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66勝手目 ノロ(1)

「海、キレーだねぇ……」

「ずっとゲロってたからな。目に焼き付けとけ」


 島に着き、陸に上がった洋斗は水を得た魚のように元気になった。

 座っていると気持ち悪いからって、ずっとデッキに居たじゃないの。


 海を眺めて「青いねぇ、果てしないねぇ」と涎を垂らしながら言ってたくせに。あれはなんだったのよ。


「静かな島ダネ。あんま人イナイ」

「人口が少ない島らしいぞ。騒ぐなよ」

「ネリーは騒がないヨ。ウルサイの学」

「なっ……ぜってぇにツッコませんなよ」


 なんでもないやり取りでさえ、大声に聞こえてしまうもの。信号も見当たらないし、車の音もしない。そのくらい静かな場所。


 とっても小さな島だもの、あの人はすぐに見つかるはず。さすがの新見も実家の住所までは調べられないって言っていたから、根拠強く尋ねて回るしかないわね。


「行きましょ。夕方のフェリーに乗り遅れたら野宿よ」

「エェ? ヤダ。ご飯もナイ?」

「野宿ならないわよ」


 ネリーは食べ物のことになるとやる気になる。フェリーに乗り遅れたら夕飯がないと言った途端、すごい速さで走り出して、のんびり歩いていた島民とっ捕まえて聞いて回るんだもの。


 私と学は洋斗を気遣い、人探しはネリーに任せることにした。


 人口の少ない小さな島だから、何人かに聞けばすんなり見つかる。


「あぁ、ノロか」


 あの人の写真を見て、”ノロ”とあの人は呼ばれている。


 島民のおじいちゃんによれば、去年突然帰って来たと思ったら容姿が激変し、さらには離婚歴があるとかで皆を驚かせたそう。あの人で間違いないわ。


「あの、ノロって苗字なんですかぁ? ボクら、名前……あ、ご結婚されていた時のお名前しかしなくてぇ……」

南風原はえばるさんね。神職やさ。あの人んちはノロの血統だからね」


 平坦ではない、波のようなイントネーション。初めて聞く苗字と"ノロ"という神職。


 晴太がいればピンと来てるんでしょうけど、役職を聞いても私達は首を傾げるだけ。


「あれか? イタコみたいなやつ、なんつぅんだっけ」

「ユタのことかい? ユタとはまた違うよ。本人が1番詳しいから聞いてみたらいいさ」


 おじいちゃんは最後に、あの人の家の場所ではなく居そうな場所を教えてくれた。

 私達を悪い人達では無さそうと言いつつ「ご時世的にね」と、はにかむ。

 

 それから目の前の自宅からペットボトルを4本持って来てくれた。島には自販機も少ないし、若いからお酒を飲むでしょうとご好意でくれたけど……。


「なんだこのギリギリな名前」

「うっちん茶……」

「トテモ飲みたくない」

「ちょっとネリー! 失礼でしょ!」

「ダッテ! コレ、うん……」

「言うな!」


 洋斗とネリーがネリーの口を塞いでおじいちゃんに苦笑いを向けた。素直なところはいいけれど、今はダメよ。言いたいことはわかるけど、口に入れる物だし下品すぎ。


 だけどね、おじいちゃんはカラカラ笑って「若い人を揶揄うのは楽しいねえ」と気にしないでくれる。静かな島の温かい気遣いは沁みるわ。


 おじいちゃんにお礼を告げて、地図アプリを頼りに教えてもらった場所を目指す。


 ウタキって場所らしいけど、明確な"ここ"ってところがないって言うの。


 歩みを進めながら、洋斗が携帯で「ノロ」や「ウタキ」について調べ、あの人が何者なのかを洗い出す。


「えっとぉ……ノロは琉球王国時代から続く伝統を継承してきた地域の守り手。祈祷、祭祀、御嶽の管理とかするみたい。今は後継者はいないみたいだよ」

「おれ達が神霊庁からもらう仕事と変わんねぇじゃん。んでも、葵さんも一応職員だもんな」


 名前を聞くだけでイラっとするわ。思わず"うっちん茶"がぶ飲みよ。


「そうだね……でも違うのがね、ボクらは辺鄙な土地の神社とか祠の管理を任されてるでしょ? でもこのウタキっていうのはね、神様が宿る聖域のことでね、ほとんどが自然のことなんだよ!? しかもさぁあ、文化財とか世界遺産になっててさぁ……でさぁ……そのさぁ……」


