74勝手目 この足は君のためにある(1)
沖田と洋斗を見送り、屯所に戻った午後。
奥間で翻訳の仕事をしていると、ゴ――ッと、地鳴りが聞こえた。
「なんだ? 地震か?」
奥間で学と晴太と3人でいると、飾っていた鈴の飾り物が小さく鳴る。
天井を見上げ、音の割に大した事ないなと頬杖をついた時だった。
地面の裂けるような破裂音が遠くで聞こえた。その瞬間、家を真横にされたような強烈な揺れが襲う。
「大きくない!?」
縁側の近くにいた晴太は驚いた猫のように飛び跳ねて外に出ようとする。
「晴太、外に出るな! 机の下に潜れ!」
「やべぇやべぇ! 祈! 大丈夫か!?」
学が台所で夕飯の仕込みをしている祈を呼ぶが、地鳴りが大きすぎて声がかき消される。
沖田が泣いたら地震が来ることを前提に生活するこの建物は、あらゆる物が固定されて倒れないようにしてあるんだ。
滅多な事がなければ大丈夫、だが――。
「箪笥が転がってくるよ!?」
壁に打ち付けていた家具も凶器になる。机に向かって来るのを、なんとか蹴って人のいない方向に避けた。
「いつまで揺れてんだよ!? こんなに強いんだから洋じゃねぇよな!? ガチもん!?」
「もし洋だったとしても、東京が震源地だよ!? ここまでこんな揺れなら日本壊れちゃうよ!」
地震速報も鳴っていない。とにかく揺れを待つしかなかった。
揺れで三半規管が弱り、吐き気をもよおしはじめると、ようやく揺れが収まってきた。
机から慎重に顔を出す。屯所内は荒れ果て、整理整頓のなされた部屋の面影はない。天井から吊るされた電気も机にぶつかって壊れているし、ガラスも割れている。
「祈!」
学は一目散に台所へ走って行った。入れ替わるように武田が入ってきた。怪我もなく、無事そうだ。
「めっちゃ揺れた! 心臓止まるかと思ったっすわ!」
「武田くんは……どこにいたの? うわ、手切っちゃった」
晴太は机の下からのっそり体を出しながら、落ちて来たもので出来てしまったかすり傷を撫でる。
「沖田ちゃんから頼まれたから畑にいたんすけど……外もぐちゃぐちゃ! 車も位置変わってる!」
「どんだけ揺れたんだよ……宇吉とネリーは!?」
ネリーは特別経理部の部屋にいて仕事をしているはずだ。3人で部屋に向かうと、宇吉が扉に体をぶつけ、部屋へ向かって叫んでいる。
「ネリー殿!? ご無事ですかな!?」
「開かない! 部屋はスゴイコトなってる!」
扉が歪んで部屋の中に閉じ込められていた。武田に倉庫からバールを持って来るように頼み、ネリーには扉の前にある物をできるだけ避けるように指示する。
「宇吉と晴太は小学校に樺恋と勝を迎えに行ってくれ。道路が割れてる可能性もある、歩きで行くんだ」
「あい、わかった!」
「玄関にある防災リュックも背負って行け! 樺恋と勝が防災頭巾をかぶってるかわからん、クッションもだ!」
「洋の部屋の持ってくね!」
こうやって指示をしていても、頭の中は沖田の安否でいっぱいだった。けれど今は近くにいる仲間の安否が優先だ。
武田からバールを受け取り、ネリーに部屋の奥に行けと言ってから扉を殴る。バールの威力は凄まじい。最も簡単に扉を破壊し、あっという間にネリー の姿が見えた。
「ネリーさん、怪我は?」
「大丈夫! 秀喜が無駄に頑丈なデスク買ってるから!」
親指を立ててドヤ顔。地震が起きても屁でもなさそうだ。ネリーの明るさに少し心が救われる。こういうとき空気を読まないのはいいことだと、感謝の気持ちが溢れるもんだ。
「そうだ。伊東くんは? 副長と一緒に帰って来たんじゃないの?」
「用事があるって言うんで仙台駅で別れた。あいつなら大丈夫だろ。自分でなんとか出来る」
「じゃあ、洋と洋斗は? 東京にいるけど、そっちは揺れてない?」
「そうだ、震源地……てか、電波死んでるっすわ……」
携帯の電波がない。沖田にかけても、もちろん繋がらない。奥間に戻り、テレビをつけてももちろんダメ。
防災リュックに入れておいたラジオをつけ、地震の情報を得ることにした。
「なぁ、救急箱どこ!?」
「何。学、怪我したのか」
「おれじゃねぇ、祈だよ!」
荒れた奥間に救急箱がないか探す。ネリーは台所に行って祈を連れて来ると、左腕にざっくりと切り傷を、そして両腕に火傷を作って現れる。
ネリーが氷水で冷やしてやってるが、見ているだけで痛々しい。
「え!? 祈さん!?」
「平気よ。ちょっとだもの。洋は? 連絡取れたの?」
「平気じゃねぇよ! まずその腕だ! 洋は後!」
大量の血が溢れているんだから、まずは手当が優先だ。しかし、祈は意見を曲げない。
「ダメよ、あの子が泣いたから起きた地震だったらどうするの。どこかで嫌な事があって、寂しがってるのかもしれないわ。そうじゃなくても、帰れないって不安がってるもの……早く迎えに行ってあげなきゃ」
