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67勝手目 守れる人、守れない人(1)

玄界灘、深夜――。


「夜の海って怖いね」

「なんだ?」


 船のエンジンは話し声を掻き消す。何事もなく船が進み、体が船の揺れに慣れていく。

 

 沖ノ島の情報は新見からもらっている。港があって、上陸してすぐに社務所がある。恐らくそこに聡さんが暮らしているはずだが、どう接触を図ろうか。


 緊急を装って港に船を付けるか、それとも危険を承知で上陸可能な岩場を探すか。

 どちらにも、メリットとデメリットがある。


 正規の上陸なら身体的な危険は避けられるが、気付かれて通報される可能性が高い。

 他の方法は良し悪しが逆になる。どちらを取るか。悩みどころだ。


「宇吉、島が近づいたら辺りを一周してくれ」

「あいわかった!」


 行動範囲は狭めたいが、やむを得ない。やがて灯台の光が監視するかのように煌々としているのが見えて来た。


 宇吉は島と距離をとりながらぐるりと周辺を走行する。島が夜と海の深い青に溶け込んで、きちんと島の全貌を確認することは出来ない。

 

「守の考えてる事はわかるけどさ、さすがに危ないよ。僕は反対」

「あの断崖絶壁を登れと? そんなに運動神経はすぐれていませんが」


 晴太と伊東には思考が読まれている。2人の言う通り、正面以外からの上陸は難しい――いや不可能なのはわかる。


 どうする。どのリスクを取る? 法も禁忌も同時に犯すと判断が鈍ってしまう。


「そうだ……な」


 ――ここは今までの失敗から学ぶべきだ。頭から離れない室戸台風の記憶が、晴太と伊東の意見に従うべきだと促す。


 宇吉だって、どこに停船していいかわからんだろうしな。


「……港から入ろう。命を無くしちゃ洒落にならん」

「よかった。ボクらが居なくなったら、洋が泣いちゃうからね」

「そうだな。明太子を買ってこいってうるさいし」


 沖田が待っててくれているんだ。昼間に送られて来た「待ってる」のメッセージスタンプを思い出せば、岩場を選ぶ理由はなくなるか。


 だが、伊東に肩を掴まれる。晴太も同様で、首だけ振り返ると暗闇にうっすらと微笑が見えた。


「2人は絶壁にどうぞ。くれぐれも死なないように頑張ってください。くれぐれも」

「俺達が死んでほしいみたいな言い方だな!」

「仮に死んでも洋や屯所のことはご心配なく。この世に未練とか残さなくていいんで、しっかりあの世に行ってくださいね」

「この人、洋のこと独り占めしたいから僕達に死んで欲しいんだ……人でなし! ろくでなし!」


 最低か。仲間思いになったんだなと思えばこの仕打ち。岩場から上陸しろと背中をぐいぐい押してくる。


「だって内臓触ってるんですよ? しかも腸ですから。誰にも見せれない所に触れたなら……責任取らないと。だって2人はないですよね? 洋の内臓に触ったこと」

「どんなマウントの取り方してくるんだよ……」

「引きちぎられた耳は……内臓……?」

「晴太もグロいボケに乗らんでいい」


 ボケているようで本気なんだろうが、沖田に向けられた感情だと思うと恐ろしいな。

 緊張感のないやり取りをしている間にいよいよ島が近づいて来た。


 宇吉もご機嫌に船乗りらしく陽気な鼻歌を吹いていたが、ピタリとやめて姿勢を整える。


「座礁したらごめんなさいですぞぉ!」

「浸水して帰れなくなりません?」

「なりますな」


 随分呑気だが、宇吉なら大丈夫だろう。万能執事の見本のような男だからな。


「大丈夫だ。信じてる」

「守殿にそう言って頂けると、なんだかそんな気がして参りますな」

「そうそう。逆に守が慌てると、ちょっと不安になっちゃうよね」

「晴太は局長なんだからもっとしゃんとしてくださいよ。これだから下心丸出しの田舎者は……」

「伊東さん段々人が変わってくね? 梓弓があったらド突いてたよ?」

「スプラッター映画を参考にして1000倍で返しますね」


 喧嘩すんなや。いつからこんなドメスティック集団になったんだよ。


 そうこうしているうちに入港。他に船はなく、夜の静けさに波が打ち消される音が響く。


 宇吉は一息ついてここまで無事に来れたことに安堵していた。次は上陸だ。気を抜かずに行かないと。


 船から島へ。足を踏み出すと、晴太が待ってと肩を掴んで止めてくる。


「沖ノ島ってね、特別なことがないと入っちゃダメな島なんだ。でね、入るにも決まりがあるの」

「女性禁止、島のものは持ち帰り禁止、不要な上陸禁止。この他にもあるんですか?」


 晴太はとにかく船のフチにギリギリに俺達を立たせた。少しでもバランスを崩したら前に落ちるぞ。


「あとはね、沖ノ島であった事は他に話しちゃダメ。それから」


 背中をトンと押されたら、海面が近付いてくる。いや、俺が落ちてるんだ――!


