71勝手目 お土産
翌週月曜の夜、沖縄組が帰ってきた。
あんまりにも帰りが遅いので、そんなに葵さんと会えないのかと心配していたのに……。
全員日に焼けて、学と洋斗なんて目の周りにシュノーケルの跡をつけている。
「随分楽しんで来たんだねぇえ? まぁそうだよねぇえ、沖縄ってさぁあ、遊んでなんぼだもんねぇえ?」
不貞腐れた沖田を見て気まずそうにする4人。夕食を食べてないと言うので、沖田が蕎麦を茹でてやると台所に立つ。
それでも疲れているからと労ってやれるのは優しい。
祈が謝罪の品とばかりにお土産をテーブルに並べたが、体調不良から立ち直った谷だけが食いつく。こいつ、しれっとここに馴染んでんな。
土産を見ると、とりあえず量のある沖縄らしいものを買いました。みたいなのがぷんぷん伝わってくる。なんだよ徳用ちんすこうって。
恐らく遊びに夢中で土産のことなど、頭になかったんだろう。
「食っていいのかぁ? なぁなぁなぁ?」
「もぉ、樺恋ちゃん達の分は残してよぉ……?」
何が「残してよぉ」だ。日焼けして腕の皮剥かせて、散々楽しんで来ておいて。
谷は寝ている樺恋と勝、宇吉と新選組の分を避けた。
寝込んでいる4人は、まだ余韻があるといって、頬をこけさせながら別室で死んでいる。
「はい」
沖田はぶっきらぼうに蕎麦の取られた大皿と、わざと音を立ててそば猪口と箸を祈、学、洋斗、ネリーの前へ置いた。
「よ、洋……ありがと。私達その……沖縄で」
「あ、ごめんねぇえ? ソーキそばとかの方がよかったかなぁあ? 豚肉なくってさぁあ?」
「めっちゃキレてんじゃん……」
祈と学が目を逸らし、何も言えぬと蕎麦を啜る。
「ボク達ちゃんとお仕事してきたよ!?」
「へぇえ? じゃ、証拠は?」
「しょ、証拠……?」
「見ろ! チャントして来た!」
ネリーが見せたのは宮古神社で4人で撮った写真だ。神社に行った写真を撮れば誤魔化せると思ったんだろうよ。
沖田の顔がますます曇る。
「まぁまぁまぁ。洋、ちんすこう食えよ。んめぇぞ」
谷がちんすこうを差し出したって、受け取らない。
「……樺恋と勝にお土産は?」
「え……コレ……だけど……」
洋斗が指さすのもちんすこう。マジか。コイツらコレしか買って来てないのか。
「ありえねぇえ! 普通さぁあ!? 子供の分のお土産は別に買ってくるよなぁ!? アタシはともかくさぁあ、遊び呆けて忘れてくるとかあり得ねぇわ!」
4人の動きが止まる。忘れていたのは事実。自分達はアロハだなんだって買い込んでいるのに。晴太や伊東でさえ樺恋と勝の分は用意していた。
二人は喜んでいたし、沖縄土産も楽しみに眠ったんだから。
「じゃあこの……ボクが買った小さいシーサーを……」
「勝にはおれが買ったサングラス……」
「じゃ、じゃあ樺恋にノリでやったガチャガチャで当たった舌出しパイナップルのヘアピンあげるわ」
洋斗に学、祈が自分に買った土産を譲ると恩着せがましく沖田に差し出す。
納得するはずもなく、勢いよく立ち上がった。
そりゃ怒るだろ。全部コイツらが悪い。
「愛ちゃん、新見達んところ行こう」
「えっ、あっ、う、うん……」
愛はオドオドしながら沖田と4人を交互に見て、少し遅れて奥間を出ていった。
「オレも行こっと。ちんすこうごっつぉーさん」
「待テ! いなくなられると、守達にオコラレル! イロ!」
谷が居ても怒るが?
