75勝手目 シーサーは何を招く(2)
洋斗とは東京の電車の中で出会った。
――ネリー、元スイス人だし、自他共に認めるくらい胸が大きい。書類上は日本人でも、見た目でとっても目立ってしまう。
胸は男も女もジロジロ見てくる。見る気ない言うけど、見られてる方はイヤ。
コンプレックスをぶら下げた土砂降りの日。蒸し暑くて薄着だったカラ、濡れて下着や胸のラインがくっきり出ていた。
電車の中でヒソヒソと胸の事言われたり、スケベな事囁かれて酷い気分で。隠すことも出来なくて泣きそうになってたら、近くにいた洋斗が寄って来たんダ。
「あの、よ、よかった、ら、こ、これ、羽織ってくださいぃ……」
ナヨナヨしながら、自分が着ていた柄物シャツを脱いで差し出してくれた。洋斗は肌着のタンクトップになってしまって、ネリーに浴びせられてた視線はそっちに向く。
洋斗は「見ないでよぉ」って体をくねくねしてた。いろんな物から守ってくれた気がして、すごく嬉しくて。
お礼したいって言っても、名前すら教えてくれない洋斗の跡をつけ、神霊庁に勤めてるコト知った。でも神霊庁ドケチだから、ネリー入れてくれない。だから神霊庁のコト調べまくって、秀喜のオトーサンの会社を見つけて就職。
神霊庁の特別経理部に入りたいって社長のところに通い詰めて、秀喜の経験の場としてもいいダロ! ってことでメンバーが一新して今の部が出来た。
神霊庁の職員は最初他の人って言われたケド、秀喜に洋斗のコトをゴリ押し。人事大成功シタってワケ。
「洋斗に助けてもらってから好きダヨ」
『あんなの助けたうちに入らない。そんなことならネリー以外にもしたよ』
「でもそこから好きナノ」
洋斗は素っ気なく、誰でも出来ることだねって言う。好きになる理由なんてサ、沢山ある方が嘘っぽいヨ。
キッカケだっただけで、「この人の優しい、もっと欲しい!」って思ったんだモン。
洋斗になんて言ったら気持ちが届くのカナ。学をチラッと見たけど、首を横に振るんだ。
洋斗とお別れヤダな。デモ、ネリーの言葉が無力なら諦めるのも”好き”の表現カナ。苦しいって言ってるこの世に居させるのは、逆に嫌いってナル?
シーサーが壊れちゃったから、洋斗は戻って来ないのカモ。
もう、今は割り切ろう。苦しいって言ってる洋斗を追い詰めたくないモン。
洋斗が居なくなった世界を迎えたら、泣くのだけ許して欲しい。ネリーはきっと、ずっと洋斗が好き。
「……カッコ悪いから好き」
最期なら、伝えたいコト言わなきゃ。好きだったトコ、伝えなきゃ。泣かないように。普通に、洋斗が心配しないように。
「デキナイって言いナガラ、一歩踏み出すところ好き」
「ジッとしてられなくて、飛び込んでいくの好き」
「ずっとカッコ悪い。でもそれがカッコよく見える」
「今の弱ってて、苦しんでる洋斗も好き。傷付いてモ、洋に悪いことシタって、泣いてる。洋斗、洋と家族になろうとしたダケなの。ネリー、それはわかる」
「洋斗大好き。カッコ悪いお兄ちゃんのまんまでイイから、帰って来テ欲しい。他の人と好き同士になってもイイから、洋斗に生きてて欲しい」
堪えていたのに涙が勝手に出てくる。大好きって言ったから、悔いはナイ。
もし本当に最期なら、この世を離れる最後の時に浮かべる顔はネリーだったらイイナ。
『……ありがとう。みんなによろしくね』
しんみり、洋斗の言葉が耳に溶けた。返事が出来ない。だけど洋斗は最後の返事を待っててくれている。
そしたら廊下からトゲトゲした話し声が聞こえて来る。それはガラケーからも響いて来て、学もキョトンとした。
「最期か、知りませんけど」
秀喜だ。顔色悪い。けど話し方はいつもみたいに煽ってる。
「神霊庁を退職するってことですか? 2週間前に言ってもらわないと受理できませんから。オレの私情じゃありませんよ? 法がそう言ってるんです」
『今、法とか関係ないでしょ』
「大いにありますが?」
『そう……』
「それから、自殺するのは勝手ですけど。洋斗の墓は誰が建てるんです? 葬儀の費用は? 喪主は? 少ない遺産の行き先は? あなた、今現在天涯孤独みたいなものですけど。血族である洋は居ない。近所すら探そうともしないで死んでいくんですもんね? せめてそういう準備してから死んでくれません? 今のままだとオレがやらなきゃいけなくなるんで」
洋斗は電話の向こう側で「そんなこと言われても……」って、ぐずぐずシテる。
秀喜は最期まで法やルールで洋斗を殴るんだナ。
「逃げたいだけで済ますのやめてもらえませんかね。せめて迷惑かけずに死んでください。こちらがやるのは屍を拾うくらいで済むような準備をしてからどうぞ」
『お墓は……無縁仏でいいからさ……』
