73勝手目 過去戻りの禁忌:福島県会津若松市(2)
25年前のボクの誕生日。
現代で更地だった場所には家が建っている。中に入れば家族団らんが出来る茶の間がありそう。ちょっとレトロな、外壁に茶色いタイルが印象的な一軒家。
近づいてすぐ、家の中から産声が上がった。
きっとボクだ。洋さんの手を掴んだまま、こそこそと敷地に入り、会話の聞こえるところを探したけど、はっきり聞こえるところはない。
縁側から姿が見える場所を見つけて身を伏せた。
「あれが……お母さん……」
贔屓目で見ても、すごく綺麗な人。どこか洋さんを感じるところがあって、目を伏せた表情なんてそっくりだ。
産まれたばかりのボクを抱いて微笑んで、頬を突いてくれる。
お母さんの隣で、ボクらにそっくりな顔も微笑んでいた。きっとお父さんだ。お母さんに寄り添って、ボクを見て幸せそうにしてる。
お父さんは眉毛が太いから、ボクのこれはお父さん譲りなんだね。
よかった、愛されてたんだ。ボクの命はちゃんと望まれていた。目の奥が熱くなって、長年の不安が一気に溶けていく。
「洋さん、見て」
「……」
洋さんは静かに家の中を見た。ボクは幸せだったけど、洋さんは違うみたい。ずっと泣き出しそうな顔をしてるんだ。
「もう帰ろ」
「どうして? お父さんとお母さんだよ?」
「知らない人だもん」
いつまでぐずぐずしてるのさ。洋さんに少しイラっとした。ボクはもっと2人について知りたいんだ。どんな風に暮らしてたとか、ボクはどんな子だったとか。
そして、どうして手を離されたのか、――とか。
思いついたことを試したくなった。成功するかわからないけれど、ボクの勘がやれると背中を押してくれる。
バッグから蝋燭を、また取り出した。そして紙に翌日の日付を書く。
「何してんの」
「次の日に進めるか試すんだよ」
「やめなよ。やったことないんだから」
ボクにもボクが止められない。怖さなんてない。今は好奇心と知りたい欲求に従うだけの駒なんだ。
紙を燃やすと、目の前の景色はわずかに変わった。家の中ではボクの鳴き声が響いて、それでも2人は幸せそうに笑ってくれている。
「もっと」
もう少し、大きくなったボクが見たい。
「もっと……」
歩いて、お母さんとお父さんとどこかに出かける姿とか。
「もっと……!」
幸せな姿を見たい。そして此処でその幸せが続くように過去が変えられるなら、ボクは迷わず変えるだろう。
夢中で幼い自分の成長と両親の愛を知る。何枚目かわからない紙に日付を記す時、体を突き飛ばされた。
「やりすぎだよ! 帰れなくなったらどうすんの!?」
「……なんだい……自分が幸せだからって……」
「何!?」
洋さんに胸ぐらを掴まれた。ボクも負けずに彼女を睨む。
「自分が幸せだから他人の幸せはどうでもいいのかって聞いてんだよ! ボクは家族が知りたいの! 欲しいの、取り戻したいの! でもそれは出来ない、せめて知りたい! けど知りたいとも思っちゃいけないの!?」
「他に知る方法あるでしょ! なんで禁忌を犯すんだよ! 晴太くんに言われたよね!? 勝手に過去に戻っちゃダメだって! アタシでも守ってんだよ!?」
ポツッ――っと、雨粒が頬を打つ。まるでスイッチを押されたみたいに、ボクは洋さんの胸ぐらを掴み返した。
「それを教えてくんないんじゃんか! 土方くんも近藤くんも、ボスだって! 何があったか全然教えてくれない! 沖ノ島に行って何かを知ったって顔してるのに!」
「おき……の……しま?」
洋さんの手が緩んだ。雨がざぁっと降り出したら、その冷たさでボクは正気に戻る。
つい口走ってしまった。これは、絶対に言っちゃいけないのに。感情に任せすぎた。どうしよう。洋さんもナイフを刺されたかのように胸を強く抑えて、尻餅をつく。
