64勝手目 蜜がなければ生きられない(3)
――USBデータのデータはこれで終わり。
頭の整理というか、わけがわからないと言えば簡単で、理解をするには時間がいるというか。
俺は言葉が出ず、パソコンの画面から目が離せなかった。
『ボクと、洋さん、が……殺し合うの……?』
言葉が不安定に、ほろほろと崩れそう発した洋斗。さっきまで南国の暖かさに浮かれていたオレンジ色の声が、涙を含んで崩壊していく。
『だってさぁ、そうだよねぇ? 親が子供を殺して役目を渡すならさぁ、ボクはさぁ、洋さんに役目があるんだから、居るのがおかしいんだよねぇ……? ならさ、洋さんがさ……』
その続きは、たとえだとしても言えない。洋斗の嗚咽は強くなる。自分は殺される側。それも人生で1番望んだ存在によって絶たれるかもしれない。
そんな哀しいこと、御伽話でも胸糞が悪すぎる。
『洋は洋斗に悪態はつくけど、殺意なんて見せた事ないんだから。服部の言う通り、疑うのはやめましょ』
『そうそう。呪われた一族でも例外があるってことじゃん? 洋斗は兄ちゃんなんだから、堂々としてろって』
祈と学が必死に、だが安心させるように慰めている。背中を摩ったり、優しく肩を叩く音にこちらもホッとしてしまう。
沖田が洋斗を殺すなんて、《《絶対》》にない。
それに、もし洋斗が殺されるなら"生みの親"にだろう。しかし消息もわからなければ、出会った時は洋斗に呪いはなかった。今は呪われて目の色が違うが、それは後からついたもの。
が、血縁関係のある沖田には一族の血が濃く宿る。ほら、もう辻褄が合わない。
それに、晴太と学の呪いはどう説明がつくんだ。あの2人も八十禍津日神が呪ったんだぞ。
一族だけなら納得は行く。だがな、この2人がいる以上、幸才の考えだけでは疑問の解決に対して足りない部分が多い。
あまり深く受け止めない方がいいだろう。内容は衝撃だが、沖田を思うと「そんなわけない」とすぐに不安が消えるんだ。
だが、歪んだ善意も人間の欲望から来るというのは理解できる。俺が沖田を助けたいのも、沖田を隣に置いておきたいという独占欲から来るもの。純粋な善意とは言えないだろう。
『嘘でも、ごんなごど聞ぎだぐながっだ』
――ぐずぐずと鼻の啜る音が聞こえてくる。洋斗への慰めの言葉も今は遠く、感情の整理がつかないんだろう。
今は泣けばいい。言葉で片付かない事も、涙で片付くことがあるんだからな。
が、福岡側が誰も声を発さないのも冷たかろう。
ここはあえて、厳しくするか。
「不安になるのはわかるが、そんなはずないと笑い飛ばせるくらいになって欲しいもんだな。まぁ、洋斗は一族の血が流れているから他人事ではないだろうが……俺から言えることは一つ。血より沖田を信じろ」
当事者じゃないくせにと返されたら、そうだとしか言えない。しかし、かけられる言葉はこれしかない。
沖田にとっても、洋斗にとっても、互いにたった1人の血縁者。だからこそ信じて欲しいのだ。
ズズズと、大きく鼻水を啜る。マイクがガビガビと音割れしてうるさい。
『ボクは今日のごど、気にじないは無理だげど、血が絶対じゃないって、血で証明ずるんだぁ! 洋ざんは、洋ざんだもの』
『よしよし! 兄ちゃんらしいじゃん!』
それでこそ洋斗だ。
俺も信じないだけで片付けず、この動画と今までの記録、そしてこれからの情報を照らし合わせて分析していこう。
そんなはずないと思いたいのは感情があるから。万が一、幸才の言う事が事実だとしたら、感情のせいで見逃す事になる。それでは後悔が残るだろう。
それに、新選組の勇気を無駄にするなは違う。
判断を早まったとこは反省しないとな。
『洋斗、今日はネリーが一緒に寝てアゲル』
『いやいいよ……1人で寝れッ――ぢょっどネリーやめで!?』
『遠慮シナイ』
『また人前でこんなことばっかりするんだからぁ!』
