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66勝手目 ノロ(3)

「じゃあ……洋が今までおれ達に話してた、葵さん達の話って……何だよ……全部理想だった……ってことか?」

「そうじゃない? 学くんに何言ったか知らないけどね。あ、そうだ。学くんがいつだかスカウトの人を来させたでしょ」

「あれ……は……」


 学と守の関係が拗れた事件ね。確か洋にはグラビアのスカウトが来たはず。洋が描く理想の家族と何の関係があるのよ。


「あの子すごい乗り気だったでしょ?」

「やってもいいって感じだったけど」


 葵さんは懐からタバコを出して火を灯した。全然吸えてないけれど。悪ぶりたいのね。


「私がね、その体で男の人にちやほやされれば、一生寂しい思いしないかもね。私ならそうするって言ったら、やるって言うんだもんね。ま、もしも私がスカウトされたらやりたいと思ってたし。女って結局、男に好かれてなんぼじゃない。女性の社会進出とか言うけどさ、男に相手にされなきゃゲテモノ扱いされるしさ」


 価値観が違い過ぎる。この人の中では、男性に認めてもらうことが最重要事項なんだわ。

 

 だけど洋は、スカウトを受ければ葵さんに認めてもらえると本気で思い込んでいた。

 結局守が止めたけど、洋に取っては母親を繋ぎ止めるチャンスだったのかもね。


「あなた達が思ってるほど、あの子の事は知らないから。聡さんは知ってるだろうけどさ。私にはなんの情報も持たせられなかった。ほらね、こういうところで性別で分けられるんさ。なら、女にしか出来ない職種について生きたら楽。だから戻って来ただけ」

「そう……」


 葵さんに同情はしないけど、理解はできた。だからって洋をサンドバッグにしていいわけじゃないけど。そこを責めても、どうにもならない。


 だけど洋は寂しくて、その吐き場がなくて、外でワガママになって、怒っていないと壊れそうになってしまった。


 受け止めてくれる誰かを探して、孤独に敏感な心がそれを察知すると怒って自分の心を守ろうとする。


 ロクに吸えないタバコの火を靴の裏で消し、スクッと立ち上がる。もう話せることはないんでしょうね。

 それが嘘だとは思わないし、知らないならば何も聞けないもの。


「あの子のことは嫌い。見たくもない。呪われたのもどうでもいい。私に関わって欲しくもない。記憶から消して欲しい。けど、死んで欲しいとまでは思ってないわ。悔しいけど、赤ん坊の時は可愛かったからね」

「それは……愛情、ですか?」


 洋斗が初めて、葵さんに声をかけた。本庁で泣いていた晴太のように涙を滲ませてる。

 

「赤ちゃんの洋さんを可愛いと思ってたのは、愛情ですか……?」

「かわいいと愛してるは違くないですか? あの子のためなら命を捨てれると思ったことはないし」

「そう、ですか……」

「あなたは? どこにいたのよ。親のところ?」

「いえ、ボクは、祖父母の家に引き取られて……そうだ! 洋さんが、お、沖田じゃなかったら苗字はなんだったんですか!?」


 洋斗は最後にこれだけでもと言葉を噛みながら聞く。

 葵さんは数歩進み、遊歩道に差し掛かる直前で立ち止まった。

 

