73勝手目 過去戻りの禁忌:福島県会津若松市(3)
その姿は、いつかの三途の川と雰囲気が違う。
禍のオーラに命を奪われちゃいそうで、姿を見るのも恐ろしい。思わず目を逸らした。
「妹より自分が親に必要とされて喜んでいたのに、神を見て怖気付いたか」
「え……?」
八十禍津日神の言葉に、洋さんはボクを見る。心が読まれてるんだ。自分の中で本心を秘めても、全て暴かれてしまう。
ボクは歯がガタガタとぶつかり、音を立てる。
そんなボクの襟首を掴んで、顔を思い切り近づけ、やる気のなさそうな目からは想像できない程の目力で圧された。
「家族が欲しいと願う割に、随分非情なもんだ」
「……何も、言えない……です」
「我にはその方が《《都合が良い》》。良くやった」
頭を乱暴に撫でられた。なんでだろう。褒められたのに、寿命を縮められたような気がする。
また洋さんに近づくと、膝を抱えて座る彼女を無理やり立たせた。1人では立てなくて、八十禍津日神が洋さんの腰を支える。
「おい。どんなに絶望したって救いはないぞ? いつものように開き直るくらいしろ」
眉は落ち、目の輝きは失われ、息をしているのかもわからない。神の言葉一つ一つが重くて、嘘がないんだ。
けれど八十禍津日神は、お祭りを楽しむかのように笑っている。
「さぁ、洋。我が全部見せてあげよう。貴様の知らない、貴様の全部を」
360度、プロジェクションマッピングのように風景が変わった。
「これは幸才家の母親の末路だ。目に焼き付けろ」
「や……だ」
洋さんの目から涙が流れても、八十禍津日神は容赦なく顔を掴んで目を背けさせない。
「お前を本当に堕ろしたかったんだなぁ」
目線の先にはお母さんが大きなお腹にハサミを突き立て、血を流している瞬間に出くわした。聡さんとの対話を全て聞いた。優しいお母さんは消えている。
そしてまたシーンが変わり、洋さんが生まれた瞬間に攻撃するところ、次に洋さんを恨むという遺書を書いて自殺した瞬間を見せられた。
見ていられなくて目を背けても「目を逸らすな」と、目玉を強制的に事実へ向けられて、目を瞑ることもできない。
「産まれただけで人を苦しませる。次の犠牲者はコイツ」
聡さんが洋さんを引き取ってからの全てを見せられた。土方くんを幼馴染にしようとしたことや、葵さんとの関係。どれも冷たくて熱がない。
「幼馴染は可哀想だなぁ。何の罪もないのに、大人達に呪いを丸投げにされるんだ……あぁ、じゃあ我に逆らったのも洗脳故の奇行か」
「土方はそんなんじゃない」
そうだ、土方くんは洗脳なんかされてない。純粋に洋さんのことを助けたくて、大好きだから側にいるんだ。
「ならば貴様に関わった土方守の人生が幸せだと言い切れるか? 可能性を奪われ、自由もなく、貴様に振り回されるだけの人生にされた事を幸せだと?」
「だって」
「一度の人生、貴様に踏み躙られてるんだぞ? 自覚がないのは致命傷だな」
「は……ぁ……あ……あ」
「お前が居なけりゃ幸せだったかもな」
絶望が容赦なく押し寄せる。洋さんは言葉にならない絶望を漏らすけど、涙は出ていなかった。
新撰組の皆の幻姿が洋さんを睨んで見下ろしてる。
「見ろ。皆、貴様に巻き込まれた被害者。心の奥底では迷惑しているんじゃないか?」
「そんなわけない! みんな洋さんのことちゃんと想ってる! 土方くんなんて特に」
「おかしいなぁ。みんな、コイツを想っているのに、兄だけは傷つけてもいいなんてなぁ」
「それはボク自身の問題で、洋さんを傷つけたいとかじゃない!」
なんで煽ってくるんだ。ボクはボクが知りたかったけど、家族の洋さんも知るべきだと思って連れて来たんだ。
それが傷に繋がると少しは考えたけど、肉体が生かされただけの屍にしたかったわけじゃない!
「そうだ……違う……皆、アタシのこと嫌いじゃないもん……祈はお母さんだって言ってくれたもん……土方も迎えに来るって言ってたもん!」
八十禍津日神の手から離れた洋さんは、ボクに両腕を伸ばしてくれた。ここでボクが手を掴まなきゃ、洋さんが壊れちゃう。
なのに、なんで。ここまでするの?
腕が動かない! ボクの意思は無視される。
どこまでボクらを壊すんだい。殺される。体は残っても、心がなくなる。
「ねぇ、お兄ちゃん……?」
ボクが手を伸ばしてくれないと、洋さんは歩みを止めた。いいんだよ、来てよ。拒絶なんてしてないから――!
だけど、口も動いてくれない。力入ってるのに体の自由が効かない。
まるでボクが洋さんは必要ないと、八十禍津日神の言葉を肯定しているみたいじゃんか!
