63勝手目 冒すためなら"侵す"だけ(5)
私達はね、遊びに来たんじゃないの。
そう思っても、南国の空気が体を軽やかにさせる。
どうしようもなく浮き足立つし、顔が綻んじゃう。沖縄の重力のせいよ。
「祈、口ニヤけてるヨ。遊びに来た違うカラネ?」
「そういうネリーだって、到着して早々ポークたまごおにぎりの爆買いしてるよねぇ?」
「っていう洋斗はアロハシャツかよ」
「そんな学はサングラスにビーサン履いてハーフパンツじゃないのよ」
那覇空港に着いて早々「休憩」だなんて言いながら沖縄を堪能しちゃってる。
ソーキそばから始まって、有名なアイスとか紅芋スイーツとか……洋斗もアロハシャツ買ってるし、ネリーだってまだ着いたばかりなのにお土産買ってるし。
やば。私達全員、南国の空気に飲まれてしまってる。これは沖縄が悪いのよ? 旅行、どこに行きたいって聞かれたら、沖縄と言うくらいには魅力的なんだからね?
ダメダメ、ちゃんとしなきゃ。ここは私が真面目に指揮を取らないと! 屯所にいる時に洋や学、ネリーに色々言っているのに自分ができていないのはだらしなさ過ぎるもの。
キャリーの持ち手を叩いて3人の気を引く。何アホ面してんのよ。
「今からホテルに行って荷物を置いたら、さっさと葵さんの所に行くわよ!」
「いや……無理じゃね? 祈が持ってんの何だよ」
「何よ」
学が私の右手を指差すから、何を持ってたんだっけと目線を落とす。喉越しが良くて爽やかな小麦色。沖縄といえばこれでしょって、有名なビール缶が手にある。
や、やだぁ……勢いで買って飲んでたの忘れてた。緊張すると飲んじゃうのよね……なんて言い訳、通用しないわ。
「あ、明日は真面目にやるわよ!」
「大丈夫かよこのチーム」
呆れ気味目を細める学に守がチラつく。格好がラフなだけでお酒も飲まず、ちゃんと移動ルートを確認している学に頭が上がらない。
これも全部、南国の風のせいよ!
◇
「服部くんから貰ったUSBメモリー……どうやって見るの?」
その晩の夕食。お酒は抜きで夕食を取っている時に洋斗がUSBメモリーをテーブルに出した。
どうって言われても、パソコンじゃない? って思うんだけど。じゃあ誰か持ってるのと言われたら――4人で顔を見合わせちゃうのよね。
「誰も持ってネーノカ!」
逆ギレのテンションで箸で私達を指してくるネリー。洋斗が慌てて腕を下げさせるけど、食べてる時のネリーって肉食獣みたいに凶暴だわ。
「ネリー! 人に箸向けちゃダメぇ! パソコンは、いつもほらぁ! 土方くんが持ってるからぁ!」
「おれはネリーか洋斗が持ってんだと思ったから!」
やいのやいの、互いに責任をなすりつける。私はパソコンなんて頭になかったんだけど。
絶対中身を見た方がいいのはわかるのよ。この絶望的な状況をどうするのか考えなきゃ。
「守に電話するか?」
「……オコられるよネ……? 秀喜もオコりソ。晴太は……オコ?」
「あの3人は怒るよぉお……ボスなんて舌打ちしてくるだろうしさぁ……」
「宇吉が居るじゃない。あの人なら怒らないんじゃない? 守とかにやんわり相談してくれそうだし」
本当は隠さず言えばいいのよ?
