75勝手目 シーサーは何を招く(1)
仙台から会津若松まで歩くなんてアホだなって思った。どのくらい遠いか知らないケド、屯所近くのバス停まで行くのもメンドクサイからわかる。
本当はネリーも行きたかった。言わなかったケド。遠くまで歩くのは怖かったし、多分ネリー行くと迷惑になる。守達と同じくらい体力ないしネ。
屯所の片付けしながら待ってるのがイイと思ったから言わなかった。
でも、洋斗が心配。洋のココロを殺したって言うケド、洋斗は自分のココロも殺してると思う。
守達を送った後、みんな落ちている物で怪我しないようにって片付けをし始めた。
ネリーもゴミ袋を持って来て、壊れて使えない物を入れていく。なんでもないと思ってた小物も、思い出を捨てていくみたいで苦しい。
「ネリー、玄関のこれ……」
「洋斗のシーサー……」
樺恋の小さい手の中にばっくり2つに割れた、2体のシーサー。
「なんか、これが壊れたのがいやだ」
「ただのモノだからダイジョブだよ」
「洋斗のものなのに?」
ぐずりと鼻を鳴らした樺恋は、シーサーの壊れた面に落ちていた耐震ジェルシートを挟める。くっつかないと、洋斗も帰って来ないって泣いちゃうし。
モノはいつか壊れるでしょ。大事にしていても、触らなくても壊れちゃう。樺恋は小さいからわからないのカモネ。大人になるってこういうコト。
「知らないの、ネリー。シーサーって、口の開いてる方は悪いものを追い払って、口が閉じてる方は幸せを呼んでくれる神様なのよ」
「そうナノ?」
「洋斗さんが教えてくれました。ぼくらにくれるって言われましたけど、一緒にしてあげないと寂しいから玄関に置いたんです」
勝も、もう一体を直そうと液体のりを塗る。
「洋斗さん、洋さんのこと傷つけたからって、帰って来ないとか……ないですよね」
また涙を落としちゃった。2人とも、誰かがいなくなるのが怖いって泣いちゃう。樺恋は特に、地震でオトーサンとオカーサンが死んじゃってるから、小さなコトにも反応しちゃってる。
「洋さんはみんな助けようとしてるけど、失敗した洋斗さんは帰って来ちゃだめですか」
「あたしもパパちとママちのこと知りたくなったら、おんなじことするもん! 学と祈が怒ったら、帰って来ないかもしれない!」
学と祈、ピタって動き止まった。学は2人を待ってるって言ってたケドネ。でも、子供は怒られたことの方が記憶に残るのカナ。
「文人に電話して、なんとかしてって言ってよぉ! サブスク使うって言って! 宇吉!」
見てるのも痛くなるくらい、樺恋は顔を真っ赤にして泣きじゃくる。文人もどうにもできないヨ。ネリーがぎゅってしても違うだろうし。
「樺恋様、勝殿。たくさん泣いてかまいませぬ。泣き疲れたら、休みましょう。宇吉がお側にいますからな」
宇吉の胸に樺恋が飛び込んだ。勝がそれを見ながら泣いてると、祈が後ろから包み込む。
「ごめんね。私達が帰って来ずらくさせたよね。樺恋と勝の言う通り。ダメな大人でごめんね……」
「祈さん」
勝が泣いてしまいそうな祈の頭を撫でてる。そして「祈さんも休もう」と手を引いたから、祈は樺恋みたいに声を出して涙を落としてる。
ネリーは信じてるからネ。2人帰ってくるって。だから泣かないヨ。
洋か洋斗が突然帰って来て「びっくりした?」ってイタズラ顔で言ってくれたらイイのに。
玄関にいない? 樺恋と勝、いっぱい泣いて苦しそうダヨ? 部屋には? 畑は?
どこを探してもいない。全部ぐしゃぐしゃになって、あったかい屯所はどっか行っちゃった。
今日の朝、洋にバンソコー持たせて、洋斗にたくさんチューしたのに。
お昼ご飯食べ終わってちょっと仕事したら、世界ひっくり返っちゃった。
洋斗の知りたいで洋が傷付いて、神様来てドカン?
やっぱ、洋斗のせい? 責められた洋斗、どうするだろ。帰って来なかったら、どこへ行くの?
知らないトコで暮らす? でも洋斗、きっとそんなコトできない。
んじゃどうするの……?
