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67勝手目 守れる人、守れない人(5)

私が育てることを決心してからも、澪は相変わらず洋を殺したがっていた。


 どうにか思い通りになる方法を探しているからと嘘をつき、出来るだけ澪と洋を近づけないように心掛ける。


 そして洋と名付けてから数ヶ月後。


「私さ。死んだらその子のこと、恨むから」


 澪はそう言ったきり、ぷつっと糸が切れたように黙り込んでしまった。


 ある日の朝、澪が起きてこなかった。

 心配した先輩が寝室を覗きに行くと、手首から血を流し、首吊りをして自死してしまったのだ。


 手首から流れた血で書いた遺書も残されていた。


 殴り書き、怨念とも取れる洋への恨み節。


 “ついさっきまで覚えていたはずの旦那の名前を思い出せなくなった。あの人が死んだ。洋斗のことも忘れるの。いやだ。子供なんか作らなきゃよかったの。私が苦しんだ分、苦しみますように”


 他にも記載はあったが、全ては読めなかった。母親の残した文章だと認めたくなかったからだ。


 死に姿は酷いもんだった。出会った時の美しさの影も残さず、体の穴という穴から体液や屎尿を垂らして舌を出す。

 初めて会った時より10、20歳は老けて見える。


「最後まで洋を呪ったか……生きてるだけで罪人みたいだな」


 先輩方は澪と洋――どちらも哀れんだ。不幸にもすでに身寄りが居なかったため、我々が神式で澪を弔った。


 もう、洋を呪うものはいない。幸才家の呪いの真偽は不明だが、長官から呪いがあるつもりでいろと言われた。


 まともに受け取らないが、気にはする。それが神霊庁のトップが下した決断だ。


 洋に掛かる費用は、秘密裏に神霊庁から支給された。島を出て人並みの暮らしをさせれば、呪いとは無縁の生活を送れるだろう。


 長官を頼っては母親役を募り、その間に家を決める。どこに暮らすかは任せる、と。


 どんな街ならいいだろうか。

 児童福祉に手厚い街、遊びに困らない街、利便性の高い都市部、自然の多い地方?


 どれも違う。大人に都合の良いものではないかと頭を掻いた。洋が呪いを発現しなさそうな街。


 様々な自治体を調べたものの、どこもピンと来ない。環境は大切だが、人との関わりは人格形成をする上で最も重要なこと。


 とにかく、人、人、人。


 洋を大切にしてくれそうな人はどんな人だろう。同い年の子が近くにいるのがいい。幼馴染が居たらどうだろう。

 小さい頃から一緒に居れば、自然体でいられるんじゃないか。


 島から洋を連れ、遠方へ引っ越すのは大変だ。宮城県内の利便性の高いエリアを絞り込む。すると、仙台市泉区は私が思う理想の街であることがわかった。

 そこから空き家や新築の一軒家を探し、手当たり次第に内見の申し込み。早速、その週から家を見に行くことが決まった。


 家の中は当たり前に。そして隣人をチェックする。だが、そううまくいかない。

 そもそも赤ん坊がいる家庭は少なく、いても1、2歳年上がいるくらい。


 それでも何十件と内覧を重ねる。エリアを変えようか、そんな事を考えていた。


 ある日、買い手のいない新築の建売を勧められた。その時点で気が進まない。立地はいいのに売れ残るなんて、何かある。洋を抱いて不動産の担当者を現地で待っていると、女性に声をかけられた。


「あ、ここに越してこられるんですか?」


 箒を持ち、ニコニコと挨拶してくれる。恐らく澪と同じくらいの年齢。エプロンにサンダルを履き、家事の途中といった様子だ。


「いえ、まだ検討中で……」

「そうなんですね。うちにもね、赤ちゃんがいるんですよ。この子と同じくらいかな? こんにちは、何ちゃんですかぁ?」

「洋です。さんずいに、羊と書いて……」

「いいお名前だねぇ」


 かわいいと、洋の手を優しく握ってくれる。洋が女性の指を小さな手で握り返すと、女性はかわいい! と甘い悲鳴を上げた。


 そして箒を放り投げて自宅へ入り、赤ん坊を抱いて戻って来た。

 洋に近づけて、こんにちはと代理で挨拶させる。子供に愛を持って接する、理想の母親像そのものだった。


 女性の抱いた子供は青い目と青い髪、どこか異国を感じさせる顔立ちだ。まだ赤ん坊だが、成長したら容姿に恵まれると見てわかる。


「土方守です。守は去年の5月生まれですけど、洋ちゃんは?」

「去年の11月に生まれました。同い年ですね……」


 辿々しい言い方になった。親らしく振る舞えているだろうか?


「あらぁ、この辺ね、あんまり同い年の子がいないから嬉しいわぁ。洋ちゃんは、何洋ちゃんなんですか?」

「沖田……です。沖田、洋」

「2人で居たら、まるで新撰組ですね。守は鬼になっちゃうかな?」


 女性はただの世間話程度に思っているのかもしれない。私は違う。


 それだ――。

 幼馴染に、さらに意味を持たせる。一緒に居なくてはならないと思わせる理由。

 あの新撰組と同じ「土方と沖田」で、幼いころから刷り込ませておけば、それが叶うのではないか?


 まだ内見もしていない。だがこの時、土方家の隣に住むことを決めた。立地もいい、育てやすい環境で幼馴染も作ってやれる。


 それからの行動は早かった。母親役である葵と条件付きの入籍を済まし、引っ越し。素性の知らない女性と何の迷いもなく結婚が出来たのは、それだけ洋に必死だった証拠だ。


 葵は洋を可愛がってくれた。澪は本当の母親ではなく、洋を産んだだけの他人だと思わせるほど溺愛した。まるで、最初から親だったみたいに。


 洋が生まれて半年が経った頃だった。

 隣人の土方家に習い、見様見真似の家族ごっこが始まったのは。



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