65勝手目 全部、知りたいんだ(2)
同日早朝・沖縄県那覇市――。
「明日……ねぇ、明日にしない……? 今日はさぁ、適当に観光してさぁ、ゆっくりしようよぉ……」
くたくたの洋斗。ツヤツヤのネリー。お察しもお察し、守からこっぴどく叱られたってのにまるで反省してねぇの。
昨晩は寝られなかったようですね。洋斗がその気じゃなかったみたいな顔をしてるけど、しっかりやつれてやんだから説得力皆無。
下半身で大失敗して人生大転落した兄ちゃんですが、君たちにちょっと引いてますけど?
部屋が隣じゃなくてよかったわ。夜通し変な声が聞こえて来てたら、こっちまでへろへろになるところだったからな。
「ねぇえ……聞いてるぅう……?」
「情けな」
「ふぇっ!?」
祈の容赦ない突き放し。軽蔑するような目つきは心を抉るものがある。洋斗の要望を無視、ホテルのロビーを出て行く祈の背筋はピンと伸びている。
昨日はグダグダ、今日はシャキッと……切り替えたって感じには見えねぇや。なんつうのかな、怒ってるように見えるっうか。
だけど洋斗とネリーに対して向けてるもんじゃねぇし……。
軽いスキップで祈の隣に並ぶ。沖縄の日差しが目を眩ませるから、サングラスは欠かせない。色素が薄いと大変よ。
おれのキャラのせいでチャラチャラしてるって言われっけどな。
「なぁに怒ってんだ?」
「怒ってないわよ。そう見える?」
「見えるね。だけど、洋斗達にって感じでもねぇ。何かあったのか?」
後ろから洋斗の力ない声が聞こえて来た。祈が足を止めないから歩き続けるが、横顔はやっぱ険しい。
「……イライラするのよ。本庁で会った時の事を思い出してね、どうしてあの時殴ってやらなかったんだろうって、暴力的な後悔が消えないの」
「そんなに?」
「あの顔を思い出すだけでも胃液が込み上げてくるわ。言いたいことはたくさんある。今回の事を洋に黙ってるの、一苦労だったくらいよ」
そういうことか。眉毛が吊り上がってるもんな。祈は一度しか会ったことのない人間をこんなに嫌って、どうしてもやり返してやりてぇなんて思うような女じゃない。と、思う。
葵さんかぁ。何回か会ったことあるけど、おれには笑顔の記憶しかねぇんだよな。
いつも「学くん」って猫撫で声でもてなしてくれて、仕事はどうとか、何か作ってあげようかとか、まるで親戚の叔母さんみたいだった。
洋にだって辛く当たるようには見えなかったし。そういえば、話しかけてるの見たことねぇや。
そんなこと祈に言ったら益々怒るだろうに。黙っとくのが吉。葵さんに会った時に知られるのは別だけどな。
「ま、殴ろうとしたらおれが止めてやんよ」
「学のこともついでに殴っちゃうかもしれないわね。アンタも洋斗もネリーも、皆ボコボコよ」
「誰一人信用されてねぇってこと?」
「全員下半身で会話するタイプの人間でしょ」
「おれは過去の話ね!? 一緒に住んでてわかるっしょ!? 誰にも会いに行かねぇ、風俗も行かねぇ、別に屯所の女子に手ェ出してねぇよ!?」
「どうかしら。樺恋に下半身丸出しの姿見せといてよく言うわ」
「あれは事故だろ!」
何、おれまだそんな風に思われてんの? つうことはまだ信頼されてなくて、あんまし受け入れられてねぇってこと? キツ。てっきり色々許されてんだと思って油断してたぞ。
暑さのせいじゃねぇ汗が止まらない。勘違いしてた自分が恥ずかしい。
何もない道でずっこけそうになるくらいだ、おれはすんげぇ動揺している。
祈はそれを見て、大口を開けてゲラゲラ笑う。
「学はバカねぇ。冗談よ。一応これでも、学が1番話しやすいと思ってるのよ。遊んできただけあってかしらね。私が気づいて欲しい外見の変化も褒めてくれるし、何かあれば察して寄り添ってくれる。今だってそうでしょ」
「んまぁ……?」
祈は3歩かけだして、おれの目の前で微笑む。栗色の長髪から香る、甘いフローラルの香水に柄にもなくドキっとしたりする。
「だから頼りにしてるわ。私が間違えそうな時は、止めてよね」
わかった――と言うべきなんだろうな。今までならそう言った方が、おれが思う通りに円滑に事が進んでたけど。
「いやぁ。さっきの話の流れ的に、祈を止める前に息の根止められそうだわ」
「なんですって!? もういっぺん言ってみなさいよ!」
「そゆとこ! 止めても無駄な気ィすんのは!」
祈は耳を摘んで軽く引っ張ってくる。そこが祈らしいと言えばそうだけど、祈には適度な距離感で接しないとって緊張するっつうか。
苦手とか嫌いって感情じゃなくてさ、かと言って異性としてどうこうってわけでもない。
もっとこう……なんつうのかな、誠実になんなきゃなって思うわけよ。
まぁ、いい相棒? 理解者? パートナー?