「洋斗、帰って来ない……?」
帰って来ないって、もう会えない意味の方? ひとりぼっちなら変なコト考えるかもしれない。
ヤバいかも。急いで奥間に戻って、1人で片付けをする学を引っ叩いた。
「痛って! 何すんだバカ!」
「学! 電話繋いで!」
「……洋斗にか?」
「うん」
「……出ねぇよ。おれもかけた」
割れた時計のガラスを拾う。電話は見てもくれない。
「責めるところじゃなかったよな。マジでバカなことした」
「間違えてないと思う」
「間違えたから電話に出ねぇんだよ。何が守るから行ってこいだ。洋斗が電話に出ねぇんじゃ、守れてねぇじゃん」
「……ネリーは、みんな間違えてて、みんな正しい思う」
「どっちだよ」
「正解ない! 洋斗帰って来なくなったらドースル! 諦めないでカケロ!」
壁掛け電話の受話器を学に押し付けてやる。早く繋げ! もったいぶるな! びしびし叩いても、学は無理だとしか言わない。
役立たず、根性なし、テキトー人間。守るって言葉は嘘だったようだナ。
いつもならふざけて終われるけど、今日は終われない。
「洋斗が変なコト考えてたらどうすんダ! 自殺とかしたら、それこそ終わりじゃないのカ!?」
ネリーの声、裏返った。それくらい本気ってコト。学も目を見開いて、ゆらゆら瞳を潤ませる。
「おれがそこまで追い詰めたってこと、だよな」
「ソウ。学も間違えてない。でも、洋斗も苦しい。ここで突き放したままなら、もう戻って来ない。守が着く前に……」
続きは怖くて言えなかった。学は察して、慌てて受話器を取ってガラケーを鳴らす。
「出るまでかけるぞ! ネリーもガラケー離すな!」
「オウ!」
片付けはいつでもできる。洋斗は今しかチャンスがない。日が暮れる頃、秀喜が帰って来た。
顔色が悪くて、少し眠ると言ってガラケーを置いていく。体調不良とは無縁そうな男なのに珍しい。
――夜になっても洋斗は出てくれない。学は心が折れそうと言うから、その度に背中を叩いて「ヤル気なのは下半身ダケか!?」って言ってやる。
日付も変わって、眠気が襲ってくる時間。うとうとしてくると、ガラケーを持つ手が緩くなる。
ガタンと落ちる音で目が覚める。ゆっくり指先で集めるように拾う。ふと見た画面は発信中から変わっていた。
「……通話中?」
耳に当てた。聞き飽きたコール音は聞こえない。外にいるみたいな、ざわざわと木々が揺れる音がする。
『……』
「洋斗……?」
『……うん』
「体、痛いとこナイ?」
『ないよ……』
「ナンカ食べた?」
『食べたくない』
「そっか。ネリーもあんま食べたくナイ」
『……うん』
洋斗の返事は素っ気ない。力なく、弱々しくて、消えちゃいそう。
『……ボク、死のうとしたんだ』
ネリーの返事も待たないで、やだな事言うんだネ。嫌な予感って、なんで当たるんだろう。泣かないように唇を噛むことしかできない。
泣いちゃダメ。洋斗、帰って来なくなる。こういう予感も当たるもん。鼻をつまんで「ドウシタ」と普段通りを装った。
『怖くて最後まで出来なかったけど……』
「ならイイ」
『よかないよ。ボクが出来る償いはこれしかない』
「ネリー、洋斗いないと寂しい」
『他にも人がいるから平気になるよ』
「洋斗がいなくなるイタイ、知りたくない」
『ボクはこの痛みから逃げたい』
「みんな待ってるヨ」
『帰らない』
「ドウシテ」
『これ以上傷つきたくないから』
「みんなは傷つけてイイの」
『知らないよ。ボクには関係ない』
洋斗は誰も受け入れてくれない。手を伸ばしても払いのけて、あったかい言葉も自分の冷たさで冷やしちゃう。
『ネリーはボクのことを買い被りすぎなんだ。ボクは背も小さいし、器も小さいの。最期だから言うけどさぁ、ネリーがなんでボクのこと好きなのかわかんなかったよ』
どん底にいる時の性格がその人の本心って言うヨネ。アレ、なんでなんだろう。
苦しい時に優しくできる人の方が怖いケドな。
洋斗がホンネみたいなコトをポロポロこぼすけど、ネリーには「教えて」って言ってるようにしか聞こえない。




