70勝手目 君はあの人の子供
沖ノ島を後にしてからは、誰もあの島での出来事を口にしなかった。
船を降りても、車内でも、一晩寝て、次の日にも。
守も何か考え事をしているみたいに黙ってて、伊東さんと熱心に携帯で何かを調べている。
宇吉さんだけが普段通りで、僕はどんなふうに振る舞うべきか悩んでいた。
屯所に帰れば洋がいる。
武田くんから来る屯所の様子は楽しそうだけど、僕らの中の誰かが口を滑らせたら、この笑顔はなくなるかもしれない。
なら、宇吉さんみたいに普段通りにしないと。もっと普通に。和気藹々とさ。
「ねぇ、普通にしようよ」
「普通って?」
「ふ、普通に。もっと話したりしようって」
「あぁ……でも、言うてこの4人でよく話してた訳じゃないだろ。沖ノ島に行く手段は話しても、そのほかって別に……」
「あ……そっか」
僕だけがぎこちないのか。
洋にどんな顔して会えばいいのかな。僕は「お父さん、洋のこと大好きだってよ」って言ってあげたいけど。
けれどお言わず様を破ったらいけないし、なんとかして伝えてあげられないかな。
皆にお土産を買おうって、福岡空港の中を眺めながら考える。
手紙書いてもらえばよかったかな。あ、ダメだ。島のもの持ち出しちゃいけないし……でも許可証は持ち出せたから、いけたかな? 想いのこもってるものはダメ?
「そんな晴太も黙ってますけど」
「僕はいろいろ考えることがあるの! って、……何それ」
伊東さんに話しかけられたと思ったら、真珠のアクセサリーを抱えてる。
「真珠って純粋・健康・長寿・富の意味があるらしいんですよ。あと夫婦の絆を深める、愛情の象徴だとか」
「へぇ……?」
この人、アクセサリーに興味なんてあるんだなぁ。伊東さんがつけたらお金持ちアピールが過ぎて嫌味っぽくなると思うけど。
ブレスレット、ネックレス、ブローチに指輪。
ん? 待って。指輪だけ数が多い。サイズもバラバラだし、意味がわかんないよ。
「指輪の量おかしいですけど」
「サイズを知らないので」
「お店で測ってもらえないの?」
「宮城から連れて来いと? それでもいいですけど……とりあえずこれはこれで買ってあげるんです」
連れて……来い? それですぐにピンと来た。
「また変な暴走の仕方してるよね!? 洋にあげるんでしょ!? 怖いよ!?」
「そんな、ただのお土産ですから」
目から光なくして何言ってんの!? この人、すぐお金に物言わせるよね。
じゃあ僕も買うって言えば、値段おかしいし。僕の1カ月の給料ほとんど消し飛ぶんだけど。
「守!? 伊東さんがまたバグった買い物してる! 洋に指輪買ってる!」
「は?」
「何をそんなに大袈裟な。お土産ですって。本気で買ってないですって」
総額、多分誰かの年収だと思うけど。
守も呆れてたけど、とくに咎めることもなく「伊東の金だからな」って洋に渡すことも否定しない。
そんな守のお土産は明太子だけ。
樺恋ちゃんと勝くんが楽しみにしていた、苺の商品を爆買いする宇吉さんに付き添っていた。2人がかりの量かぁ。うん、宇吉さんも変だな。
けど、守って時々わからないや。
洋のことが好きなのに、僕らみたいに荒ぶることもあんまりない。
お酒飲んだ時は別だけど、伊東さんが洋にGPSをつけてても、僕が洋に婚姻届突き出しても、落ち着いて見えるっていうか。
でも洋のために怒るし、泣くし。僕は洋が好きだけど、そんな守にずっと憧れている。
そういう姿を見せられると、やっぱり追いつけない背中なんだなって、自分の未熟さを思い知らされるんだ。
漠然とした敗北を感じるんだよね。
「晴太は何買うんです?」
「結局真珠買ったんだ……」
「ええ。あとは、ガキんちょ2人にと、ネリーに頼まれている食品と、洋斗に郷土玩具を買えば終わりです」
「郷土玩具? 洋斗さんって好きなの?」
「洋斗って何か治したりするのが得意でしょう。あれ、お爺さんが町工場の職人だった影響らしくて。手先を使って作られる工芸品が好きみたいですよ」
「そうなんだ。洋斗さんのお爺さんはどこの人?」
「大田区です。洋斗も出身はそこだと」
ってことは、洋斗さんは大田区の藤堂さんに養子に出されたのかな。繋がりがわからないけど、そこから洋斗さんのことも探れそう。
真実に近づいている気がするのに、だんだん身動きが取りづらくなってる気がするや。
僕は皆へのお土産に銘菓を買って、樺恋ちゃんと勝くんには人気キャラクターのご当地グッズ、洋には「ばり」と書かれた方言Tシャツを購入。
伊東さんの真珠よりお土産っぽくていいよね。
そしていよいよ帰るって時に、大量のお土産を抱えた宇吉さんは空港の人を困らせた。
「えぇ!? 飛行機に持ち込めないんでごさるかぁ!?」
「宅配便などで送って頂くしか……」
「樺恋様が苺を待っているのにぃ!? 非道じゃございませんか!? 宇吉だけ見逃してくだされ!」
「それはちょっと」
守が無言で宇吉さんの首根っこを掴んで、宅配便カウンターに連れて行き、睨みながら手続きを済ますのを見ていた。
――あっという間の福岡。
島へ行く以外は特に何もしなかった。福岡らしい食べ物も食べていないし、観光も遊びもしていない。
なのにどこか満たされているのは、聡さんが洋のことを愛していたと知れたからかな。
宮城が恋しくて、空の上にいるのが長くって。仙台空港に着いたらホッとした。僕は青森の生まれだけど、地元のような安心感がある。
屯所のある秋保まで寄り道せずにまっすぐ帰ると、夜も更けた時間になっていた。
きっと、樺恋ちゃんと勝くんは寝ているかな。
「ただいま」
屯所の引き戸を開けると、武田くんが顔を出してくれる。
「あ、おかえりっす。どうだった? 福岡」
「人が多かった」
守がため息をつくように靴を脱ぎながら言う。
「美人はいた? 逆ナンされた?」
「されるわけないだろ」
「そう? 4人とも顔整ってるからモテると思うんだけどな。あ、沖田ちゃんへの激重感情ダダ漏れだったとか?」
「宇吉は違いますぞ! 樺恋様と勝殿は?」
武田くんは2人とも寝たばっかりだよと、洋の部屋を指差した。みんなで寝てるわけじゃなかったんだ。
「洋は?」
「あー……それが……見てもらった方が早いっすわ」
武田くんの顔が曇る。奥間に近づくにつれて、嗚咽が聞こえてくるんだ。
しかも、すえた匂いっていうか、戻したような匂い。あと咳の音。
襖を開けたら、松原さん以外の新選組の5人が布団の中で蹲って苦しんでいる。
松原さんはマスクと手袋をして、看病をしてるような身なり。
尾形さんはひどい咳、あとの4人は桶やゴミ箱を抱えて「おええ」と涙目で吐きまくっている。
「何、これ……」
僕が引き気味に問いかけると、6人は力のない声で「おかえりぃ……」と言ってくれた。
かと思えば谷くんはトイレに駆け込んで行くし。何事?