形なんかどうでもいいや。祈には下心がない、真っ直ぐな信頼を置いてるわけ。
仕事でも文字の書けないおれのサポートしてくれたりすんだ、尚更だな。
「オイ。イチャイチャしてんじゃネーゾ」
「絶対言われたくない人に言われたぞ」
「これでオアイコ!」
洋斗とネリーに追いつかれた。洋斗は猫背になって頬をコケさせながら時計を見る。
まだ1日しか沖縄に滞在していないのに、もう日焼けしてんじゃん。さすがアロハ着てただけあるわ。
「9時のフェリーに乗り遅れるよぉ?」
「あ、やべやべ。急ぐぞ」
乗り遅れたら最後、本当に明日まで待たなきゃならない。おれ達が目指すのは「渡名喜村」だ。
新見から貰ったら情報によると、葵さんはこの村の出身らしい。
軽く村について調べると、ザ・想像している沖縄って感じの村。沖縄でもっとも昔の沖縄が残る場所だってさ。観光ならテンション爆上げ。実際は修羅場を作りに行くんだけどさ。
おれ達のいる那覇からは海を渡った場所にある。
しかも到着まで2時間はかかる。長い長い船旅だ。
走ったおかげでギリギリフェリーに乗り込めた。南国の暑さが毛穴から汗を吹き出させる。
5月の半ばだってのに、夏みてぇだな。フェイスタオルで肌の出ている部分を拭く。顔は……いいや。やめとこう。
「サングラス、外さないの?」
隣に座る祈がサングラスのフレームをちょんちょんと突いてきた。
「……おれ、世間的には干されてんじゃん? 下半身で失敗したからさ、世の中の風当たり強いのかなって思ってたんだよ。でも普通に歩くと声かけられんだわ」
「そうね。腐っても元は芸能人だし、性格はクソでも顔はいいもの」
「言い方ぁ……? ……んで、まぁ、もし今外したらお前らに迷惑かかるだろ。騒がれたりしたら大変だぜ?」
「あらそう? 別に気にしないわよ」
祈はメイクを軽く直し、コンパクトミラーをパタンと閉めた。
仲間だから守ってあげるわ……とか言ってくれんのか?
「世間の知る山崎学と、私達の知る山崎学は違うもの。チヤホヤされようが罵倒されようが、俳優の山崎学は知らない人。他人よ。いざとなれば知らんふりするから」
「ひでぇ……いい事言ってくれんだと思ったのにぃ……」
冷てぇの。レスバしにいくからウォーミングアップか? はいはい、おれにはなんでも言いやすいんでしたっけね。
ソシャゲにも飽き、外を見ても海。見慣れてしまって感動もない。
暇が出来ると波に揺られる船はゆりかごのように感じる。ウトウトとしていると、通路を挟んで隣に座る洋斗が真っ青な顔で口を押さえていた。
寝不足と疲れもあるんだろうが、船酔いだろう。隣のネリーは窓に寄りかかりながらお構いなしに寝ている。大好きな洋斗くんがゲロ吐きそうですけど?
「洋斗大丈夫?」
「祈ざん……ぎもぢわるい……吐き……吐くます……」
「ちょっと! 一回飲み込め!」
そんな洋斗を優しくも厳しく介抱するのが祈だ。今更だけどと酔い止めを渡し、背中を摩ってトイレまで連れて行こうとする。
「本当に兄妹揃って手のかかる……!」
「ごめんなひゃい……」
世話焼きでお人よし、困ってる仲間は放っておけないたちだから、祈は葵さんにマジギレしてんだ。
葵さんが今何をしてるのか、何を思うのか。おれにはわからないけど、どうか少しでも洋を想ってくれていますようにと、願わずにはいられない。