「洋が怒んのも無理ねぇべ。アイツ家のことほとんど1人でやってたんかな。武田は事務仕事に追われて死んでたし。オレ達が手伝うつっても、一応お客さんだからって触らせてくんなかったし。あーでも、飯だけは作らせてくれたか」
「普段は当番制だからね。僕らは10人で分担してるけど……それで、畑もやってたの?」
「やってたぞ。朝早く起きて、樺恋嬢と勝の世話して……少し遊んだりもしたけどよぉ、やることちゃんとやってたぜ?」
祈が部屋を見渡し、部屋の掃除がなされているかチェックする。ゴミをまとめている倉庫にも走る。もちろん溜まっていない。
飯だって出来合いじゃなく、ちゃんと作っていたというし、まともに生活していたというのが谷の言葉でわかる。
「正直、あなた達が来たから、遊んでるんだと思ってたわ……」
「ま、そんな写真ばっか送ってたからな。マジで謝っとけよぉ。その様子じゃ、洋の母ちゃんから何も聞けなかったみたいだしな」
谷は飄々と手を振りながら、部屋を後にした。ほんのり説教を食らった気分の4人は食欲が失せたのか、箸を置く。
「あの……福岡の皆さんは……お土産……」
「買って来てたが?」
「うん! そうだよな! 兄ちゃん、頭にはあったんだけどよぉ、海に忘れて来ちゃったんだな」
「そうそう! ボクもねぇ、買わないとぁって思ってたんだけど……海にね」
「そんな言い訳が通用するとでも? 収穫なしも図星のようですし、何しに行ったんですかね」
伊東がいつものように刺した針。しかし、耳の痛い言葉なためか、斧で首を刈られたようだった。
普段何も気にしなさそうなネリーでさえ、白目をむいて後ろに倒れ込んでいる。
子供を引き合いに出されると弱いのか。
「し、収穫がなかったんじゃないやい! 葵さんが何も知らなかったんだよぉ!」
「そうだ! おれ達は真面目にやったんだ!」
「僕らはお言わず様があるから話せないことばかりだけど、とりあえず情報交換しようよ。お土産のことは責めても仕方がないしさ」
晴太が間に入り、一旦区切りがついた。
沖縄組の報告は殆ど手がかりになるものがない。沖田家の中で沖田が葵さんに怯えていたことだけが浮き彫りになった。
異常に我儘だった時期があったのは、恐らくあの人の影響だろう。怒れば相手が言うことを聞いてくれる。
今の沖田も怒りはするが、理不尽なのはなくなった。俺だけじゃダメだったのか……なんて落ち込むのはお門違いだろうが、少し寂しく感じる。
次に、俺達の話はあまり出来ない理由を晴太が話す。祈は「個人的にはムカつく理由だけど、神霊庁の職員だからね」と肘をつきながら眉を吊り上げる。
あとは聡さんから言われた通り、全て話したのがバレれば捕まってしまうかもしれない。
特別悪いことはなかったと曖昧に答える。かと言って、良くもないのだが。
「何も話せないが、唯一洋斗に話せることがある」
「え……なにぃ? 怖い……」
なぜ自分だけ、という反応は間違いじゃない。
晴太は俺から話してと一歩ひいた。そして声の音量を落とす。
「沖田と洋斗の母親の名前がわかった。だけどもう、居ない」
「あ……そう……なんだ……」
「ちょっと守! もう少し溜めるとかして話してあげなよ! デリカシーないの!?」
肩をどつくように叩かれた。なら晴太が話せよ。話したくないから俺に振ったんだろうが、という言葉は飲み込んで。
「ううん。あんまりショックとかはないよ。会ったこと、ないし」
「……そうですか。不幸中の幸いですね」
伊東は嘘をついた。洋斗に寄り添うための嘘。本当は会っていて、一緒に暮らした時期もある。
「名前は幸才澪。住んでいた場所は会津若松市だ」
洋斗はピンと来ないのか、黙って聞くだけ。そして代わりに反応したのは武田だ。
屯所に住んで間もないせいか、ここに居るのにまだ違和感がある。
「めちゃくちゃ地元なんすけど。親に聞けばわかったりして。聞いてみます? ……つか話読めなさ過ぎるんすけど」
「後で説明する。――洋斗。もし行くなら洋斗1人で行け。それが聡さんとの約束だ。沖田は絶対に連れて行くなよ」
「洋さんは……?」
これはフリじゃないからな。沖田だけじゃなく、俺達を守るためでもあるんだ。
洋斗は俯いたり、首を掻いたりしながら、少し時間を置いてから口を開いた。
「行かないよ。お母さんの事を知っても、呪いが解けるかわかんないんでしょぉ? ならいいやぁ。今までも知らなかったんだし……それにさぁ、幸才家の人って、探したって居ないんだよねぇ。なら、もうボクらの親族に触れるんじゃなくて、別な解呪方法探そうよ」
笑顔でそう答えると、洋斗は少しふらつきながら立ち上がった。俺には震えているように見えたが、気のせいだろうか。
急にもういいだなんて、怖いのが勝って怖気付いたのか?