「……確か……幸才とか言ったかな。忘れたわ」

「幸……才……」


 全員が昨晩の動画を思い出したはず。兄妹はあの人の子孫であると証明されたようなもの。


「違うの? 祖父母の家にいたんでしょ?」

「ボクは……藤堂です……」

「……なら、あなたも養子かもね」


 最後に爆弾を一つ落としていく。


 それが洋や洋斗にとってどれだけ重要かも考えずに、可能性だけをポンと投げて。


 2度と関わらないでとキツく言い捨てて、私達から逃げていく。もう追わない。会いに来ることもないし、洋にも会わせない。


 あの人は母親にはなれない人だった。女であることに固執し過ぎている。


 洋は嫌がるかも知れないけれど、育ての母親という呪いを祓ってあげられたかもしれない。


「洋斗、ダイジョブ?」

「うん……平気」

「おっ? 泣かねぇの? 偉いじゃん」


 学は展望台の柵に肘をついて、軽い感じで洋斗を褒めてあげた。日差しが私達を照らすように当たるから、洋斗は眩しそうに目を細めた。


「感情ぐちゃぐちゃだよ! 気分悪くなるだけかと思ったらさ、最後に聞き流せないこと言われるし!」

「養子かも、ってか? まぁ、幸才に会った時点で疑ってはいたけどな。でもよ、父ちゃん母ちゃんのどっちかが藤堂かもしんねえじゃん?」

「そうだけどさぁ……知らない事を知るって体力使うんだよぉ……」


 洋斗も心身共にかなり疲弊している。

 家族は1番身近な存在。もし私みたいにママが亡くなっていて居なくても、自分の家族のことを多少知っているものだしね。


 だけど洋と洋斗に限っては、家族について知れば知るほど傷付いていく。

 私達でさえ苦しいんだもの。血を分けた兄妹のことなら自分の事のように辛いわよ。


「デモ、守が居てヨカッタネ。守が洋をキライだったら、洋はどうなってタノカナ」


 ネリーは展望台へ上がって来て海を眺めながら蹴伸びする。私も隣に並ぶと、他の2人も集まって来た。


「んなこと考えなくていいんだよ。守の方が洋に依存してんだ。きっと洋はさ、何度か守の事を突き放して来たと思うぞ。それでも守は離れたりしねえんだから、結局は血じゃなくてココなのよ」


 学が胸を力強く叩いた。人間は気持ちだって言いたいのね。

 血を理由に無条件の愛を証明することは出来るけど、家族でなければ難しいもの。

 

「今回の総評は、おれの弟が優秀でいい男だってわかる話だったってこったな」

「めちゃくちゃポジティブね。あの人に腹立たないわけ?」

「葵さんも人間だし、しゃあねえよ。つうわけで沖縄組は特に収穫なし! 開き直ってさ、観光して帰ろうぜ」

「チャラいなぁ……ボクの気持ちの整理はぁ?」

「知らね! 走りゃなんとかなると思うぞ!」


 学が走り出す。展望台の階段を1段飛ばして駆け降りて、誰が1番最初に港に着けるか競争しようと言いだすんだから。


「待ってよぉ!」

「おっせーの!」


 とてもそんな気分にはなれないんだけど。学なりの気遣いかもしれないわね。

 慌てて走り出す洋斗が弟みたいに見えるもの。いいコンビよ。


「洋のお母さんは祈ダネ」

「え?」

「叱ったり褒めたり、ご飯作ってあげタリ。洋は祈にハグ多いシ。ネリーがお母さんに甘える時と同じ。きっと洋、お母さんにして欲しかったコト、祈にしてもらってると思うヨ」


 せめてお姉ちゃんでしょうよ――と言いたいところだけど。


 ネリーが洋を支えてるのは祈だなんて言ってくれるから、それも悪くないかなって胸が温かくなる。


 もし洋の傷を癒してあげられているなら、お母さんで構わない。だってあの子に「ごちそうさま」を言わせてあげられるようにしたのは私だもの。


 お腹痛めて産んではいないけど、胃を痛めて教育はしたんだから。


「ンジャ、守はお父さん?」

「守は……そうねぇ、洋の保護者って感じはするねど……お父さんではなくない?」

「ナニ?」


 ネリーと2人、車が全く通らない道路を歩きながら頭を捻る。


 幼馴染、親友、お隣さん、家族……どれもしっくりこない。あの2人の関係を言葉にするのは難しいわ。


 恋人って言うには、洋が守に異性としての関心が無さすぎるし。


「関係に名前なんて要らないわよ。あの2人は一緒にしとけばいいの」

「ソダネ。晴太と秀喜に聞かれたら泡吹いて死ぬカナ」

「晴太はともかく、秀喜は何しでかすかわからないから怖いわ。洋の内臓触ったってマウント取ってくるし」

「ワカル」


 ネリーと女同士、新撰組メンバーの話をして歩く。私達は洋の呪いを解くために偶然集まってしまっただけの人達。


 だけど日を追うごとに、他人から友達、友達から家族に近付いていっている気がするの。


 私はお母さんポジションとして、洋の望む温かい家族を作ってあげたい。

 それがきっと、私の忠義だから。

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