61勝手目 今日から"勝"日々を(1)
「知ってたわよ。いつ連れてくるのか聞こうと思ってたくらいね」
「祈に怒られるかと思った。なまはげみたいに、カーッって」
「何、洋は私に怒って欲しいの!?」
「違う!」
勝を連れて屯所に帰ると、夕飯の支度をした祈、宇吉、ネリーは当たり前のように受け入れている。
樺恋の様子がおかしいからすぐにわかったと祈は言う。
敢えて知らないふりをしてくれたのは、樺恋がアクションを起こすのだと察してくれていたからだ。
ネリーが冷蔵庫からアイスを取り出し、勝に渡す。冬だっていうのに氷感の強いアイスキャンディーかよ。見ているだけで凍える。
「ゴハン前だからダメだけど、ネリーがユルス」
「あんま食べさせないでよ? お菓子でお腹満たしたら癖になるから」
「アイヨ!」
食べていいと言われた勝は、棒の部分を持ったままアイスを見つめる。ネリーがガブリと噛み付いて見せると、同じようにして頭を痛そうに顔を歪めた。
人生初めてのアイスクリーム頭痛だな。
「ナマエ、何だ?」
「……ま、勝……」
ネリーはアイスを頬張りながら、絡まった長い髪の毛を梳く。指が引っかかって首が動く。後頭部にペタっと油が固まり、髪の毛を硬くしているのだ。
「ンー、髪の毛ドースル? このまま?」
「長いのも良いですが、ちと不便ですからなぁ……散髪したいところですが、これではうまく切れませぬ。まずはお風呂ですな。宇吉は夕飯の支度で入れませんので、守殿。お願い出来ますかな」
「……あ、あぁ……」
連れてきたのは俺もだが、子供に怖がられるタイプだとわかってからはどう接していいかわからん。
アパートの階段を降りた後、すぐに俺から離れて行った。沖田に甘えるように手を繋いで、あからさまにビビられていたんだからな。
そんな勝が俺と風呂? 入ってくれるのか?
「なになに? お風呂入るの? ボクも入ろうかなぁ……あれ、アパートの子?」
そこに現れる救世主。冷蔵庫に水を取りに来た洋斗が輝いて見えた。
きっとコイツなら上手く場を取り持ってくれるはず、威圧感とは真逆の存在だ。
今こそ真のお兄ちゃんの力の発揮時だぞ!
「ちんちくりん、一緒に入ってあげてよ」
「まぁた変な呼び方するぅ! あのねぇ、ボクは洋さんのお兄ちゃんなんだよ? それにこの子女の子なんだからね、ボクと入ったら捕まっちゃうよ」
「わかった。勝、一緒に入ろ」
「んえ」
洋斗は名前を聞いて性別を理解したらしい。沖田は勝の手を引いて風呂場へ向かうが、そんなの許されるわけがない。
「ダメぇ! ボクが入る! 歪な四角関係がややこしくなる!」
そのまま奪い取るように勝を担いで風呂場へ走る洋斗。心配するのは勝――というか、四角関係が五角関係にならないための予防だろう。
俺も風呂を共にし、洋斗と2人で随分洗われていない体をゴシゴシと洗う。髪の毛は何度も洗い、絡まりがなくなるまで繰り返す。
湯船に浸からせれば、気持ちいいのか幸せそうなため息を漏らしてくれた。
「あったかいでしょ」
「……うん」
洋斗はタオルを使って遊んでみせる。なるほど、そんな接し方もあるのかとこっそり学ばせてもらいながら、俺もまた歩み寄ってみる。
「これから毎日入れるからな」
「毎日……」
「いつも、ってことだ」
勝がわかるように会話をするのは大変だ。ゆっくり、社会に馴染めるように読み書きも教えてやらねば。
――風呂から上がり、次は宇吉が髪を切る。素人だから荒くて申し訳ないと言いながら、シャコシャコとハサミと櫛を器用に使って短くしていく。
その間に洋斗が着れそうな服を持ってきては寝巻きとして着せ、祈達が夕飯の準備を済ませていた。
出張中の晴太以外が奥間に揃えば、勝は人の多さに驚いて部屋の仕切りを跨げないでいた。
「大丈夫よ。皆、窓からみたことあるでしょ」
樺恋が勝の手を引く。夕食を前にさらに戸惑い、食べていいと言われてもなかなか手を付けない。
夕飯のハンバーグが嫌いなのかと問われても、石像のように固まるだけだ。
「どれ」
そこへ沖田が隣へ座る。勝の隣にいた俺のそばに無理矢理体を捩じ込むようにしてだ。せめて「どけて」の一言言えないもんか。