「今回の遠出、あんまり意味なかったね。なんか眠くなってきたや。ボク、寝るね。おやすみ」
最後の言葉には感情がこもってなかった。
何も教えてくれないと拗ねたのだろうか。
翌日、新選組の6人に話しても、自分達は2人の過去を抉っただけなのではと後悔すら口にされる。
その日以降、誰もこの話には触れない。
樺恋と勝は剣道に熱中し、宇吉も持っている資格を駆使して沖田と稽古に励む。
日中は竹刀の音が屯所に響いて、本当に新撰組がいるのではないかと錯覚するくらいだ。
――そして夏の入り口、6月末。
洋斗が夕飯の時に「東京に行く」と言い出した。
「本庁出入り禁止マンが何しに行くんだ?」
「その言い方やめてくれるぅ!? 学くんだって、芸能界干されて東京歩けないくせに」
「痛い! 言葉の暴力だ!」
洋斗の出身は東京なんだから、別におかしくはない。しかし理由を聞いてみれば、案外普通というか、それは行ってこいよという内容だった。
「おじいちゃんとおばあちゃんのお墓参り。もうすぐ命日だからさ」
「あら、同じ日に亡くなったの? 事故、とか?」
「うぅん……震災があったでしょ? あの時ねぇ、2人で岩手に旅行に行ってたんだよねぇ。ずっと行方不明でさぁ、見つかったのが7月だったの」
淡々と、食事を口に運びながら答える。俺と晴太、伊東と宇吉はドキっとしたんじゃないだろうか。
もしかしたら沖田が起こしたかもしれない地震の犠牲者に、洋斗の家族がいたなんて――。
「洋さんも行く? 面識ないけど、一応、洋さんのおじいちゃんとおばあちゃんだよ」
「旅費払ってくれるなら?」
「図々しいっ! 仕方ないなぁ。特別ねぇ?」
「あと東京行くなら観光させろ! 私は福岡にも沖縄にも行ってないんだからな!」
沖田は墓参りという理由そっちのけで、東京のどこに行きたいと浮かれだす。
少し心配だが、兄妹水入らずで旅行するのもいいかもしれない。
が、沖田が浮かれれば騒ぐ雛が2人。
「洋ばっかりずるい! あたしも沖縄行ってないのにい!」
「ぼくも行ってないんですけどぉ!」
ピーピーギャーギャー、連れてけ連れてけと沖田に群がる。沖田は洋斗に頼めというが、洋斗は「お墓参りに行くんだよ!?」と同行してもつまらないことをアピールした。
それでも聞かないちびっ子達。
「わかった! 兄ちゃんがクラゲ見に連れて行ってやるよ! 祈と宇吉の運転でな!」
「何巻き込んでんのよ!」
「おぉ、山形の水族館ですか。宇吉も行きたいでござる!」
「乗るなッ!」
「まぁまぁ、ガキんちょはとりあえず遠いところに連れてきゃ満足すんのよ。罪滅ぼしだと思ってよぉ……」
学が祈に耳打ちする内容なんて知らずに、樺恋と勝はニコニコでいつ行くのかと予定を決めだかる。
どこかに連れて行ってやらないとフラストレーションも溜まるだろうし、ちょうどいいだろう。
「ちんちくりんと2人だけで東京かぁ。日帰りだからストレス溜まんなくていっか」
「じゃあ僕も行こうか?」
と、晴太。しかし沖田は首を傾けた。
「うーん……お墓参りだから、2人で行ってくる」
少し息苦しさもあるだろうが、この旅で2人が本当に家族としての距離を縮められるといいなと、心から願った。
洋斗の言葉を信じきっていた。いや、疑う必要がなかったんだよ。
洋斗のまっすぐで思いやりがあり、嘘のつけない性格だと信じていたから。
そんなことはない。どんな善人も悪い部分を持っている。
人間誰しも、自分を守るための嘘なら易々とつけるのだ。