「何があったんだ。体調が悪いのはわかるが……」
「お、尾形くんは気温差で風邪ひいちゃって……あ、あとの4人は……そ、その……牡蠣を……」
「当たったのか?」
「あ、当たったんだけど……えっと、愛ちゃんは、と、止めたんだよ……? ね、ねぇ……拓美くん……」
松原さんが顔を赤くして武田くんに問うと、彼はギクッとぎこちない返答をするんだ。
「あー……そっすね……」
この2人にもなんかあったでしょ。情報過多だよ。
「えっとすね、松島で牡蠣を食ったのはよかったんすよ。で、この4人は生牡蠣を食べたいと主張したわけです」
「この時期に食べれないだろ」
「副長の言うとおりなんすけど……」
「が、我慢出来なくて、か、加熱用の牡蠣を、な、生で食べちゃったんだよね……」
「バカなのか?」
聞いて呆れた。
それでこの惨事なんだ。姿の見えない洋は自室で休んでるのか尋ねようと思ったら、台所からお盆を持った洋が出て来た。
「白湯出来たぞ!」
「ありがどお……ほんま、ごめんなぁ……」
新見さんがゾンビみたいに布団から出て来た。洋は湯呑みを持って、溢れないように飲ませてあげてる。
僕らには気づいてないみたいだ。干からびた相馬さんにも飲ませて、服部さんにも。
「すまんじゃのぉ……」
「じじぃみたいな声出すな! 早く治して一戦交えろ!」
「えぇ……? 激しいやつじゃのぉ……ワシは無理じゃ……身が持たんて……」
何、その会話。そう言えば、この2人、写真で妙に距離近くなかった? 守も同じこと思ってたみたいだし、え、何。そういうこと?
「いだだだだだだ!」
「どういうことか説明してください。稲荷屋、潰してもいいんですよ」
容赦のない伊東さんは、病人の服部さんの耳をつねる。そこでやっと、洋が僕らに気がついた。
「おかえり。服部に剣道教えてもらってたんだ。樺恋と勝もやってんぞ」
洋が伊東さんの手を払う。服部さんは力尽きたのか、ばたりと倒れてまた呻き声を上げた。
「樺恋様も? おやぁ、武道に目覚めましたか……宇吉も色々資格は持ってますが、教え甲斐がありすなぁ」
「2人とも夢中だぞ。 だから近所のクラブに入れた」
「剣道のですかな?」
「うん。な、武田」
「そうだね。送り迎えは自分がしてたんで、ちゃんと通ってるっすよ」
クラブに入れた、なんてあっさり言うけど。
お金や用具は? それはどこから出したんだろう。
洋がそんなにお給料もらってるとは思えないし、不思議だ。
「金はどうしたんですか? 父親に言えば、経費で落としていいって言いそうですけど」
と、伊東さんが言う。そしたら洋はムッとした顔をしたんだ。
「アタシが払った! 給料といらないもの売って作ったお金だから、借金とかしてないかんね!?」
「またなんで俺達が帰ってくるまで待たなかったんだよ。沖田が苦しくなるだけだろ」
守の言う事は最もだ。洋の自由がきかなくて、好きなものも買えなくなるのは目に見えてる。
だけど洋はお盆を握りしめて、僕らに言うんだ。
「好きなことさせてあげたいだろ。アタシは親になれないけど、2人を幸せにしてあげたいの。それだったら、好きなものくらい我慢する!」
そう言い切って、台所に戻って行った。
親になれないけれど――
誰かも言っていたね。守ってあげたかったって。
守はくぐもった声で、喉を締めながら絞り出すように呟いた。
「沖田は、ちゃんと聡さんの子供だよ……」
やっぱり、愛は言わなくても伝わってたんだ。
「洋ぉ、喉渇いたぁ」
「ここに来たらうつるって言っただろ! 部屋に持ってくから、待ってて」
台所から寝ぼけ声の樺恋ちゃんの声。洋は少し怒っているけど、優しさが詰まってる。
新選組の看病もして、樺恋ちゃんと勝くんの面倒も見て――。
呪いがあっても、人は人で変われるんだなぁ。