沖田は、勝に用意された箸を使ってハンバーグを一口大に切り、勝の口へと運ぶ。
「箸をどうやって使うかわかんないんだよな」
「……手で食べてた」
「今日から手で食べちゃダメだぞ。こういうのを使って食べるんだ。土方、フォーク持ってきて」
「いや、今教えた方がいいだろ」
「初日からスパルタすんなよ! ったく優しくない」
困るのは勝なんだ。沖田と言い合いしながら、勝に箸の持ち方を教える。難しくて味がわかんなくなるだの言ってくるが、勝の物覚えが良くてすんなり習得できた。
「すげぇじゃん! これでなんでも食べれるな!」
学が褒めれば、勝は照れる。そして控えめに食事を摂り、美味しいと何度か溢す。
勝は付け合わせのバターで炒めたにんじんをえらく気に入ったようで、無くなると寂しそうにした。
「あたしのあげるわ。特別よ」
樺恋が自分のにんじんを箸を逆さにして勝の皿へ移す。へぇ。あたしのだからあげないと言いそうな口なのに、気前がいいもんだ。
「あ! 樺恋様! 好き嫌いしてますな!?」
「ま、勝が好きだって言うからよ! あたしは譲っただけだもん!」
「いいえ! 宇吉は樺恋様がにんじん嫌いだと知ってますからな! 宇吉もまだ手を付けておりませんのでぇ、樺恋様にあげますねぇえ?」
「ギャーッ」
なんだ、そう言うことか。宇吉のにんじん攻撃に徹底応戦した樺恋。しかし食事中にそんな事をすれば、当たり前に雷が落ちる。
「食事中でしょ! ちゃんと座わんなさい! 馬鹿タレ!」
祈が黙ってないわけがない。新撰組の全員、祈の説教には弱い。宇吉と樺恋も例外ではなく、しょぼんと肩を下ろして謝るのだ。
「へへ……」
そんな2人を見て勝が笑う。良かった、馴染めている。小さい体でよく頑張ってきた。
沖田が言ったように、守られるべき存在なんだ。たくさん食べて、笑ってくれたら上出来。
が、それをまだまだ理解出来ないお子ちゃまが1人。
「何で笑うのよ! あたしより年下なんだからね! あたしは勝のお姉ちゃんなんだからね!」
「おや。言ってませんでした? その子、あなたと同じ9歳ですよ。誕生日は7月。あなたは10月では? どちらが上なんですかね」
煽んな。樺恋の顔が真っ赤になって行く。出生届は出ていないが、誕生日ははっきりしていたのか。
たった3ヶ月の誤差だが、樺恋が先にこだわったのだから言われたって仕方がない。
伊東もいつかの朝の仕返しをしてやったとばかりに、満足そうにほくそ笑む。23歳が9歳に本気の仕返しするなよ。
「し、新撰組の中ではあたしの方がお姉さんだもん! わかったぁ!?」
「……わかった」
「あら、意外と素直じゃない? あたしが気づかなかったら助けられなかったんだからね……そういえば、なんであたしの事見てたの?」
樺恋がいる時しか顔を出さなかったと言うんだから、何か理由があるんだろう。全員が回答を待つと、勝は言葉がわからないなりに一生懸命伝えようとするのだ。
「ずっと見てたいと思ったから……かわいいって、こういうこと?」
「ヒェッ」
「アラ。思わぬテンカイ」
樺恋の顔が赤くなり、ご飯を掻き込んで「ごちそうさま!」と奥間を去る。
まだ意味のよくわかっていない勝でも、かわいいという気持ちがあって、それを口に出せば本音であると誰でもわかる。
「ダメだった?」
勝は無表情で聞いてくる。
「いや、あれは恥ずかしいんだよ。褒められると、くすぐったくて逃げる人もいる。嫌われたわけじゃない。大丈夫」
ぽんと頭を撫でると、猫のように目を瞑って気持ちよさそうに受け入れてくれた。
よしよしよし。進歩だ!
「守、マジで父ちゃんみたいだな」
「そうね。洋も柄にもなくお母さんみたいだし」
学と祈がニヤニヤしている。明らかに揶揄っているとわかるが、俺は2人で夫婦みたいだねと言われたような解釈をしてしまった。
カーッと体が熱くなると、俺も逃げ出したくなる。
「お母さんは祈だろ。アタシは親なんかになれねぇよ。はぁあ、ハンバーグあっため直してこよ」
沖田は違ったようだが、それも照れ隠しだよなと思いたい。




