73勝手目 過去戻りの禁忌:福島県会津若松市(1)
ボクは嘘をついた。
ついた嘘と、これから知る真実に胸をざわつかせるんだ。
何も知らないでお弁当を食べている洋さんに罪悪感を抱きながら、新幹線のアナウンスを聞き逃さないように気を張る。
『次は郡山――』
ついに、来た。仙台を出てから40分。洋さんが東京に着いたら起こしてと眠りにつこうとする。郡山駅を目前に減速し始めたら、ボクの勝負が始まるんだ。
「洋さん、降りるよ」
「……まだ郡山だけど」
「降りるんだい!」
洋さんのウエストポーチを荷物置きから取り、没収してやるんだ。さすがにお財布が入ってるから慌ててデッキに走ってきて、ボクが下車すれば着いてくる。
「何なんだよ! なんでここで降りんの!?」
「次、時計! 電源切って!」
「はぁ!?」
「聞いてくれないなら返さないぞ!」
ウエストポーチに手を伸ばしてくるけど、ボクは運動不足の体を懸命に動かして交わす。洋さんの動きが速すぎるから、息がすぐ上がっちゃうけど!
「もうわかった! ……はい、電源切った!」
「時計ちょうだい!」
「めんどくせぇなぁ! 要は伊東にどこに居るのか知られたくないってことでしょ? ちんちくりん、何企んでんの!?」
「企んでなんか……ない、けど」
目的、今言おうかな。迷うなぁ。でも変えられちゃうかもしれないから、目的地に向かいながら話そう。
洋さんに着いてきてと言って、ウエストポーチを抱えながら歩く。
「本当最低。ドロボー。それでもお兄ちゃんか! 学さんならこんなことしないからね!?」
「ボクは学くんじゃないもん!」
今は妹をいじめるお兄ちゃんでもいいもん。なんとでも言えやい!
電車の乗車アプリで行き先を設定し、磐越西線という路線に乗り換える。電車に乗って、洋さんが逃げないように手首を掴めば、また喧嘩。
「ねぇ! どこ行くのって!」
「着けばわかるからぁ!」
「やだやだ! どこに行くのかわかんないのイライラする!」
「イライラしないでよぉ! 短気だなぁ!」
「土方ぁ! 迎えにきてぇ!」
「電車の中で叫ばないのぉ!」
洋さんったら子供なんだから。ボクも折れちゃって、人の少ない席を見つけて腰掛けた。
周りから聞いたら変な会話だもん。声は潜める。
「……ボク達のお母さん、会津若松の人なんだって。もう死んじゃってるけど。だから、どんなところに住んでたのか知りたくて……なら、洋さんも一緒がいいと思ったの」
「……」
「皆に言ったら気を使わせるかなって思ってさぁ。嘘ついたんだよ。お墓参りは行かなきゃだけど、お盆に行くから」
何も言ってくれない。お母さんはいないって言ったから、ショックだったかな。
洋さんも家族に飢えてるもんね。ボクと同じなのに、自分は心の準備が出来たから構わず言ってしまったや。
「お土産、どうすんの? 祈にお願いされてるの買えないじゃん。てか東京に行くって言ったんだからさ、どうせバレんじゃん?」
「それは大丈夫。通販で頼んだのをコンビニ受け取りにして誤魔化すから。祈さんのは、売り切れてたとか言いなよ」
「うわぁ。用意周到じゃん。あーあ、騙された騙された。帰ったら皆にチクろ」
「それはダメ! 内緒にして! 何か買ってあげるからぁ!」
「じゃあ今後なんか欲しいものがあったら買ってね」
痛い出費になるかもしれない。けど、背に腹はかえられない。
洋さんは約束を守る人だから大丈夫だと思う。でも、やっぱりお母さんのことには触れないんだ。
聞くのも勇気がいるんだけど、聞かないのも……ね。
「……お母さんのことは、気にならないの? 少し寂しい、とか」
「だって会ったことないもん。あんまり感情わかなくない? あと祈が居るから寂しくない。沖縄から帰ってきた後に一緒に寝たら安心したんだ。お母さんみたいだなぁって言ったらさ、お母さんのつもりだけど? って。だから平気」
「そっか……」
「祈には甘えたくなっちゃうしな。ちゃんと叱ってくれるから、嬉しいんだ」
過去に囚われない、それが洋さんの答えだった。らしいと言えばらしいけど。
本当に、それでいいのかな。
知るなって土方くん達は言うけどさ、知るべきことから目を背けさせてるだけなんじゃないかな。
知らなきゃいけないことって、あるんじゃないかな。
ボクは洋さんが祈さんの話を嬉しそうにするのを聞いてあげた。ボクにはわからない感覚。本当のお母さんを知らないからいい。そんなふうに思えないもん。
会津若松駅に到着したら、洋さんは「修学旅行で来たことがある」と言って懐かしがった。
なんだかんだ楽しんでるじゃんか。木刀買って帰ろうって言うから全力で止めたけどね。
ここに来たのバレちゃダメなのに、なんも分かってないんだから!
