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64勝手目 蜜がなければ生きられない(2)

「幸災楽禍家は名の通り、人の不幸を悦びとして生きる宿命にある。私もそうだ。不幸な者がいれば、無条件に手を差し伸べる――フリをする。感謝され、敬われ、慕われるのが気持ちよくてたまらない。しかし相手が不幸でなければ意味がない……なぜだと思う」


 不機嫌な洋みてぇな顔。流し目でオレらに聞いてくるけど、んなの知らねぇわ。


「お前の性格が悪いからか?」


 眉がピクっと動いた。ムカついたのか?


「……ただの親切だけでは気持ちに持続性がない。どん底にいる時、人は必ず人に縋る。そして蜘蛛のような糸でも垂らせばすぐに飛びつく。そして救われた人間は信者と化す。私の姿を見るだけで恩を返さねば、私が善人であると知らしめなければと思い込む。そうやって噂が広まれば、救わぬ者でも私の掌で転がせる」


 やっぱ性格悪いんじゃん。


 んや、こりゃちと違ぇか。オレはめっちゃ不幸って時はなかったけど、親に家追い出されて飯も食えなかった時があった。


 その時、顔見知り程度だった新見に飯や寝床を与えてもらって、新実の親父さん経由で家に帰れたんだよな。あの時は助かったと思ったし、いつか恩返ししてぇなと思ってる。なんもしてねぇけど。


 つまり、そういうことか? オレみたいな奴とか、オレのヘビー版がいっぱいいると?


「やから清水に居た時、アンタに楯突いたから周りがウチらに牙向いたんか」

「私にその記憶はない。だが、周りに私の崇拝する人間がいればそうするだろう。私は京都じゃ名の知れた善人だからな」

「じゃが、誰かに縋るほど不幸な人はそうそうおらんじゃろ。どうやって探しとるんじゃ」


 幸才は服部の質問を鼻で笑い、ゆっくりと首を窓に向ける。外は大荒れ、新校舎も頑丈とはいえ揺れを感じるレベル。


 室戸台風のせいでいろんな人間がイヤな思いして、悲しんで、苦しんでんだもんなぁ。災害って怖ぇえよ。


「嘘やろ」


 相馬が口に手を当てて、信じられないとタレ目を見開いている。吐く息すら震えてらぁ。


「八十禍津日神は災厄の神だ。怨霊や祟りを起こす神として認知され、信仰もされない。ひっそりと怒らせないように祀られているだけ。まさに触れてはならない呪い――除去対象に近い、いわば嫌われて者だろう」

「まぁ……あんま信仰してるって聞かんからな……」


 信仰と言っても「祀ることで災厄から逃れられる」という意味が強いと、相馬が付け加えた。


 要は、あいつやべーから関わらないで、でも話しかけられたらニコニコしてた方がいいよ、的な奴じゃね?


「私達の始祖は最初こそ、人々の幸せを願ったかもしれない。神社へ放火する事で、八十禍津日神を殺せると本気で思ったかもしれない。しかし私はこうも考えたことがある。この幸災楽禍家に伝わる《《契約》》は、八十禍津日神のためのものではないか、と」


 幸才はその後も話を続けた。オレも含めて4人は言葉を失い、呆然とするのみ。


「私達はその時代に1人しか生きられない。人に敬われたいという思いが強いと、自分だけがそうでありたいと願ってしまう。だから代々、子を産んでしばらく経つと自ら命を経ってきた。さすがに心はある。子は殺せない。親族と思わしき者が居れば、力を奪われぬように殺す。そうして来たと、本には書いてある……だから私もその2人を殺したくてたまらないんだ。これは私の意思ではない。本能がそうさせる」


 理解出来ねぇけど、話はまだ終わらない。


「そもそも、力ってなんなん……」

「一族は八十禍津日神から、災厄を起こす力を借りている。彼は災厄が起きる事で思い出される存在だ。信仰される時は何かを鎮める時。一方、我々の家系は不幸な人間を救う事で満たされる。利害の一致だ」

「ならやっぱり、この台風もあなたが起こしてるっちゅうことやんな……? 沖田はんの地震みたいや……」

「あぁそうだ。道徳は欠いている。しかし、こうしなければ自我を保てない。何十、何百、何千の犠牲の上に、私と八十禍津日神は成り立っているのさ」


 話が異次元すぎる。八十禍津日神も意味不明だし、幸才も意味不明。オレの頭が悪いのか?

 

 無い頭で整理しても、理解し難いつうか……。洋と洋斗も殺し合うのかって心配しか出てこねぇや。


「ちなみに、49番目の呪いについては知っとるんか?」

「本の内容を信じるなら、不死になる」

「やっぱそうなんやね……沖田……えっと、写真の女の子の方が49番目なんや。アンタからしたら未来の話やけど、今も苦しんどるよ。なんで49番目なん?」

「……」


 幸才は写真に写る洋を伏目がちに見ていた。相馬が、洋は49番目の子孫であること、かけられた6つの呪いについて説明した。


 そして幸才は答える。


 苗字を隠していたのを暴かれただけ。

 泣く事で地震が起きるのは幸災楽禍家の血筋である証拠。

 死者を救えというのは、おそらく自分達の欲求によって死んでいった人達を救って欲しいのだろうと。

 そして救う事で、代々の呪いの継承者が救われていくのではないかと言う。魂を救わないと眠れないのがいい証拠だと。


 一息つくと、憐れむというか、とにかく殺意は消えている。


「正直、お前達に話をするまでは不死を羨んでいた。永久に人々から敬れるのは本望だ。しかし、死んだら私の功労は残らないと言う。名も残らない。やはりそうかと思ったよ。生まれの地元の人間でさえ、幸才家の事を誰も知らないのだからな。であれば、さらに名の残る不死が欲しいと思うはず。しかし、今は思わない」

「なんでじゃ」


 あくまで憶測だ――と前置される。

 

「八十禍津日神は何故不死を与える? 信仰だけ欲しいなら不死の呪いは必要ない……なら、49という不吉な数字へこじつけのように今までの贖罪として不死を与え、神との役割の入れ替えをすれば、彼は人になれるんじゃないか? それ以外に理由があるとすれば……そうだな、人を失っていく苦しみを見せたい……か。いや、理由にしてはぬるい」


 役割の入れ替え? そんな事出来るのかと思ったけど、要は八十禍津日神ばりの災厄を起こし続ければ、嫌われ者の交代が出来るってことか?


