61勝手目 今日から"勝"日々を(3)
「帰って来て早々、めちゃくちゃ機嫌悪りぃじゃん……なんで?」
わざと咀嚼音を大きく立てる晴太の機嫌は最悪だ。ネリーと勝のせいなのだが、場に居合わせなかったメンバーは「汚い!」と晴太を怒る。
「へっ、怒ればいいさ。僕はね、もう世の中になぁんにも期待しないのさ! 信じてたものに裏切られるとさぁ、世の中全部真っ黒に見えるね!」
「……洋、何したのよ……」
祈が真っ先に疑うのは沖田。沖田は心外だと眉毛を吊り上げる。
「なんでアタシなんだよ! ネリーが悪いんだかんね!?」
「ネリー、ワルクナイ! 信じる晴太ワルイ!」
「はぁあ!? じゃあなんだい、僕は騙されて騙されて騙されてたってのかい!?」
「アーソウダヨ! 嘘も見抜けないナンテ、キョクチョーとしてダイジョブソ!?」
「嘘ついたくせに開き直ってこないでよ!」
晴太とネリーが喧嘩なんて珍しい。勝はよくないことをした気がすると、箸を置いてしまった。
この場を封じ込めるのなんて祈くらいなんだが、もう知らんって顔で食事を続けている。おい、そこは叱れよ。
「ネリー、謝りなよ。近藤くんには良くない嘘だってわかるでしょ」
「タダのイタズラ」
洋斗に謝罪を促されても食べるのをやめない。ただ遊んだだけだもん。それが楽観的なネリーの良さであり、欠点でもある。
「それがダメなのぉ! ごめんね、近藤くん。同僚として謝らせて」
「洋斗さんに謝られても……でさぁ」
全員が顔を上げるような音を立てて箸を置く晴太。嫉妬と困惑が混ざればこうもなる。
「本当に隠し子じゃないんだよね!? だっておかしいよね!? 22歳で9歳の子がいるなら、13歳の時の子ってことだもんね!? ね!?」
「落ち着けよ。ちゃんと話すから」
「まずは真実を答えてよ!?」
「隠し子じゃない。頼むから冷静になってくれ……」
晴太が怒ると辛くなる。それが自分や沖田に向けられたものだと、関係の破綻がチラつくんだ。
感情が声に乗って、頼りなく聞こえるだろうか。
「ごめん……ちょっと、灼熱だったね」
「それ言うならヒートアップじゃね……?」
「それです。学さんに言われたくなかったな」
まずは食事。話も長くなる。クールダウンも大切だ。
◇
食事が終わり、晴太に事の経緯を説明した。
晴太は忙しくてアパートの件を忘れていたようだし、まさかそこに俺達が関わっているとも思わなかったようで。
伊東からは母親の話し、宇吉からは教育について、祈からは身体的な事について話がなされた。
同じ歳の子よりも体重が少ないものの、身長は平均だと言うからホッとする。
「そっかぁ……勝くん、大変だったんだね」
「それが普通だったなので」
「そうだよね。今からはここでの生活が普通になるよ」
受け入れるの早。てっきり「こういうのは行政に」なんて、ど正論をぶつけてくるのかと思ったが。
勝にも笑顔を向けて、軽い自己紹介まで済ました。
「受け入れるんです? 子供はダメだと言うかと思いましたが」
ほら、伊東だってこう思ってんだ。あの伊東が。目を丸くして驚いてんだぞ。こっちの方がびっくりだ。
「受け入れない選択肢ある? しかも洋が名前をあげちゃったんだしさ。ね、勝くんも今更別な場所に行きたくないでしょ?」
「行きたくないです」
「ほら、もう一緒に住むしかないよ。あ、でもね勝くん。ふざけてお父さん、お母さんとか言っちゃダメだからね? 約束して」
「はい。ごめんなさいでした」
晴太の理解が得られてよかった。神霊庁だの禁忌だのが絡むから、ダメだと言われると思っていたからな。
晴太と勝は悪ふざけしない指切りを交わす。ゆびきりげんまんの歌の最後、針千本飲ます、という歌詞には少し顔を歪めていた。
「よしよし。これで許されたな」
沖田も良かったと勝を抱きしめるし、樺恋はヤキモチを妬いて背中に巻き付く。
そんな光景が温かい。鼻がツンとして涙腺を緩ませる。歳のせいにしちゃ若過ぎるが、なんか俺、老けたのか?