「土方……お父さんに、会いに行ったの……?」
「あ……」
洋さんの焦点が合わない。言葉は怯えを表す揺れ、そして呼吸も浅い。
「この間、福岡行ったの……そういうこと……? 沖縄って……お母さん……?」
「洋さん、ごめん――」
取り返しのつかない後悔だった。家の中からは連続するように怒号が聞こえてきて、バリンと窓ガラスが割れる。
「じゃあ洋斗かあなたが死ななきゃいけないってこと!?」
お母さんの責めるような叫び声。両親の異変を察知した幼いボクの鳴き声も聞こえる。
今まで聞こえなかった両親のやり取りが、罰のようにハッキリと耳に入ってくるんだ。
「洋斗か俺じゃない! 俺は死ななきゃならない! でも洋斗かお腹の子、どちらかは生きれるから――」
「じゃあお腹の子堕ろそう!? そしたらどっちも死ななくていいんだよね!?」
「違う……俺は死ななきゃ……じゃないと洋斗は生きられない……誰か1人なんだよ……この本に書いてある! だから俺の親父も自殺したんだ!」
「わけわかんないよ! 嘘つき――」
わあっとお母さんとお父さんの泣き叫ぶ声が、胸を痛ませる。もう苦しい。帰ろう。ボクは欲に負けて、とんでもないことを知ろうとしたんだ。
「ごめん。ごめんね、洋さん。ごめん……ごめん……」
洋さんの手を引いた。けれどショックで固くなった体は動かない。
そして容赦なく、家の中の両親は泣きじゃくりながら会話を再開した。
「じゃあさぁ、この子を堕ろしてさぁ、洋斗を養子に出そうよ。そしたら、この家の人じゃないから、あなたも生きれるでしょ」
「でも」
「2人が居なくなるくらいなら、この子はいらない。世の中広いんだもん、選ばれない命もあるよ」
お母さんはボクやお父さんを助けるために、お腹の子――つまり、洋さんを捨てることを迷わなかった。
ひどい。そう思うのが普通で、当たり前なんだ。けれど、ボクは違う。
ボクはお母さんに選ばれてたんだ!
そう思って、嬉しくて、内心喜んじゃった。
最低だよね、そうだよね。でもね、ボクはそれだけで満たされた。両親がボクと暮らそうとしてくれていたのが、洋さんさえ捨てようとしてくれたのが「愛」だって感じちゃった。
洋さんの不幸で、ボクは甘い思いをする。
ほらね、呪われた一族の末裔だよ。
洋さんは放心状態の一歩寸前だった。
ボクはこっそり日付を進め、お父さんがボクの手を引いて家を出ていくのを見送る。
ボクとお父さんが生きるために、東京のある町工場を経営する藤堂家に養子に出された。
それがおじいちゃんとおばあちゃん。お父さんがどうやって見つけたかはわからない。
お父さんの仕事着が作業着だったから、その繋がりかな。
お母さんもいそいそと出かけていく。目的地は宮城の金華山だって。ボクらが知れるのはここまで。
充分満たされた。この先を見るには、洋さんの気持ち次第。ボクにはどうしようも出来ない。
「洋さん……ごめん。満足したから、帰ろ……」
それでも、心は痛むんだ。洋さんを傷つけちゃった。無理やり連れて来て、嫌な思いをさせたのはボクがいけない。
ぐったりと俯く洋さんはブツブツと何かを呟いてる。何? と、耳を傾ける。
「いらない……いらない……」
「いらなくないよ。土方くんだって――」
「土方は……関係ないんでしょ?」
「ごめん。ほんと、言い過ぎた……でもこれで終わりだから! だから――」
「終わらせないさ」
ボクと洋さん以外の声。背中に銃口を向けられるような、命を震わせる冷たい声。
雷鳴が轟いて、地面が揺れた。何度も何度も稲妻が地上に根を張って、足の裏にビリビリと電気が走っている気さえする。
「ヤソマガ……?」
「全部知る義務がある。貴様、この記憶が自分の最底辺だと思ってるのか?」
声の主は――八十禍津日神だった。