電話越しに、洋斗がネリーに強く吸われる音がする。いつもの事っちゃそうなんだが、姿が見えないといらんことを想像してしまう。
『あ、大丈夫そうだから寝るわね。おやすみ』
『おれも邪魔そうなんで寝まぁす。守、晴太、秀喜。おやすみな』
スン……と感情を無くした祈と学が去っていく。これ以上は聞いてられない。挨拶を返して早々に、洋斗の助けを無視して電話を切る。
なんだ、この疲労感。聞きたくないものを聞かされるんじゃないかと、心臓が激しく動く。親の《《そういう話》》を聞きたくないのと似た感情だ。
「伊東さんが止めるべきだったんじゃない……」
「プライベートは管轄外です」
「あ……そう」
晴太も伊東も顔がやつれている。ネリーのマイペースも良し悪しだ。まぁスイスはそういうことに対してポジティブらしいからな。お国柄なんだ。今のことは忘れよう。
俺達も明日に備えて寝ようと晴太と伊東に声をかけると、伊東が「あの」と右手を小さく上げた。
「幸才の話を聞いていて、ふと、京都の八木邸で服部を梓弓で黙らせた時の洋を思い出しました。幸才が異常に力の強いのは呪いの影響だとしたら、洋が異常に動きが速いのも呪いではないか――と。考え過ぎですかね」
「確かに……沖田総司が好きだからかなって思ったけど、速すぎたもんね」
「呪いで人生にデバフがかかって、身体的にはバフがかかる的なアレですかね」
「ば、ばふ……?」
バフって、ソシャゲじゃないんだぞ。
沖田と学と同じゲームをしているせいでソシャゲ脳になったのか? 変な影響ばっか受けて、さすがお坊ちゃんだな。
なんとなくのニュアンスは伝わるが、急に軽く感じるな。
見ろ、ゲームを全くしない晴太が理解できなくて「ばふばふ」言いながら固まってるぞ。
「沖田のあれは……多少呪いの影響はあったとしても、元々だと思っていい」
「そうですか……ないと思いたいですが、万が一……本当に洋斗の命を奪おうとした時のことを考えておくべきかと。洋の事は信じてますが、本能がそうさせるなら自身では制御出来ないでしょうし。幸才もそれで苦しんでいるなら、尚更」
聞き流したい意見だが、最悪は想定しておかねばならない。
もしも沖田が血筋に逆らえず、欲を満たしたくなった時には俺達が止めてやらなきゃいけないんだ。
「洋が暴走したら地震起こしまくりで大変だろうなぁ。過保護になり過ぎないように、だけどちゃんと見ててあげないとね。メンタルケアってやつ?」
「経験上、沖田が泣くのは寂しいと感じた時が大半だ。今回は《《新選組》》を呼んで正解だったな」
もし、今回呼んでいなかったら、寂しくて泣いていたかもしれない。地震が起きて沖田のケアなんて、樺恋と勝じゃ対処出来ないだろうしな。
晴太と伊東は私情を優先したことを恥じているのか、俺から顔を背けた。
こいつらのこういうところを見ると、まだまだ沖田をわかってないなと無意識にマウントを取ってしまう。口に出していないからセーフ。言葉にしたら終わりだ。
「ち、ちなみにさぁ、洋って何部だったの? あれだけ身のこなしが速くて運動神経がいいんだから、何かには入ってたんでしょ?」
「部活は面倒だと言って入ってなさそうですけどね。どうなんです?」
話を逸らしやがったな。それを突いても仕方がない。答えてやるかと腕と足を組み、教えてやろうと態度で示す。
「居合道部。理由はもちろん、沖田総司に憧れてだ」
「真面目そうな部活に入ってたんだ……」
「意外、ですね」
沖田は神になんかなりたがらないだろう。
なりたいと言うならば、沖田総司。もしも伊東が言うように、沖田が洋斗を手に掛ける時が来ようものなら、止めるのは至難の業。
必ず刀を用いてかかってくるだろう。沖田は沖田であることに誇りを持っている。
居合道は戦わない武道だが、沖田は対人戦がないから勝ち負けがわかりにくくてつまらないと言っていたしな。
好戦的な沖田が倒すべき相手になるなんて、いろんな意味でごめんだな。