「バカなんですか? その手続きを誰がするか決めてから死ねって言ってんですよ」
『じゃあ……ボスにお願いします……』
「やらないって言ってますよね?」
『じゃあネリー……』
「ヤダヨ」
『他に誰か……土方くんとか』
「今はいません。というか、誰に頼んでもやりませんよ? こんな大地震の後じゃ自治体だって取り合えないでしょうし。供養されずにこの世を彷徨うなら、結果は同じでは?」
秀喜のガラケーを持つ手、震えてる……。言葉強いケド、洋斗居なくなるのヤダなんだ。
『そんなのわからないよ』
「わかります。栗駒山の禁忌がいい例じゃないですか。体を見つけてもらえずに怨霊化寸前まで行き、なんとか救えた。それになりたいとでも?」
『ならないよ! ボクは――』
「なりますね。絶対。洋斗の上司なんで、わかります」
言い切った。洋斗の性格を考えると確かになりそう。呪いになって、こうじゃなかったのに! って泣いてソウダヨネ――って、吹き出しちゃっタ。
「洋が居ないんですよ。血でしかわからない事、きっとあるんじゃないんですか。洋の捜索に携わってから死んだっていいと思いますけど」
『……』
「……はぁ、うるさい」
廊下からドタドタと足音がたくさんする。樺恋から奥間に飛び込んできたら、夜中なのに賑やかになっタ。宇吉と祈も一緒。
秀喜に電話を貸してと餌を待つ小鳥みたいに絡んでる。
樺恋と勝の手には、割れた体を接着剤でくっつけたシーサーが居た。
秀喜が嫌々ガラケーをスピーカーにして2人の耳元に近づけてあげた。
「洋斗! シーサー壊れちゃったんだけどね、あたし直したから!」
「ぼくも直したでしょ! 樺恋ちゃんばっかり……」
「あたしの方がセンスあったもん!」
「あんまかわんないよ……あ、でね、洋斗さん。ぼくと樺恋ちゃんじゃ割れたところの線が目立ってカッコ悪いままなんです。洋斗さんなら直せますよね!」
「あたしの部屋の本棚も壊れたから直してよ! 他にもいっぱい壊れてるから、早く帰って来なさいよね!」
ちびっ子は無邪気だ。シーサーが直ったから洋斗が帰って来るって、キラキラしてる。
物を作ったり直したりするのが得意な洋斗にたくさんお願いシテ、帰って来る理由を作ってサ。
2人はさっきネリーが洋斗にバイバイしたのを知らない。なのにそれをなかったコトにしようとしてくれる。
隣に座る学も掛け電話の受話器に向かって話し始めた。
「……洋斗、ごめんなぁ。おれ、怖くなって洋斗に八つ当たりしたんだよ。嫌いとかねぇからさぁ、帰って来てくんねぇかなぁ」
祈も続く。
「責めてごめんなさい。洋斗もずっと、家族がわからなくて苦しんでたものね。解ろうとしなくて、本当にごめんなさい」
洋斗がいないのにペコペコお辞儀。祈ってこゆトコある。
「宇吉らも沖ノ島の一件を隠しておりましたからな。洋斗殿への伝え方を誤ったかもしれませぬ。そもそも、洋斗殿が聡殿にお会いすればよかったのだと今更ながら思っておりまして……追い詰めたのは、宇吉らでしたよなぁ……」
宇吉も祈とオンナジ。みんな洋斗に帰って来て欲しいんだ。
秀喜はちびっ子から携帯を取り上げて、またツンツン話す。
「もうわかりましたよね。これでわからないなら救いようのないバカなんで死んでください」
『バカだから……わかんない……』
「はぁ。わざわざ言えと?」
『ボスの口から言ってくれなぎゃ、わがんないよ』
洋斗のぐじゃぐじゃした声。さっきまで熱がなかったのに、秀喜のツンツンが洋斗の凍ったココロを砕いたのカナ。
「あなたが居ないと寂しいんです。死ぬとか後回しにして、帰って来なさい」
これだけ言ってダメなら、洋斗は本当にバカだと思う。
ケド、秀喜の無茶もご機嫌ナナメも洋斗はいつも受け止めて来た。若いのに大企業の重圧に耐えてスゴイよねッテ。
『それは……上長命令?』
「当たり前じゃないですか。皆まで聞かないでもらえません?」
秀喜にぎゅうってする。守と洋が本庁に来る前から、ネリー達は3人で1個だったモン。
「3人で、特別経理部ダヨ」
「そ。生涯通して、洋斗はここにしかいれませんから」
ダイジョウブ。死んじゃわなきゃいけない理由、もうナイなった。
『人生決められるなんて、そんなの、パワハラだよぉ……』
えへへって、嬉しそうな笑い声。小さいケド、ちゃんと聞こえた。
みんなも安心したように笑ってる。樺恋と勝もすっかりジャないケド、顔が晴れた。
「シーサー直したカラ、洋斗ダイジョウブなった、んダネ」
「そうよ! だから言ったじゃない!」
「さすが樺恋ちゃん……って言えばいい?」
「何よその言い方! 接着剤指について焦ってたくせに!」
チョットだけ、福が帰って来た。
ただのモノにも意味がある。壊れても直るなら、もっともっと大事になるネ。




