65勝手目 全部、知りたいんだ(1)
幸才の記憶は頭の中に居座るが、俺達にはやらねばならない事がある。
福岡市内で朝を迎え、何食わぬ顔で街を歩く。側からは仲の良い男4人が遊んでいるだけにしか見えないだろう。
観光地や娯楽には目もくれず、踏み入れてはならない島のことばかり考えている。
今朝目が覚めた時から、いよいよ犯してしまうんだと、緊張と不安が心臓に同居していた。
もう戻れない。
助けたい、救いたい。そして生まれてしまった、"知りたい"という好奇心。
その欲は裏を返せば、沖田について知らない事はないようにしたい、とも取れる。しかし、この感情は気持ち悪いのかもしれないと焦ったりもする。
だが、気持ちに嘘はつけない。
日中は放置船探しに明け暮れた。昨日探しきれなかった福岡県内の海岸沿いをレンタカーで走り、近くのスーパーや量販店などに車を駐車して散策。
放置船を歩いて探すのは2人だけ。今回は晴太と宇吉に任せることにした。
2人には全国で販売している有名メーカーのジャージを着用してもらい、地元民がランニングをしている風を装わせた。
4人でゾロゾロ歩いては邪魔だし、目立つからな。愛想が良く、穏やかな空気感が出せる2人が適任だ。
その間に俺と伊東で海上交通法や航路、天気などを調べておく。素人だが、素人なりにやるしかない。
「法を犯すっていうのに、ルールは守ろうだなんて矛盾してますね」
「自分達の命を守るためだと思ってくれ。晴太はただでさえ神霊庁の責任の重圧に苦しんでいるし、宇吉は久々の操縦で緊張してる。なら、この旅の責任は俺が持つ」
「オレは?」
「伊東は旅費を工面してくれているだろう。もちろん、心配しなくても船にも乗せるつもりはないぞ」
「……なるほど」
面白くなさそうな顔をするが、福岡まで着いてきてくれただけで感謝しているんだ。実際、ここまで来るための手配は全て伊東のおかげ。
守るべきものが多い伊東は沖ノ島へ連れて行かない。やるなら3人で。
例えバレても俺が主導……いいや、無理強いして脅してやったといえば、晴太と宇吉の罰も少しは軽くなるはずだ。
悪事を働くなら罪の1つくらい、代償として相応しい。
今夜は晴れ、海上も穏やかだと予報が出ている。まるで沖ノ島から呼ばれているみたいじゃないか。
やがて晴太と宇吉が戻ってくると、いい感じのがあったとご機嫌で報告してくれた。
「エンジンまではかけていませぬが、見た感じはいけそうでしたぞ」
「そうか。あとは夜になるまでのお楽しみだな。一旦ホテルに戻って仮眠を取ろう。宇吉がおねむじゃ困るからな」
「お昼寝すれば、夜は眠れずギンギンですからな!」
宇吉のバカでかい笑い声は夜への不安をかき消してくれる。
――ホテルでは各々体を休め、夜に備える。
部屋で沖田とメッセージのやり取りをしていると、新選組の6人と出掛けている写真が何枚も送られて来た。
「服部と距離が近くないか……」
無自覚に嫉妬を口にしてしまう。沖田が居ないと寂しい。沖田が居ないと何も出来ない。俺の人生は沖田が居ないと成り立たないから、だからこんな無茶もする。
『早く明太子持って来て』
沖田からのメッセージに思わず笑ってしまう。早く帰って来いって言いたいのか? なんて都合のいい解釈をしてしまう。
『ちゃんと買って帰る』
返信し、沖田からゆるいキャラ風に描かれた沖田総司の「待ってる」を意味するスタンプが送られて来た。
ちゃんと待っててくれているんだとわかると、どろんと眠気に襲われる。
逆ナンされろとか言っていたくせに、なんだかんだ寂しいんだな。そんな暇もないし、街に美人なんて見当たらなかったぞ。俺の目が肥えてるのかな。
晴太や伊東にも同じようなメッセージが送られているんだろうが、今は俺だけの特別にしておこう。
◇
終電も無くなった深夜。昼間に目をつけていた放置船の近くまで来た。
