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2勝手目 直下地震と八幡様

 地震から一夜明け、家の片付けに追われている。


 幸い家自体に損傷はなく、家具の一部が壊れただけで済んだ。


 直下型地震で震度6強、か。


 ライフラインは途絶え、給水車に並ぶ人々は後を絶たない。我が家も例外ではなく、ポリタンクを持ちながら給水車と自宅を数回往復した。


 ――昨晩の一件以降、沖田家の住人は誰一人として姿を見せていない。


 水を汲みにも来ない。家を訪ねても留守だった。

 玄関先に転がった植木鉢と、空になったカーポートが寂しく映る。


「どこに行ったんだ……?」


 昨晩のことを繰り返し思い出す。


 沖田の両親は、沖田の持っていた本を見て怯えた目をしていた。そして、それを沖田が縛りつけられたように抱えて離さなかったこと。


 ”パンドラの箱”を指していたのかもしれないその本は、地震と関係があるのか?


 不自然で現実味のないやり取りに、違和感しかない。


 真面目に沖田の話を聞いていたら何か分かったのだろうか。


 いや、待て。本を読んだからアザが広がったなんて、誰が信じるだろう。馬鹿でも分かる法螺話に耳を傾けないのは正常な反応だ。


 しかし、今回ばかりはそれが良くなかったと反省している。

 今度こそ話を聞こうと電話をしているのに、沖田は拗ねているのか、一向に出る気配がない。


 思いつく限りの近所や避難所も回ってみたが、やはりどこにもいない。


 沖田家を凝視しながら電話をかけ続けていると、家のドアが3回叩かれた。

 沖田に違いないと階段を駆け下り、誰が訪ねてきたのかも確認せず扉を開ける。


「おき! ……あ」


 現れたのは地震の翌日には似合わない背広を着た、沖田の父親・さとしさんだった。


「おはよう、守くん」

「おはようございます。沖田……あ、いや。洋は?」


 聡さんは本当に沖田の父親なのかと疑ってしまうほど口数が少なく、愛想もない。


 体格も良く、ギラリと光るメガネは厳格な雰囲気を醸し出す。まるで軍人のような人だ。


「洋は怪我をしていてね。病院にいる」

「病院? 怪我をしているようには見えませんでしたけど」


 沖田が病院にいるような怪我をしたなら、沖田が「怪我しちゃった」と一報入れてくるのが普段通りだ。


 地震で混乱しているとはいえ、聡さん単身で我が家を訪ねてくるのは異様に思える。


「それで、洋から何か聞いていないか。何か……昨日、電話していただろう? なんでもいい。心当たりは」


 沖田の怪我の具合には触れず、聡さんは昨夜の様子について詰問してくる。


 昨晩の沖田に特に変わった様子はなかったが、本と痣のことが頭をよぎる。

 わざわざ言わなくても分かることかもしれないと思い、答えをぼやかした。


「何も変わったことはないですよ。いつも通りの洋でした。夜中に寝れないって電話をかけてきたんですが、ただ話したかっただけみたいで」


 本のことには触れないほうがいい。直感でそう思った。


「そうか。いや、具合がどう悪いかと聞いてもね、守くんにしか言わないと聞かなくて、困ってるんだ」

「地震後は、俺も話せてませんから」


 そもそも地震があって怪我をしているのに、妙なことはなかったか? ……なんて尋ねるのは、白々しいだろう。


 アンタんちのあの言い合いはなんだったんだよ。と聞いてやりたいのを飲み込む。


 沈黙が、長く続く。


 そんなに気になるなら携帯でも見せましょうかと返したが、聡さんは苛立った様子で「そういうことじゃない」と口元を隠す。


「沖田が俺にしか話さないっていうなら、様子を見に行きますよ」


 しかし、聡さんは俺から目を逸らした。


「いや……昨日の地震が原因で、精密検査したところ、しばらく帰ってこれないようなんだ」

「ライフラインが寸断されているのに、どこの病院で精密検査したんですか」

「いや……君は本当に……本当に、何も知らないのか?」


 会話が成り立たない。この人は嘘をついている。


「聡さんは何を知りたいんですか? 沖田が何かを黙っていて困ってるんですよね? 俺になら話すって言われても、心当たりがありませんよ。もし逆に、俺が知りえる何かに心当たりあるなら、教えてくださいよ」

「いや」


 目が泳いでいる。嘘をつくの、下手か?