「お兄ちゃんは貴様が嫌いらしい……そりゃそうだ。家族をお前に殺されたんだから」
今度は何。そんな覚えはない。それは嘘だ。洋さんだって心当たりがないはず。大丈夫、大丈夫。
きっと、作り話だとわかるよ。
場面は変わり、沖田家に住んでいた聡さんの部屋。そこには小学生くらいの洋さんが床にべったり座って、沖田総司モチーフのぬいぐるみに話しかけていた。
「今日土方んち、金曜日だからみんなでご飯食べに行くんだって。何食べるんだろうね」
ぬいぐるみは返事をしない。だけど、洋さんは下を向きながら話し続ける。
「うちはみんなでご飯食べに行ったことないのにな。いいな……土方んちは……おばさんもおじさんも今日は来ていいよって言ってくれなかった」
壁に、洋さんの声が溶けていく。
「お金あったら、誘ってくれたかな」
「今日は何時まで1人だろ」
「ああ、つまんないの」
大の字に寝そべった洋さんは天井を見つめていた。八十禍津日神は1人留守番する姿を見せて何のつもりだろう。
さっきの言葉と脈絡がないじゃんか。
寝るのも飽きたのか、幼少期の洋さんは勢いよく起き上がり、聡さんの机を物色し始めた。
「……待って」
その姿を見て、大人の洋さんは青ざめている。八十禍津日神は洋さんの両手を掴んで黙って見てろと、今度は頭を掴んだ。
幼少期の洋さんは引き出しから「ある本」を見つけ、興味を示す。本は古くてぼろぼろで、どう見たって小学生が読むようなものじゃない。
パラパラと静かに捲る。
「神にこそ願ひ奉らば、永遠の居処、授けらるるやもしれぬ……何?」
洋さんは本の文章をなぞって、難解な文字を読み解いた。ボクもほんのり意味がわかるのは、血のせいだろう。
けれど小学生の洋さんには意味がわからない。すると、洋さんが外に目を向けた隙に、その文章の横にまた1列増えた。
それに気づいた洋さんは、また声に出して文章を読むんだけど……
「神さまにお願いすれば、ずっといられる場所をもらえるかもしれない――?」
読ませ、わからせるような甘い囁き。大人ならバカバカしくて流してしまう。
だけど、寂しさでいっぱいの洋さんは迷わず口にしてしまった。しかもそれは、今の洋さんに繋がって、今さえ嘘だと思わせるような願いだった。
ぬいぐるみを抱き寄せて、鳴き声を詰まらせて――
「欲しいな……アタシと一緒にいてくれる、アタシだけの新撰組……」
ぼた。
ぼたぼた。
大きな熱い雫を床に落とした。それを合図に、壁にかけた時計が跳ねるように音を立てた。
床に落ちてすぐ、家全体が悲鳴を上げるように軋みながら揺れ始めた。窓ガラスが軋み、棚の本が雪崩を打つ。これはただごとではない。幼い洋さんは地震! と、短く叫んで机の下にもぐり込んだ。
壁にあった日めくりカレンダーが、揺れに耐えきれず落ちて来た。
「3月、11日……!?」
ボクのおじいちゃんとおばあちゃんを奪った、三陸沖の大地震。当時を生きた誰の記憶にもある、痛ましい災害。
机に潜った洋さんの足には、痣が色濃く浮き上がっている。
「あの地震……」
八十禍津日神へ首を恐る恐る向けた。彼は最初は静かに、徐々に声を大きくして空へ響き渡らせるよう豪快に笑う。
「昨日わざわざ痛みを知りに行ったのは嘲笑のためか? それとも、必要としてくれない兄への報復か?」
洋さんの願いが、地震を引き起こした。そしてその地震のせいで、お父さんが与えてくれた家族は死んでしまった。
悪くないよね。知らなかったんだもんね。小さかったから、寂しかったから、仕方なかったよね。
「あの地震は貴様が我儘で起こした大量殺人だ。人を救おうなんて烏滸がましいんだよ。独りで居たくない我儘で何人殺した? どれだけの人間を不幸にした? その犠牲の上に成り立った幼馴染が隣に居てくれる夜は心地よかったか!」
「もうやめてくれよぉ! 洋さんは何も悪くないじゃんかぁ!」
やっと体が自由になった。八十禍津日神に責め立てられた洋さんに覆い被さるように抱きついても、ボクなんかじゃ何の慰めにもならない。
「アタシが、いっぱい、人、の、こと、殺したんだ」
「皆知ってたんだ」
「なのに、みんな知らないふりしてたの」
「みんな嫌いだって思ってるの」
「お母さんだと思ってるなんて、嘘つくの」
「抜けたら許さない。約束だって、頷いたのは、アタシが怖かったから?」
「最初から全部、作ったものだったの」
嘘じゃない、違うと力一杯否定した。先祖が悪い。嘘をついたんじゃない、守りたかっただけ。祈さんの言葉はきっと本当だ。近藤くんの約束も洋さんを安心させるものだから。
「洋さん、ボクらのことを信じてよ!」
「ずっと一緒って、お隣さんだって、言ったのに」
そうだよ。土方くんだけでもいい、信じて。絶望しないで、堕ちていかないで。
溶けるように項垂れていく体を引き止める。
でも、神にはそんなのどうだっていいみたいだ。彼は、雷の降る空に似つかわしくない穏やかさで微笑んだ。
「仕組まれた幼馴染が貴様の親によって洗脳された言葉に、真実があると思うか?」
洋さんは八十禍津日神のトドメの言葉に耳を塞いで叫んでしまう。
「独りにしないって、言ったじゃん!」
声が枯れ、喉を焼くように嗚咽を交えて泣き叫ぶ。その瞬間、地面が鳴いた。洋さんの感情に共鳴するように地面が揺れる。
いつの間にか辺りは現代に戻っていて、周りの家々が蹴飛ばされるように倒れていく。
地震速報は全く機能しなかった。ただ、地面が暴れ、波打ち、山々が崩れていき、おさまるのを待つしかない。
人は、自然を相手にしたら無力だ。だけど、もっともっとどうしようも出来ないことがある。
「もう何も信じられない……」
それは、願いの果てに絶望した者の――孤独だ。
-6我儘目 新撰組は禁忌を繰り返す〈了〉-




