72勝手目 "知る"は罪なのか(2)
昼食を終えた後、震災に関する展示のある記録保管施設を見学する。洋は一言も発さず、見落としがないように文章を指でなぞっていた。
胸の痛くなる過去の惨劇。老若男女関係なく、容赦なく奪われた命の記録。
大量にある痛みの数々に、洋は何を思ってるんだろう。
「洋」
最後の展示を眺める洋に声を掛けた。
「あ、ごめん。もう大丈夫」
口は行こうと言うけれど、目は最後まで展示から離れない。
記録保管施設を後にし、約束通り手を繋いでくれる。
その手には力が入っていて、お得意の勝手な解釈なんでしょうか。離したくないと思われているような気がして。
「洋、手……」
「ん?」
「力が強いので、どうかしたのかなと」
「痛かった?」
力が抜けていく。余計なことを言わなきゃよかった。慌てて力を込め返す。
「勝と繋ぐようなもんだと言っていたから、強くされるのが嬉しくて」
「あぁ……展示見たからじゃないかな」
雨上がりの公園は、気温の上昇と共に土の濡れた匂いの中に潮の香りが混ざる。
なんでもない雨のち晴れが、“忘れちゃいけない”なんて気持ちを呼び起こすのは何故でしょう。
何でもない今が特別だと、寂しささえ感じる。
洋は空いている手をある建物に向けた。
「あれ」
鉄骨3階建ての骨組みだけが残る震災遺構。防災庁舎だったそれは、建物の壁や床は津波によってすべて流失、赤さびた鉄骨だけが残る。
雨風にさらされて赤茶になった様が、年月の経過を物語っていた。
「あの庁舎の話さぁ……胸がきゅうってなったっていうか……最後まで皆を想って津波が来るから逃げろって、放送で言ってた人、どんな気持ちだったんだろうな」
「必死だったんじゃないですか。1人でも多く生きてほしいって」
「……皆、誰かとまだ一緒に居たかったろうな……」
洋は庁舎から目を離さない。思い耽るように見つめている。
手は離されないどころか、また力が強くなった。
「アタシが去年起こしちゃった地震、誰かが死んだりしなくてよかったなぁ」
「洋……」
確かに被害は大きかった。直下地震とだけあって、震源地周辺はライフラインがしばらく途絶えていた。怪我人はあれど、死者はいない。
あれだけ自分は悪くないと言い張っていたのに。沖田家や社会生活で身に付けた鎧が剥がされ、新撰組という居場所が出来たことで、本来の洋で居られる。
だから反省できて、誰もいなくならなくてよかった――と、人を思いやる言葉も吐けるのかもしれない。
「お兄ちゃんのじいちゃんとばあちゃんも苦しかったろうな。津波に飲まれて、ずっと見つけてもらえなくて、お兄ちゃんのところにも帰れなくてさ。地震ってやだなぁ。地面も割れるし、津波も起こす。全部めちゃくちゃにする。津波は特に怖いんだよ。それをさ、アタシがもしも、その元凶だったらって考えたら――」
雲の切れ間から陽が差して洋を照らす。
祝福のような光なのに、まるで晒しあげるような神の嫌がらせに感じるのは、真実を知っているからでしょうか。
「死ねないのに、死にたくなっちゃうな」
なんてな、と冗談に変えて帰ろうと言われる。
冗談じゃないでしょう。人間誰しも涙を流すことがある。悲しみを表に出せず、嬉しさにも変わる雫を一生一粒も流せないのはどれだけ酷なことか。
いつか皆の中で誰かが死んでも、泣けない。
もし自分が起こした地震で取り返しのつかないことになっても、悔やめない。
「らしくないですね」
「んなことないだろ」
「顔も良くて性格も良くなられたら困ります。もっと横暴で居てもらわないと」
「なんだそれ! 意味わかんな!」
手を振り払われてしまったけど、それが洋らしい。
洋の過去は隠し通す。帰ったら、守と晴太にも伝えなければ。
少しでも過去の片鱗に気付き、洋がそれを紐解いて自分の全てを知ってしまったら、2度と這い上がれない地獄に堕ちてしまう。
開けてはいけない箱がある。見せたらきっと開けたくなる。けれどその箱の存在は消せない。
いかにうまく隠せるか。それがオレ達に課せられた使命なのではないでしょうか。
◇
――翌日。
仙台駅まで洋と洋斗を送り届けに来た。守も同行し、新幹線ホームまで見送りをする。
「切符しまったか? 沖田はすぐに無くすんだから、洋斗に持っててもらえ」
「えぇ? このちんちくりんだって怪しいが?」
「洋さんと違って物の管理はちゃんとしてるもぉん……えぇあ!? 無い!? ドコォ!?」
ショルダーバッグをひっくり返して切符を探すけれど、無い無いと騒ぐ。改札を通ってきたばかりで無くすなんて理解できない。
「パンツのポケットとかに入れたんじゃないですか?」
「ア!?」
尻ポケットをパンパン叩き、手を突っ込んで掻き回すと折れた切符が出てくる。
「あ、あったぁ……よがっだ……」
「ったく、今回は兄妹2人なんだから、洋斗がしっかりしないと……」
「とても成人を超えた2人とは思えませんね。特に洋斗。25歳の自覚ないんですか? オレ達より歳上ですよね?」
「すぐ詰めるな!」
守に止められ、舌打ちで返事を返す。洋の兄だから愛想よくしなければならないのに、あんまり頼りなくて詰めてしまう。
仕事はちゃんとしてくれる。だけど兄としては情けなさすぎるんですもん。洋が可哀想じゃないですか。
「ボスにはお土産買ってこないっ!」
「別に要りません。求めてないので」
「じゃあ妹は絶対にあげないっ!」
「なっ……」
このクソ眉毛。食欲、物欲、睡眠欲の乏しいオレが唯一はっきりしている欲を引き合いに出してきた。
卑怯者! 身内だからってそんなことが許されると思わないで頂きたいですね!
