67勝手目 守れる人、守れない人(2)
聡さんに駐在所へ招かれ、風呂と着替えを準備してくれた。
確かに目があった。名前も呼ばれ、俺だとわかってるんだ。
面識のある晴太や伊東に対しても普通に接し、甲斐甲斐しくもてなしてくれる。
宇吉とだって初めましての挨拶を交わして――。
なんだ、この違和感。
沖田家での聡さんはもっと、無愛想で威圧感のある近寄りがたい人だったはずだ。
ギャップに戸惑っているのは俺だけで、他の3人は普段通り。
風呂から上がると茶の間に案内された。4人で囲むテーブルは少し窮屈だ。
他3人が沖ノ島に関する資料に目を通して談笑していると、お盆を持った聡さんがメガネを湯気で曇らせながら現れる。
「具はないが、体は温まるだろうから」
「この時間にラーメンとは……罪深いですなぁ」
食事まで出すのか?
皆、普通にズルズルと麺を啜る。晴太は美味しいと頬を緩めるし、宇吉は丁寧に礼を言っている。珍しく伊東もラーメンを食べ進めているだと?
「守、食べないの? 伸びるよ?」
「……わからない」
「何がでござるか?」
ラーメンなんてどうでもいい。怒りのままにテーブルを叩いてしまった。椀に入ったスープがぐわんと揺れ、溢れる。
我に帰ると、聡さんだけが動じず、瞼を伏せていた。
「どうして、普通にしていられるんだよ! 沖田は拒絶して、俺達は受け入れる。マニュアルにそうあるのか? ここに来た者には、そうしろって決まりがあるのか?」
冷静でいたいのに、声色が荒くなる。昔からこの人は苦手だった。何に対しても興味が無さそうだったからだ。
今、嫌いな理由が増えたぞ。何を考えているのかわからないし、外面が良いだけでは済まされない気味の悪さを感じる。
そして大人の冷ややかな余裕を見せながら、落ちついてと横目で見られた。その目も大嫌いだ。
「新撰組が発足されたと聞いた時、あぁ、いつか訪ねてくるだろうなと思っていたよ。その中心に洋が居るんだ、来ないわけがない」「僕らを待っていたって事ですか……?」
「わざわざ来てもらったのに伝えないことは、責任放棄だと思っている」
聡さんはまずは食べなさいと麺を啜り、皆が腕の中を空にしていく。
俺はどうしても食が進まず、腹に余裕のある宇吉に食べてもらった。胃に石でもあるように重たい。
片付けも早々に、聡さんは布団を敷く。話す事は今でも出来るが、海に浸かった体は疲労が溜まりやすいから仮眠を取れと言うのだ。
早く聞いて帰りたい。だが、操縦士の宇吉の目が満腹でとろんとしているのを見てしまっては断れない。
晴太と伊東も緊張が解れたのか、大あくびをしながら眠ると言うんだ。
俺は勿論眠れない。聡さんと同じ空間にも居たくない。
駐在所を出て、島を歩く。そして立ち止まり、果てしない海を眺めた。夜明け前。
世界が明るくなる準備をする漆黒は、海と一体化している。
沖田はまだ寝ているだろうな。誰と寝ているかな。樺恋と勝、いや、新見と愛かもしれない。
もしかすると皆で集まって寝ようと言って、奥間で身を寄せ合ってたりして。
その時は誰が隣にいるだろう。服部は距離が近いし惚れっぽいから嫌だ。相馬も気が変わりそうだし、谷は信用できない。かといって尾形も微妙だ。
寝ても覚めても、近くても遠くても沖田のことしか頭にない。それほど欠かせなくて、手放せないから聡さんの態度を嫌悪してしまうんだ。
もし何もなかったように「沖田は元気か」と聞かれたら、ふざけんなと噛みつくだろう。
「洋は元気か」
俺の心を読んだのか? 怒りが頭のてっぺんまで体を満たす。しかし振り向いた瞬間にブランケットを顔に投げられたから、気を逸らされてしまった。
「帰った時に体調を崩すと、洋の面倒を見れなくなる」
「……聡さんが言うことですか?」
「言えた立場ではないことは、理解しているよ」
ならいいと言うことでもない。しかし研修に来ていると嘘をついているから、風邪を引いたら遊んできたのかと疑われそうだ。
ここは大人しくブランケットを拝借しよう。体に巻きつけると、少し距離をとって聡さんが座った。