 ああそうか。嫌われてるから変わって欲しいのか。


 もうなんでもありだな。これ以上聞いてると頭がおかしくなりそうだ。頭の中がノイズだらけで、口も出したくなる。


「あくまで憶測だろ? 洋はちげぇ。お前みたいに人を救ってウハウハしてねぇし、呪われてる以外は普通の人間だ。あくまでお前の考えの範疇でしかねぇってこったな」

「あぁ。推測に過ぎない。だから八十禍津日神のための契約じゃないかと言ったんだ。神社に放火され、仕返しに呪うなら始祖でいいはず。しかしわざわざ呪いの貯蓄をするように先延ばす理由がわからないからな」


 幸才は御伽話だと思ってくれと薄く笑った。


「けど……あんな、ウチ……ウチは、やで? 今までの話聞いてると……その……そうなんかなって思わん? ウチは洋の呪いを解いてあげたいけど、もしあの子が神と交代するってんなら――」


 きっと新見はネガティブな発言を言いかけた。しかし服部が手のひらをバチンと大きく鳴らし、場が静まりかえる。


「仮にそうじゃとしても、なんとかしてやるんじゃ! 方法なんて知らん! でもそのための新撰組と新選組じゃろうて! 仲間が仲間に怯えるな! 洋はええ奴じゃ!」


 服部は新見に近づいて、視線を合わせた。新見は少し顔を強張らせ、ごくりと喉を鳴らす。


「新見が1番わかっとるじゃろ。過去は判断材料になるが、今を疑う材料にしちゃいけん。洋は――沖田はワシらで沖田洋に戻しちゃるんじゃ。新見が迷うな。ワシらのリーダーじゃろ!」


 服部の言葉はオレにも重くのしかかる。そうだ。洋と洋斗は殺し合いなんてしねぇ。オレはなんつうしょうもない心配してんだよ。


 あいつはさ、2人でいるとIQが下がって、唐揚げ取り合ってるバカ兄妹のままでいりゃいいんだから。


「せやな……沖田はウチを受け入れてくれたんやもん。迷わん!」


 新見は潤ませた目を袖で拭い、服部に約束する。


「それでええ! ……というわけじゃ。これ以上聞いても、仕方ないのがわかった。呪われた当人なのに、脅してすまんかったじゃ。悪気はない。この通り」

「……あぁ」


 正座をし、幸才に深々と頭を下げる服部。幸才も全てを諦めたのか、哀愁が漂っている。


 無限に湧き出る承認欲求を満たしても、未来に自分の生きた証拠は残らない。名前も、存在も。そう思うと、寂しいよなぁと同情しちまう。


「あのよ。未来にアンタの名前はねぇけど、オレ達はアンタのこと覚えてっから。これからもちゃんと先生やれよ。少なくとも、アンタの子孫である洋と洋斗は呪いに関係なく、全力で生きてんぜ」


 新見から写真をもらい、幸才に渡した。写真をじっと見つめ、少し頬が緩む。


「はは……私にそっくりだな」

「そらそうや。子孫なんやもん」


 相馬が微笑むと、幸才はゆっくり立ち上がる。


「私も自分――この一族には疑問があった。だがそれは両親が死ぬまでのこと。呪いが継がれれば、欲求が湧き出てきた。今後、間違えているのかもしれないと思っても、きっと私は過ちを繰り返すだろう。それがこの一族に生まれた運命だ」

「いやいやいや。やめろよ。ダメだってわかってんだろ?」


 思わずツッコむ。しかし幸才は言うんだ。


「しかしな。過ちを犯さなければ、この2人は産まれない。私が唯一産める《《完全な善意》》は、命を繋いでお前らにこの2人と出会わせることくらい。この呪いは断ち切られるべきだ。どうか幸災楽禍家を滅ぼしてくれよ、新選組」


 心なしか、台風の威力が弱まった気がする。


 けど、この台風で歪んだ善意を振り撒かなければ生きていけないんだもんな。呼吸と同じなんだ。


 悪いとわかってもやめられない。丸まった背中に同情するよ。


「あ、そういやアンタさ! 下の名前なんつうんだよ!」

「名前? あぁ……洋と書いて、わたるだよ。49番目と漢字は全て同じだな」


 フッと柔らかく笑いながら名乗り、欲求を満たすために新校舎を去っていく。


「洋……大きな海とか……あと……限りなく広がる……あと満ち溢れるって意味やったっけ」


 相馬が漢字の意味を頭の中から探し出し、ポツポツと呟く。そんな偶然あるのかと思ったが、あるんだな。


 しかし、八十禍津日神が悪いのか。

 始祖が悪いのか。一族が悪いのか。


 そもそも、本当のことがなんなのか。


 でもよ、オレは思うんだよ。


 幸才――わたるの言うことが本当なら、八十禍津日神も、幸災楽禍家も可哀想だなってな。

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