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76勝手目 2度と笑ってくれないの(2)

「会津若松って遠いね……福島入ってすぐくらいかと思ってたや」

「近藤くんって勢いあるけど無計画だよね」

「え、悪口?」

「前に調べた時、仙台から会津若松って150㎞以上あった気がするからさ。歩く? って言えるのすごいなって」

「ねぇ守! 僕、バカにされてるよね!?」

「余計な体力使うな。足元を見ろ」


 恐らく地震から3日以上経った。福島県と書かれた標識を見つけ、福島入りしたのはいい。

 歩みを進めるほど街が壊れていく様を見るのは心苦しいものがある。


 洋斗のおかげで、武田の両親は無事だとわかった。震源地なだけあって壊滅的な被害だと言うから、生きてるだけで嬉しいと武田は笑いながら泣いた。


 よかったと胸を撫で下ろしつつ、羨ましくも思う。大事な人の安否がわかれば心の余裕も出るだろう。


 体はとうの昔にボロボロだ。足の感覚が鈍くなってきた。ずっと痺れているような、痛覚すらほんの僅かしか残っていない。


 だが、休憩の時間すら惜しい。体が限界を超えても、心は沖田を求めている。不思議と焦りはない。


 全て知ってしまった沖田とどう過ごしていくか。この地震で沖田の心が壊れてしまったとして、八十禍津日神は仕返しに満足してくれるんだろうか。


 とにかく姿を見なければ次に進めない。武田が会津若松に入ったと言い、洋斗と落ち合える場所を探す。


「あぁ、鶴ヶ城だ! あと30分も歩けば着くっすよ!」

「洋斗さん、聞こえた!?」

『わかった! ボクも向かうよ!』


 暗い空の下に聳える城は不気味だ。街が壊滅的なのに、城だけが綺麗に残る。その完璧さが逆に禍々しさを纏っているように見えた。あまり気が乗らない。


 それでも洋斗に会うため、追手門から城内を目指した。城は綺麗でも石垣は被害がある。瓦は一つも落ちていない。


 おかしい。天守閣を見上げると、何かが動いた。人か? もしかしたら城の中に逃げ込んでいる避難者がいるのかもしれない。

 俺を見て中に入ったような気がしたが、気のせいか?


「おわっ、また地震だ」

「大きい……自然地震かな!?」


 余震程度だった地震は唸りを上げ、煮えたぎるように地面を揺らす。体を屈めて収まるのを待ちながら、視線は天守閣に行く。


「沖田……?」


 俺を見たから揺らしたのか? 

