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67勝手目 守れる人、守れない人(3) 

――大学を出て、すぐに神霊庁に勤め始めた。


 職場に選んだ理由は食いっぱぐれが無さそうだから。公務員ではないが、安定していて潰れる心配もない。


 信仰などなかった。


 産まれた時からごく自然に根付いた、神社仏閣への無条件の敬意だけが頼り。


 とにかく無難に過ごせれば良いと思っていて、配属先なんてどこでもよかった。

 東京に住んでいるんだから近辺にしなさいと母親に言われたが、小言を言われるのも煩わしい。


 そして数ヶ月の研修を経て、東北の霊島への配属が決まった。


「金華山……? 有名なのか?」


 知らない土地だ。随分華やかな名前だなと言うと、同期が縁起がいい島だと教えてくれた。


「宮城の三陸にある島だよ。3年続けてお参りすると、金には困らないって神社だよ。鹿がいるんじゃないっけ?」

「鹿は神の使いって言われてるからな? 聡、いじめたりするなよ」


 冗談を交えた会話に応援を感じつつ、初めての東北の地へ期待を寄せた。

 宮城は6県の中でも栄えている方だから、生活に不便はないだろう。


 そして辞令が出てから1か月後。都心の実家を出て仙台へ。そしてそこから電車を乗り継ぎ、石巻市へと北上していく。石巻駅からバスに1時間半近く揺られ、鮎川港という港で下車。


 三陸の海を目の前にした時「あぁ、しくじった」と後悔した。 仙台市内まで遠い。見誤った、と。

  今更悔いてもどうにもならない。重たい足取りで船に乗り、職場となる金華山の門を叩いた。


 都市部まで遠いということを除けば、いい島だった。民家はなく、人より鹿が多い。神社は島内にいくつかあり、清掃だけでも骨がいる作業だ。

 山の頂上から見えるリアス式海岸は、晴れなら絶景、曇りならば異世界に来たようで見応えがある。

 ずっとここに勤務してもいいかな。そう思った矢先。


 ――ある、日曜日。

 参拝客が笑顔を見せる中、妊婦が1人で来ていることに気がついた。困窮した表現で、様子を伺っている私に気付くと逃げるようにその場を去る。


 余程金に困っているのだろうと憐れみながら、その時は業務に専念した。


 そして、その晩。他の職員と飯を囲み、さあ休もうかという時だ。駐在所の引き戸が、ドンドンとけたたましく叩かれる。


 夜の孤島に来訪者なんて、こんなに恐ろしいことはない。


 困った漁師が訪ねてきたのだろうと震えた声で言われても、不気味さが際立つだけで安心は得られない。


 誰が出ると揉めれば、当たり前のように指を差される。


「なぜ私が……?」

「し、新人だろう……!」


 先輩の言うことは聞くべきだと強引に背中を押された。武器になりそうな箒をがっちりと握りしめ、扉の向こう側にいる誰かに声を掛ける。


「どちら様、でしょう」


 途端、音が止んだ。シンと大人しくなったと思えば、すんすんと啜り泣く声がする。

 恐怖は心配に変わり、ゆっくりと戸を開けた。


「昼間の……?」


 へたりと座り込んでいたのはあの妊婦だった。茶髪が胸まで伸び、私に気付くと潤んだ瞳で何かを訴えてくる。

 顔立ちの良い美人、熱をもった頰が紅く染まり、白い肌が雪のように儚い。


「あの……帰らなかったんですか? 船に乗りそびれたとか?」


 鼻を啜りながら首を横に振る。とにかく中へと他の職員が言うが、美人だからだろう。鼻の下を伸ばしているのがわかりやすい。


 泣き止むのを待ち、再び話を切り出す。


「失礼ですが、ご家族は?」

「……一緒には来てません。あの……こんな事、相談しちゃいけないのもわかってるんですけど」

「相談?」


 腹を指差す。自分の体なのに顔を歪ませ、まるで気持ちの悪い虫を指すかのようだ。

 

「お腹の中の子、呪いとかで殺せませんか?」

「な、何を言っているのか……」


 先輩職員が冗談でしょ、と引き気味に笑う。だけど彼女は真剣だった。


「子供がもう1人いるんです! だけどこの子を産んだら、この子に息子が殺されるかもしれない……あの、あの……旦那の家系がそうなんです……1人しか生きられなくて、旦那も死ななきゃいけないって言ってて、それで――」

