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63勝手目 冒すためなら"侵す"だけ(4)


「ふぅん。福岡か」


 出発前夜――晴太が作った偽りの行程表を眺めた沖田がベッドに転がる。どうか沖ノ島を思い出さないでくれと願いながら、淡々と準備を進めていく。


 普通を装っているが、内心は心臓バクバクだ。だが沖田はお土産を忘れるな、生物は送ればいいんだからな、美味そうなら全部買え……と土産の要求ばかりしてくる。


 かと思えば、京都の新選組の奴らと遊べなくて可哀想だとか、どこに行こうかなんて自慢して口笛も吹くのだ。


 キャリーケースの鍵を閉めれば準備は終わり。掛け布団をぐしゃぐしゃにされて気分は最悪だ。行程表を取り上げ、沖田の腕をそっと掴む。


「明日早いんだ。部屋に戻って寝ろ」

「冷たい奴だなぁ。明日からアタシが居ないんだぞ? 寂しいくせに」

「何言ってんだよ。寂しくて畑に入り浸ってたくせに」

「あれがアタシの仕事なのぉ! やんなきゃ祈が怒るし、野菜とか枯れるし、大変なんだかんな!」

「はいはい」


 沖田はなかなか退かない。本当は寝転がりながら明日以降の最終確認を済ますつもりだったが、無理に追い出すのも面倒になった。


 隣で寝るとは何とも思わん。どうせまたいびきや寝相の悪さで起こされ、寝不足のまま朝を迎えるに決まってる。


「福岡って美人が多いらしいぞ。彼女を作るチャンスだな」

「何しに行くと思ってんだよ。メンツ見たろ」

「晴太くんと伊東と宇吉でしょ? いいじゃん、逆ナンされてこい?」

「よくそんな事言えたな。ったく、少しは好きだっって言ってる人間の身にもなれ」


 お前には興味ないから他に相手作れってか。無神経にも程がある。だからって嫌いになれないし、知らないと手放すことも出来ないんだが。


「アタシを好きになってもろくな事ないって、土方が1番知ってるくせに」

「は?」

「なんでもない。ちゃんと朝起きろよ、ドスケベ土方くん」


 沖田はベッドから勢いよく立ち上がり、逃げるように部屋を出て行った。隣には沖田の温もりが残っていて、ボソボソとくぐもった声と諦めたような言葉が耳に残る。


「だから他の女を好きになれってか」


 出来るならそうしてる。好きなのは顔だけじゃないんだよ、バカ。



 新見から貰った情報を元に、福岡と沖縄へ班を分けて発つことにした。

 