「守くんには関係ないことだ。これは、家族の問題――」

「随分勝手ですね。家庭の問題で解決するなら、俺を訪ねなくてもいいはずです。沖田はどこにいるんですか」


 沖田について何か隠しているのか、それとも気のせいなのか。


 この22年間、家族同然に接してきた沖田家が突然俺を部外者扱いするようになったことに不信感が募る。


 聡さんは欲しい答えが得られず、ますます苛立った表情だ。


 俺も沖田の情報が欲しい。何かこちらからの有益そうな情報が手に入れば、沖田家の騒動に巻き込んでくれるのか。


「あぁ。そういえば――地震前に、痣を気にする素振りはありましたよ」


 一か八か、痣について触れてみる。


 それが怪我だというのなら洋は痛がっていたかどうか、悩んでいたかなど、親として欲しい情報があるはずなのだ。


 もしかしたら俺がその痣を作った本人だと疑われている可能性もある。

 痣のあり方が普通ではなく、気が動転しているのなら会話がままならないのは納得だ。


 さあ、どうか。本のことも気になるが、まずは痣だ。


「爪先の……か。生まれた時からのものだから、アレは絶対に関係ない。私も急ぐ。失礼するよ」


 逃げた。


 痣の範囲は広がっているのにそこには触れない。あんなにわかりやすい痣を関係ない、と。聡さんは目も合わせず、慌てた様子で帰って行った。


 あの人は何が聞きたかったんだろう。怪しい、怪し過ぎる。後を追えば沖田のいる病院へ辿り着くだろう。


 ただ口下手なだけなら良いが、あれは嘘が下手すぎる。沖田も嘘をつくと分かりやすいほうだが、優しい嘘でもない、後味の悪い嘘のつき方をした。


 それより、今すぐに追えば沖田のところに行ける。


「鍵……!」


 親の車を借りるためにリビングへ鍵を取りに来たものの、地震のせいで物が散乱し、父親も探しているようだった。


 沖田家から車のエンジン音が聞こえ、外に出る前に発車してしまった。鍵も見つからないし、走って追いかけるなんて無謀で。


 沖田がどこにいるのか分からない。


 歯切れの悪い会話に、あの人が義理の父になったら苦労するなと思ってしまった。



「あーあ。これ割れちゃったのね」


 母親が割れたマグカップを見てため息をつく。

 俺も諦めて家の片付けをしながら、沖田からの連絡を待つことにした。

 度々起こる余震に何度も家を荒らされる。


 沖田は無事か。それだけが気になって、機械のように片付けていく。


 ――そして。


 夕方も夜に差し迫る頃、携帯の着信が鳴った。


 相手は星だ。

 沖田でないことに落胆しながらも応答する。


『あー、副長? 地震大丈夫だった?』

「ああ。家の中はめちゃくちゃだけどな」

『自分んちもっすよ。それより、家追い出されちゃって困ってんすけど、副長ん家行ってもいいっすかね?』

「なんだ、半壊でもしたのか?」


 星は行き場所にとても困っている様子。


 避難所も高齢者や幼児のいる世帯が優先のため、パンパンで受け入れてもらえなかったとぼやいている。

 不名誉にも地震県として名高い宮城に建つ住宅が、耐震対策を怠るはずもない。


 星が住むアパートは特別古いわけではない。立地だって、多少の地震は気づかない地盤の硬さを誇った場所のはずだ。


「アパートは全然? いやぁ、ウチって八幡はちまん様が近所じゃん?