祈の涙腺が緩み、涙がぼろっと落ちる。
沖田と洋斗が遠出して疲れて帰って来るだろうからと、2人の好物である唐揚げを仕込んでいた。沖田もそれを楽しみに出かけて行ったしな。
「気持ちは同じだが、電話が繋がらない。テレビもダメ。ラジオも……電波が安定しないんだ。震源地がどこなのかもわからん」
「そう……」
情報が入ってこない今は大人しくするしかない。救急箱を見つけ、ネリーと学が不器用な手当を施す。
終わると学はすくっと立ち上がり、居なくなったと思ったら、壁掛け電話を抱えて戻って来た。
「こいつなら電波関係なし! 兄ちゃんがプルルってすりゃ、ギャンギャンガラケーが鳴るぜ?」
そうだ。学なら電波関係なしに電話が出来る。なんで気がつかなかったんだ。何も過去に戻った時だけ使える手段だけじゃない。
「……お前、頼りになるな」
「マジ!? 弟に褒められちったよ! んじゃま、1人でいそうな秀喜にプルっとしますか」
上機嫌の学はダイヤルを回して伊東へと電話をかける。
俺達も会話が聞けるようにガラケーを耳に当てると、すぐに伊東の声がした。
『遅い! 何度かけたと思ってるんですか!?』
耳をつんざく怒号。やっぱり伊東は変に心配しなくて正解だな。
「おれも今思いついたんだよ! で、秀喜は今どこにいんの?」
『屯所に帰る途中でした。最寄駅の少し手前で電車が止まって、外に出してもらったところです』
「あ、そう? んじゃ歩いて帰ってこれるな」
「屯所もぐちゃぐちゃ! 早く帰ってきて、片付け手伝え!」
下手に動かない方がいい気もするが、伊東が帰ってくる気ならそれでも構わない。
しかし伊東が伝えたいのは自分の安否じゃないと言う。
『地震が落ち着いてからすぐ、洋がどこにいるか調べたんです』
「電波がないのに、どうやって? 沖田ちゃんから連絡が来たとか?」
「衛星通信だ。電波やWi-Fiがなくても、伊東の携帯ならそれが使える。料金は高いが伊東には関係ないだろうし……沖田に預けたスマートウォッチもそれに対応してるんだろう?」
「はーっ。金持ちのみに許された特権くせぇな」
伊東がそこまでしているのは知っている。相手に受け入れられているだけのストーカーだからな。
『そうです。しかし地震直後は洋の居場所が検出されませんでした。過去の位置情報も郡山駅で途絶えている。恐らく電源を切ったのでしょう。ですから今さっき位置情報が共有されて――』
伊東の言葉が詰まった。まさか、震源地が東京で、俺達がその情報を知っている前提で話しているとか?
『会津若松にいるんです』
予想を超える答えに、俺は絶句した。沖田が会津若松に行こうなんて言うはずがない。
東京土産の話ばかりして、東京まで迎えに来るのかと疑いもせず言ってきたんだ。
となれば、洋斗が――。
「い、伊東くん? 震源地とか、わかったりする……? もしかしてさぁ、その、沖田ちゃんが泣いて……疑ってるわけじゃないんすけど」
武田の地元も会津若松だ。そこに住む両親や友人が沢山いる。なんとか冷静を保とうと笑顔を作るが、明らかに引き攣っていた。
『詳しい情報は出ていませんが……察しの通りです』
「まじ……? 嘘じゃん、ここでこんなデカいのに、会津が震源地なんて!」
「拓美! 走ったら危ないよ!」
取り乱しながら自室へ走る。ネリーも着いて行くが、繋がらないと武田の泣き声が廊下に響いた。
俺も呼吸が荒くなる。落ち着こう。起きた事は仕方がない。原因を知り、解決策を考えなければ。
「きっと洋斗が嘘をついて、洋を連れて行ったのよね。お母さんのことを知るために、でしょう?」
「多分な。でもよぉ、仮に洋が泣いたとして、理由はなんだよ。母ちゃんのこと知って寂しくなった、とかか?」
「……私も行けばよかったわ」
俺はこの地震の原因に、3つの可能性を挙げた。
自然地震であること。不謹慎だが、これが一番望ましい。
沖田が実親について知ってしまい、涙を流したか。現地で何かきっかけがあれば、その可能性は低くない。
そして一番あって欲しくないのが、禁忌を犯し、事実を知ってしまったこと。聞くのと見るのじゃ大違い。
俺がこの疑いをかけるのは、去年の5月の地震より今回の揺れの方が遥かに大きいからだ。
だが、洋斗がいるんだ。禁忌にビビっているアイツが過去に戻るなんて考えにくい。
実親を知りたいからって、そこまではしないだろう。と、信じたい。
「洋斗には繋がらないのか?」
『繋がってる、よ』
今までだんまりを決め込んでいたのか。洋斗が低い声で静かに返事した。
「そっちが震源地らしいが、洋斗も沖田も無事か?」
『……ごめん……』
洋斗は間を随分開けて、言い出しづらそうに
『洋さんの心、殺しちゃった……』
と、子供のようにわぁっと泣き出した。
ごめんなさいを繰り返し、謝るから責めないでくれとごねられているようだ。