 洋斗がその続きを言い渋る。


 ネリーとの昨夜の事を皆に知られてるんだから、言いにくいことなんかないでしょ。


「ウタキは基本、禁足地……なんだってぇ……」

「入ったらドウナル?」

「神様を怒らせて、具合が悪くなったり、祟られたりするってぇ」

「……え、何。それだけなの?」

「それだけ!? 祈さんは怖くないの!? 入っちゃダメなところなんだよ!?」


 出たわね、ビビりの洋斗。学も半笑いでため息をついてるってことは、私と同じことを思ってるみたい。


「ようは禁忌だろ? おれ達、禁忌冒すの大好き人間じゃん。なんも怖くなくね?」

「神様に怒られるんだぞぉ!? 沖縄の神様ってさぁ、なんかちょっと雰囲気違そうじゃんかぁ! 禁足地には行ぎだくないよぉお」


 今回は秀喜がいないから、私達で引っ張っていくしかない。正直ね、洋の我儘なんて可愛いと思えるくらいめんどくさいわ。


 街を背に、ハブ注意と書かれた甲板がその入り口だと告げるような山丘に辿り着いた。


 段々畑の跡のようなものが見えるから、まるっきり手付かずの自然って感じじゃなさそうだけど。


 この自然の中のどこかに「あの人」がいるの。この中から洋斗無しで探し出すなんて無理よ。


「さ、洋斗。特技の出番よ」

「えぇ……!? やっぱ行くのぉ……?」

「八十禍津日神に呪われてるんだから、他の神様が洋斗にちょっかい出したりしないわよ」

「二重に呪われちゃうがもじんないのにいぃ……」


 この場に及んでまだ言うわけ? 学とネリーはがっちり洋斗の両腕に巻きついて、逃さないように、自然・ウタキの呼ばれる聖域の中へと迷わず足を踏み入れる。


 今回は洋斗の、想像したことが本当の事だったりする特技を活用しなくちゃ。


 諦めた洋斗は目を瞑って、あの人が居そうな場所へと私達を導く。ハブ対策に地面を木の棒で叩きながら進んでいく。


 疲れが溜まり、汗で服が体に張り付いて不快感を口にする頃。洋斗が立ち止まり、あそこだと呟いた。


「あの、展望台じゃないかな……」


 木々の間から小さく見える展望台。私達は洋斗の言葉を疑わずに走り出す。

 明るい光が見えて思わず歓喜しちゃう。だけど、開けた場所には――


「道路……!? で、何、遊歩道!?」

「ここまで車で来れたってコトカ?」

「そ、そういうことね……」


 大自然を潜り抜けた先は舗装された道路。非常にも目の前を軽トラが通過して行く。私達の努力は疲労を溜めただけ。肩がずり下がってトホホだわ。


「絶望しても仕方ねぇから、行こうぜ」

「えぇ……学、元気そうね。私のバッグ持ってよ」

「いいけど」


 学は禁忌で体力を使うから、これくらいどうってことないのね。これは頼るというより、甘えるだけど。学と居るとついワガママ言っちゃうのよ。


 洋が私達に向けるワガママもこんな軽い気持ちなのかしら。


「いた……よ……」


 顔を上げると、展望台で海を眺める女性が見えた。静かな島には似合わない派手な明るいピンク髪。


 人違いかもしれないと疑うのかもしれないけれど、私の心が言ってるの。大嫌いな人間がそこにいるってね。


 洋にワガママを言わせず何年も苦しめた女。


 せめて、そうじゃなかったのね、訳があったのねって――私にそう思わせるくらいの理由を持ってなさいよね。

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