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66勝手目 ノロ(2)

「随分雰囲気が変わったのね。よくお似合いだわ」


 もちろん皮肉。いい年してド派手なピンク髪、不器用なメイク。濃すぎるチークがいい証拠よ。


 なのに服装は自分は神道に通じるものですって見せつけるような白を基調とした琉装りゅうそう


 地味な女がよくやるパターンよ。


 自由になれた暁に、垢抜けたくて方向を間違える。けれど、もしかして悪いことをしてるんじゃないかって、臆病な部分を捨てきれない。


 悪ぶりたいのに悪ぶれない。誰が見たって、その格好は環境にも神職にも不釣り合いなのよ。

 

「何しに来たの」

「洋をなぜ引き取ったのか聞きに来たの。用が済んだら帰るわ」

「……話す気ないから」


 私とは目も合わさない。ぶっきらぼうな声で展望台を去ろうとする。地面を擦るサンダルの底が私の引き留めを掻き消すの。


 そっちが話す気がなかろうと、こっちはあるって言ってんのよ。


「おっと。ごめんだけど、ここは通せねぇや」

「学くん……!?」


 展望台の入り口に長い足を柱につけてガードする。


 葵さんは学の登場に驚きながらも喜んでいるように見えた。久しぶり、大きくなったなんて懐かしむの。


 守の従兄弟なんだし、面識があってもおかしくないわね。

 しかも元とはいえ、人気俳優だったわけだし。


「久しぶり、葵さん。祈の言う通りだからさ、帰りたかったら話してね?」


 営業スマイルってヤツ? 普段とは違う甘く囁くような低い声も出しちゃって。

 そういえばテレビに出ていた時の学ってこんな感じだったわ。


「……は、話す事なんてそんなにないから……!」


 チョロいもんね。学の顔に負けて話す気になるんだもの。でも連れてきて正解。守や晴太なら、こう上手くは行かなかったでしょうし。


「ありがとう。立ち話もなんだし、座る?」


 学は彼女の頭を撫でて、手を引いて椅子まで導く。

 学が葵さんを"女"として扱うから、もう逃げられない。


 展望台の下で待つ洋斗とネリーを見ると、ジトっとした目付きをしている。

 これが下半身で大失敗した俳優の"山崎学"よ。


 私は言いたい事がたくさんあるけれど、ここは学に任せた方が良さそう。学は自分の話と昔話を再会を喜んでいるかのように話している。

 

 葵さんは顔を赤らめ、口角をわかりやすく上げて、私の存在なんて忘れてしまったみたいね。


「――で、葵さんは今何してんの?」

「私? 私はね、ノロをしてるの。あ、ノロってね」

「知ってるよ。一応、おれも神霊庁の職員だからね。って、おれから聞いたのに話遮ってごめんね」


 しょうもない話ばっかしてないで本題入りなさいよ! 長い! と、視線で訴える。

 学が眉を歪めて「怒んなよ!」と言いたげな目付き。


 その後も数回会話が交わされ、学は一呼吸だけで空気を変えた。


「……で、葵さんはノロになるために沖縄に戻ったの? それとも、洋が呪われちゃったから?」

「与えられた仕事が終わったから戻って来たの。ノロはおばぁがやってたんだけど、こんな小さな島じゃ仕事もないし? ノロの血筋なら、突然継いだっておかしくないじゃない? ウタキの管理も大変だから。結構楽しいよ? 学くんもやる?」


 まるで地元のために全力を尽くしているみたいな言い方。どうせ学に悪く思われたくないんでしょう。虫唾が走るわ。


「いい風に言ってんじゃないわよ。洋が気持ち悪いんでしょ? やっと解放されたって。あなた、本庁でそう言ったわよね?」

「……さぁ」


 面倒そうなため息。私が話しかけた途端に態度を変えるなんて、本当に嫌な人。


「言っておくけど、学は全部知ってるから。アンタが洋に対してどう思ってるかもね」

「何を言ったの」


 笑っていた唇が固まる。男には知られたくない事でもあるわけ?