「そういえば、どうして"勝"なの? 今時っぽくない名前じゃない。別に悪いってことじゃないわよ?」
「確かにねぇ。なんでぇ?」
祈と洋斗が名前の由来を聞いてくれたおかげで、沖田が後でと言ってから聞けていなかったことを思い出す。
「勝のお母さん、いつ戻っても『自分は負け組』だって言ってたんだ。多分それが口癖だったんだろうけどさ、今はそこから這いあがろうとしてんじゃん? なら、勝のこれからだって"勝ち続ける" ものであってほしい。誰かと競うんじゃなくて、誰を救って、自分も幸せになるための道を切り開いて欲しいからさ」
京都で1つの呪いが解けたからだろうか。沖田は誰かに寄り添う事が増えた。誰かを想い、誰かのために動く。
もしかしたら以前もしていたのかもしれないが、沖田がこんなに優しい顔で笑うなんて知らなかった。
あぁ、だから俺も涙腺が弱くなったのか。
「いいじゃない? 勝ちまくれ! みたいなのじゃなくて、優しい由来で。私なら可愛いとかかっこいいとかで決めちゃうだろうから、気持ちこもってて素敵よ」
「名前の由来は大切ですからなぁ。皆さんのも気になりますが、宇吉は幸せが無限大! って意味ですぞ」
皆がわいわいと名前の由来を話す中、沖田と洋斗は黙っていた。きっと自分の名前の由来を知らない。「洋」が付くのだから生みの親がつけたのだろうが、その顔も知らない。
いくら今が幸せでも擬似家族では癒せない傷もある。それを察してか、たまたまか。それとも機会を伺っていたのか。
晴太があのさと話を割る。
「洋。"戻った“って言わなかった?」
「……い、言ってないんだけど?」
「言ったよね。戻ったって、どこに? 誰と?」
マズイ。
禁忌を冒した事がバレたら詰められる。沖田なんとか言い逃れてくれ。お前を売る訳じゃないが、ここで庇えば罰として与えられる仕事に俺がキャパオーバーする。
「ねぇ、学さん。なんで目が泳いでるんですかね」
「え!? 泳いでねぇけど!」
「伊東さんは洋にお願いされて更生施設の手続きを踏んだんだよね?」
「そうです。禁忌に関して、オレは関与してません」
「じゃ、守かな。守が鏡の番をして、洋と学さんが過去に戻る。学さんがいたら通信も出来るもんね? 別に危険なところに行くわけじゃないし。みんなで禁忌をしなくて――い、い、も、ん、ね?」
晴太の笑顔には圧がある。終わった。もう言い訳のしようがない。
3人で立ち上がり、場を離れようとする。ここは逃げるしかない。部屋に篭れば俺達の勝ち!
逃げたくなるのは晴太の説教が長いのと、書類整理だのなんだの、ちまちまとして時間ばかりかかる仕事を投げられるからだ!
「禁忌は冒すためにある! いつだか伊東が言ってたから! それを信じてただけなのに! 伊東が悪い!」
「なんでオレを売るんですか!?」
沖田が伊東を売る。言ってた気もするが、記憶じゃ秋田の山中。新撰組が作られてからではないから、言い逃れにしては弱い。
「報告書を作るのは僕なんだからね!? こんな忙しいのに仕事増やすな!」
「悪いとは思ってねぇ! 悪ィな晴太! 頑張って報告書を作ってくれ! 兄ちゃんは文字が書けないんだ!」
学が奥間を飛び出すから、続けて沖田も逃げていく。しかし晴太は2人を追わない。
「バカだなぁ……学さんの部屋は鍵かかってないし、洋の部屋は伊東さんの部屋から行けるから……逃げられないのに……ね? 守。ちゃんと詳細話せるよね?」
喉元にナイフを突きつけられるような感覚。
何を言ってもダメだ。これは勝を救えた代償として受け入れよう。
「土方さん。ぼくにやれること、ありますか?」
「……勝は気遣いまでできるのか」
「祈さんが教えてくれました。困ってる人がいたら、そう言うといいって」
これに至ってはまた違うというか……。勝が健やかに成長してくれているからいいか。
「ありがとう。だがな、ダメなことをしたらやらなきゃいけないこともあるんだよ」
「なにをですか?」
「大人になればわかるさ」
失敗も見せる。これも教育の一環か。