「ちょっとちょっと、落ちつきましょう? さすがにそれを信じてくださいは無理がありますよ。呪いで殺すなんて、昔話じゃあるまいし」


 だが、冗談を言っているようには見えなかった。

 これが証拠だと、古い本を取り出す。

 中を開いても、ミミズがうねるような文字しか書かれておらず、誰も解読出来なかった。


 もちろん、女性も同じ。


「旦那は……読めます。息子には触らせてません」

「息子さんは? 旦那さんと一緒に居るんですか?」

「わかりません。旦那が、どこかの養子にすると言って出て行ったきりなので」

「はい? えっと、整理しますね?」


 先輩職員が紙とペンを用意して、女性の言うことをわかりやすく書き出した。


 まず、女性の旦那は先祖代々、その時代に1人しか生きてはいけない家系の生まれ。

 息子がある程度の年齢になったら、死ななければならない。

 それを知ったのはつい最近。その直後に妊娠を知った。


 旦那の家族は? と聞けば、皆死んだと聞いていますと涙交じりに話した。


 お腹の子を堕ろそう婦人科にかかっても、風邪をひいたり、病気に不都合が起きてあっという間にその時期を過ぎた。

 

 それでも……と、酒や漂白剤、タバコなど流産に繋がりそうなことを色々試したと。それを嘲笑うかのように、お腹の中で育って行く。


 後に引けないところまで来た女性は、すがる思いで呪いを頼って来たのだと言う。


「まだここの職員になって間もない私が言うのは恐縮ですが、道徳からはずれちゃいませんか。その……胡散臭い言い伝えや本を信じるのですか? 呪いなんて、大半は思い込みですよ」


 私は思わず馬鹿げていると言いかけた。先輩方だって、うんとは頷かなくても同意見らしい。


「私がおかしいって言うんですか!?」


 女性は火のついた爆弾のように怒った。美しい顔は薬でも飲んだような異常者の顔つきになり、甲高い声で叫んだりする。


 取り憑いていた化け物が正体を現したように。手当たり次第に物を投げて、殺してと何度も吠える。


 謝ろうにも、狂った人間に驚き、恐れて言葉が出なかった。


「奥さん!? 落ち着きましょう!」

「マタニティブルーってやつかもしれない! 聡、お前、部屋出ろ!」


 すぐに部屋を出た。先輩達が3人がかりで女性を止めようとしても、しばらく暴れ続けていた。


 間違えたことは言ってない。言葉が悪かったのかもと、廊下で理解し難い事態に頭の整理がつかないままへたり込む。


「洋斗が死んだらどうすんの――!?」


 きっと、息子の名前だ。理不尽で怪しさしかない言い伝えを本気にしている。お腹の子は望まれず、早く殺してくれ、産んだらすぐに殺してと言い続けている。


 どのくらい時間が経ったかわからないが、先輩達の声は必死さを増した。


「奥さん、待って待って! ハサミはダメ! 置いて!」

「死なないって証明すりゃいいんだ! ほら、ほら、ほらほらほら!」


 ただ事ではない――! 急いで部屋へ戻った。


 狂気がピークに達したところで、私は事実を突きつけられたのだ。先輩達は彼女の異常性に圧倒され、ショックで気を失っていた。


 先程まで夕食を取っていた部屋には血溜まりが出来ていて、その中に女性が空な目で立っている。

 出っ張った腹にはハサミが突き刺さっているのに、痛がりもしないのだ。


「ほらね……死なないの……」

「何……あ……」


 女性が血溜まりに腰を下ろし、ハサミを抜く。ピュッと血飛沫が少し出ると、見間違いなのか、傷が塞がった。


 目を凝らしても、深く刺した場所に傷はない。


「私はこの子が産まれても、愛せません。憎くて憎くてたまりません。旦那も失うなら洋斗も恨むと思うでしょう? けど、洋斗が残るならまだよかったのに、兄弟で殺し合うって……こんな、何をしても絶対死なない子に、私の可愛い洋斗が殺されたらと思うと、憎たらしくてたまらないんです」


 顔も見ぬうちから拒絶される運命の子。傷の治りを見せられては、嘘だと疑うのは違うのかもしれないと思考が変わる。


「どうして、金華山なんです……呪って欲しいなら他にも場所があったはず!」


 なぜこんな目に遭わねばならないのか。理不尽な出来事に耐えきれず、興奮させてはならないと分かっていながらつい聞いてしまった。


 女性はフッと鼻で笑い、血溜まりを見つめる。猟奇的なのに神秘を感じるのは顔立ちの良さのせいだろうか。


「旦那と洋斗とここに3年通ったんです。なんでも叶うんですよね。だから、私のお願いも叶えてくれますよね」


 ご利益が違う、とは言えなかった。今、はいと言わねばどうなるか。


 事実よりも命が惜しい。まだ手に握られたハサミの刃がこちらに向けられるのではないかと、死神が心臓を撫でているようだった。


 呪わせたがる母親から産まれた子は、幸せになれるのだろうか。

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