夜に溶けれるように服装は黒でまとめる。白を見せると不安で、顔も隠したいくらいだ。
晴太も同じ事を考えていたのか、目出し帽を被ろうとしたのでさすがに止めた。いかにも感は控えたい。まるで銀行強盗だ。笑わせんな、滑稽すぎる。
荷物は最小限に。携帯は防水ケースへ入れて、それ以外の貴重品は車に置いていく。
「伊東は車で待機しててくれ。いや、怪しまれるとまずいから、一度ホテルへ戻ってもいい」
「……了解」
車を降り、地面に足がつくとゾワゾワと鳥肌がたつ。身震いか。
まだ決まりきらない覚悟が寒気になって襲う。鳥肌が止まらない。
「僕って……変なのかな」
「いかがなさった?」
晴太が手袋をはめながら、海を見つめた。月が水面にゆらりゆらりと浮かぶ。
「今から悪い事をするのに、すごくワクワクしてるんだ。まるで冒険に行くみたいにさ……僕だけだよね? これも青春なのかなとか、そんな捉え方ばっかしちゃって」
おかしいと口にしつつ、僅かな人間しか知らぬ禁忌の土地に思いを馳せる。晴太はまるで少年のようだ。
「おや、奇遇ですなぁ。宇吉もですぞ。恐ろしくなると思っておりましたが、そんなこともなく。むしろ楽しみで寝つけませんでしたぞ」
宇吉は緊張しているもんだと思っていたが、声を顰めながら闇を照らすように明るく笑う。
なんだよ。俺だけがビビってるのか?
遭難したら、海に投げ出されたら……危機感を持ち過ぎているのか?
全員がお気楽ではまずいが、全員が行き詰まるのもよくないか。
2人の素直な告白に凝り固まった思考、感情がほぐされていく。あまり背負い過ぎても失敗に傾くか。少し肩の力を抜こう。
伊東を見送り、いよいよ船に乗り込む。
さすが放置船。中は汚いしサビも多い。しかし、うんと古いわけではない。盗むにはちょうどいいか。
宇吉が外観やエンジン、バッテリーなどの点検を行う。放置船の怖いところは、いきなりエンジンを回すと爆発の恐れがある事だ。
「おぉ、こりゃラッキーですな。燃料もそのままでござる」
「……本当に放置船か?」
「放置船には苔とかフジツボとかいっぱいついてるんだって。それを見て判断したけど……ほら、カビくさいしペンキも割れてるじゃんか。大丈夫、放置船だよ! 守、ほら! 見てここ! フジツボの群れ!」
晴太がそこまで言うなら信じよう。絶対そうだと、あそこやここやと、放置船だという証拠を指差しで見せてくる。
間違えてないことを証明したいんだな。
宇吉が慎重にエンジンをかけると、何事もなく船は動く。ラッキーと喜ぶ2人だが、俺は本当に放置されていたのかが気掛かりで仕方がないぞ。
「さてさて、レッツら沖ノ島ですが……久々の操縦故、感覚を思い出すまではノロノロと行きますぞ?」
「事故なく頼む」
「承知でござる!」
そしてゆっくり、超低速で岸から船を離していく。戻るなら今しかない。最後の不安を手放す時、がたんと船が大きく揺れた。
……まったく、自分が関わると何千人が迷惑するんじゃなかったのか?
「伊東さんも行くの?」
「ムカついたんで」
船にジャンプで飛び乗って、まるで少年漫画だな。伊東はオッドアイを光らせて満足そうな笑みを見せる。
「一回やってみたかったんですよね。船に飛び乗るの」
「たったそれだけのために何千人を犠牲にするのか?」
「なんとかなるでしょう。オレだって23歳の男の子、なんでね。ロマンを感じてしまったわけです」
何がロマンだよ。 晴太も宇吉も、伊東が同じ気持ちを持った仲間である事を心から喜んだ。やっぱり俺だけが慎重なのか。
もしここに沖田がいたら、伊東ばっかりカッコつけてずるいと喚いたかな。
夜の海はまるで冥界へと続く大きな入り口のようだ。そこに決して落ちぬよう、宇吉の操縦を信じ、程よい危機感を持ちながら、冒険心を胸に禁忌の島を目指す。
後には引き返さない。全てを知れば、きっと沖田を救えるはずだから。