 きっとあれは沖田だ。沖田が泣いてるから地震が起きている。城の中に居るに違いない。


 長く揺れる大地に足の裏をしっかりと付けて立ち上がる。おぼつかない足取りで城の中へ迷わず入る。


 地震にしちゃ長すぎる。これは断層のズレがもたらす揺れじゃない。


「沖田!」


 ここに沖田がいると確信した。一つ叫べば、揺れはゆっくりと収まる。


「ここに居るのか……」

「守、危ないよ! なんで1人で行っちゃうのさ」


 晴太、武田も来てくれた。そして2人も城の異変に気づく。展示物は散乱し、足の踏み場もない。


「建物だけは全く被害がないんだね……」

「異常、すよね……」

「会津若松でここだけが安全って感じだよ」


 展示ケースやモニターはヒビだらけ。上へと続く階段はなんともない。

 階段に足をかけた時、音の高い呼吸と共に、1人の足音が聞こえて来た。


 振り返ると怪我であちこちに血を滲ませた洋斗が、膝に手をついて無理やり笑顔を作っている。


「入れ、たんだね……」

「洋斗さん! めっちゃ血だらけじゃないすか!」

「生き埋めの人、助けてたから……痛いけど激痛じゃないから。それよりさ……」


 洋斗の太い眉毛が吊り上がった。深刻な顔は不吉な予感を思わせる。


「ボクが来た時、お城の中に入れなかったんだ。でも……土方くんが来たら入れた。勘違いかと思ったけど、周りの人も土方くんが入ったのを見てびっくりしてたんだよ」

「副長ならいいよって事、なんすかね……? だとしたら、沖田ちゃんって――」


 皆で顔を見合わせた。こくんと頷いて、階段を登る。沖田は天守閣でこの街を見てるに違いない。


 八十禍津日神がここに連れて来たのか? あの邪神が居たら面倒だ。

 何がなんでも説得して連れて帰ろう。沖田は新撰組の全員が好きだから、きっとすぐに帰りたがるはず。


 階段を登り、3階に辿り着いた時だった。上から降りて来る人の影。


 階段の踊り場で立ち止まった体は、浅葱色のパーカーを纏っている。手は後ろに組んでいるから、1人で不安だったんだろうな。


「沖田……」


 この世で一番愛おしい顔には涙の跡が何層も残っている。唇は噛み締めて皮が剥け、血が滲んでるじゃないか。


「おいで、沖田。迎えに来たぞ」


 両手を広げた。飛び込んできて欲しい。どんなに勢いが強くても受け止める。そしたら離してやらない。腕を鎖にして、もうどこへもいけないように縛ってやるんだ。


 沖田は右足を踏み出した。ブーツの踵がカタンと音を立てると、隠れていた両手があらわになって、手には刀剣が握られている。


「おき――」


 名前を言い切る前に、その刃を突き刺すようにして構え、俺に向かって来た。


 何が、起きている?


 沖田が刀を持ち、全てを憎むような形相で問答無用に腕を切り裂いた。


「沖田!」

「副長!?」


 なんとも言い表せない激痛。ドクドクと垂れる赤い熱が止まらない。

 

 あの刀剣、本物なのか――!?


 それを沖田が俺に? なんで? 痛みを気にするよりも疑問が止まらない。


「洋さん何してるの!? 土方くんだよ!?」


 洋斗が小さなハンドタオルで止血してくれるが、治る気配がない。手では力が足りないと、腕を絞めるように抱きついてくれる。


「どうしたの……洋。それ、置いて。一回、落ち着こう? 僕らは洋を傷つけたりしないよ」

「……」

「刀剣は似合ってる。でも、人を傷付けるのは似合わないよ」


 晴太の声掛けにも動じる気配はない。

 めげずに優しく声をかけ続けるが、右手に古びた刀剣を握りしめた沖田には響いてなさそうだ。


「沖田ちゃんのこと迎えに来たんだよ!? 地震とかどうでもいいからさ、苦しいなら副長に甘えりゃいいんだって!」


 武田の命乞いに近い叫び声。沖田は黙って俺たちを見た。


「なんか言えよ! 沖田ちゃんらしくないよ!?」


 瞬きもせず、黄色い目を開く。凛とした表情には非情さも混ざっている。そして、音もなく斬るような鋭く、静かな声で言う。


「頼んでない」


 生気がなく、沖田の感情が読めない。何を思ってるんだ? 一緒に居て22年。初めて傷つけられた。沖田は悪びれる様子もない。


 普通の感覚なら立ち去るなりするかもしれない。


 だが、俺は沖田を求めてしまうんだ。


「そうだな。俺たちが来たいから来たんだ。ほら、帰るぞ」


 特別な振る舞いはしない。洋斗をそっと離し、駅に迎えに来たみたいに、沖田に手を出した。

 握ってくれ。握らなくても、「わかった。帰る」とふてぶてしく歩き出せよ。


 下を見るな。俯くな。俺を見ろ!

「アタシは、お前らが生きやすくなるための駒なんだろ」

「何だい……? 僕らが洋をそんな風に思うと思ってるのかい?」


 そんなわけないと晴太が否定した。沖田が何を知ってそう思ったのか検討すらつかん。だけど試しているようにも……見えない。


「お前らの言葉なんか信じない。そう言えばアタシがそっちに行くと思ってるんだろ」

「本当に駒なんて思ったことないよ!? 僕はずっと洋が好きだって言ってきたじゃんか! そんな風に……使い捨てだなんて思ってたら、結婚してとか言わないよ!」


 沖田はフッと鼻で笑った。笑顔とは真逆、晴太の気持ちを蹴り飛ばすような冷徹さが胸を刺す。


 そして俺の血がついた刀剣を晴太に向け、目力で圧するような視線。いつ飛びかかって来てもおかしくない。


「全部全部全部全部全部全部……ぜぇんぶ……嘘だ……帰ろうも、大丈夫も、好きも――全部作りもの! 仕組まれた関係に誠があると信じたアタシが愚かだったんだ!」


 沖田がまた、片足を深く踏み込む姿勢になった。刀剣の先端が上を向き、容赦なく晴太の喉元を突こうとしているのがわかる。


 ブーツのグリップがギュッ! っと床を捻るような音を立てた。


 ――来る!