「上陸前に海水で禊!」


 体に水圧がかかる。5月といえど水は冷たい。海水に全神経を刺激され、体は反射的に空を目指した。


 海上に顔を出し、ぶはぁと息を吐いた。飲み込んだ水が塩辛くて舌が焼ける。

 伊東、宇吉も顔を出して飢えたように酸素を取り込んだ。宇吉なんて長い髪の毛が顔に張り付いて妖怪みたいになってるぞ。


「皆、禊いだ?」

「普通に言ってもらえれば入ったんですが!? 突き落とす意味は!?」

「頭のてっぺんまで禊いでね!? 伊東さんはもっかい潜って!」


 ローテンションな伊東も荒ぶる仕打ち。船から海に突き落とすなんて危険度マックスだろ。


 晴太の言い分は「冷たいから入りたくないってゴネられそうで」と、あくまで俺達を思っての行動だと真面目な顔をする。


 おい、腐っても神霊庁の職員だぞ。さすがにルールは守る……法を犯してる身で言っても説得力がないか。


 寒さに震えながら陸へと迫ると、突然目の前が明るくなった。暗闇に目が慣れていたので、白い光に目がくらむ。


「何をしてるんだ」


 聞き馴染みのある声に胸がざわついた。喉に球が出来たようにつっかえて、上手く言葉が出せない。


 あの日以来――本庁で沖田が頭を下げ、そんな彼女を来るなと拒絶し、突き放したのが最後だった。


「聡さんだ……」


 懐中電灯が地面に向けられ、寝巻き姿の男性が海に浮かぶ俺達を見下ろしている。

 驚きもせず、怒りもせず、責めもしない。だが、俺達だとわかっているような声色だ。


 終わった。時間をかけ、沖田に嘘をついてまで計画したことが水の泡。


 上陸して、社務所に乗り込んでから対面したかった。この状態では追い返されて話すらしてもらえないだろう。騒ぎすぎたと後悔しても遅い。


 濡れた髪をかき上げて、何も言わずに聡さんを睨んだ。この距離では会話は出来ない。ならせめて、聡さんの心にドスンと錘になるような一言を投げて帰ろう。


 怒りを交えた悲しみが胸をつんざく。

 沖田の寂しさで潤んだ瞳を思い出すと、聡さんを傷つけてやりたくて仕方がないんだ。


「守……?」


 なのに――言葉が浮かばない。

 感情的になると体が悪寒を感じるようにブルブル震えているからだ。晴太が声を掛けてくれると、宇吉が隣に来て体調を気遣ってくれる。


 違う、違うんだ。どうして声すら出ないんだ!


 そして伊東は船に戻ろうと言う。その一言で金縛りのような硬直が解けた。


「待ってくれ、せめて沖田の本当の親のことだけでも!」


 少し目を離しただけなのに、姿が消えた。社務所に戻ってしまったのか? 

 

「あれ……こっちにくるよ?」


 晴太が指す先には懐中電灯の灯りがゆらゆら揺れる。黙って見ていると、港で止まり、懐中電灯を持つ手を大きく振っていた。


「来なさい、体が冷える!」


 帰れと言われると思っていたから、上陸を許されたことに驚いた。遭難したわけでもなく、船が壊れたわけでもない。


 しかし聡さんは俺達の誰かが動くまで手を振り続けた。


「行きましょう」

「おや、信用するのですかな?」

「体が冷えるから来いって言ってるんです。それもそうですし、まずは会わないと何も始まりません。何かあれば、男4人もいればなんとかなるでしょう」


 伊東が島を目掛けて泳ぎ出す。宇吉も続き、晴太も行く。もちろん、俺も。


 聡さんの好意は職員としての対応だろう。きっとそうだ。俺達だとわかっていても、神霊庁のマニュアルにあるならその通り従うはず。


 あれだけ沖田を傷付けて突き放したんだ。まるっきりの真心なわけがない。 絶対にありえない。だが、3人を信じよう。

 そして俺達は、ついに禁忌の島へ足を踏み入れてしまう。

「おぉ……沖ノ島の土でござる……」


 ここで起きた事は口外してはならない。つまり何が起きても、誰にも知られないということだ。

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