でも私には変なプライドがあって、1歳でも年下の人間には怒られたくないのよね。年下のくせにって思っちゃって、素直に聞き入れられないというか。
店内で電話は迷惑になるだろうからと、会計を済ませて退店。ホテルの近くだから誰かの部屋に集まりましょうと言ったら洋斗が手を上げてくれた。
「ボクの部屋、まだ荷物も広げてないからおいでよ」
アロハを着てるから、1番はしゃいでるように見えるわ。酒飲んだ私が言える事じゃないけど。
部屋に着くなり早速洋斗が宇吉に電話をしてくれるけど、応答なし。また皆で顔を見合わせる。
どうしようかと言いつつ、見なくてもいいんじゃないに舵が切られそうになる。
「パソコン持ってないよりさ、見てないのほうが怒られそうだよねぇ?」
「モー! ネリーが守に電話シテヤル。オコったら、洋のパンツの柄言えばオサマル」
「やめてよ!? ボクの妹ってこと忘れてない!?」
「カンケーネェ!」
迷いなく電話かけるの、ネリーって感じ。この場にいない洋を出すのは卑怯だけど、身内にしか通じないネタ感に安心しちゃうのよね。
怒られるなら4人でと、スピーカーにして応答を待ち、長いコール音にゴクリと唾を飲んじゃう。
『なんだ』
「洋のパンツは水色のボーダーダゾ!」
『マジでなんなんだ!』
明らかに動揺しているわ。突くなら今よ!
「私達ね、USBメモリー貰ったけど閲覧手段がないのよ! どうにかして!」
『パソコンあるだろ……まさか誰も持ってないのか?』
「だから兄ちゃん達は電話してんだろうが!」
『なんでそんなに喧嘩腰なんだよ』
守のため息が電話越しに聞こえると、ネリーにタブレットはあるのかと聞いてきた。あると答えれば、指定の通話アプリをダウンロードするように言われる。
よかった、画面共有でUSBの中身を見せてもらえるみたい。
「パンツのおかげダナ」
『沖田で釣るな! ……それに、他人の下着なんて言いふらしていいもんじゃない。いい大人が他に3人居るのに止めもしないで、恥ずかしいと思わんのか?』
「ぐ……」
ぐうの音も出ない……画面で共有されたのはUSBの内容じゃなく、私達がいかに愚かな行為をしたかを知らしめるサイト。
国が作ったハラスメント対策マニュアルを見せられて、淡々とお説教を受けた。
『親しき中にも礼儀あり。一緒に住んで家族同然の関係でもプライベートはある。それを頭に叩き込んどけ! わかったか!?』
「はい……」
『……よし。次は服部が持ってきたUSBだ。晴太達も呼んでくる。待っててくれ』
守が通話を繋いだまま部屋を出て行く音がすると、3人でネリーを小突いた。
あんたのせいで怒られたんじゃないのよ。年下に怒られるのは嫌なのに。
「パンツくらいでオコりやがる」
「そりゃ好きな女のだからな……反省しろ!」
「学も止めてなかったんだから同罪!」
「ボクは止めたかんねぇ!?」
まるで学生みたいに、怒られたのは誰のせいだってなすりつけ合う。皆悪いよねと洋斗が反省した素振りを見せたら、しゅんと下を向く。
マイク越しに扉の開く音がして、晴太達を連れた守が戻って来た。
『こんばんは! 沖縄はどう? やっぱり暑いのかな? 食べ物とか合わなくて困ってない?』
晴太の明るくて優しさの詰まった言葉の数々に、私達は目の奥が熱くなる。
リーダーの鏡でしょ。まずは離れた仲間の心配から始まって、進捗を聞いて、それから本題に入ってくれる。
すぐにガーガー説教する守に見習って欲しいもんだわ。私のはいいのよ。私はほら、日常生活でなっていないところを注意しているんだから。
「晴太は優しい、タスカル」
『ん? 何かしたの?』
「なんでもねぇ! ……余計な事言うな、ネリー!」
「オコが増える?」
「増える!」
学がネリーに小声で注意する。そうしたら守の咳払いが聞こえてきて、さっさと見るぞと低い声。秀喜がいるのはなんとなくわかるけど、宇吉の声がしないから問いかけた。
『宇吉は寝てましたよ。"まだ皆様にはわからないでしょうが、30歳を前にすると体がついていかなくなりましてな。普段は21時に就寝してますゆえ、無理でござる。かたじけない"って言ってました』
「秀喜が宇吉の口調に寄せた……」
そっちも旅行気分で行ってんじゃないの?