 樺恋と勝の学校があるからと、見送りは屯所で済ましてもらう。京都の連中が来るのは夕方で、それまで沖田は1人だ。


 玄関先では留守を任された沖田が祈に注意すべきことを、つらつらと怒り口調で話されていた。


「火の元ちゃんとしてよ? 出掛ける時はちゃんと戸締りして、水道も見て。掃除もサボらない! 畑に水もやる! わかった!?」

「朝からなんなんだよもう! わかってるって! アタシのこと何歳だと思ってんだ!」

「手の掛かる22歳!」


 沖田は祈にべぇと舌を出す。沖縄に行くくせになんだよと言っているのが聞こえてきたから、今回の遠出を良く思ってないのだろう。


 見送りも手で払うようにして、さっさと行って欲しそうだし、イライラしているように見える。


「洋、何かあったら連絡ちょうだいね」


 それでも晴太は優しく声を掛ける。


「大丈夫、自分でなんとかする! 行ってらっしゃい!」


 引き戸を強制的に閉められてしまった。沖田の態度に、誰1人怒るものも咎めるものもいない。

 屯所の中からは沖田と樺恋の声が聞こえてきて、そこだけ切り取れば日常とは変わらなかった。


 皆、キャリーケースや荷物を手に取って車まで歩き出す。


「仲間にはずれたと思ってるのかなぁ……洋さん、すごい怒ってたよね」

「寂しいんだよ。神霊本庁に乗り込んだ時も、洋斗にキレただろ」

「あ……」


 あの時のことを思い出した洋斗とネリーは、下を向いて言葉を無くした。どうしようもなく苦しい時は怒りに感情を支配させる。


 それは泣けない沖田の生存戦略で、意思表示と同じだ。


「連れて行っても苦しい思いをさせるし、置いて行っても寂しい思いをさせる……辛いことを強いているようで心苦しいわね」

「相馬達呼んでよかったじゃん。今はとにかく、無事に行って帰ってくる事を考えようぜ。特に、守達、福岡組はな」


 学の言う通り、福岡へ行く俺達は法と禁忌を犯しに行く。やることは危険なことばかり。無事に帰って来れたら上出来だ。


 それぞれの班が車に乗り込み、2台で空港を目指す。最後まで沖田は顔を出さなかった。

 まるで喧嘩別れのようだが、明太子でも買って帰れば笑ってくれるだろう。


 ――空港へ到着すると、各々が手続きを済ませた。

 荷物を預け、葵さんを訪ねる沖縄組の洋斗、学、祈、ネリーが搭乗時刻を迎えた。


「ほんじゃ、気をつけてな」

「あぁ。兄貴達もな」


 軽く手を振り背中を見送る。するとドタドタと全力疾走する音が朝の空港内に響いた。子供かと思ったが、足音の大きさからして大人だろう。

 保安検査所へ向かう4人は一斉に振り返った。


「間に合ったぁ! ほれ! これ持ってけ!」

「服部!?」


 現代風にリメイクされた和服姿で姿を見せたのは、いなり屋の服部。夕方に来るんじゃないのかよ。

 膝に片手を置き、ハアハアと息を切らせながらもう片方の手をブンブンと振り回している。手には――USBメモリー?


「何よこれ」

「えぇから、持ってき! 道中見てくれ! はよ行け、乗り遅れるじゃ!」

「う、うん……ありがとう……」


 洋斗がUSBメモリーを受け取ると、繰り返されるアナウンスに急かされた。長く話す余裕もなく、沖縄に行く4人は早足で保安検査所に行く。


 そして洋斗が上半身だけ振り返り、まだ息の整わない服部を呼んだ。


「服部くん! 洋さん達のことお願いね! 寂しくさせちゃダメだかんね!」

「わかっちょる! 気ィつけて行け!」


 服部の返事に安心した様子で笑顔を見せ、手続きに入って行く。

 だが、なぜ服部だけがこんな早朝に仙台に居るんだ?

 俺の疑問を見抜くように服部はここに来た経緯を話してくれた。


「ほれ、守達にもやるじゃ。これ渡すために、ワシだけ初めに来たんじゃからな」

「わざわざ……? この中に何が入ってるんです?」


 伊東がUSBメモリーを受け取った。服部は驚くなよ? と前置きし、小さく集まれと息を潜める。


「ワシらも冒したんじゃ――禁忌!」

「えっ!? ちょっ、は、え? なんで!?」

「その内容が入っちょる。口頭で話すより早いじゃ、見てくれ。先に言っとくと、幸才がなんで洋達ば殺そうとしたかわかるぞ」


 驚きに驚きを重ねてくるな。禁忌を冒しただけでもなぜが止まらないのに、しかも内容が幸才の事――?


 よく見ると服部の頬には切り傷、手にも生々しい傷がある。目線に気づいた服部は手を隠すようにして柔らかく笑う。


「……不安になるこたぁない。中身は気になるだろうが、気ぃつけて行くのが最優先じゃ。洋達のことはワシらが寂しくさせんからさ、ちゃんと話してこいじゃ」

「あぁ……ありがとう」

「服部殿はこれから屯所に? 他の皆様は?」

「他は夕方に来るからな、ワシだけ先にお邪魔する。さて……ん? あ、荷物忘れて来ちょる! 慌ててからのぉ、いけんいけん。ほんじゃ、ちゃんと帰って来いよ!」


 服部は荷物を取りに戻ってしまった。そうこうしているうちに俺達が乗る飛行機の手続きを案内するアナウンスも流れる。

 USBメモリーをジャケットのポケットにしまい、いよいよ旅立つ。


 初めての福岡。まさか法と禁忌を犯し、不法上陸を侵しに行くとは思わなかったが、これも全部解呪のため。


 そして、ピアスに撫でるように触れる。


 これ以上寂しくならないようにするから、今は我慢してくれ――と、沖田を宥めるように。

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