 晴太を後ろに押し倒すと、沖田は足を捻り、体勢を崩した。すかさず突き損ねて前のめりになる沖田の腕を掴んだが、患部がじわっと痛む。


 しかし、我ながらいい反射神経だ。沖田の居合道部で練習に励む姿を何度も見て来た。沖田総司になりたくて、3段突きが出来るようになりたいって騒いでたもんな。


 お前の癖を忘れたと思うか。突きを意識しすぎて前傾姿勢になるから転びそうになるんだ。


「足、痛めたんじゃないか」


 沖田は無言で俺の手を払い、離れてしまう。やっと触れられたのに、また行ってしまうんだな。何もない空中を思わず掴んでしまうほど、苦しくなる。


 言葉ではどうにも出来ない。だから刀を振るんだろう?

 泣けないから怒る。それと同じだ。


「沖田、苦しいんだろう。当たるなら俺だけにしろ。全部受け止めてやるから」


 どれだけ刺されても構わない。それで沖田の気が紛れるなら、喜んで痛みを受け入れよう。


 沖田は右手を大きく横に振り、刀剣を投げ捨てた。床を滑って壁に当たる。武力に頼るのはやめるのか?


 文化財など価値のある物に違いない。いつもなら怒る晴太も、沖田の変貌ぶりについていけずに肩で息をしている。


 沖田も同じく、息を荒げていた。


「土方……アンタは絶対に許さない……」


 今度は口喧嘩をしようってか。別にいい、傷つける気でいるのはわかってる。


「嘘つきやがって……全部知ってたくせに……アタシのこと見下して、何も知らないアタシの面倒見てる自分に酔ってたんだ」

「そんなわけないだろ。沖田を守りたかっただけだ。俺が守んなきゃって思ってたんだよ」

「その臭い言葉が見下してる証拠だろうが!」


 振り向いた沖田の目の奥が揺らいでいた。


 許さないの反対は、寂しいのはずだ。だって、俺がそうなんだ。

 勝手にいなくなりやがって。今回こそ許さない。俺にも限界があるんだぞ。絶対許してやらないから、許してほしいならそばにいろと言うのも見下しなのか?


「洋さん、どこ行くの!」


 言葉より先に体が動く。階段を足早に降りて行こうとする沖田の背中に飛びついて、パーカーが皺くちゃになるほど目一杯力を入れて抱きしめた。


「何言ってもいいから、いなくなろうとするなよ」


 離れたくない。このまま連れて行きたい。もし晴太たちが許さなくても、俺は許すから。


「独りにしないって言っただろ」


 どんな沖田も受け入れたい。苦しんでる沖田も知っていたい。見下しなんかじゃないが、そう聞こえるならそれでもいい。


 俺はこういう愛し方しか出来ないんだ。それが重かろうと、沖田は俺の半身だから。俺は自分のために沖田が必要なんだよ。


 しかし、俺の願いは届かない。


「最初から独りだ。アタシは生まれた時から、人じゃない」

「おき……」


 沖田は感情のない言葉と共に俺の腕から消えた。


「た……?」


 階段を降りた気配もない。瞬きをしたうちの一瞬の出来事。


 体に沖田の匂いが残ってる。確かにここに居た温かさもある。


 俺は往生際が悪いんだろうか。嫌いになれたら楽なのに、どんな沖田も好きで好きでたまらない。


 恋というには軽すぎて、愛という言葉すら飛び越えてしまった気がする。この感情や想いに名前をつけるなら、もはや呪いだろ。


 沖田は俺の心臓だ。お前が存在してくれるから生きていられる。


 八十禍津日神の仕返しはまだ終わらないのか。どれだけ沖田を苦しめりゃ気が済むんだよ。沖田が消えたからって、負けたなんて思っちゃいないさ。


 神がなんだ。

 八十禍津日神アイツの呪いに匹敵するくらいの呪いを沖田にかけてんだぞ。

 何を言われても、何があっても諦めない。俺の声が届かなくてもまだ希望はある。今回のやり方じゃダメだっただけ。


「独りになんて、しないからな」


 愛してるが届かないのは、これが初めてじゃないんだから。2度と笑わないなんて、絶対に許さないからな。

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