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67勝手目 守れる人、守れない人(7)

 本を抱えた。まるで寝ている化け物を起こさないかのように、慎重に。


 いつからファンタジー脳になった? この胸騒ぎは地震によるもので、幸才家とは関係ない。

 記憶にないだけで、きっと自分で外に出したのだ。そもそも本だけで何かあるとは思えない。

 

 乱雑に引き出しへ入れ、すぐに閉めた。落ち着いたら焚き上げしてもらおう。


「葵さん? 聡さん? 帰ってますか?」


 1階の玄関から、守くんの母親の声がした。ということは洋もいるだろう。


「はい。今帰ったところです」


 すぐに1階へ降りた。洋の姿はなかったが、どうやら土方家の2階にいるらしい。

 土方家へ招かれ、洋に会いに行くと寝息を立てて眠っていた。つま先の痣が少し色濃くなっている。どこかにぶつけたのだろうか?


 隣には抱き寄せるようにして眠る、守くんもいる。


「いつもすみません。自宅に戻しますから」

「あの、葵さんは……?」

「さあ。連絡がつきません」

「聡さんは、家に電話はしましたか?」

「してません。どうせ繋がりませんから」

「洋ちゃんを1人にしているのに?」

「洋は鍵っ子で、慣れていますので」


 土方家をアテにしているとは口が裂けても言えなかった。逃げるように洋を抱き上げようとすると、止められる。


「守が連れて来たんです。洋ちゃんが1人だから、一緒に沖田さん家にいるって……あんなに大きな地震だったし、子供2人じゃ危ないから、ここに居てもらってます」

「それは……本当に、すみません。連れて帰りますから」


 責められているような、急いだ言い方。迷惑ならはっきり言ってほしい。日頃の鬱憤を今、晴らされても困る。

 

 ここまでか――と、人任せ前提な幼馴染計画に終わりが来たと悟る。

 2度も謝り、連れて帰ると言っても、また止められる。


「洋ちゃん、いつも泣いてるんです。うちは、別に毎日来てくれたって構いません。でもね、聡さん。私達や守がどれだけそばにいてあげたって、親から受ける愛情がなきゃ歪んでしまいますよ」

「こちらにも訳があって――」

「子供は親を選べません! 親も、子供を選べません……だけど、ここに生まれて来てよかったと思える場所にしてあげるのが親の役目じゃないですか?」


 何を知ったような口を。


 そんなのわかっている。一般的な愛なんて、知っている。


 けれど洋に、生まれて来てよかったと思わせるには、呪いの発現をさせないことが最優先事項なんだ。


 それに、私は親にはなれない。洋を守りたい気持ちはあっても、お父さんと呼ばれても、どこまでも他人で、死なせたくないというだけの情でしかないのだから。


 色々な気持ちが怒りになる。飲み込んで、そうですねと静かに告げた。

 この人は間違えていない。側から見れば私は冷たい父親なのだ。


「今日は、このまま寝かせてあげましょう。守も洋ちゃんが居る方が安定するので……その、出過ぎた事を言って、すみません……」

「いえ。非はこちらにありますから……じゃあ、私は自宅へ戻ります。何かあれば扉を開けておきますので、入って来てください」


 部屋を出る時、一つ思い出した。念の為確認しておこう。


「あの……洋は、地震前に油の含んだものは食べましたか?」

「え? ううんと……何を食べたかわかりませんけど、お菓子を食べて手が汚れてるとは言ってましたよ? それが何か?」

「いえ……2階の床が滑ったので。つまらないことを聞きました」


 会釈して、一晩だけ洋を任せた。もう、私は土方家とは関わるべきではない。


 家族としての責任は取れないから。死なせたくないだけ。私自身が嫌な思いをしたくないだけ。


 咎められ、正論を押し付けられても、洋へ親という愛は渡せない。


 それに、洋があの本に触ったのだ。尚更、神霊庁の職員として思考を働かせなければ。この地震が全く関係ないとは思えなかったが、本と洋は一緒にさせない方がいい。


 ――やがて、世間は強い悲しみを背負いながらも、大災害からの復興の道を歩み始めた。


 神霊庁も徐々に通常業務が始まり、本を処分する時間が作れるようになった。


「嘘だろ……県外で捨てたんだぞ」

 しかし、焚き上げても、祈祷をしても、遠い場所に捨てても――必ず戻って来る、幸才家の本。


 必ず洋の目の付くところに戻ってくるから、興味を示されちゃいけない。幸い、洋は本のことに一切触れてこなかった。


 思い出される前に、どうにかして本を離さなくては。


 やがて、本を肌身離さず持ち歩いて行動するようになった。朝早く家を出て、夜遅くに帰る。そうすれば、洋が本に触れることはない。


 今までより寂しい思いをさせるだろうが、そこは土方家に甘えよう。


 私や葵が関わらなくても、守くんが洋を求めてくれているんだ。もう、洋の孤独はそれに頼るしかない。洋は守くんとはあまり言わないが、それは彼が無条件で隣に居てくれるからだろう。


