぁ。わかる。沖田は沖田だな」
武田くん、それから洋斗さんも困惑している。
「ごめん……ボクもわかんない。なんで2人とも余裕そうなの?」
「洋が僕らを拒絶してるのは本当だと思う。けど、無意識でも心の底では“新撰組”に縋ってるよ」
「どういうこと?」
この刀が本物かなんてわからないし、もしかしたらそっくりな物かもしれない。けれど記憶に残るあの刀剣と同じなんだ。
「土方歳三が使ってた刀だ。和泉守兼定じゃないか」
「僕もそうだと思う。もし他にも刀剣が保存されてるとしたら、洋はわざわざこれを選んで使ったって事にならない? しかも土方だよ。洋が飛びつかないわけない」
「あんな状態でそんな気持ちになる?」
守はわかっても、武田くんはわからない。彼は苛立って、頭を掻きむしった。
「結構トラウマだよ!? 目の前で人が斬られてんだからさ! 悪いけど、自分はここで辞めさせてもらうよ。沖田ちゃんに付き合ってたら命足りないし……あんな態度取られるなら、地元荒らされたのも許せないっすわ」
「それはボクが悪いから」
「洋斗さんも悪いかもしんないけど! 沖田ちゃんの我儘に付き合いきれない。だって、これだけで済まないっしょ。もし死ぬなら親んとこいたいんで。そんじゃ」
興奮気味の武田くんは迷うことなく下へ降りて行った。守は勿論止めない。僕も追おうと思わなかった。
ここからはついて来れる人だけが来るべきだ。
無理に引っ張って来て、後悔なんてさせたくないしね。
「武田くんのご両親も地震でお店がなくなったかもって、不安そうだったから……彼は残ったほうがいいね」
「元はと言えば、青森の一件から一方的に巻き込んだだけだしな」
薄情かもしれないね。洋は諦めないけど、武田くんは引き留めないんだもん。でも彼を止めても苦しめるだけ。そんな思いはさせたくない。
「……上に登って見ようか。天守閣からなら街の全貌が見えるかも」
気持ちを切り替えよう。僕の提案に2人が乗ってくれる。4階、そして天守閣への階段を目の前にした。
どこにも異変がなかった城内なのに、階段だけは通せんぼするかのように瓦礫で道が塞がれている。展示物や敷地内の石や木を集めて作ったもの。避けようと思えば避けられる。
けれど、触れたいと思うと背筋にぞわわと寒気が走るんだ。薄ら霊感のような何かを感じるのは気のせいだろうか。
「行けない……」
「沖田がいるんだろ」
「この上に? 洋さんはわざと通してくれないってこと……?」
守はそっと、瓦礫に触れた。洋の頭を撫でるみたいに、優しい手つきだ。
「怖いんだよな。無理に行かない。一旦引くが、また迎えに来るから」
返事はない。でも守が居るって言うからそうなんだ。
「洋さん、ごめんね! ボクのせいだよね」
「今は謝罪するな。きっと謝らせてしまったと思わせて傷つける。正気じゃないが、沖田は沖田だぞ」
「ご、ごめん……」
謝らなきゃって思っちゃう気持ちもわかるけど ね。でも、今は不要な言葉だ。
今回こうならなくても、洋はきっと自分を知りたがった。ただ知るのが怖かっただけで、その気になれば必ず行動する人だもん。
いつかは起こり得たこと。僕はそう思ってる。
すぐに洋を連れては帰れない。引きこもりを外に出すのは大変って言うしね。城に引き篭もるなんて大胆だ。らしいっちゃらしいけどさ。
「洋、僕らは諦めないからね」
そしてすぐ、その場を離れた。言葉が嘘でないことを証明するには、吐いた言葉通りにしなくちゃいけない。
それが今の洋に何も届かなくてもね。意味がないと思われても、積み重ねていくしかないんだ。
3階に降り立つと、守はさっきの場所に戻った。そして刀剣を拾い上げて、着ていたジャケットで隠すように包む。
「土方くん、それ持って行くの!? ど、泥棒じゃ……」
「泥棒だな」
守は笑う。けれど手は止めない。
「俺は土方歳三の子孫でもなんでもない。ただ苗字が同じだけで集ってしまっただけ、痛々しいごっこ遊びの新撰組の副長だ」
「僕らの新撰組は史実とは無縁だもんね」
「あぁ」
それでもこの苗字には意味がある。周りに笑われても、誰も認めてくれなくてもいい。
洋が心から望んだ組織だから、僕らはそれになりきるんだ。
「罰当たったりしないかなぁ……本物の土方さんが怒ったりさぁ……」
「どうせ俺たちの行く先は地獄だ。土方歳三に恨まれようが何しようが構わんさ」
「法は……?」
「法は今どうだっていいだろ」
「ボスにそう言ったら怒られたよ?」
「伊東には伊東の考えがある。俺は都合の良い使い方をするぞ」
全部終わったら返せばいいよね、と笑うと、また地面が唸る。
早く城から出ていけってことかな。
「洋! この刀剣はもらってくね!」
城はバリバリと音を立てるけど、決して建物は崩れない。それでも僕らは階段を駆け降りて、身の安全を優先した。
外に出たら地震はおさまる。洋の加減で地震の大きさや時間が調整できるんだ。僕ら以外の人が城の中に入ろうとしたけれど、扉は開かなくなってしまった。
守が居ないと開かない。洋の中で守は一番助けてほしくて、一番許せない人になってしまったんだね。
ずっと信じて隣に居てくれた。だけど嘘をついて真実を隠し、それを知っても隣に居るのはおかしいと思い込んでるんだろう。
自分で自分を呪い始めてしまった。僕らがそうさせたんだけどさ。後悔しても、たらればすら当てにならないや。
「これからどうするの? とりあえず体休められるところ探す?」
洋斗さんの問いに、僕は守に視線を送った。僕は局長だけど、組織の方位磁針は副長の守だからね。
「一旦宮城に戻る」
「洋さんのこと置いて行くの……?」
「いや、沖田は必ず宮城に来るぞ。俺が和泉守兼定を持ち出したんだ、沖田は必ず沖田になろうとする」
「宮城に沖田総司の刀剣があるってことぉ? 聞いたことないけど……ボクが知らないだけぇ?」
沖田総司の刀は3つ。現存されているものはないはずだ。でも守が適当言ってるなんて絶対にない。
「松島に沖田総司が使っていたものと同じ名前の刀がある。沖田の中に新撰組が残っているのなら、必ず取りに来るはずだ」
だから刀を持って来た。そう言いたいんだ。でも刀を手にした洋には敵わない。神格化したであろう洋に、格好だけでも対抗しようってわけだ。
「沖田を松島で迎え撃つ。その時に連れ戻すぞ」
それが確実かもわからないけど、僕らは守を信じるしかない。
大丈夫。僕が無条件で守の言うことを飲み込めるのは、今まで彼の言うことのほとんどが現実になってきたからだ。