はしゃぐ洋さんを横目に、ボクはお母さんの除籍謄本をバッグから取り出した。事前に取り寄せていて、とにかくそこへ行けば嫌でも昔のことがわかるんだ。
本拠地へ赴く前に通販で購入した“ミラーシート”を指定したコンビニで受け取った。洋さんは箱の大きさで一瞬察したのかもしれないけど、お土産だと言えばなんてことない。
本籍の住所は駅から遠い。タクシーを捕まえ、除籍謄本を運転手に見せ、此処に行って欲しいとお願いした。
洋さんは会津若松の街並みを見て「用事済んだらお城行こう」「何あれ美味そう」と観光する気満々だ。
ボクに、そんなつもりはないけどね。
今日は覚悟を持って来た。最初は行かないと言ったよ。でもね、土方くん達が何にも教えてくれないことが不信感に変わってしまいそうで嫌だったから。
彼らはボクらのお母さんのこと、絶対何か知ってるんだ。教えてくれないのは、言ったら何か壊れるからなんだろうけどさ。
禁忌も冒して、一緒に生活する仲間だもん。今更ヒビが入ることなんかない。ボクはこの絆が誠実さを持っていると信じている。
タクシーが目的地に到着すると、神指城跡という看板が少し先に見えた。
「神指城跡? 聞いたことないな」
「洋さん、こっち」
住宅のある方へ入っていく。
本籍地にある「会津若松市神指町如来堂」の住所と、ナビアプリの指す住所は同じ。
さらに詳しい住所を辿り、足を進める。ボクのお母さんはどんな人だったんだろう。期待と不安が入り混じり、たまらなくなって走り出してしまう。
「家、なくなっちゃったんだ……」
住所の場所は更地だった。幸才家の人はその時代に1人しか生きられないなら、この結果は当然か。ボクと洋さんがイレギュラーなんだもん。
「気ぃ済んだ?」
「何言ってるのさ。こんなの想定内だよ」
早く終わらせたいって態度を出し過ぎだよ。今のボクは優しくなれないんだけどな。
次は神指城跡を目指した。洋さんが読んでいた説明書きによると、工事途中のまま残された幻のお城跡らしい。ボクは興味ないけどね。
周辺に人気のないことを確認したら、天守閣になる予定だった場所に入る。
「ここ私有地だけど!」
「いいの」
ボクは迷わず法を犯した。私有地の看板を倒せば解決。見えなかったって言えばいいもん。
自分の為なら、誰かが少し嫌な思いをしたっていいと思っちゃってる。嫌な人になったな。
ボクもちゃんと、幸才家の人間だ。
蝋燭を地面に埋めて、日付を書いた紙をシャツの胸ポケットに入れる。日付はボクの誕生日にした。調べたら、ボクもここに住んでいた記録があったんだ。
持ってきたトンカチと釘を取り出し、木にミラーシートを打ち付けた。
「ねぇ、禁忌を犯す気でいるの?」
洋さんの冷めた声。普段のボクなら怯えていたけど、今は違う。
「そうだよ。ボクはボクの家族が知りたいんだ」
「晴太くんに怒られるよ。別に知らなくても生きてこれたんだからいいじゃん」
そんなお気楽じゃいられない。だけど、洋さんは冷静を装いつつ、慌ててミラーシートを剥がそうとする。
近藤くんが困るから。土方くんに怒られるから。
学くんがいないと禁忌中に現代側と会話ができないから。
怪我をしても祈さんが居ないから。
ネリーが居ないと情報がまとまって伝えられないし、ボスはいざという時に居てくれないと困るから。
喧嘩しても仲介してくれる武田くんが居ない。
もしも過去で何かあっても、武道に長けた宇吉さんは来れない。
ボクらに何かあったら、樺恋ちゃんと勝くんが泣く。
皆の事ばっかり。ボクの気持ちは関係ないんだ。
家族だから? それともどうでもいいから?
知りたくないの? 親を知りたいという気持ちは悪なの? 本当に洋さんは、ボクの妹なの?
答えのわからない疑問ばかりに支配されて苦しい。もう耐えられないんだ。
「……本当に愛されて生まれてきたのかな」
胸ポケットから紙を取り出し、蝋燭で燃やした。
「梓弓がないから行けないよ!」
洋さんが叫ぶけど、呪いにそんな理屈は通用しない。祈りや願いは呪いと紙一重だって言うじゃんか。
今が大切ならそれでいいなんて嘘だ。ボクはボクが生きてる理由を知りたい。殺し合って、その時代の1人を決めるのが一族の掟なのに、生きてるのはどうしてなんだろう。
「鏡が……」
突風が吹いて、鏡は波紋を浮かべている。ほらね。願いが憎悪に変われば、悪は善を喰うんだよ。
「行こう、洋さん。ボクらはね、忠義の元に生きた新撰組とは関係のない、醜い一族の末裔なんだよ」
「行きたくない! アタシの家族は皆だもん! アタシは醜くない!」
「そうやって都合の悪いところから目を背けてるから、呪いが解けないんだよ」
「違う……」
嫌がるけど、構わない。
ボクは間違ってないもん。ずっと洋さんにはどこか引け目を感じていたけれど、今回は譲れないんだ。
「これも皆のためになるかもしれないんだよ。洋さん」
「ねぇ、土方に聞いてからにしよう? 土方がダメだって言ったら行かない。土方は呪いと関係ないって言うもん!」
手を震わせて、画面のタップもままならない指先でが土方くんを頼ろうとする。
「関係あるよ。ボクらの血に土方くんは関係ないけど」
もう、迷わせない。
ボクは手を力強く引っ張って、鏡に入る。ボクは洋さんを一方的に巻き込んだ。