 八幡様の被害がまずいらしくて、近隣数キロに住む住人はみんな追い出されてんすよ。

 入口も白い布みたいな物で隠されてて異様っつうか。今度なんか奢るんで……あ、でも沖田ちゃんがいるなら邪魔になるんで、諦めます」

「沖田は……いないが……」


 困っているという星の話を両親にすると、二つ返事でOKが出された。


 八幡様というのは仙台市に鎮座する大崎八幡宮おおさきはちまんぐうという大きな神社のことだ。


 相当被害があるのだろうか。


 住人まで追い出す必要がある程のニュース、世間では一切報道されていないが……。


 八幡様の話を聞いた父親は、興味があるから見に行きたいと不謹慎に目を輝かせる。随分と不謹慎な親を持ったな。


 散乱した家から車の鍵を意地で探し出し、星を迎えに行くために父親の運転で車を走らせた。


 そして道中、父親が沖田家の話を持ち出す。


 余計な事は言わず、沖田が病院にいることだけ伝えると、腑に落ちたような声を出した。


「朝方にあおいさんが荷物を持ってたのは洋ちゃんの入院の準備だったのか。元気な声が聞こえないから、寂しく感じるなぁ」

「は!? 葵さんに声をかけなかったのか?」

「父さんも今思った。なんで声かけなかったんだろう? 普通、かけるよなぁ?」


 他人の悪口を言うみたいな言い方するな。


 父親はどうせおれへ連絡があるだろうと思って聞かなかったと言うが、自分もそうだと思い込んでいた筋なので何も言い返せない。


 地割れや排水管が破裂して水浸しになった道路を走ると、八幡様の近くにあるスーパーの駐車場で星と落ち合うことができた。


 星は最小限の荷物だけ持って「規制解除までよろしくです」とヘコヘコ頭を下げ、父親もまるで鏡のように「こちらこそ」と頭を何度も下げる。


 挨拶も早々に、八幡様はどうなっているのかと野次馬気質な父親は嬉々として神社方面へと歩き出す。

 星はガイドのように状況を説明し、盛り上がっていた。


 俺は沖田からの着信やメッセージの既読、沖田がやっているゲームのログイン情報などを確認しながら後を歩く。


 歩くこと、数分。


 八幡様の鳥居の下に着くと、誰も入れないように鳥居の上から垂れ幕が下げられ、本殿へと向かう参道も見れない状態となっていた。


「あんな大きな地震があったのに、こんな大きな垂れ幕をねぇ」


 鳥居はそこそこの高さがある。余震があり、混乱している中で垂れ幕を掛ける意味があるのか謎だ。


 異常事態をわかりやすく知らせるその様子は市民の不安を煽るには十分で、心の頼りがなくなったと静かに絶望する老人もいる。


「まあ、あれだね。神様は見ちゃいけないって言うから、本殿ごっそり倒れちゃったのかな」


 と、父親が言う。


「何故に見ちゃいけないんすか?」

「なぁんでかはわからないなぁ。でもよく言うんだよ。神様を見た人は死んじゃうとか、連れ去られるとかさ。興味本位で見たら取り返しがつかなくなるかも」

「なるほど。もしかしたら見ちゃうかもしれないから、俺も追い出されたんすかね」

「かもねぇ」


 父親と星の会話に妙な引っ掛かりを感じた。

 取り返しがつかなくなるという父親の発言は、“パンドラの箱”を思い出させる。


 沖田は読んではいけなかった本を読んでしまった。


 だから痣ができて、地震が起きて、沖田がいなくなって――?


