68勝手目 赦される人
話を聞いた彼らは、なんとも言えぬ表情だった。スッとしたのは私だけ。下ろした重荷は彼らに渡ってしまった。
「……過去の話だ。あった事を教える事は出来るよ。だけどね、呪いの解き方はわからない。だから澪も死んでいったんだからね」
「その、澪さんの旦那さんの名前って……」
なんとか糸口を見つけようと、近藤くんが問いかけてきた。私は首を横に振り、それ以上は語らない。
澪の旦那は居ないことになっていて、それが誰が何を調べてもわからない。どれだけ探しても、澪が幸才家に嫁いできた女性で、事実上は最後の人間。
現在、幸才家は存在しないという結論に至ったのだ。
「私は洋に申し訳ないという気持ちを持っている。だからここに居て、あの子を寂しがらせた分、私も孤独になろうと考えた。あの日、私が本を忘れていなければ、こんな不幸にはならなかったわけだから――」
「不幸なわけないだろ」
守くんは鼻をすすり、真っ赤にした目を袖で拭った。青い目は潤んでいるものの、揺るぎない決意に満ちている。
「俺に出会ったんだ。不幸なわけない」
「……そうだな。守くんに好きになってもらえた洋は幸せだと思う」
あぁ、この子は本当に洋が好きなんだ。自分が居るんだから不幸じゃないと、ハッキリ否定してくれる。
どんな我儘も過去も呪いも受け入れてくれる、ほかに代わりのいないパートナー。 やはり、守くんに全てを託して島に来てよかった。
「仕組まれていた幼馴染ですよ? 守の純粋な意思じゃないのでは?」
伊東くんの言うことはもっともだ。守くんにはそう仕向けたから、洋を好きだという洗脳をかけてしまってるかもしれない。
縁で出会った伊東くん達とは違い、守くんとの絆は作り物と言われたら、正直、反論は出来ない。
「守殿の気持ちは本物でしょうな。始まりが作られたものだったとしても、ここに来ている時点でそれは過ぎたこと。心配しなくてもよいと宇吉は思いますぞ」
「そうだよ。むしろ仕組まれていたのが憎たらしいけどね」
「ん……?」
気のせいだろうか。今、近藤くん”憎たらしい”と言わなかったか?
「ちなみに、隣の家が近藤だったらどうしてました?」
「さあ。当時の私がどうしたかな」
「では伊東なら?」
「答えは同じだ」
近藤くんと伊東くんはチッっと舌打ちした。気のせいじゃない。
自分達が守くんの代わりだったらというイフ、すなわち妄想を恥ずかしげもなく話してくる。
その後には自分が洋をいかに好きかをアピールしてきた。
「僕は小4の時に洋と会ったんですけど、一目惚れで、それからずっと好きなんです。離れてても好きってすごくないですか?」
「すごいね……?」
私は何を聞かされているんだ。
「オレはもう親に合わせてますし、兄の洋斗の上司でもあります。それなりに金もあります。あと、3ヶ月一緒に住みました。今も夜は一緒に寝てますよ?」
「それ伊東さんが洋の部屋の間に変な扉つけてるからでしょ!?」
「守に鍵渡してますよ? それでも毎晩来ないってことは、やはりただの幼馴染なのでは?」
「はあ!? 沖田は俺の部屋に来るが!? 沖田が晴太の部屋に行くのなんて、腹減ってる時だけだろ!?」
やんややんやと3人で揉め始めた。内容から察するに、おそらく3人とも洋が好きなんだろう。
あの容姿ならそうなるかと思ったが、澪に似たんだなと少し複雑な気持ちになる。
どうか洋は、人を恨まず、呪わず、呪われても強くいて欲しいものだ。
呪いに取り込まれたら、それこそ澪のような結末を迎えるかもしれないからな。
「《《お義父さん》》!? 僕達3人の中なら、洋と誰がくっついてほしいですか!?」
「え」
お父さんの漢字、違わなかったか?