「洋を女として敵視していることもよ。学への態度で理解したわ。そりゃあ洋の事は嫌いよね。だってアンタと違って、媚びなくても守がずっとそばにいてくれるんだもの」

「ちょお、祈!? ……はぁ、ま、そゆこと。おれも洋の味方だからさ、こっからは素で話すわ」


 学が立ち上がり、私の隣に来てくれた。葵さんはまた逃げようとするけれど、ネリーと洋斗が待ち伏せている。


 そして洋斗を見て、信じられないと呟いた。


「もしかして……あの子の兄妹?」

「そうよ。その人は洋のお兄ちゃん。その口ぶりだと、洋に兄妹が居たことも知ってるんじゃない」

「それは、聡さんが」

「情報の出所なんかどうでもいい。洋について知ってる事、全部吐きなさい。そしたら二度と近寄らないと誓うわ。だけどね、話さないってんなら別。野宿でもなんでもして、吐くまで付き纏うから」


 視線がバチンとぶつかる。あるはずのない火花が見えて、私は負けるわけにはいかないと目玉を動かさない。


 そしたら葵さんが諦めたように目線を外した。足を組み、あからさまに苛立ちを見せた。それは言葉遣いにも出る。


「私はあの子の生みの親には会ってないです。聡さんは会ったみたいだけど、どんな人かは知らない。兄妹が居るとは聞いてました。男か女かも知りませんでした。私は聡さんがあの子を預かった後に、1人じゃ無理だからって頼まれて派遣されただけなんで」


 きっと嘘はついていない。苛立った敬語は早く終わらせたい合図。


 続けて、自分が選ばれた理由も話してくれた。ノロだったお婆さんから、神霊庁に所属して安定した収入を得ながら、ウタキを守る権利をもらってこいと言われたと。


「正直、乗り気ではなかった。小さな島から出られればなんでもよくて、さっさと結婚して神霊庁からも出る気でいたので。それが女の幸せだと思ってましたし」

「……まぁ、わからなくはないわ」


 そうして神霊庁に入り、新人であった彼女は自分の希望が叶いそうな任務を目にした。これで楽に生きれると思った、と。


 希望する人が誰も居なかったから、募集に深く興味を持っていた葵さんに命が下る。

 なら自分で望んだようなもんじゃないの。


 相手は選べないけれど結婚は出来たわけだし、仕事をしなくてもまあまあな額のお金が入ってくる。


 楽な仕事だと思ったって、ハッキリ言い切ったんだから。


「赤ん坊の頃は私が育てたわ。だけど……あの子は私を惨めな存在にしたの。結婚しないで仕事してた方がマシだと思うくらいね」


 洋の話になった途端、目つきが変わる。洋がこの場に居たら、身を斬る刃のような視線。


「前も言いましたけど、小さい時はかわいいと思ってましたよ。私の姿を見るとニコニコ寄って来て、母親だと疑わない。母性っていうか、無条件に必要とされることに満たされてました」


 でも――と続けた。


「3歳頃かな。どこに連れて行っても、誰似なの? としか言われなくなったのは。顔が整っていてお人形さんみたいとか、その場に聡さんが居なければ、お父さん似なのかなとか……私に似ているとは誰にも言われなかった」

「葵さんは洋と似てると言って欲しかった……っつうこと?」

「違う!」


 学の問いへ噛み付くように否定する。呼吸が荒く、怒りに震えてるの。


「あの子が可愛い、でも似てないって事は、私は女としてあの子に負けてるってことでしょう? 成長するにつれてますます女として評価されていく。なのに私には"お母さん疲れてるね"なんて、労いを装った侮辱の言葉をかけてくる!」


 いかに自分が洋の容姿のせいで惨めな思いをして来たのか、真っ青な海へヘドロを撒き散らすように憎悪を吐いていく。


 守や守の両親が洋を気にかけて、さも当たり前かのように受け入れるのも腹立たしくて。

 お母さんと呼ばれるたびに、洋から見下されている気がした。


 女としてのコンプレックスを刺激され、洋がいるから人生が狂わされたと思い込んでいる。自分から望んだくせに、責任転嫁もいいとこよ。

 

「この際だから言うけど、あの子ワガママでしょ。けどね、私や聡さんの前ではああじゃなかった。家の中では私達の機嫌を伺ってビクビクして、テレビの中にある理想の家族を作ろうとしてたもんね。あぁ、あの階段にある絵、見たでしょ」

「洋が描いた絵だろ? あれが何?」

「あの子が自分で飾ったの。でも守くんには私が飾ったって言ってるけどね」


 あぁ、やっぱりこの人、壊れてる。


 洋に向ける理不尽な感情に支配されて、全部をあの子のせいにしようとしてる。


 写真でしか見たことのない幼い洋が脳裏に浮かぶ。自分の絵を額に入れて、守を呼んで来て「お母さんが飾ってくれた」と嘘をつく姿。


 あの子ならやるわ。あの無機質で寂しさを閉じ込めた一軒家の中に温かさを灯そうとした――


 だけど、それすらバカだと笑うの。


 衣食住や社会生活の最低限のサポートをしなければ神霊庁からお金がもらえない事、そして社会的に抹殺されかねないとわかっていた。


 だからギリギリの部分で洋を攻撃して歪んだプライドを満たしてるんだわ。

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