「そんなに沖ノ島へ来たかったんですか。ここで1人で過ごすことに価値があるとは思えないんですが」
「まあね。何もないが、ここは世界遺産だ。選ばれなければ駐在は出来ない。志願したからと言って、すぐに来れる所ではないよ」
「沖田を傷つけてまで来たかった場所か」「ああ」
沖ノ島に来る権利が欲しかったから、沖田の親になったと聞いた。だから呪われた沖田を見捨てて、こんな辺鄙なところに1人で住んで居る。俺にはこの島の魅力がわからん。
「――というのは建前だ。私は一生、この島で生きていくしかない」
「それを望んだんだろう。さっきそう言った」
突然の被害者面。暗闇でもメガネのレンズがキラリと光る。それが悪役のそれっぽくて、ますます嫌味くさく見えた。
「あの子を引き取った日に決めたんだ。都市伝説のような話だが、もし呪いを発現させてしまったら洋に合わせる顔がない。だから女人禁制の島に逃げると決めていた」
「はっ……なんで逃げる必要があるんですか。俺は離れていないのに」
「私の責任だからだよ。神霊庁からの命は育てながら呪いを発現させないこと。ミスをしたら逃げたくなる、人間の性じゃないか?」
きっと、普段の俺なら理解しようと努力する。だが今は感情が勝ってしまって、ただの言い訳、保守、無責任としか受け取れないんだ。
「そもそも、聡さんが抑えられるような呪いだったとは思えませんけど」
この人でどうにかなっていたのなら、沖田は普通でいれただろうか。ただの神霊庁職員で一般人。新見の調べだと実家は都内にある普通の一般家庭。神童や仏教にも精通しているわけじゃない。
「私の長話をしようか。それが知りたくて来たんだろう? 1番知りたいのは――生みの親の事。違うか?」
「……ああ。全部、知ってるんですね」
「全部かはわからない。しかしね、聞く覚悟も必要だよ。1人で背負うには荷が重い」
「そう言って話さないつもりですか。話したくない……のほうが正しいか?」
朝日が黒に漏れていく。世の中に光がもたらされる時、聡さんは俺を試すようなことばかり言う。
「いい加減にしてくれ! 話す気がないならそう言えばいいだろう!? だが、なんとしてでも話してもらう。そのためなら、その腕を捥いでやったっていいんだ!」
はらりと、ブランケットが海風に舞う。まるで後ろに沖田が居るかのように、あいつのために怒鳴った。
聡さんは俺を見たまま黙る。そして薄く口を開け、では――と語り口調になぅた。
「洋は産まれる前から殺される前提の子であった。それも、兄妹のために」
息が止まる。沖田と洋斗の顔がすぐに浮かんだ。
幸才が言っていたっけ。親族同士で殺し合って、悦に浸れる権利を求め合ったと。
なら、沖田は、洋斗のために死ぬはずだったっていうのか? それも、沖田や洋斗の意思とは関係なく、産まれてすぐ、身勝手に?
「なんで、なんでそんなこと言うんだよ」
「……1人で聞かない方がいいと言ったろう? 君は頭が良くて人並みよりうんと優れてるが、昔から洋が弱点なんだよ。守くんが壊れるぞ」
なんだ、冷やかしじゃなかったのか。ほんの少し聞いただけで、涙がボロボロ落ちてくる。
沖田が居なかったら嫌だ。そればっかり溢れて、過ぎたことでも怖くて聞けないと心が泣くんだ。
「私は洋を捨てたと思われても構わない。赦せとも言わない。だがね、洋を守るには、全部仕方がない事だったんだ」
聡さんの声がぶつぶつと途切れて耳に入ってくる。表しか見えていないから、怒りが込み上げていたのかもしれない。
沖田は呪われてからも、両親に拒絶されてからも「お父さん」と聡さんの影を追い求めていた。
ウエストポーチもずっと使っている。
何か勘違いしていたのか。沖田にしか見えない聡さんがいたのか。俺には心のない冷徹な大人に見えていたが、違ったのか。
泣く俺の肩をそっと寄せ、朝日に体を向けられた。
「私は子供が嫌いだよ。けど洋を嫌いだったわけじゃないからね」
本人に言ってやってくれよ。それを聞きたいのは俺じゃなくて、《《洋》》だってわかってるだろ。