「いやはや、聡さんが困っておられますぞ。そのくらいにしておい……」
「うっさい! こっちは本気で聞いてんですよ!」
「恐ろしや……」
誰と言われても。反応に困るし、そもそもヘビーな話を聞いた後で、よくこうも喧嘩出来るもんだ。
「お父さん!?」
君達のお父さんじゃないんだが――と言いたいが。そうか。私に選ばせて、誰が洋をものにするか競っているのだ。
洋と守くんの幼少期の話を聞いた後だから、近藤くんと伊東くんは気が気でないのだろう。
「私は親ではない。洋が誰を選ぶかは本人が決めるだろう。赤の他人の私が決められないさ」
外を見れば、カーテンの隙間から陽の光が漏れていた。夜はすっかり明けて、陽も高いところにある。
カーテンを開けると光が眩しくて、目がくらむ。
「親だよ、聡さんは。洋を守るために、人生を捧げてるじゃないですか」
近藤くんが私の背中に言う。
「沖ノ島へ行く辞令が出た日、洋が乗り込んで来て拒絶した……ですが、来るなと言ったのは、あなたが泣いていたからでしょう?」
伊東くんは痛いところをついてくる。
あれは拒絶じゃない。洋が私を求めて本庁まで来てくれたのが”嬉しかった”からだ。
けれど、あの場で受け入れたら、洋の進む道を閉ざしてしまうかもしれないと思った。
沖田と名乗るなと言ったのも、洋の外での天邪鬼な性格を見越してのことだ。
沖田であれ。そうすれば、きっと守ってくれる仲間がいる。
守くんが居て、近藤くんがいて。洋を本気で想ってくれる山南さんまでいると知った時は、私は不要だとハッキリ理解した。
近藤くんと山南さんが訪ねてきた時は、葵に心情を合わせた。それは洋にヘイトが向かないようにするため。山南さんの怒りが我々に向けば、洋を大切にしてもらえると思ったからだ。
「……私は君達が思うような人間じゃない」
「ですが全て、洋殿を想っての選択なのですよね。宇吉も血の繋がらない樺恋様の事は、娘のように想っております。大きな声で親だとは言えませぬが、大切にしておりますゆえ、無条件の信頼は得ておりますぞ。……それを、親と言ってはいけぬのでしょうか……?」
斎藤くんと気持ちの持ち方だって違ったんだ。私は自分が可愛くて、嫌な思いをしたくないから選んだだけで――。
「これ」
守くんは私に携帯の画面を見せてきた。洋がボロボロの黄色いウエストポーチを付けて、京都で笑っている写真だ。
「沖田はずっと、このウエストポーチだけは捨てられないって言ってました。穴が開いたら、不器用に縫って……祈にお願いして直してもらったりしてね。誰かが流行りのバッグをあげても、沖田は絶対に使わない。いつも腰に巻いているのは、“お父さん”からもらったウエストポーチです」
いつ買ってやったと思ってるんだ。
洋が小学生の時、修学旅行に行くからと言われて渡したものだ。
それを成人を超えた今でも使っているなんて、恥ずかしくないのか。
いい大人の女性が、いつまでもケチって古臭いものを使っているのはみっともない。
いいや……もう、認めよう。私の視界が揺らいでいるんだ。
「沖田にとっては、聡さんがお父さんなんです。あなたがどれだけ否定しても、違うと言っても、沖田は、語られない愛情に気付いていたんじゃないですか」
「私は、何も、言ってない……」
どうやって伝えていたのだろう。洋が私を求める理由がどこにあったろう。
「新撰組。沖田に彼らのことを教えたのは、聡さんでしょう」
「……ああ」
私が教え込んだから、洋は言うとおりに彼らに憧れた。名ばかりの新撰組を結成し、その中心にあの子がいる。
私が教えていなければ、あの子は独りだったかな――
目の前で殺されるのが嫌で、洋に名前をつけたのが始まりだった。彼女が呪われないように、自分も傷付かないように、すっかり受け止めきれなかったけれど、必死で守って来た。
それを愛と言っていいのなら、私は”父親面”していいのだろうか?
洋に会いたい。ちゃんとご飯を食べさせて、ちゃんとした子供時代を送らせてあげたかった。
そしてそれに対して「ごめんなさい」と、ちゃんと謝りたい。
「幸せにしてくれるなら誰と一緒になったっていい。私の娘は、その権利があるからね」
私は今日、赦された気がした。娘に集って、好きと言っているこの子達を見ていると複雑な感情が湧くのだから。
「じゃあ僕かな。ほら、神霊庁の中で守ってるのは僕だし」
「でも祖母が受け入れてくれないと嘆いてませんでした? オレの家は父親も、会社の重役会議でも恋人として認めさせてますからね?」
「お付き合いしてないのに恐ろしや……宇吉はそのような気持ちはないですが、洋殿が笑ってくれると嬉しいですなぁ」
口々に好き勝手言うもんだ。隣に立つ守くんにそっと声をかける。
「私は、君が適任だと思うけどね」
「……沖田が決めることです。俺は隣にいることしか出来ませんから」
そういうところも含めて、適任だと思うのだが。
「洋の事は、ずっと苗字で呼ぶのか?」
「それが沖田の誇りなら。土方と呼ばれるから、合わせた方がいいじゃないですか?」
押し付けない愛情。
もし、洋が私の語らぬ愛情に気付いているというのなら――
守くんの愛情なんて、浴び放題だと思ってるんじゃないだろうか。




