64勝手目 蜜がなければ生きられない(1)
怖くないと言ったら嘘だ。
2度目の室戸台風。禁忌慣れしていた"新撰組"が全滅しかけた最悪の災害。
新見にまた過去に行こうって提案された時はよぉ、面倒くせぇ、怪我したくねぇと思ったよ。
実際口にも出したしな。
でもよぉ、他の5人が必死こいて"幸才"について調べて、言葉通り全力で助けになろうとしてんだ。
オレだけなんもしねぇのは違うのかって、疎外感を感じちまって今に至る。
ま、樺恋嬢のサブスクも全くなんもしねぇで月3万もらってんだしな。おっと、たまぁに樺恋嬢の音読にも付き合ってるけど。それだけで3万は高いわけでさ。
もしかしたら死ぬかもしんねぇけど。なんとかなると信じて、過去に戻るってわけよ。
つうか、別に台風が来る日じゃなくて後日でもよくねぇか。なんでわざわざ大風、大雨、ザ・大荒れな日を選ぶんだよ。
「1回目は台風の後じゃったからなぁ! えれぇ寒いじゃ!」
「4人一緒にいるのが救いやな。幸才のいる小学校まで行かんと始まらんのがあれやけど……新見は道わかっとるんやろ?」
「ばっちり頭に叩き込んできたで! あとは怪我なく幸才に会うだけや!」
持って来た古い携帯で動画を回しながら、台風が襲う前の京都を歩く。1番背が高いってだけで動画回してるけどよぉ、風に煽られてしんどいっての。
新見が言うにはあと1時間は歩くらしい。携帯が飛んでいくかオレが飛んでくか、いい勝負だ。
話しながら歩いていれば小学校は目の前。前回の禁忌の最後には軍刀を振り回して来た。
だから剣道と薙刀の実績がある服部、それから体が柔らかく、動きの素早い相馬がナイフを隠し持つ。
あぁ、おっかねぇ。禁忌を冒すと人を殺すのも厭わなくなんのかよ。道徳から外れてるが、洋や洋斗のためなら他人様は知らねぇってか。
そんなオレも、なんとなく武器になりそうな"すりこぎ棒"を尻ポケットに仕込んでっけど。
殴られたら意外と痛そうじゃん。かといって殺したくはねぇし、殺気は程々にってな。
近くの物陰に身を潜め、登校してくる児童を見ながら幸才を探す。先生をやっているから姿はすぐに確認できた。
遠目で見ても洋と洋斗にそっくり。あれで血縁関係がねぇのは無理あるわ。
空が分厚い灰色の雲で覆われたころ、学校のチャイムが鳴る。
幸才は校舎へ向かうが、その背中へ相馬は一直線に走る。そっとナイフを当てる素振りを見せると、幸才は青ざめながらおとなしく相馬に従っているようだ。
オレらを目の前にしたら数に圧倒されたのか、暴れ出すんだわ。
「なんだ、何するつもりだ!」
絵に描いたように抵抗する幸才を抑えながら、新校舎へ無断で入る。ここなら倒壊の心配もなけりゃ、邪魔も入らねぇ。
持って来たロープで幸才の体を柱に括り、逃げられないようにする。
話すのはリーダーである新見だ。持ち前の我の強さがありゃ、幸才にだって負けねぇのよ。
「乱暴するつもりはない。やけど、アンタに聞きたいことが山ほどあんねん。もし答えんのやったらそん時は――」
新見が扇子をバラっと広げると、服部と相馬がナイフをちらつかせる。かっこいいんだけどよ、その動作のためにいろんな映画見て練習したの知ってるならマヌケに見えんだよな。
後で、成功してよかったなって言ってやるか。
「そもそも、私はお前らを知らない」
「そんなんどうでもええねん。こっちがアンタ知ったんのやから。せや。アンタ、この2人の顔見たらどない思うん?」
洋と洋斗が写る写真を見せた。幸才は驚いた顔からすぐに憎しみに満ちた表情に変わる。
まるで2人に怨みでもあるみてぇにな。
「何処にいる!」
「昭和にはおらん。未来の人間やからな」
新見がオレの手を指差した。携帯を見た幸才は不可解だとすぐに目を逸らす。
「揶揄っているのか?」
「はっ……アホ言ってんちゃうぞ! アンタが洋と洋斗のこと殺そうとしたんやないの!」
「私はその2人に面識はない! が――知ってしまった以上、放っておくわけには」
「それや! 聞きたいんわ。なんで放っておかれへんだけやなくて、殺さなきゃならんの!」
新見の目尻に一粒涙が伝った。
「アンタ、地元の人には好かれとるのに未来にはなんの記録もないねん。戸籍調べても出て来へんし、ここの小学校の書物ひっくり返しても名前ががないんよ」
「え……?」
「未来には居ない……死んでるとはまた違うっちゅうか……幸才って人間、誰1人おらんのや」
「そんな……嘘だ……」
幸才は体を震わせて、歯をガタガタ鳴らして怯え始めた。死んでるんだからよくねぇ? と思うけど、コイツにとっちゃ一大事ってか。
「私の……今までの事は全て無駄だっていうのか!?」
感情の昂った幸才は洋斗に使った馬鹿力でロープを引きちぎりやがった。これはさすがに想定外。
アニメじゃねぇんだからありえねぇだろって!
新見に襲い掛かろうとするのを服部が迎え撃ち、幸才の長く伸びた爪が頬を引っ掻くと血が滲む。
けど服部は引かない。幸才の両手を掴んで、引っ掻かれようとも離さないでいる。
「無駄なのかわからんから教えろ言うとるんじゃ! もしかしたら力になれるかもしれんじゃろ!」
「お前らも私を殺しに来たんだろう!?」
「じゃあかぁらぁ! 仕方なしや、見よう見まねじゃが――!」
手刀で幸才の首の後ろをトンと突く。これで気絶させて落ちつけようってか。
「痛ッ――」
「ありゃ、すまん! 失敗じゃ!」
狼狽えるけど気絶はしない。しかし抜かりないのが相馬で、これ以上かかってくるなら今殺すとナイフを見せつけた。
幸才もさすがに刃物は恐ろしいのか、柱に持たれて座り込む。
「話してくれたらええんよ。そうしたら、ウチらもこの子らの話をする。ええね?」
「……」
新見は押し付けるように聞いた。幸才には選択肢がねぇ。ここで話さなきゃ相馬が容赦なく刺すかもしんねぇしな。
頭を掻き乱し唸るように叫んだ後、幸才は体をだらんと項垂れ、力無く呟いた。
「……私達は……本当の名前を隠して生きている一族だ……とてもじゃないが……そのままは名乗れない」
「幸災楽禍々家――やな。1番最初の先祖が八十禍津日神の神社に火ィ投げて呪われとるんやろ?」
「あぁ……しかし……なんだ、呪われているというか、契約に近い」
「契約?」
「私は始祖の時代に生きていなかったし、そもそも他に聞ける者もいない。頼りになるのは一族に伝わる本だけ。一族以外は他の誰も読めやしない。それもその、契約……呪い……どっちでもいいが、そのせいだろう」
洋は呪いだと言っているが、幸才は違う。契約と、前向きな言葉を使う。
オレは携帯を両手で握りしめて、撮りこぼしのないように脇を締めた。