 さて、いつだったか。


 風邪を引いているから会わせられないと言った時、守くんは「本当に風邪?」と何度も聞いて来たことがあった。

 涙目で、会えないのは嫌だとぐずり、彼は風邪も引いていないのに学校を休んだくらいだ。


 洋と喧嘩しても手は離さないし、他の同級生の誘いも断っているらしい。彼の方が、洋に依存している気がする。


 洋には、親の愛情なんて元々ないのだ。こうなれば、守くんからの愛が特別だと刷り込むしかない。

 方法は簡単だった。偶然を必然に装う。沖田家と土方家が隣同士なのも、そうなのだから。 

 

 仕事で家にいる事が減ると告げると同時に、より深く「新撰組」について教えることにした。

 本をこれまで以上に与え、グッズまで揃えた。京都に行きたいという願いだけは叶えてあげた。


 洋は普段、葵の目があって何かを買ってもらえる事がないため、私からの贈り物はなんでも喜んでくれた。


 昔々の新撰組が、現代の"沖田"に希望を持たせる。

 

 洋に、土方と沖田が一緒に居られるのは奇跡かもしれない。


 もしかしたら生まれ変わりかも――なんて冗談も添えると、いつからか守くんを「土方」と呼び、新撰組にのめり込んでいく。


 2人は一緒に居なきゃダメなんだ。

 ただの苗字だが、新撰組という幕末を生きた男達が、2人の関係を特別なものにしてくれる。


 小学校4年生になると「近藤という子が転校してきた」と報告を受けた。それに、時々遊びに来る守くんの従兄弟は山崎。意外と新撰組の苗字が近くにいるもんだ。

 洋も何かを期待しているのか、目をキラキラと輝かせていた。


「新撰組の苗字を持った人と集まれたりしないかな。アタシだけの新撰組が作りたい。何するかは……わかんないけど?」


 洋は、ヘラヘラしながらそんなことを言っていたな。


 ――そして歳を重ね、洋が21歳の春。


 ついに、呪いが発現してしまった。神社の修繕費や伊東や山南、藤堂、原田、斎藤、永倉――と、仲間を増やしていったのを知った。


 藤堂洋斗に関しては、本庁ですれ違った時、あまりに洋に似ていたので驚いて何度か顔を見に行ったな。

 名前が澪の言っていた洋の兄と同じであるから、きっと兄だろうと感じていた。


 しかも幸か不幸か、苗字は藤堂。ここまでくると仕組まれているのではと、運命を疑ってしまいたくなる。


 ――洋の呪いが発現したあの日。あの日だけ、なぜか本を家に忘れてしまった。

 洋は雨が降ってきたからと私の部屋に入り、換気で開けていた窓を締める時に本を見つけた。


 興味を持ち、読んでしまった洋は自身に掛かる呪いの封を解いてしまう。

 そして、爪先の痣が広がり、怖くなった洋は孤独に怯えて泣いてしまった。


 私はすぐに責任を問われた。洋にも会わせてもらえず、あとは神霊庁が"管理する"と、まるで物のように扱われる。


 最低の結果だと思っていた。私自身は減給され、地位もなくした。呪いを解いた人だという、レッテルまで貼られた。

 洋は一生人間らしい暮らしができないと聞かされた時は、自分のしてきたことが無駄だったのだと絶望したっけ。


 だが、伊東秀喜の計らいでそれは免れた。縛って暴走されるよりいいと判断したのだろう。


 やがて、近藤晴太を筆頭に洋の呪いを解くための「新撰組」が発足され、大人数で共に暮らしていると聞かされた。

 

 過去に戻って、死者を救う。そんな事が出来るのかと思ったが、やっているのだからすごい。どんな危険な禁忌も、冒し続けるのは仲間がいるから。


 皆、洋にどんな感情を持っているのだろうか。そんな事を考えながら、沖ノ島に独りで暮らす。


 そして、現在――。

 私を訪ねて、齋藤、伊東、近藤、そして土方の4人が沖ノ島にいる。


 "沖田"のために法と禁忌を犯してくれている。


 私の行いは無駄ではなかった。私が苗字にこじつけた祈りが意思になり、あの子の居場所になったのだから。


 過去を話し終えた私は、肩の荷が降りたような、そんな解放感で満たされていた。

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