「あなたが決めることじゃないでしょう!」
「ボクは身内なんでぇ! ちょっとはあると思いまぁすぅ!」
「いや……決めるのは沖田だろ……」
守が腕を組んでため息をついた。その一歩引いたところから物言ってくるのも腹立たしい。
同じことを何度も言いあっていると、売店から洋が大声でこちらを呼びかけてきた。
「土方ァ! 駅弁食いたいから買ってぇ!」
「また始まった……」
「早く! 冷める!」
「冷めるわけないだろ! バカっ」
文句を言いながら財布を出して洋の元に行く。オレには買ってなんて言わないのに、守にはたかりと紙一重な我儘を遠慮なく言うんですね。
他にされたら腹が立つだろうに、洋にはああされたいと思って機嫌が悪くなる。
「ボスには悪いけど、土方くんには勝てないよ」
「……今は、ですけどね」
「今は? 今が無理ならずっと無理だと思うけどっ! 洋さんがボスが良くてもね、ボクへの扱い雑だから許しませんっ! あぁっ? そもそもボスは洋さんに相手にされてなかったねぇ」
洋斗はプンスコと頬を膨らませる。負けを認めろと言いますけどね、オレにはずっと決めていたことがあるんです。
一緒に呪われる方が、愛が強い――なんて父親に言われてから、半年以上、本気で不死の呪いを探していた。
それがついに見つかり、一か八かでかけてもらおうか迷っていたところ。
けれどそれを口に出せば、胡散臭いと笑われるでしょうし。洋斗の煽りのおかげで決心がつきました。
「洋斗が居なくなった後も面倒みるのでご心配なく」
「どういうこと!? ボクは居なくならないやいっ! まるでボクが死ぬみたいに」
「人間誰しも死にますよ。オレもね」
洋の前では言えない悪ふざけ。けれどオレは嘘をついた。オレは死ななくなる。きっと、譲り受ける呪いは本物だ。
駅弁を買ってもらいご満悦な洋と守が戻ってくると、ちょうどよく新幹線がホームに入ってきた。
「気をつけてな。帰りも迎えにくるから」
「土方、東京まで迎えに来んの?」
「仙台駅まで迎えにくるって意味だよ。俺は晴太じゃないから行かんぞ」
「あっそ。1秒でも待たせたら承知しないから」
洋は車両に先に乗る。守は「なんで上からなんだよ」とブツクサ文句を言ってますけど。
本当は東京まで行こうかな、と迷ったりしてませんよね?
洋斗は呑気に、新幹線に表示される行先表示機を見つめている。
「乗り遅れますよ」
「あ、じゃあ、行ってくるねぇ」
切符を無くしたから念入りに確認していたんでしょうか。相変わらず頼りない。
洋斗を目で追い、ホームから車内をうかがう。すると、兄妹が言い争ってる様で、外にまで声が聞こえてきそう。周りの乗客がなんだと、眉を顰めてるのは気にしていないようで。
「……揉めてますね」
「どっちが窓側に座るかで揉めてるんだろ」
そして揉めたまま、新幹線が動き出す。見送りなんて忘れて兄妹喧嘩。
「仲が良い証拠だな。ポンコツ同士でも助け合って帰ってくるさ」
守は微笑ましそうに笑う。そうですねと返し、仙台駅の改札までの道筋を辿る。
用事があるからと言って守とは別れた。
そしてその足は構内の観光案内所へ向かう。
とある観光ガイドの女性の元へ、秘密裏に呪われに行くことにした。