秀喜はそんなことするキャラじゃないもの。洋には悪いけど、折角来たんだから少しは楽しまないと損よね。
福岡観光でもしたんでしょと聞いたら、今日は福岡の海沿いにある街の放置船を探してただけと返ってきた。
あぁそう……真面目にやってんのね。そっちと返されたら……国際通りでちょっと、ほんのちょっと遊んだわと力無く返した。
「い、いいからUSBの中を見せろ! 兄ちゃんもめちゃくちゃ眠いぞ!」
「そうだ! 見せろぉ!」
『パソコン無いって騒いだのはそっちだろ! 見せてくださいの一言もないのか、バカ!』
お兄ちゃん2人が怒られるなんて情けない。学がいるから、守の口調は強かった。
居る場所は違くても、屯所にいるのと然程変わらないわね。
守が文句を言いながら画面共有を始めた。
動画が映し出され、京都の禁忌で冒した鷲ヶ峰に"新選組"の6人がいそいそと動き回ってる……。
谷が鏡2つをセットして、服部が蝋燭、そして御幣が鏡の間に寝かす。谷が服部が置いた御幣を指差して、眉を顰めてる。
『なんだよなんだよなんだよ。弓じゃねぇの? こんなちゃっちいので過去に戻れんのか?』
『弓がないんじゃ、御幣でええじゃろ?』
『これ御幣つうの?』
『谷は神社の息子じゃよな……?』
どんだけ適当に暮らしてんのよ。さすが谷文人。生粋のクズギャンブラーなだけあって、実家が神社でも知識は浅いのね。
御幣って、名前は知らなくても見た事あるでしょうよ。お祓いする時に使うなぁとか、そういうのもないのね。呆れ通り越して哀れだわ。
『谷くん、もう少しご実家や神霊庁に興味を持たないと』
『尾形みたいに真面目じゃねぇの』
『こ、これは……真面目とか関係ないんじゃ無いかな……あ、愛ちゃんも尾形くんの言う通りかなって……』
谷が両耳を塞いで「あー」と都合の悪い言葉を遮断してる。何を見せられてんのよ……。
『準備出来たら集まり』
新実の呼びかけに応じて、6人が画面内に集まった。新見はいつもの派手な着物、特徴のある髪型ではなくて、長い黒髪を1本に結び、シャツに動きやすそうなスラックスを履いてる。
普段からおとなしめな服装の方が似合うと思うけど。
そしてカメラを向けて、禁忌を冒す理由を述べ始めた。
『ウチら、幸才についてずっと調べとるんやけど、手がかりが一つもないんや。やからまた過去に――室戸台風の日に戻ってくる。やから、その、これは記録の動画や。言葉やと溢れる時があるから』
緊張してるのね。
新見の肩や握った手が震えているもの。室戸台風は過去に冒した禁忌の中でも最悪だった。そんなものにまた行くのよ。
これが最期かもしれない――と、どこかで覚悟を決めて。
新撰組と新選組は、ただの仲良しじゃない。
あの数日で"新選組"がどれだけ洋に魅せられたのかわかる。容姿じゃなくて、助けてあげなきゃって思わせる何かがあるんだ。
私もそうだもの。守ってあげたい。強がりばかりの人生は、きっと辛いから。
そして前回過去に戻った4人が鏡の前に立つ。相馬が紙を燃やすと、鏡の面が揺れた。
『き、気をつけてね』
愛ちゃんと尾形さんの見送りを受けて、相馬から順に鏡へ入って行く。誰1人怖がらないで、やるべきなんだって信じて疑わない目。
私は動画の中の鷲ヶ峰に居ないのに、まるで自分も居合わせているような気分で息を飲んだ。