 こんな想像、バカバカしい。

 現実的でないことを想像して、発想が父親と同じじゃないかと自分のことを鼻で笑った。


「そういや沖田ちゃんは? 無事?」

「怪我して病院にいるらしい」

「え!? 病院に行ってあげないの? 待ってるんじゃない? ハァ、副長って割と薄情なんだ」

「沖田の父さんが教えてくれなかったんだよ! 俺が人でなしみたいな言い方するな!」


 星は「お父様に認められてないんだね」と茶化した。


「女の子の父親は彼氏に来られると複雑なのかもしれないぞ。ま、父さんは洋ちゃんが娘になるのは歓迎だけどもね」

「そんな仲ではないがな」


 また始まったか。


 しかし、強く否定する気にもなれなかった。正直に言えば心配で、こんなに顔を見ない日はなかったから不安で仕方がないのだ。


 普段は煩わしく聞こえるワガママがないことに、胸を強く締め付けられる。


 父親は気長に連絡を待とうと言って、車のあるスーパーへと引き返す。


 俺は神に沖田の怪我が治るようにと祈りを込めて、鳥居へ会釈した。


 どんな具合かわからない。


 が、もし聡さんの話が本当ならば、世話ならなんぼでもしてやるから、戻って来いと。


 沖田は煩わしくて厄介なヤツだとは思うが、いなくなってほしいとは思わない。


 沖田まみれの人生が終わってしまうかもしれないと摩訶不思議な感情が頭と心を覆う。

 あんなに煙たがっていたのに、自分が別人みたいだ。


 おとなしく、沖田の帰りを待とう。そう決めるや否や、布の向こう側から声がする。

 まるで複数人のマラソン選手が走り迫るような足音付きで、確かに参道の階段を走る音だ。


 何を言っているかわからないが、日本語なのは確か。


 その声の中に沖田にそっくりな女性の声がある気がした。幻聴まで聞こえるとは、俺も末期か。


 でも、もしかしてなんてことも。


「沖田?」


 思わず幕の中へ入り、名前を呟いてしまう。もう一度耳を澄まし、声を聞く。


「うるさい! アタシは家に帰るんだよ!」


 はっきりと聞こえた悲痛な叫びは、昨夜のものとほとんど同じだ。


 思わず白い布を捲り、巫女や宮司、法衣、それに混じるスーツ姿の人間が平仮名の書かれたTシャツ姿の女性を追いかけている。足には青紫の痣。


 その叫びと共に再び地鳴りが聞こえ、地面は揺れ出した。


「沖田!」


 大きな揺れの中、両手を広げて沖田を捕まえる。


 背丈、服装、俺が沖田を間違えるはずがないんだ。


 息を切らしているが、怪我をしているようには見えない。


 沖田は離せと藻掻いていたが、すぐに顔を見上げて俺だと認識してくれた。


「土方!? なんでここに?」


 22年も一緒にいるからか、それとも神の導きか。沖田のもとに辿り着いてしまう。


「たまたまだ! たまたま!」


 何故沖田が追われているのか見当もつかない。

 だが、追われたら逃げるのが本能であり、彼女の手を引いて父親らとは別な方向へ走る。


 増える追手に沖田が「来ないで!」と怒りをあらわに叫べば、また地鳴りがして大きな鳥居が揺れる。


「沖田がやったのか!?」


 まるで能力でも手に入れたかと、そんな聞き方をしてしまう。

 沖田はよくわからないと息を切らし、揺れに躓きそうになりながら足を動かした。


 神社から少し離れた広瀬川の橋下へ身を潜めると、沖田の落ち着きと同時に、揺れも収まっていく。


 何があったのか状況説明を求めるが、沖田は眉を顰め、「何が起きてるのかアタシにもよくわかんない」と首を振るだけ。まあ、そうか。


 何はともあれ、沖田の安否が確認できて心底安心した。

 起きている状況とこれからのことはもう少し沖田が冷静になってからだ。


 言葉は多く交わさず、疲労が溜まった様子の沖田を自分の体に寄せて休むように促す。昼間こそ暑いが、陽が落ちれば夜は冷える。


 できるだけ寒くないように俺が着ていたアウターを羽織らせ、手で腕を摩り摩擦で温めた。


 沖田も疲労に襲われウトウトし始めた頃、河川敷の石を踏み鳴らす音と共に次なる禍が近づいてきた。


「あ、居た! 探したよ!」


 休息も束の間。


 スーツ姿で弓を背負った俺たちと同じ歳頃の男にあっさりと見つかり、懐中電灯で照らされる。


 相手は1人だが、絶体絶命である。

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